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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-B:The Secret Report

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1.まったりランチタイム


 あたたかな湯気がスマートフォンの向こうで立ち上っていた。

「ヤスミちゃんから既読がつかない……」

 カウンター席にユーレッドと並んで座りつつ、タイロはぽつりとつぶやく。

 タイロは先ほどから音信普通のジャスミンのことが気がかりになっていた。

 仕事用の回線は退席中。アシスタントとしてナビゲートしてくれる気配もない。

 ということで、プライベートの携帯電話から連絡をしてみたのだが、返事どころか既読もつかない。無視されている気配だ。

「なんだ、麵が伸びちまうぞ」

 すでに料理は届いている。パキンと口で割り箸を割ってユーレッドが眉根を寄せた。

「なんかあったのかよ?」 

「あ、いえ、なんでも」

 目の前にはおいしそうなラーメン。香ばしい醤油ラーメンだ。

 お腹もすいた。しかし、気がかりすぎて食欲はイマイチ。とはいえ、実際に食べ物の香りをかぐと、やっぱりお腹はすくわけで、タイロはとりあえず割り箸を割った。

(お腹すいてるときに考えても、いい案が出ないもんね)

 何はともあれ、タイロは麺をすすってみる。

「んー、確かにおいしい」

 タイロは素直に感想を述べた。

「俺には塩味濃いけど。この太い縮れ麺もおいしいし。へえ、グルメサイトにのってなかったのに、穴場って感じー」

 ここは隠れた名店ということで案内はされたのだが、確かに評判にたがわない。

 などとちょっと通ぶってみたが、実はタイロは別に何を食べても美味しくいただけるタイプである。固形食糧で構わないというユーレッドにああはいったが、タイロだってそんなにこれと言って食べ物にこだわるタイプでもなかった。

 しかし、彼の手前、ちょっと知ったかぶりをしてみたまでである。

「俺は結構いけるんですけど、ユーレッドさん的にも美味しいですか?」

「まあな。ここの土地がはじめての割りにはいい店を引き当てるじゃねえか」

 ユーレッドは周囲をちらりと見る。昼時ではあるが、そこまで人は多くない。

「俺は人の多いところは嫌いだが、こういうところならいい。それに俺は薄い味つけより濃いほうがどっちかってえといいしな」

「えへへ、それはよかったです」

(あのディマイアスとかいう人、マジでデキる人だなー。シミュレーション通りのこと言ってる……)

 タイロは素直にそんな感想を持つのだった。

 

 この店をそっと彼に教えてくれたのは、あの名刺の主である。

 つまり、マリナーブベイ出発の前日、セレブリティを漂わせながら、獄卒管理課の食堂で、いかにもジャンクなハンバーガーなんぞを食らっていた謎の男、ユアン・D・セイブ。

 こんなことで頼るのも……と思ったタイロであったが、得体は知れないが物知りには違いなさそう。ほかに頼れる人もいない。

 そんな中、タイロはディマイアスにそっとメールを送ってみたのだった。

 獄卒管理課にいたのだし、多分彼もインシュリーのことを知っているに違いない。ついでに聞いてみようということで、その件も含めてメール送信してみたのだ。 

 メールの内容はこういう感じである。

 ”いきなりメールをしてすみません。貴方ならインシュリーという出向中の獄吏を知っていると思ってメールしました。獄卒の一人とトラブルになりかけていて、なんだか様子が変なのですが、思い当たることはありますか。それと、もしよろしければ、獄卒の方ともいける、おすすめのご飯のお店を教えてください”

 一番聞きたいのは後ろの美味しいお店の部分だが、流石にそれだけを聞くのははばかられるので、ちゃんと丁寧に建前を書いたタイロだった。

 インシュリーの件を建前にしていれば、一応仕事っぽいメールにはなっただろう。

 それでも、あの男がすぐにメールをくれるとは限らない。

 返事は半日後ぐらいかもしれないと思って、自分でも飯屋を探し始めていたのだが、あにはからんや、すぐに返信が来た。

”やあ。お疲れ様、タイロ君☆ メールありがとう。連絡をくれて嬉しいよ”

 軽い調子、本当は絵文字も飛び交いまくっているチャラいあいさつの後、

”インシュリー君の件は気に留めておくよ。何か気になることがあるんだね。僕も彼のことはよく知っているんだ”

 と一応そのことに触れつつ、

”で、本題だけど、獄卒の人とごはんに行くなら人気のないほうがいいんじゃないかな。あと、シャロゥグにいる獄卒は味付けは濃い目のほうが好きだと思うしねー。

 そうだなー、僕のおすすめはラーメンだね。気軽に親交深めるお昼ご飯にぴったりだ。ということで、僕のイチオシのお店を送っておくね☆

 あ、食後のデートコースで悩んだら、また連絡ちょうだい。僕がコーディネートしてあげよう♪”

 と、しかし、タイロの建前を無視してズバリと本来の目的を見抜いた返事だった。

 散らばったカワイイ絵文字が逆に恐ろしい。

(やっぱあの人偉い人なんだろうな。見抜かれすぎててこわい)

 とはいえ、協力はしてくれそう。害は今のところなさそうだ。

 なので、まあそれはそうだとしておいて。

 問題はジャスミンの方である。

 タイロには、実のところ、彼女が何故そこまで怒っているのかが理解できないのだ。

(んーあー、なんであの子、怒ってんだろ。やきもち? いや、でも、この色気のない職場で他に女子とかいないし)

 可能性があるとすれば、自分がユーレッドに肩入れしているからかもしれないが。

(ユーレッドさんに妬けるとか意味不明だし)

 タイロはため息をつく。

「まあいいか。ラーメン美味しいし、食べるときは何も考えないでおこう」

 うっかりと口にでていたらしく、ユーレッドが聞きとがめる。

「なんだ、お前、考え事なんかしてんのか?」

 ユーレッドがふとニヤつく。

「何も考えてねえような面してるくせに」

「あー、失礼ですね。これでもいろいろ考えてるんですよ。でも、メシ食うときは何も考えないほうがいいですからねっ!」

「それはそうかもな。で、ほら」

 ユーレッドが、財布を引っ張り出してきてそこからカードを取り出した。

「お前が食い終わったら勘定、これで払ってこい」

「え、俺がおごりますってば」

 ユーレッドは鼻で笑う。

「お前みてえな新米の餓鬼の上前はねるとかねえよ」

「でもー」

「黙って取ってろ」

「そういわれるならー」

 タイロは受け取ったカードをまじまじと見やる。

 今時、決済するときは、端末で決済することが多くて、カードはあまり使われない。とはいえ、現金も存在しないわけでもないので、カードだって珍しくはないのだが、それにしても表面に見たことのないマークが踊っている。

「なんか見たことないマークついてますが、これって、クレジットカードですか?」

 ユーレッドは皮肉っぽく唇を引きつらせる。

「何かとおもしれえこと言うな、お前は。俺みてえな不良獄卒に与信するような信販会社ねえよ。そういうのは少なくともOVER評価から審査に乗るんだぜ」

「ほえー、そうなんですか」

「ま、調査員エージェントにでもなれば別だろうがな。コレは獄卒専用の現金支払用のカードだ。管理部からの囚人ハントの報奨金は、直接このカードのアカウントに入金される。獄卒ってのは色々信用されてねえからよ、端末での決済よりそういうカードでの決済が主流なわけだ。ソレ、IDカードも別に持っているが、身分証明書にもなるんで便利なんだよな」

「へー、端末決済のが安全そうなのに」

「だと思うだろ? だが、ソレ、偽造するのがすげえ難しいらしいんだぜ。獄卒はろくなやつがいねーからわざわざアナログにしているらしい。例の黄色警告票みてえなもんだ。アレ、交付されるとな、どういう仕組みだかしらねえがごまかしが効かねえらしいぞ」

「へえー、一応意味があるんですねえ」

 ぺらぺらとタイロは手のひらでカードをたたきつつ、愛想笑いを浮かべた。

「じゃ、遠慮なくごちそうになりますけど……、次はおごらせてくださいよ」

 ラーメンはちょっと塩味が濃くて縮れ麺で、とてもおいしかったけれど。


 食べ終えても、彼女からの返事はなかった。

 

 *

 

 マリナーブベイには、海に注ぎ込む広大な川が流れていた。

 そこの眺めは雄大で、そそり立つ摩天楼と相まって、とても不思議で雄大な光景だった。しかし、タイロはイマイチ眺めを楽しむ余裕をもてないでいる。

 川に面した通りを歩きながら、タイロは定期的にスマートフォンを取り出してみる。そんなことをしなくても、腕につけた端末でメールの有無も内容も確認できるのに、わざわざ本体をのぞいてしまう。

「そんな、怒ることだったかなあ」

 タイロがスマートフォンを覗き込むと、自分が送った文の数々が目に入る。

”ごめんって。何怒ってるの?”

”まじごめんて”

”ごめんなさい”

”もうしません”

”おへんじください”

 タイロは眉根を寄せて、とりあえずもう一言ダメ推ししてみる。

”せめて既読だけでも”

(んー、いくら何でも下出に出すぎかな。嫌でもこれぐらいしといたほうが……)

 と思っていると、不意にユーレッドがにゅっと横から覗き込んできた。背は高いが彼は猫背だ。

「なんだよ、フラれたのか」

「そう言うわけじゃないと思うんですけどー」

 タイロは口をとがらせつつも、わかりやすくうなだれる。

「返信が来ないどころか、読んでくれてる気配がないいい……」

 ユーレッドがその様子に黙り込んでいるのに気付いたタイロは、慌てて顔を上げた。

「あ、別にユーレッドさんのせいとかじゃないんですからね。いや、俺だって男だし、女の子にちょっと言われたぐらいで自分の主張まげたりしませんしー」

「やせ我慢だな」

 ユーレッドは苦笑する。

「なんだ、さっきの娘、お前のい子なのか?」

「そりゃ、カノジョっていいたいですけど、そんなんじゃないんですよ。彼女とってもかわいいんで、俺なんか……」

 タイロはため息をつく。

「そういや、イケメンの先輩とご飯って言ってたし引く手あまた。俺なんかただの幼馴染だし。取り立ててイケメンってわけでもないし、仕事だってヤスミちゃんのが優秀で、あっちのが年下なのに社会人経験も一年多め。特別に取り立てられたんですからねー。それに比べたら、俺なんて……」

「そんなに卑屈にならねえでもいいだろ」

「でも」

 なにをおもったのか、ユーレッドがふと左目を細める。

「二度とやんなっつったが、インシュリーと俺の間に割って入るってのはなかなかできることじゃねえよ。男は度胸があったほうがいいぜ。いずれは見直してもらえるんじゃねえ?」

「本当ですか?」

 タイロがぱっと表情を明るくして食いつくと、ユーレッドは意地悪くにやりとする。

「その調子のいいのとすぐヘタレるのは悪い癖だな。それ直さねえとダメじゃねえか」

「別にヘタレじゃありませんよ」

 タイロは口をとがらせつつ、

「そうだったか。じゃあ、今度囚人出ても腰ぬかさねえかな?」

「今度は大丈夫ですよ! あ、あれははじめてだったからですってば」

「そうか。そいつは次が楽しみだ」

 ユーレッドが意地悪くいうのをたしなめるように、肩のスワロがきゅっと鳴く。

 しばらくマリナーブベイの景色を見ながら歩いていく。 

「そういや、ユーレッドさん、この後どうするんですか?」

「どうするって、ホテルに戻るんだろ」

「えー、どうせ暇でしょ。どっか、観光地とか?」

「暇じゃねえよ。大体、なんで野郎二人で観光地巡りしなきゃならねえんだ。何の楽しいこともねえじゃねえか」

「そういわれるとごもっともとしか言いようがない」

 タイロは反射的に同意してしまいつつ、

「いやでも、俺もこのままだと暇ですしー、一人で観光地とか回りたくないんですよ。でも、庭園とか綺麗だってさっきのお店のひともいってて」

「まったく、俺が獄卒となれ合うなっていった意味が全然わかってねえな、お前」

 ユーレッドは肩をすくめたが、ふと何を思いついたのか、目を細めてにやりとした。

「そんなに寄り道したいなら、一軒付き合えよ。大した時間にならねえがな」

「えっ、いいんですかぁ!」

「いいぜ。お前がいた方が都合がいい」

 ユーレッドがにやりとする。

「まア、遊びじゃねえけどな」

 ユーレッドが不意に口を歪めてにやりとする。唐突に不穏な空気が漂う。よく見るとユーレッドの目が据わっている。

 なんとなく嫌な予感のするタイロだった。

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