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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report
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2.苦い珈琲、閲覧制限


 ぴこん、ぴこん、と通知の音が響く。

 ジャスミン=ナイトはそれを無視しながら、珈琲を飲んで不機嫌な顔をしていた。

『おや、ジャスミン。機嫌が悪いな』

 不意に画面の向こうからそう話しかけられて、ジャスミンはちらとそちらをみた。

 画面は映っておらず、声だけだが、相手はよく知っている。プライベートでも仕事上でも付き合いのある男、エイブ=タイ・ファだった。

 元々、ジャスミンの保護者……彼女は多くのハローグローブの子供と同じく保護施設育ちだ。しかし、この世界の出生率は低めであり、何らかの形で管理局が関与していることが多いこともあり、子供に両親がそろっていたり、揃っていても両親のもとで育つ子供のほうがあまりいない。また、汚泥漏洩事故の際の犠牲者も多く、孤児が多くなっているともいう。タイロなどはそういう身の上なのだ。

 ただし身元引受人は何らかの形で存在し、そのことを保護者と呼んでいる。その多くは、広い意味での血縁者である。

 ともあれ、ジャスミンには保護者の祖父が存在し、その保護者のおじいさんとエイブ=タイ・ファは友人関係にあった。半分娘のようなものだ。

 その縁もあり、ジャスミンがこの仕事についてからは、彼の仕事を手伝う任務を与えられることがあるようになった。

 エイブ=タイ・ファは、管理者アドミニストレータ直属の調査員エージェントである。そのような仕事をしていること、また彼の性格のこともあり、顔見知りのジャスミンをアシスタントにつけるほうが好都合だった。それゆえにジャスミンも多少は機密性の高い情報に触れることができる。

「ううん、なんでもないの」

『なんでもない顔ではないだろう? この間喧嘩したとかいっていたが、あの幼馴染とかいう坊主と仲直りしていないのかね?』

 と尋ねられ、ジャスミンは、むーっとしながら言った。

「だってタイロのやつったら、勝手に勘違いして。あたしが先輩とご飯行くんだとか、お似合いだとか。まだそれ引きずってるみたいで」

 ジャスミンは珈琲を飲みながら、口を尖らせた。

「あたしはただエイブおじさんとご飯に行っただけなのに。勝手に誤解してればいいんだわ」

『ははは』

 エイブが画面の向こうで笑う。

『それにしても、妙に不機嫌だな。本当はそれだけではないのだろう。そんな喧嘩はいつものことじゃないか』

 そう言われて、ジャスミンは思わず言葉に詰まる。

「エイブ先生はなんでもお見通しね」

 ため息をついて、ジャスミンは頭の後ろで手を組んだ。

「なんだかね、泰路のやつ、最近、楽しそうなの」

『結構なことではないか』

「そうなんだけど。マリナーブベイに行くことが決まって、嫌な顔でもしてるのかと思ったのに。多分、あの獄卒の人のせいかな」

『獄卒? ああ、引率相手の一人か?』

「ええ。すごい素行不良の獄卒の男なんだけど、なんだかあの人としゃべってると泰路は楽しそうなのよね。確かに助けてくれたみたいだし、根は悪い人じゃないのかもしれないけど」

 ジャスミンは視線を落とす。

「獄卒なんて悪い人しかいないのに」

『まあ、獄卒になつくのはあまりよろしくないが、一過性のものだろう? 少年というものは悪い奴に多少憧れるものだから。どうせそのうち現実を見る』

「そうかもしれない。でもね、あんなに楽しそうなのも久しぶりに見たのよね」

 ジャスミンはため息をつく。

「泰路って、本当は結構優秀な子だったの。で、あたしはそれに負けないようにって頑張って、あたしが一年先にここで働くようになったでしょう。そうしたら、泰路があたしに”ヤスミちゃんは優秀だから”って言い出しちゃって、妙に卑屈にふるまうのよ。本当は泰路だってすごいのに……」

 ジャスミンは天井をみあげつつ言った。

「あたしは、そんなアイツがちょっと腹立たしかったわ。でも、学校で機械触ってる時は、もうちょっと楽しそうだった。ただ獄卒管理課の仕事始めてからなんか楽しくなさそうで……。あの子のことだから上手くはやれてるんだけど、多分そのうち辞めちゃうんだと思っていたわ」

 ジャスミンの目の前で、珈琲がすでにぬるくなっている。

「でもそれが、あの獄卒の人に会ってからは楽しそうなのよ。まるで冒険に出る前の小さな男の子みたいに目を輝かせててね。それでね、急にどこか遠くに行っちゃう気がして、気が立ってしまったんだと思う」

 ジャスミンは肩をすくめる。 

「エイブおじさんにこんなこと言っても仕方ないわよね。あたしのやきもちみたいなものかな、これ」

『いや、幼馴染が心配になるのは、自然なことだぞ。それに、獄卒とつきあいがあるのなら、余計に心配になるだろうからな』

 エイブ=タイ・ファは、うむとうなずく。

「その獄卒の人は、多分、泰路に色々教えてくれるんだと思うわ。だって、獄卒管理課の、特にあの部署って、獄卒に直接対面するからみんなスレてるでしょ。対応する獄卒だって、UNDER評価のついたロクデナシばかり。……仕事っていっても、熱心に教えてくれるような親切な人もいなくて、そのうち覚える、獄卒のことは詳しく知るな、このマニュアルに載っていることだけ覚えていればいい、試験だってこれが出る。そんなことばっかりって言ってた。あの人は、多分、泰路にちゃんと話をしてくれるんだろうなって……」

『ははは、未知の世界が気になるのは、若者としては当然だ。まあ、その獄卒があまりに悪い奴であるようなら、おれの側でもチェックするようにする。あまりに気にしなくていいぞ。それにあの坊主もなかなか神経の太い子だからな』

「そうね、ふふ、ありがとう、おじさん」

 ジャスミンは礼を言いつつため息をついた。

「それじゃあお返事してあげようかしら。ちょうど処方箋データも送ろうと思っていたし、ちょうどおじさんからさっき報告書ももらえたものね。ナイスタイミングだわ」

 悪戯っぽく笑うと、エイブ=タイ・ファが怪訝そうな声になった。

『先程の、というと、おれに調べさせた報告書だな。あんなもの、何か関係があるのか』

「ええ、本当はベール16の素性を洗うつもりで調べていたんだけど、あれ、アクセス制限されていたでしょう。エイブおじさんなら何とかなると思ってね」

『都合よく使ってくれるなあ』

 エイブはくすくすと笑う。

「でもちょうどよかったのよ。実はさっき、彼に一人の獄吏が接触したんだけど、獄卒と揉めそうになってね。J管区出向中の人で。その人を調べていたら、シャロゥグの獄卒を管理しているベール16ともかかわりのある事件を担当していた形跡があるの」

『それで、このアルル・ニューの誘拐監禁事件の話をかね。これにかかわっている獄卒と獄吏か……』

 エイブ=タイ・ファの声が、さらに怪訝そうになった。

『それはそうと、アルル・ニューのことをジャスミンは知っているのかね?』

「詳しくはしらないわ。けれど、何かしらの重要人物でしょう? 彼女のせいで、この事件の閲覧制限がかかっているみたいだけれど……」

 とジャスミンは答えながら。

「でも、あたしが知りたいのはその人のことじゃなくて、寧ろ、ここに関係している人間のつながりというか。あたしのカンではこのあたりにヒントが……。あれ」

 送ってもらったファイルをタブレットひらき、ちらちら読んでいたジャスミンが、小首を傾げて眉根を寄せた。

「あらいやね。あの人、この件にも絡んでるの?」

『あの人?』

「あ、この人よ。三ページにある実行犯の一人の獄卒のNo.18-5-4」

 そういってカメラに向けて、マグショットののっているページを見せた。

 それは前に見たマグショットとは別であるが、顔に傷のある特徴的な痩せた男が写っていた。

「この獄卒が泰路と一緒にいる……」

『なに。どれどれ』

 と、確認しているらしいエイブがあーと声を上げた。

『誰かと思えば、なんだ、こいつか』

「おじさん、このひと知っているの?」

 ジャスミンが目を瞬かせる。

『まあ、なんだ。顔見知りだな。おれもこの事件に絡んでいるので。それと、色々あって、コイツを監視しているのはおれなのだ。まあ、普段はそんな監視するほどの大きな事件は起こさないのだがな』

「えっそうなの? それなら、早く聞けばよかったな」

 エイブがやれやれと言いたげになる。

『ま、この男なら、まあその坊主は大丈夫だろう』

「えっ、でも、危険な人なんでしょう」

『危険と言われれば、安全とは言わないが、そうだな、なんといえば……』

 とちょっと考えて、

『あの坊主、こういう男に対しても困ったら頼るだろう? この男、頼られると弱いので、そんな悪いようにはすまいよ。口は悪いが面倒見は悪くないからな』

「そうかしらねえ」

 ジャスミンはまだ半信半疑だ。それより、と、エイブ=タイ・ファは声を低めた。

『それで、その獄吏やこいつなのだとしたら、もっと気になることがある。そのこいつともめた獄吏がこの事件にかかわっているといったが、まさかその獄吏、名前はインシュリーでは?』

「あら、エイブおじさんも知ってるの?』

 ジャスミンは目を瞬かせる。

「その、インシュリーって人がどうかしたの? さっき、様子が変だったのよ」

『うむ』

 エイブ=タイ・ファは沈痛にうなる。

『いや、その男、マリナーブベイに出向しているのか。意外だな』

 ジャスミンがキョトンとすると、タイ・ファは告げた。

『いや、実はな。その男、失踪していて。……厳密には失踪扱いで、別管区に”出向”しているわけだが、こちらからコンタクトが全く取れない状態だったのだ。おれはそいつの妻から、居場所を探してくれと言われて、ここ一年ほど行方を探していたところなのだ』



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