6.The Secret Report-2
タイロはいつしか壁に背を付けて、そのまま半分しゃがんだ状態になっていた。スマートフォンの小さな画面を食い入るように見つめている。
そして、いまだに囚人の残骸からパーツを集めているユーレッドは、タイロを特に気に留めていない様子だった。彼としては、タイロにうろつかれるより、おとなしくしてもらっていたほうがいい。
ジャスミンと連絡しあっているか、それか仕事の資料でも読んでいるのだろう、とぐらいにしか思っていない様子ではあった。
タイロはそれをちらりとだけ確認して、再び報告書に戻った。
『トランクの中に入っていた少女を抱えて、彼らは困っていたらしい。
彼らは依頼主であるベールに相談をしたようだった。ベールは連絡するまで待つように彼らに告げたようである。
しかし、ベールは悪い男だったから、アルル嬢を餌にしてインシュリーに連絡を取り、取引を持ち掛けた。G嬢との婚約を破棄すれば、アルル嬢の軟禁場所を教えるというもの。軟禁中のG嬢にも、アルル嬢のことをダシにゆすっていたようだった。
しかし、話はそう簡単にまとまるはずもなく、数日が経過した。
我々も、もちろんアルル嬢を拉致する必要のあった地獄解放戦線の闘士も、血眼になって探している。
そんな中、ベールからの連絡もないまま不安定な状況に置かれ、アルル嬢を監禁している獄卒達の関係は少しずつ変わっていたようだった。
以下は、キサラギ・アルル……、アルル=ニュー嬢の、当時一時的に開示された資料から、証言をメモしていたもの。
「私がトランクの中に押し込められているとは、彼らは知らなかったんです。だから、とっても驚いていて……。彼らの何人かは、荷物の中身が人間なんて聞いていない、といって、とても混乱していたわ。それで、私を殺してしまおうって。その場を止めたのは、ユーレッドさんだわ。売り物に傷をつけるな、と言っていて……」
「依頼主と連絡が取れなくて彼らは殺気だっていた。もともと彼らは仲間というほどの関係はなかったみたい。邪魔ものの私を殺して捨ててしまおうって話にもなっていたんだけれど……。彼らの中で意見が割れて、ほとんど仲間割れみたいな状況だったのよ」
そんな中、地獄解放戦線の闘士がとうとうアジトを突き止めたことが判明した。
我々より一歩先に彼らは獄卒達の隠れ家に攻撃を仕掛けた。我々も到着し、アルル嬢の安全を確保するべく行動した。
獄卒達は我々と過激派に挟み撃ちにされる形となった。対獄卒用ジャマーやショックウエイブの使用も認められ、彼らを無力化するのは簡単だと思われた。
しかし、アルル嬢を安全に運ぶつもりがあると思われた、地獄解放戦線の連中は突如として乱暴な手段に出た。
いきなり建物の爆破を行ったのである。我々も退避せざるを得ず、獄卒はそこで壊滅した。アルル嬢も死亡したと思われていたが……。
実際は、UNDER-18-5-4が重傷を負いながらも生存し、アルル嬢を外に連れ出し逃亡した。
その際、アルル嬢と彼の間にどのようなやり取りがあったかは不明。
ただ、アルル嬢はこう言う風に証言している。
「彼は、私には親切だった」
獄卒UNDER-18-5-4が、何故、足手まといの彼女を連れまわしながら逃亡したのかはよくわからない。彼は、その後、解放戦線と戦闘を繰り返しつつ逃亡していた。
一方、我々はリヴベールの隠れ家からG嬢を解放した。
不可思議なところから情報がもたらされたのである。情報を提供したものは女だったが、素性をまったく明らかにしなかった。
婚約者G嬢が解放されたことから、インシュリーが戦線復帰した。
それから彼の活躍は目覚ましいものがあり、対獄卒ジャマー等獄卒制圧用の兵器を多用して地獄解放戦線を制圧。
一方、獄卒UNDER-18-5-4は、アルル嬢を市街地で解放した。
その後、駆けつけたインシュリーと彼の間で激しい戦闘があったことは確かであるが、すでに18-5-4は疲弊していたとの話もある。
その際、インシュリーに対し、獄卒に対するショックウェイブの使用許可が下りていた。彼は18-5-4に対しても、それを使用した形跡がある。
ショックウェイブは通常一度のみの使用であるが、18-5-4に対しては三回行われ、その為、18-5-4の身柄を確保した際に彼は意識を消失していた。
結局、彼の身柄を確保したところで、その事件は終焉を迎えた。
しかし、インシュリーの様子がどうもおかしかった。許可が下りているとはいえ、ショックウェイブの過剰使用について問いただしたが、要領を得ない返答をするばかりだった。
――命令通りにしただけです。ただ……、私はこんなこと望んでいなかった。
妙な返答だった。しかし、それ以上何もわからなかった』
(ユーレッドさんが、負けた? ってこと?)
確かに、ユーレッドはインシュリーと会った時に、「お前が勝った」とは言っていたが、そんな直接的なことともなんとなく思えなかった。
ユーレッドはやはり強いし、それにインシュリーはそれに比べて優男然としている。
(そういえば、獄卒は体の都合で、ある種の衝撃が加わると気絶するって言ってた。それかな。獄卒用ショックウェイブって確かそういう、獄卒制圧用のヤバイ武器があるって、研修用のテキストに書いてあった……。でも、だとしたら……)
獄卒制圧用ショックウェイブは、不死身の彼らの体にも多大な負担を与えるという話はうっすらと覚えている。この報告書にもある通り、通常、一回が限度。それを超えると獄卒の生命にかかわる為、許可が下りても使わないといわれている。
(それを三回? 死んでてもおかしくないじゃないか。そんな無茶なことしたのかな、あの人)
『その後についても簡単に書いておく。
ベール16ことリヴベールについては、裁判ののち獄卒身分になることで助命され今に至る。
ベール16にやとわれた獄卒の内、三人については死亡が確認された。
地獄解放戦線については、犠牲になったのは末端のみであり、現在も地下にて活動していることが確認されている。彼らが何故アルル嬢を狙ったのか、それは我々に調べることが許されなかった。上層部は知っている様子だったが、管理者の調査員が調べるとのことで我々は捜査できない領分である。
生存者である獄卒UNDER18-5-4については、一度意識を取り戻したものの、ショックウェイブの影響から取り調べできるような状態ではなく、そのまま獄卒医療棟に収容された。
彼は金銭で雇われただけであり、思想性はないものの、そもそもUNDER評価。持ち点もマイナスであった。それでなくとも、一般市民のアルル嬢を誘拐したところで、本来であれば、彼の行動はコキュートス前線基地派遣もしくは消滅刑相当であった。
しかし、彼については罪に問われている様子がない。
しかも、医療棟に収容されたのちの彼については、我々の追及も許されなかった。それに抗議したところ、獄卒用のショックウェイブに対して限界を越えて抵抗した際に本人の記憶が完全に飛んでおり、肉体的にも精神的にも危うい状態の為、聴取はできないとの回答があった。
その後、治療が済んだとのことで、彼が医療棟から解放されたことを確認できたものの、正式に引っ張って事情を聴くことは許されなかった。
上層部についてそれを尋ねたところ、彼にはそれなりの措置がされているとのことであった。
聞けば、機密に触れており、また人格的に危険性も高いことから、管理局監視対象とされ、また暴力衝動抑止のため、衝動的な攻撃性を抑制する処方を必須とし管理をしている。
しかし、彼の罪状は本来ならそのようなことで許されるようなことではなかったはずだ。
一体、何があったのか。
アルル=ニューこと、キサラギ・アルルについてはその後の所在は不明である。またしても管理者Eの領域であり、それ以上の情報を引っ張りだすこともできなかった。
一方、インシュリーは、G嬢とめでたく結婚。今回の働きにより、昇進が決まっていた。しかし、何故か昇進前に妻を置いて失踪。その後調べたところによると、J管区に出向しており、身分も管理者の調査員となったとの話を聞いたが、本人と接触が全くできない。家族であってもそのようで、私はそれに強い疑問を抱いていた。
ただ、あの一件、特に最後に18-5-4との戦闘で勝利して以来、彼はどこかおかしくなってしまった。上の空でぼんやりしていることも増え、かと思えば、冷徹な態度をとることもあり、まるで元の朗らかな彼と違って見えた。
18-5-4との戦闘において、獄吏としてショックウェイブを多用して勝利したことが、彼に負い目を与えたのかと思ったが、彼にそれをそそのかしたのが誰かもわからない。命令された、と彼はいったが、許可は下りていたけれど、命令した人間は誰もいないはずだった。また通信記録もなかった。
真相を知るのは、獄卒18-5-4だけだ。
私は彼に接触し、情報を聞き出そうとしたが、彼はこういうだけだった。
「あの時のことは何も覚えていない。あれで記憶が全部飛んでしまった。インシュリー? さて、だれのことだ」
それは明らかにしらばっくれているのがわかる態度だった。しかし、それ以上は聞くことはできない。
私はあきらめずに調査をしていたが、その詳細な調査中に汚泥漏洩事故があり、情報は復元できないほどに壊れてしまった。そういう理屈をつけて葬り去られてしまったと考えてもいい。今ではアルル嬢の拉致事件の裁判記録すら読むこともできなくなった。
その為、このレポートを作成し、誰かに伝えるために残す。
もしかしたら、これを目にした者が、あの事件の本当の真相に辿り着くかもしれない。
とにかく、獄卒UNDER-18-5-4は詳細を知っている。
私は、彼がインシュリー豹変の原因だと信じている。彼にだけは気を付けろ』
「やはりだな。全員、同じチップを飲み込んでいる」
ユーレッドは、ビニールの中に拾い出したチップを入れて軽く振った
「スワロ、これが何かわかるか?」
きゅきゅ、っとスワロが首を振って傾げた。
「なるほど、お前でもわからねえかあ。しかし、すぐに分析できねえとなると、識別票関係じゃねえな。アシスタントは識別票のスキャンは秒でできるものだ。多少歪みがあろうが拾い出せるんだが。となると、コレ、なんだ?」
ユーレッドが肩をすくめた。
「まあいい。集めるだけ集めたし、あとはあの新米にでも預けて調べさせるか。獄吏なら、もっと詳しく調べられるだろうしな」
そう言って、ユーレッドは踵を返してタイロの方に向かう。
タイロは、そんな彼に気づかず、スマートフォンを取り出してじっと見ている。
珍しく熱心に仕事をしているのか、それとも、ジャスミンとかいう女の子との通信に真剣なのか。
ちょっとからかいたくなってきたところで、ユーレッドがするりとタイロに近づく。
「お前、何みてんだよ?」
「えっ、あっ!」
単に軽く声をかけたつもりだったのに、タイロは思わず慌てたようでスマートフォンを取り落とす。
それがユーレッドの足元にはじけ飛んできて、彼は反射的にそれを拾った。
別にユーレッドにもそれを覗くつもりはなかっただろう。ただ、そこにある固有名詞が彼にかかわりがあるものだったので、思わず目に留めてしまったようだった。
「これは……」
「あ、あの……」
タイロが弁明しようとして、しかし、よい言葉が思い浮かばない。ユーレッドは別に資料をスワイプして中まで見ようとしなかったが、その周りの空気が少し冷たくなった気がした。
「あ、これ、は、その……仕事の資料を。ヤスミちゃんが送ってくれて、その……」
ふっとユーレッドが冷たく唇を歪める。
「別に咎めねえよ。仕事の資料だろ?」
そういってユーレッドは、やけに丁寧にタイロにスマートフォンを返す。
「昔の事件に関する報告書だ、ちゃんと読んでおけよ。仕事熱心でいいことじゃねえか」
言葉がうすら寒い。
もしかして怒っているのか。表情から感情は読めない。しかし、タイロは思わず青ざめた。
「あ、あの、ごめんなさい」
「なんでお前が謝る? 獄吏として当然の仕事だろ。引率するやつの情報はちゃんと知らねえとな」
ユーレッドは皮肉に笑ってそういうが、どこか冷たい突き放すような言い方だ。今までとは違う。
「あ、あの」
タイロは狼狽する。
「あの、その報告書は、その、……」
「ふ、さっきの娘が送ってくれたんだろ。有能な女だな。ソレ、闇に葬り去られた事件なんだぜ。担当獄吏の奴がうるせえ奴でな、個人的に書き残したのが出回ってたのか」
ユーレッドの冷笑が、今のタイロには恐ろしい。
「俺がやらかした特級の話題の犯罪だぜ。ちゃんと読んでおけよ」
「あ、あの、ユーレッドさんは、その、この事件のこと、覚えているんですか?」
反射的にそう尋ねてしまう。報告書では、彼には記憶がないとされている、けれど絶対に何か知っているとある。やはりこの反応は。
「忘れる?」
ユーレッドが目を細める。
「インシュリーの上司とかいうやつが何回か尋ねてきたが、なにも知らねえと答えたぜ。そりゃあ、知らねえよ。何も。知っているというようなやつなんざいねえだろ」
ユーレッドはそっけなく返答したが、ふとギラっと左目をタイロに向ける。ぎくりとしてタイロは背筋を伸ばしてしまう。
「だが、普通、忘れるわけねえだろう。あんな情けねえ負け方した事件の話をよ」
「あの……」
「どうせお前も聞きたいんだろう?」
ユーレッドの目に殺気めいたものが走る。皮肉っぽく笑いながら、彼は言った、
「俺がインシュリーの足下で、反吐吐きながら這いつくばってた話」
「そ、そんなつもりは……」
「俺がそこでアイツに何を言ったのか? だろ。どうせ、お前も、俺がアイツになんか唆したとでも思ってんだろ。そうだったらどうするんだよ」
ユーレッドは畳みかけるようにそう言った。口調は冷静だったが、明らかに怒りをはらんでいる。
「獄卒連中にも獄吏のやつにも聞かれたのは、その話ばかりだった。どうせ、普段偉そうにしている俺が情けねえ姿晒してるのが、聞きてえだけだ」
「そんな、違います」
流石のタイロも青くなって頭を下げる。
「あの、気に障ったらごめんなさい。俺、つい。ユーレッドさんのこと、もっと知りたかったので……」
タイロは謝る。
「読むなら、先に言うべきでした。勝手に目の前で読んだりして……」
「お前が謝ることねえだろう。お前は獄吏として当然のことをしたまでだ」
ユーレッドは薄ら笑いを浮かべた。
「それで、俺があのおひいさまさらった実行犯だって知ってどうだよ。元から殺人癖あるのは知ってただろうが、それに加えてよりによって管理者のとこのお姫様を監禁、その後も金目当てで連れまわして逃げ回ってたってどうだ? 流石のお前でも引くだろう?」
「いえ、でも、その」
何か理由があるはずでしょう?
そう尋ねたかったがうまく言葉にならない。
「お前だって、インシュリーがああなったのは、俺が絡んでるとでも思っているんだろう?」
「あの、でも、俺は……」
タイロはうまく返事ができなくて、口籠もる。ユーレッドは肩をすくめて、苦くあざ笑った。
「だからよォ、俺のことは深く知るなって言ったんだ。お前が引く話しか出てこねえからな。俺も毎度、そうやって引かれるのはうんざりするぜ」
「ユーレッドさ……」
ふらっと身を翻すと、右袖が伸ばしかけた手を拒否するように揺れる。
「もう俺のこと気にかけるのはやめろ」
そう冷たく言い捨てると、ユーレッドはタイロを置いて路地を表通りに向かって行ってしまった。
タイロはその背中を見送ることしかできなかった。