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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-A:魔都マリナーブベイ
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5.美青年獄吏

「おい、獄吏」

 そこに二人ほど獄卒が立っていた。なんとなく顔に見覚えがあるので、自分たちが引率する獄卒には違いない。

 てっきり、全員遊びに行ってしまったのだろうと思っていたタイロは、やや面くらいつつ、

「あ、な、なんでしょう」

「それ、アイツのモンだろう?」

 タイロが思わずスワロを背中にかばう。なんだか不穏だ。

「アイツって、獄卒18-5-4のことですか?」

 ユーレッドの登録番号だけは覚えている。それを使って獄吏らしくそういってみて、ちょっと威圧してみるタイロだったが、相手には大して効果がなさそうだ。

「そんな番号のやつのことは知らねえよ。とにかく、ユーレッドのだろ、そいつ」

「そうだとしてなんです?」

 獄卒の二人がにやりとした。

「アイツには色々恨みがあってな」

「ソイツがないと、アイツも困るだろうと思ってよ」

「だ、ダメですよ。獄卒同士の私闘は厳禁なんですから!」

 タイロは反射的にそういって後退する。

「何言ってんだ。私闘禁止はアイツに言えよ! アイツが一番やらかしてるだろ!」

「それは、まぁ、正論な気も致しますけども」

 突っ込まれてタイロは困る。

 確かに、黄色警告票を山ほどもらっている彼だ。売られた喧嘩も多いのだろうが、”売りに行った”ことも多いということだ。もちろん、買ったことも多い。

 そして、警告票をもらっているということは、彼がそのすべてに”勝って”きたことの証でもあるのだ。

 負ければ警告票はもらわないのである。

「で、でも、目の前で喧嘩の売買されるのは困りますよ! 俺も一応獄吏ですからねっ! それに、この子もなんか色々武器もってそうですし、むやみに喧嘩売らないほうが……」

 タイロはそういいつつ、身の危険を感じて後ろに下がる。タイロは、正直腕っぷしには全く自信がない。しかも相手は、腕自慢かつ命知らずの獄卒。

 きゅ、とスワロが鋭く音を立てて、タイロの肩の上に上がってくる。どうもスワロはやる気らしい。

(えー、やるの、スワロさん? で、でも、こ、この子、どんな武器積んでるんだろ。でも、どう見ても分が悪そうなんだけど)

 タイロは不安に思いながらスワロに目配せするが、スワロの方はつんとして取り合わない。

「あの、俺、新米だけど獄吏ですからね! 俺に手を出したりすると、一発アウトなんで、そのへん、ご理解いただいてます?」

 タイロはとりあえずそう言って威嚇してみる。

「コキュートス送りまっしぐらなんですから! 寒いんですよ!」

 今回は、テーザーに加えて拳銃も準備はしていたが、タイロは何せ実戦経験がないし、銃に関しては対囚人用で汚泥に特化したもの。普通の人間に対しての効果は、実弾のそれとは比べ物にならないぐらい低い安全設計である。

「うるせえな。ここはマリナーブベイだぜ」

 獄卒の男がそう言って笑う。

「お前みたいな新米獄吏一人いなくなったって、旅行中の不幸な事故さ」

「それに、J管区の獄吏がここじゃ一番権限強いんだろ」

 なにやらますます不穏な気配になってきた。

「い、いやあ、一応ここ作るのに近隣の各管区が金を出しててですね。J管区の街を参考にしたんで、J管区がそりゃー地元ですけど、ここはここで別の管理をしていて獄吏ならだれでもそれなりの権限がー……」

 思わず長ったらしく説明をしてしまう。一言、どこの獄吏だろうと、獄卒に対しての権威は十分強いのだといいたいだけなのだが。

 不意に獄卒の一人がぬっと前に出てくる。まったく説明を聞いている気配がない。

「でも、あまり派手にやるとユーレッドの奴がうるさいんじゃねえか? アイツ、気に入った相手に手ェ出すとすぐキレるだろ」

「構やしねえよ。アイツだってどうせ気まぐれだろ」

「え? いや、……俺? スワロさんじゃなくて俺?」

 何やら自分に矛先が向いたのに、タイロはやや焦る。

「あんな奴が、獄吏のこと、本気で気に入るわけねえだろうが」

「それもそうだな。別にアイツには何の利害もねえわけだしよ」

 タイロはますます慌てる。

「ちょっと、いや、俺はまずいですからね! わかってます? ポイント的に一発アウトなんですよ!」

『泰路、雲行きが怪しいわ。暴力沙汰になったらまずあんたでは制圧できないわよ』

 ジャスミンが鋭く警告する。

「わかってるよう」

『私が逃げ道をナビゲートするから、言う方向に逃げなさい』

「う、うん」

 ちょっと情けなく思いつつも、対抗手段はない。ジャスミンにそう答えつつ、そろそろと後ろに下がろうとした。

 その時、目の前の獄卒達がざわめいた。

「お前達、何をしている?」

 咎め立てるような声。

 そこには、スーツを着た人物が立っている。帯刀してはいるが、どうも獄吏のようで、獄吏のIDカードが首からぶら下がっている。

 黒髪の美青年といった風貌。青年といっても、落ち着きから見てタイロよりはかなり年上だと思う。

「誰だお前は?」

 獄卒達が荒っぽく美青年に食ってかかる。

「獄卒は、黙って獄吏に従うものだ。それがお前達が自由を得られる条件だろう」

「うるせえな! なんだ、獄吏か? 管区出たらもう関係ねえだろ!」

「何を言う。対応管区等関係ない。獄卒と獄吏の上下関係は世界共通だ」

「なんだと!」

 青年は涼しげな態度を崩さない。それに腹を立てて、いきなり獄卒がいきりたつ。

 どうも獄卒達は冷静さを欠いているようだ。元から彼等には短気なものが多いものの、そもそもここに来るようなものは相当頭のネジも吹っ飛んでいるような者たち。第一、あのユーレッドに彼の実力もわかっていながらスワロになにかして対抗しようという彼等である。

「あ、あの、危ないですよ!」

 とタイロが慌てて青年に声をかけるが、青年は手袋をした手をちょっと掲げただけだ。大丈夫、ということらしい。

「野郎!」

 その瞬間、獄卒達がわっと彼にとびかかる。

 しかし、青年は静かに彼等と対峙する。

 その剣も抜かずにすっと半歩足をずらすようにして彼らをかわすと、かわしざま何か棒のようなものを抜く。

 抜きざまに長く伸びたそれは警棒だった。彼は獄卒達の間をすり抜ける間に、彼らに軽くそれで触れた程度だった。

「ぎゃあっ!」

 獄卒の悲鳴が短く上がる。その程度のことで体をのけぞらせて倒れた仲間を見て、もうひとりがさすがに怖気づいたが気を取り直して奇声を上げてとびかかる。

「死ね!」

「愚かな」

 青年は冷徹さすら感じる瞳で獄卒を見やると、流れるように警棒を払った。それがどこに当たったのか、獄卒の悲鳴があがり大柄な体がいとも簡単に倒れた。

 あまりにあっけないのでタイロが思わずあっけにとられていると、青年は彼らに見向きもせずに警棒を収めるとタイロのほうに歩いてきた。

 そしてようやく笑顔を見せる。

「怪我はないかな? ああいう獄卒はすぐに突っかかってくる。話をする前に行動した方がいいよ」

「あ、ありがとうございます。すみません」

 タイロはとりあえず礼を言いつつ、どうしても気になるので尋ねてみた。

「あのう、さっきの警棒、電流でも流れれているんですか」

「はは、これは対獄卒用ショックを仕込んだ警棒だよ。なにといっても、獄卒は衝撃に弱いものだからね」

 青年はそう答えた。

「え、そうなんです? いや、うっすらとは聞いたことはありますが、ここまでとは?」

「対囚人に対しては彼らは強いが、対人間に対してはそう強くないようにできているんだ。そうでないと、暴れられたら抑えるほうが大変だからな。君だって制圧用の武器は持っているだろう?」

「え、ええと、そりゃあ一応は。でも、危なっかしいのでなかなか使えないんです」

 タイロが正直に答えると、青年はにっとわらった。

「なるほど、まだ新人さんなのか。大丈夫、そのうち慣れるよ」

「あ、ありがとうございます」

 タイロはとりあえず礼を言う。

『あ、もしかして、あなたはインシュリーさん? 出向なさっていると言う?』

 ジャスミンがふと口を出す。

 青年はタイロの腕の端末から出ているホログラムに気付いたようだ。

「おや、アシスタントのお嬢さんもいたのか? いかにも、私はマリナーブベイ派遣中のE管区獄吏インシュリーだが」

「あれっ、ヤスミちゃん、知り合い?」

『馬鹿ね、泰路、インシュリーさんよ。聞いてない? J管区出向中のE管区獄吏の方で、今回の件で協力してくれるって。打ち合わせにこられてなかった?』

 ジャスミンにささやかれ、タイロはふと思い出す。

 そういえば、打ち合わせ中、不気味な仮面の男たちの中に、一人、彼と同じ服装の獄吏が混ざっていた。仮面で顔は見えなかったが、IDカードはそういえば同じだ。

「あの、さっきお会いした……」

「ああ、先程はすまなかったね。こちらではあの仮面を被ることになっているから、気味が悪かっただろう?」

 インシュリーはそう言って柔らかく微笑む。

「マリナーブベイでの、今の私の上司の管理者アドミXは、部下が相手に感情を読まれることを快く思っていなくてね、直属の部下はみんなああなんだよ」

「そうだったんですか」

 タイロはうなずきつつ、まじまじとインシュリーの顔を見上げた。

 切れ長だがぱっちりとした双眸、高い鼻梁、白い歯、とにかく整った顔立ち。背はほどよく高く、やや線が細いものの、しっかりした体幹。

(なんだろう、すげーイケメンだな、この人)

 タイロは身もふたもない感想を思い浮かべる。確かにインシュリーは、俳優かモデルでもしているのかというような美青年なのだ。

(なんで、このひと、獄吏なんかしてんだろ)

 そんなことを考えながら、インシュリーを見上げる。

「改めて私はインシュリーと言ってね。君達のマリナーブベイでの任務を助けるように言われている。やはりJ管区側獄吏は、ちょっととっつきにくいところがあるだろう? 何かあったら私に言ってね。サポートするよ」

「ありがとうございます。僕はタイロ・ユーサって言って……獄卒管理課の。こっちのアシスタントがジャスミン・ナイトです。E管区からリモートで僕のアシスタントをしてくれているんです」

『よろしくお願いします』

「ああ、君たちのことはきいているよ。よろしく」

 インシュリーは柔らかく微笑み、きょとんとした。

「あれ、一人なのかい? 君の上司は」

「ああ、あの、ちょっと管区の上司に報告なんかしにいってます」

 流石にここで遊びに行ったというのは体裁が悪い。タイロはごまかすことにした。

「獄卒の方たちは、その、あまりに退屈だというので、自由時間に……。喧嘩されるとこまるので、相談して必要な時間まで、遊ばせておこうということになりました」

「彼ら、シャロウグの札付き獄卒だろう? よりによって彼らを派遣してくるとは、シャロゥグの上層部は何を考えているんだろう」

 インシュリーは眉根を寄せる。

「彼らの引率とは、君も若いのに大変だね」

「いやあ、お仕事ですし」

「獄卒の連中ときたら、本当に悪いものばかりだ。君もほだされないように気を付けて。彼らの中には口のうまいものもいるから」

 インシュリーが眉根をよせてそういう。

「はい、気を付けます。それはそうと、インシュリーさんはどうしてこちらに? 何か我々に用でもあったんですか?」

「いや、ここ周辺で汚泥反応があってね。心配になって追いかけてきたんだ」

「あれ、やっぱりそうなんですか?」

「不思議と収まったんだけれど、一応君に話しておこうと思ってね」

 インシュリーは眉根を寄せる。

「このところ、街中での囚人の出没が相次いでいてね。マリナーブベイはその特性から、各管区の縄張りみたいなものがあって捜査が進まないんだ。それに、観光が主な収入だし、あまり危険だということを知られるのも困るしね」

「ひー、そうだったんですか」

 タイロはおびえつつ、ちらとスワロのほうをのぞこうとしたが、先ほど手の上にいたはずのスワロがいない。いつの間にか背中側にまわって隠れるようにしている。

(あれ、なにこれ、スワロさん、おびえてるの?)

 上級獄吏は苦手なのだろうか。

 確かにタイロのような下っ端と違って、出向して管理者アドミに仕えているようなエリート獄吏は、獄卒にとっては天敵みたいなものかもしれないが。

 それにしてもだ。

 強面で実際に怖い一面のあるユーレッドと付き合えるスワロだ。そんな気の弱い性格のはずがない。第一、先ほども不良獄卒に対してはやる気十分だったのに。

「おや、それは?」

 インシュリーがスワロに気付いて眉根を寄せる。

「アシスタントか?」

「あ、えっと、ちょっと預かってて」

「どこかで見たことがあるような?」

「あ、SWシリーズの古い型ですが、結構メジャーな型番なんですよね」

 タイロはどう説明しようかと考える。スワロのこの反応を見ると、ユーレッドのことを告げるのは危険な気がした。

 と、その瞬間、不意にインシュリーが険しい顔になった。その視線はタイロの肩の向こうだ。

 タイロが振り返ると、路地の向こうにユーレッドの長身がふらっとこちらに歩み寄るのが見えた。

「あっ、ユーレッドさん」

「ユーレッド!」

 おかえり、と言おうとしたところで、先にインシュリーが声を上げた。その声の調子が先ほどの彼のものと違うので、タイロは思わず面食らう。

 スワロが弾かれたように、ユーレッドの肩先に飛んでいく。

「貴様、何故ここに!」

 そう言われて、スワロの様子に不思議そうにしていたユーレッドが、はじめてインシュリーのほうを見て一瞬目を見開いた。

「インシュリー?」

 散歩に行ってぶらっと帰ってきただけ。

 そんな風なユーレッドの左手に、血のようなものが滴っていた。


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