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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report

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4.魔女のハーブティー


 ユーレッドが、ふと何か見つけたようで、眉根を寄せた。

「なんだ?」

 ユーレッドは口で袖口をひきあげて、汚泥の中に手を入れて何か引き出す。

「これは、なんだ?」

 その指の先にあるのは、チップのようなものだ。

「識別票ですか?」

 タイロが離れた場所から覗き込んで尋ねる。汚泥があちらこちらに散らばっているので、タイロは壁側からあまり動きたくないのだ。

「いや、囚人の生の識別票はもっと溶けてるぞ。この間みせただろう。それに接続端子の形がちがう」

 ユーレッドは片眉をひきつらせつつ、立ち上がる。

「こんなもん持ってる囚人は初めてみるぜ」

「じゃあ新発見とかですか?」

「さあな。流石の俺もE管区以外の囚人には詳しくねえからよ」

「でも、とりあえず保存しておきましょう。あ、そういや、俺、小分けのビニール持ってるんですよー」

 そういって、タイロはバッグからなにやら小さなジッパー付きの小袋がはいったパッケージを取り出した。こちらに来る前に、価格均一ショップで買ってきたものだ。

「これにいれてください」

 そう言ってタイロがそれを投げ渡す。

「お前、なんでそんなもん持ってるんだよ」

「これは、ほら、前に識別票とか拾ってたでしょう? ああいうの、仕事で拾うかもって思ったんです。早速役立ちそうですね」

「ほう、それは準備がいいな」

「でしょー」

 タイロは得意になって笑う。

「俺もたまには役に立つんですからね!」

「そうだな。ありがたく使うぜ」

 ユーレッドが素直にほめるので、タイロは嬉しそうに表情を崩す。

「へへー。持ってきてよかった」

「入れ物もあることだし、他のやつにもあるか見てみるか」

 ちらとユーレッドは、スワロに視線をやる。

「スワロ、これと同じやつを探してみろ」

 きゅっ、とスワロが了解の声をあげ、ふわふわっと空中に漂いだした。

 タイロはそんな二人を見守る。ちょっと退屈なのだが、囚人の残骸散らばるここで歩き回るのは気が引けるし、第一、ユーレッドに怒られそうだ。

 と、不意にタイロの腕の端末が反応した。

「あっ、ヤスミちゃんからだ!」

 慌ててスマートフォンの内容を確認してみる。

 なんとジャスミンから返信が来ている。通知画面からして、ごめん。と謝罪の文字がある。タイロは素早くスマートフォンを取り出して返信を読んだ。

「えっと、”さっきはいきなり接続切ってごめん”、って! あー、よかったー! 気にしないで、って返事しよ」

 安堵して、壁際で喜んでいるタイロを見てユーレッドは、やれやれと言いたげに苦笑いした。

「そりゃ良かったな。ちょうどいい。俺が調べている間、お前はちょろちょろしてると危ねえから、そこで返事でもしてろ」

「はーい!」

 タイロは勢いよく返事して、壁にもたれかかりつつ、返信を手早く打った。

(まあ、ちょっとぎこちないけど、とりあえずお返事くれたので、絶交とかなさそう)

 ぽちぽちと送信した後、ふとタイロはジャスミンからの通信に添付ファイルがついているのに気づいた。

『これも必要でしょうから送っておく』

とある。

(必要なファイルって何?)

 開いてみると、処方箋らしいデータだ。

 そんな個人情報どこで、と思ったが、なるほど患者は獄卒らしく、名前ではなく評価の後に数字が羅列していた。

 獄卒には人権はない。獄吏に対しては、本来なんでもオープンにしなければならないので、処方箋のデータぐらいは引っ張ってこられるのだろう。

 そういえば、先ほど、処方箋のデータを送るといっていた。

(あー、なるほど。今回俺が連れてきた獄卒の人の処方箋ね)

 担当する獄卒のことは頭に叩き込んでおけ、ということらしい。

 もっとも、それについては、当の獄卒のユーレッドにも言われていることで、当たり前といえば当たり前だ。さっきも、ラーメンを食べながら、それぐらい調べてろよ、と言われたばかりである。正論すぎて反論もできない。

(軒並み精神安定剤やら睡眠導入剤やら処方されてるね。獄卒の人も苦労が多いんだ)

 とはいえ、獄卒には標準的なことなので、さほどタイロは気にならない。

 おざなりであるとはいえ、獄卒にも一応精神ケアはなされている。あまり手ひどくして反乱でも起こされると大変なのだ。耐用年数五年などとまことしやかに言われてはいるけれど、あれについても一応問題ではあるらしいのだ。

 獄卒も囚人対策としては非常に有用な人的資産といったところらしいのだから。

 それはそれとして、ああいわれたことだ。一応パラパラっと読んでおこう。とページをめくって確認していたタイロは、ふととあるページで手を止める。

(獄卒UNDER-18-5-4)

 タイロだって正確な数字で彼らを覚えて認識しているわけではない。多くは通称名で覚えているし、数字の一部で覚えていたりするぐらい。だが、流石にユーレッドのことは覚えている。

(これはユーレッドさんの……?)

 ちらりとユーレッドのほうに視線を向けてしまう。彼は探し物に熱心でこちらに気付いていない様子だ。

(こんなのこっそり読むとか、なんか悪いんだけどな。でも、ちゃんと調べておけって本人にもいわれたしー)

 ちょっと悩んだ末、タイロは画面をスワイプして中のページをめくる。

(んー、じゃ、ちょっと失礼して)

 と中身をみて、ちょっとタイロはぎょっとする。

(なんだこれ、ユーレッドさん、薬もらいすぎじゃない?)

 てっきり、例の鎮静剤ぐらいしかもらっていないのだと思ったのに。

 ちらちらと視線を向ける。チップを探すユーレッドもスワロも、タイロの視線を気にしていないようだった。

(例の義務付けられてる鎮静剤はまあいいと思うんだけど。ほかに、鎮痛剤的なのとか、神経系の薬みたいな解説ついてるのが凄く多い。もしかして、体、悪いのかな?)

 外見だけでは少なくとも健康そうには見えないユーレッドだ。が、実態はそれほど不健康でもなさそう。第一、彼の動作自体は特に異常はないし、戦闘時の動きは病人のそれには見えない。

 精神的には、というと、そもそも人格的に問題はあるし、若干不安定な気配はないでもなく、その辺はわからないのだが、少なくともその辺の獄卒よりは安定している気はする。

 とはいえ、そもそも傷だらけのユーレッドのことだから、持病みたいなものがあるのかも。通常風邪にも感染しづらい体らしい獄卒が、どの程度病気になるのかは謎だが。

(なんの薬なんだろう。頓服薬こんなに出てるとか)

 心配になってきたが、ユーレッドに面と向かってきくのはちょっと気が引ける。

(ヤスミちゃんに、聞いてみようかな……)

 と思っていると、遅れてもう一つファイルの添付されたメッセージが飛んできた。

『あと、お連れさんのことは、これも読んでよく考えて付き合ってね』

 そして。

『インシュリーさんのこともここに書いてあるわ。これは彼の上司のレポートだから』

 それから気になる一言。

『これ、機密文書らしいから、読んだことは秘密にしておくのよ』

「機密文書?」

 怪しげな響きの言葉をつぶやいて、タイロは目を瞬かせた。



 *


 ランチの時間の一度目のステージが終わったばかりのウィステリアは、ドレスを引き摺らないように気をつけつつ、廊下を歩いていた。

「ミズ・ウィステリア。今日も素晴らしい歌声だったよ」

「ありがとうございます」

 ジャズクラブの支配人が相合を崩してそういうのを、ウィステリアは柔らかな笑みで答える。

「夜の部もよろしく頼むよ」

「はい。お任せください」

 が、ふと彼の後ろに普段見かけない何者かがいるのを見つけて軽く眉根を寄せた。

 ウィステリアの場合、それは見慣れないから怪訝そうにした、というわけではない。彼女にはその男の顔に見覚えがあったのだ。

「ああ、こちらは管理局の方だよ。君に会いたいと言ってこられて。なんでも、事件について調査しているらしく、お話を聞きたいそうだ」

 そこに立っているのは、さらりとした美男子だった。

「まあ、それはそれは」

 ウィステリアは意外に思ったが、それを隠してにっこりと笑う。

「素敵な方ですわね。せっかく、会いに来てくださったんですもの。こんなところで立ち話もなんですから、向こうでお茶でもいかがかしら」

 そう笑顔でもちかけながら、ウィステリアは油断なく彼に視線を投げかける。

 やってきた男は、ウィステリアには笑顔を返さずに、少し憂いに沈んだような瞳を静かに向けるだけである。



 生演奏のジャズが流れている。

 このジャズクラブは、マリナーブベイの高級なホテルの近くにあり、拡張高い装飾に彩られていた。しかし、その雰囲気はどちらかというと郷愁を誘う、”懐かしい”ものである。

「いい音ね。あたしはやっぱり録音より生音の方が好きだわ」

 冷たい飲み物に鮮やかな色のシロップを入れて、クルクルとマドラーを弄ぶようにしてかき混ぜる。

「ここの支配人はね、古い音楽も大切にしてくれるから、あたしはとてもありがたく思っているのよ。ゆったりとした過去の時間が流れているような場所は、いつだって大切にされるべきだわ」

 ウィステリアが飲んでいるものが何かはわからないが、今はアルコールではないようだ。ハーブティーだと彼女は言っていたが。

 出された珈琲に口をつけることもなく、男は彼女の挙動を見守っている。

「あんまりだんまりされても、困るわよ。用件は手短に言って欲しいものね。あたしは、優柔不断な男って嫌いなの」

 そう言って嘲笑うような微笑みを浮かべ、ウィステリアは、ちらと彼に視線をなげる。

「あたしがマリナーブベイにいることは、貴方随分前にご存知だったでしょう? どうして今日に限って会いにきてくれたのかしらね、インシュリーさん」

「ウィステリア、君はなぜここにいるんだ?」

 はじめてインシュリーは口を開く。ウィステリアは、くすりと笑って、

「何故? あたしは歌手だもの。呼ばれればどこでも歌いにいくわ。それが管区外だろうと、渡航許可さえ下りればね」

「そうは思えない」

「何を疑っているのかしら。ああそう、貴方、あたしの今の身分をご存知ないでしょう? この辺ではっきりさせておくわね」

 ウィステリアは、そういうとドレスの帯の部分から紐につけていたID証を取り出す。それはこのクラブを出入りするための身分証のようだったが、彼女はそれを裏返すようにして別のカードを差し出してきた。

「これ、貴方にはわかるわよね。あたしも、貴方と立場は同じよ」

 ちらりとIDカードを見せると、インシュリーははっと驚く。そして小声で囁く。

「まさか。君はいつの間に調査員エージェントに?」

「いつの間? ふふふっ、あれからどれだけの時間が経ったと思っているの? 調査員エージェントになるだけなら、一時間もすればなれるわよ。ツテさえあればね。そして、ツテのできるだけの時間も経過している。だって、そうでしょう? あなただって、いつ、調査員エージェントになったのかしら?」

 インシュリーは黙っている。

「それより、貴方こそ、随分思い切ったのね。E管区では失踪した扱いになっているのでしょう? 知っていてよ? 出世するためにそこまでするようなタイプでもないのに、何故かしらね。知りたいものだわ」

「随分と詳しいな」

インシュリーは眉根を寄せる。

「ふふっ、女は噂話が好きなものよ」

 ウィステリアは、悪戯っぽく笑うと飲み物を口にした。

「ということで、あたしは貴方の期待には添えそうにないわ」

 なにが、とばかりにインシュリーが睨むようにみると、ウィステリアは流し目で彼を見た。

「貴方、"あの人"に会ったんでしょう?」

 インシュリーは無言だ。

「そういう顔をしているわ。それで、今まで放置していたあたしに疑いを向けて、こんな場所にやってきた。あたしから何か彼のことを聞きたい。違うのかしら?」

 挑みかかるようなウィステリアの視線を避けるようにして、インシュリーははじめて珈琲をすする。

「奴は何故ここにきた?」

「さあ」

 ウィステリアは小首を傾げる。

「大した理由はないでしょう? お金のためや興味、色々あるじゃない。それよりも、あなたは別のことを気にしているわよね?」

 インシュリーは黙り込み、少し考えてから言った。

「……奴は何か自信があるようだった。獄卒であるなら、私の武器に警戒して当然だが、その気配すらなかった。……何かしたのか?」

「さあ、それこそわからないわ。けれど、彼だって、一回敗北したならそれなりに対策するでしょう。あのひと、あれで馬鹿じゃないし、それに結構意地っ張りなのよ」

 ウィステリアはあいまいにこたえ、

「残念だけど、彼のこともっと知りたいのはあたしの方よ。彼の考えていることなんか知らないわ」

 ほんのすこし寂しげにそう言って、

「だって、彼は人魚姫みたいな、芯が強くて儚げで、そして報われない女が好きだもの。あたしはね、せいぜい海の魔女が関の山」

「人魚姫?」

「そう、叶わぬ恋に、泡になって消えてしまう娘のお話」

 意味深に繰り返して目くばせすると、インシュリーが目を逸らす。

「人魚姫か……」

「ええ。そういう役割の子っているの。誰が悪いわけでもない」

 ウィステリアはしみじみとつぶやく。

「そういえば、この世界は無数の本でできているってお話があるわよね。本は”運命”と言い換えてもよいわ。貴方も知っていて? この世に生きている人間は本を持っているってお話」

「くだらぬ都市伝説だ」

 インシュリーは静かに低く応える。

「ええ、そうかもしれないわ。けれど、都市伝説というより、神話に近しいものよ」

 ウィステリアは切長の目をインシュリーに向けながら言った。

「昔々、とある世界がダメになった時、神様はこのハローグローブをお造りあそばされ、そこへと人々を導いた。けれど、生き残った人の数は少なく、健全な社会が形成できる人数ではなかった。データも不足していた。神様はそこで、自分の本棚の登場人物の人格データから、人間を作って世界に足した」

 ウィステリアは語りながら、グラスの飲み物で唇を湿す。

「人々を作る”人工知能マザー”は、賢い存在だったから、健全な社会を作るために同一の素材から作った人がたくさんいるのを嫌った。だから、同じ本から作ったものは少しずつアレンジされ、少しずつ違った人間として作られた。けれど、生まれ持った役割は、その本に影響されると言われている」

 ウィステリアはにこりとした。

「けれど、あたしはね、本の通りになるのが嫌だったのさ」

 悪戯っぽく、ちょっと言葉崩しながらウィステリアは魅惑的に笑う。

「あたしもいつまでも魔女でいたくなかった。それで調査員エージェントになったのよ。たくさん複製されてねじ曲がった"本"の世界。それなら、運命も変えられるのでなくて? 歪みは良くも悪くもあるけれど、それは可能性があると言い換えられるのだもの?」

 と、ウィステリアはインシュリーを見上げた。

「インシュリーさん、一体、今の貴方は、どんな本をお持ちなのかしらね」

 ウィステリアの手元で、グラスの中の氷が溶けてカランと軽い音が鳴る。それが妙に響いて聞こえる。

 インシュリーは返答しなかった。

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