5.The Secret Report-1
『本件は、今般の汚泥汚染によるデータ消失により詳細が失われ、バックアップ不能であった事件に対するレポートである。
捜査員の記憶によるものであり、正確性は劣ることを先に注記したい。
これは私が個人的に書き留めていたものであるが、担当者ベースでの引継ぎをお願いしたい。というのも、この事件は非常に機密性が高いためだ。
しかし、部下に失踪者が出ていることもあり、ここに記録を残しておく。
念のため、閲覧権限を設定して保存し……、権限者は……』
(なんか仰々しいなあ)
タイロはそう思いつつ、タブレットのページをめくる。
(閲覧制限って、俺みたいな新米のヒラが読んでいいのかな。っても、ヤスミちゃんの手に入った時点で、権限によるロックは外れてるから良いのか)
ジャスミンは、タイロよりかなり機密性の高い情報も扱っているが、しかし、やたらと機密だのなんだのと文字が躍っていると、さすがのタイロもちょっと怖くなる。
第一、この一獄吏の個人的なレポートというのが怪しい。
公に引き継ぎでもしていればいいものなのに、注意書きに担当者ベースの口頭での引継ぎ事項として、などとアナログなことも書いてある。もちろん、ジャスミンに把握されているということは、この書類の存在は上層部も知ってはいるのだろうし、それで消去されていないので、セーフなのかもしれないが。
それにしてもだ。こいつがどれほどヤバイ資料なのかはわからないものの、自分の部署のチーフやメガネには絶対見られないほうがいいなと思う。
『本件は、アルル=ニューという少女が移動中に拉致された事件の記録だ。アルル嬢は管理者Eから、特別守護命令を出されている人物である。
アルル=ニュー……、またはキサラギ・アルルは、管理者EないしDの庇護下にある令嬢であることは間違いない。その素性について明らかにしたかったが、十六歳前後の少女であるということ以外はわからなかった。
アルル嬢については、これ以上ここでは語らないが、彼女が管理者から大切にされている特別な女性であることは間違いなく、その彼女を護送していたところ拉致された事件が本件の始まりだ』
アルル=ニュー?
当然ながら知らない名前だ。突然、管理者EやDの名前が出てきたので、タイロは流石にちょっと怯む。
変なところでざっくりしていて、ディマイアスに平気でメールが打てるタイロだが、流石にこの世界の統治者である管理者の名を書かれるとビビらざるを得ない。
しかも、管理者E。Eと名のつく管理者は、最初期からいると言われている元老メンバーであり、しかも深くE管区と関わりがあるとされる。管理者DはEに比べてあまり聞かないが、どちらにしろ元老メンバーだ。
(も、もうちょっとだけ読もうかな)
タイロは怯えつつ、ページをめくる。好奇心が先に勝つ。
『当時もアルル嬢は管理者Eの保護下にあった。しかし、ある時彼女に移動する必要があり、私の担当区画のことだった。そこで、護衛任務に私の当時の部下である獄吏を何人かつけた。筆頭は隊長としてインシュリー、それから……』
つらつらと獄吏らしい名前が並んでいる。
(なるほど、インシュリーさんの話って言ってたな。んじゃ、読まなきゃいけないか)
タイロは、そうやって理屈をつけると、急に罪悪感が薄れて気楽になった。管理者が絡んでいようと、これは仕事の為に読んでいるのだ。
インシュリーがユーレッドと揉めたので、その彼について調べることは大して悪くない。だってそれは自分の任務だもの。
『当初からアルル嬢を狙っている不穏分子の情報はあった。その為、当日の警備は万全を期したが、彼女を狙う組織が一つでなかったこと、獄卒の動きがあったことから、作戦はうまくいかなかった。
特にインシュリーに対し、プライベートな方面からの攻撃があったことも災いした。
まず本件には、二つの組織が絡んでいた。
うち一つは反体制派であり、獄卒の権利を過激に主張していた地獄解放戦線である。
もう一つは管理局内部不穏分子の仕業と考えられる。彼等に使われた実行犯となった、末端の傭兵は獄卒であった。彼らを集めたのは、WARR-HIGH出身であることから、名誉職を与えられていたリヴベールという男であった。
彼は獄卒ではなかったが、その出自から獄卒を統括しており、仕事を斡旋したものだった。
しかし、彼にそれを依頼した者も結局わからなかった。その為、この不穏分子を仮にΩと呼ぶ。
リヴベールに実行犯として雇われたのは獄卒UNDER評価の四名である。全員警告票交付歴ありの札付きの悪であるが、それゆえに腕の立つ者たちだった。
その実行犯は13-5-18、3-5-14、1-18-24、そして18-5-4』
(UNDER-18-5-4? ユーレッドさんのことだ!)
タイロはにわかにドキリとした。
慌ててページをめくると、実行犯たちのマグショット。
人相が悪く体格の良い三人の獄卒に紛れて、以前見たマグショットとは別のユーレッドの写真がはりつけてある。その姿は今とほとんど変わらない。
確かに、ジャスミンはこれはユーレッドも絡む報告書なのだと記載していた。管理者やインシュリーが出てくるので、すっかり忘れていたのだが。
ユーレッドの方を見やったが、彼はまだスワロと話をしながら探し物をしているらしい。こちらの様子に気を留める様子はない。
(どうしよう)
思わず鼓動が速くなる。
管理者のこともインシュリーのことも、一定の気兼ねはしたけれど、そのあたりは割り切ることができる。
しかし、ユーレッドのこととなると、どうしても気が引けた。
(本人に聞いてみようか。これ、読んでも大丈夫かどうか……。いやでも、こんなの、ユーレッドさんに見せたらそれはそれで問題ありそうだし)
タイロが迷っているのは、これがユーレッドが気にしないような出来事を記したものなのかどうか。
いろいろなことを教えてくれるユーレッドだ。
けれど、いくら神経が図太いだのいわれていても、さすがに彼に聞きづらいことはある。傷だらけで日陰者の彼は、それから推測できる程度には辛酸をなめてきたに違いない。
だから、それだけに、彼に秘密でその過去を探ることに、タイロは少し後ろめたさを感じていた。
しかも、これは彼の犯罪歴の話なのだ。
彼の五年より前のデータはすでに消されている。ジャスミンをしてさかのぼれない犯罪歴の一部がここに載ってあるのだ。
このさわりだけでもわかるのは、彼は間違いなく、管理者が特別に守護している令嬢の誘拐事件の実行犯。どれほど彼が悪いことをしたのかがここに書かれている。
ユーレッドは、もしかしたら、万一聞けば教えてくれるかもしれない。だが、それを気兼ねなく聞けるようになるにはもっと時間が必要だ。
(でも、調べるのは俺の仕事だし、……さすがにインシュリーさんと何があったなんて聞けないし……。第一……)
タイロはちょっとためらいながらページをめくる。
(俺、ユーレッドさんのこともっと知りたい……)
いよいよ引けなくなって、覚悟を決めるとタイロはページをめくった。
『獄卒の五人については、そもそもの目的は知らされていなかったと考えられる。
彼らは、ただ、我々と地獄開放戦線の二者が争っている間に、”荷物”を奪うように指示されていただけだった。
彼らは特に思想などもなく、単に金や衝動的な感情で動く獄卒達であるとみられ、
当然ながら”荷物”の中身など知らされていなかったのだろう。
それは依頼主のリヴベールにしても同じだった。
そもそも、リヴベールについてはもう少し話をしなければならない。
この男が絡んだことが、我々にとって不利な状況をもたらしていた。
リヴベールは、先ほど言った通りの家柄だけで名誉職を得た悪党である。彼はこの事件後にその責を問われ、獄卒に堕ちている。獄卒としての名前は、STANDARD-2-5-16、俗にベール16と通称されており、今もシャロゥグの獄卒街にてビルを所有し、獄卒相手の賭博場を開かせているが、当時もそうであった。そのため、獄卒の友人知人に事欠かなかったようだ』
(ベール16。ああ、そうか、ここでつながるんだ)
『その当時インシュリーは婚約をしていた。相手は仮にG嬢とする。
G嬢はクラブで働くホステスであり、いつごろからかは知らないがインシュリーと交際をしていたようである。しかし、その関係は秘密にされていた。
そうとも知らないベールは彼女に接待された際に一目惚れし、無理に交際を迫っていたが、それがあまりにもしつこいので彼女はインシュリーに相談し、インシュリーは彼に自分が婚約者であるとのことを明かしたようである。
それがベールの逆恨みを買った。
リヴベールはベール16と通称される前から、金銭的に不自由していたものと思われる。その後の調査で多額の借金を重ねていたことがわかり、その借金の返済に苦労していた。そのとおり、ベールは金はなかったが、すでに獄卒と交流していたようだ。人脈は十分にあった。
そのベールに不穏分子Ωが接触した。
不穏分子Ωは多額の報酬を提示し、ベールに獄卒を集めるよう依頼したようである。その際、その仕事に恋敵であるインシュリーが隊長としてかかわっていることも、もちろん伝えたようだ。また、うまくすれば、G嬢を自分のものにできるかもしれないとも。
ベールは仕事を受け、自らの人脈から腕が立ち、金で危険な仕事を請け負ってくれる獄卒を募った。そして選ばれたのが先の四人である。
そして、ベールはまた別の依頼をもしていた。それはG嬢を何とかかどわかすための方法だ。彼は知り合いの歌手であるWの協力を取り付け、G嬢を連れ出すことに成功。そのまま拉致監禁した。
インシュリーは作戦直前に婚約者が行方不明となり、明らかに動揺していた。しかし、アルル嬢の護送は管理者直接の任務であり、今更、隊長の彼が下りるわけにもいかない。インシュリーは、仕方がなく任務に就いた。
その精神的な動揺により、地獄開放戦線の突然の攻撃に我々は対応しきれなかった。強襲され、アルル嬢は一瞬のスキをついてそのまま誘拐され、トランクの中に押し込められた。
インシュリーは彼らを追いかけたが、彼と地獄開放戦線の闘士の間に、例の不穏分子Ωにやとわれた獄卒の四人が入ってきた。彼らは漁夫の利的にトランクを強奪し、そのまま逃走した。
我々は彼らを追跡したが、抵抗にあって結局逃げられてしまった。
この後のことは、アルル嬢本人の証言によるものであるが……。
アジトについた後、彼らの一人が好奇心からトランクを開けたそうである。彼らとしては、依頼主が大金を払ってまで、また獄吏と過激派が取り合っていた宝物を、渡す前に見ておきたかったというだけのことだったようだ。
しかし、トランクに押し込められた少女を発見した彼らは、相当、動揺したそうである。彼らは事情を聴かされていなかったのだから、それも当然の話だった。
慌てた挙句に彼らはアルル嬢を殺そうとしたようであったが、獄卒UNDER-18-5-4が止めに入った。
”渡す前にキズモノにすると、売り物にならないからやめろ”
彼はそういったとのことだった。
結局、彼らはどうすることもできずにアルル嬢をそのまま軟禁してしまった』