4.スワロとタイロ
「ユーレッドさん、助かりました!」
とりあえず、タイロはユーレッドに礼を言いつつ駆け寄る。
「いや、見当たらなかったから、ユーレッドさん来なかったのかなあって思ってたんですよー!」
タイロはあからさまに嬉しそうに、ユーレッドに話しかけた。
「来てくれて良かったです」
「渡航証もらって拒否できるような身分でもねえしな。それに、俺は何もしてねえよ。アイツらがうざったかったから」
ユーレッドは素っ気なくそういったものの、思うところがあるらしく、目を瞬かせた。
「お前がここにきてたことのほうが驚くぜ。逃げると思ってたんだけどな」
とユーレッドがちょっと意地悪なことを言うので、タイロは拗ねたように答える。
「だって、逃げるって言っても、仕事ですしねえ」
「ヘタレの新米のくせに変な根性があるんだな」
「それに、ここで辞めると永遠にヘタレって言われちゃいますし!」
「それもそうか」
ユーレッドがちょっと苦笑しつつ
「ふん、お前、なかなかイイ根性してるじゃねえか。獄吏にしておくにはもったいねえ」
「本当ですか?」
そんなことを言うので、褒められてちょっとタイロは機嫌を直す。と、その時、ユーレッドがにやっと笑った。
「心臓に毛が生えてるって意味だぜ」
タイロがむむっと眉根を寄せると、不意にユーレッドの顔の横から赤い丸いものがひょこんと顔を見せた。
「あ、あの、その子」
「スワロのことか?」
思わず興味津々になってしまう。
「索敵アシスタントなんですよね? なんか自律式みたいですが、人工知能とかちゃんとある子なんですか?」
「そうだ。なんだこいつに興味があるのかよ?」
「自律型の人工知能搭載のアシスタント連れている獄卒の人ってそんなに多くないでしょう? 前から実物みたいなーと思ってたんです」
タイロはあからさまに目を輝かせつつ。
「いや、この間も気になっていたんですけど、ほぼ初対面だし、図々しいかなって」
「そんなこと気にする柄か、お前が?」
ユーレッドは苦笑いしつつ、
「まあ、確かに珍しいか。金食い虫だからな、こいつらは。道楽で連れ歩ける獄卒はそうそういねえよ。俺にはそこそこ必要あるから連れてるが、口うるさいコイツらは、今の流行りじゃねえやな」
ユーレッドは皮肉をチラリと言いながら、スワロを手に乗せて差し出した。
「ほれ」
「え?」
唐突のことで、タイロはきょとんとしてしまう。
「壊さなきゃいいぜ。好きなだけ観察しろ。ま、お前が叩いて壊れるほど、ヤワじゃねえからな」
「本当ですか!」
「本当だとも。なんだ、いちいち大袈裟だな」
「それでは遠慮なく」
と手に乗せてみると、思ったより軽い。わたがしみたいだ。
あと、武骨な装備の割に意外と可愛い。
「わー、凄いな。本当軽いんですね。え、浮かんでるの反重力エンジンなの、本当に」
「スワロでそんなに感動してるやつ初めて見たな」
といいつつ、ユーレッドは割にまんざらではない態度だ。
「しかし、この子、SWシリーズって言ってたけど、他の型番と全然ちがうんですね。ちゃんとカタログで見たんだけどなー。そうだ、MAYRAINってつくのって、特注なんですよね」
興奮気味のタイロにややおされつつも、ユーレッドは気さくに話に応じる。
「そりゃそうだ。同じシリーズでも獄卒に合わせてオーダーメイドするからよ。MAYRAINってのは、特注専用の型なんだ。それにな、武器型アシスタントってのは、コアになる武器の質で違う。見かけから性能まで変わるのはよくある話だな」
「へー、すごいですね!」
「ま、識別票と同じでな、中身が大切ってことだな」
ユーレッドは、やや得意げな表情になる。
「へえ、そうなんだ。奥が深いんですね! ユーレッドさんの刀も色々由緒ありそうですしね」
「まあ、そりゃそうだろ。それなりのものは持ちたいからよ」
「勉強になります」
タイロはぺらぺらと喋りつつ、スワロを撫でやる。
「スワロって名前も可愛いですよねー」
「そうでもないだろ。なんでも飲み込むってえ意味だ。なんせこいつ悪食だからな」
「えー、燕の方じゃないんですか? だって、MAYRAINって五月雨なんでしょ? ねえ、スワロちゃん」
と、なれなれしく、頭をなでなでしたところで、急にびしっと指先に電撃が走った。
「いだっ!」
ぴぴぴ、という電子音とともに、小さな一つのカメラが、タイロを睨みあげている。いわんとするところは、なぜかわかった気がした。
「す、すみません、すわろさん」
呼び直すとスワロは、きゅっと音を立てて肯定した感じの態度を取る。ユーレッドがそれを見て面白そうに笑った。
「コイツ、見かけの割に気位高いんだ。まあ、なんだ。仲良くしてやれ」
「は、はい、よろしくお願いします。スワロ様」
きゅっ、とスワロが当然だと言わんばかりに鳴いている。
そんなことを言っていると、いつの間にかユーレッドの隣に見覚えのある獄卒の男が立っていた。
「よお、ユーレッド。お前、どうするんだよ。一緒に店でもいかねえか。ここ、美人のねーちゃんも多いって言うしさ。いい店教えてもらったんだよ」
ユーレッドは迷惑そうに苦笑する。
「ハブ、テメエもたいがい好きだな。悪いが俺はそう言う気分じゃねえよ」
「付き合いが悪いな」
「いつも付き合ってやってるだろ」
ユーレッドはつれない様子で答えると、ふと眉根を寄せた。
「ちょっとさっきから、気になることがあってな。どうも遊ぶ気分にならねえよ」
「気になること?」
「いや、この街の気配がな……。なんなんだ、これは」
そう言って顎に手を置いてしばらく考えていたが、ふと左目を細めると頬のあたりを引き攣らせる。
「ふむ、見に行く」
そう言ってふらっと歩いていく。
「あ、あの、ユーレッドさん?」
スワロはまだタイロの手の中だ。
まさか置いていくつもりでもないだろうが。
「ユーレッドさ……」
「しかし、獄吏のにーちゃんにはやけにアイツ甘いなあ」
慌てて追いかけようとした時、ふとさっきの獄卒が話しかけてきた。
「え、なんですか?」
今忙しい。そんな表情で彼を見返すが、彼は肩をすくめた。
「やめとけ。あーいう時のアイツについてくと、ロクなことねえ」
「え、でも」
「アシスタント置いて行ったなら戻ってくるんだろ。アイツ、口は悪いが、ソイツのことは可愛がってるからな」
タイロはスワロをみやる。
「それもそうかあ」
「ああ」
タイロは、獄卒を見上げる。彼としてはオシャレなのだろうが、ユーレッドとは違う方向に彼もちょっとファンキーな服装だ。だらしなく着崩したスーツが、彼には似合っている。
「ハブさん? でしたっけ」
「そう呼ばれてるぜ」
ハブはにやりとした。
「つーか、そのスワロちゃん、お前に預けていくとか、つくづく甘いなあって思ったんだよ」
「え、俺にですかあ?」
「そうさ。お前、特別扱いだぜ?」
ハブは物珍しそうにタイロを見やる。
「ユーレッドがあっさりとソイツさわらせるとか、おめえ相当気に入られてるよ」
「そうなんですか?」
「多分だけどなー」
ハブは適当な返答だが、
「あの手の獄卒は武器にこだわりがあるからよ。刀やアシスタントにみだりに触るとキレる奴が多いんだ。アイツも武器とアシスタントは同じだと言ってたが、御多分にもれずにそういう男だぜ。普段なら触っただけで険悪になるさ。なのに、兄ちゃんには抵抗なく預けてってるだろ。どう考えても特別扱いだぜ、お前」
「そうですか? 俺がとるにたらない新米獄吏だからでは?」
「俺は、無断で触って首飛ばされた獄卒とか知ってるからな。その時アイツ、警告ポイントギリだったんだぜ。アイツああ見えて、結構計算して行動してるんだが、アレはマジギレよ。いつにもまして太刀筋が見えなかったからなあ」
ハブは含めるように言った。
「怖いぜ?」
ハブは苦笑する。
「新米だろうが、獄吏だろうが、アイツは気に入らねえやつには気を遣ったりしねえよ」
「ひええ」
(やはりちょっとキレたところがあるんだな。気をつけなきゃ)
などと思いつつ、タイロは瞬きしてハブを見上げた。
ちょっと近づき難い雰囲気のあるユーレッドだが、この男は親しいようだ。
「あの、ユーレッドさんとはお友達……、なんですか?」
「ダチというかな。あー、腐れ縁てやつ? なんつーか、アイツ、イカレてはいるけど、たまに気のいいとこもあるんでな。意外と人のいいところもあんだよ」
「なるほど」
それは、なんとなくわからなくもない気がする。多分、目の前のハブとかいう男もそうなのだろう。
悪党だと思うし、まともではなさそうだが、性格自体はそれほど悪くもないのだろうし。
「ま、お前みたいな絡まれやすい新米獄吏は、アイツみたいなのに気に入られてた方がいいよ。絡んでくる奴がいなくなるからな」
「ははー、そ、それは良かったです」
それは、いいのか悪いのか。
(まあでも、気に入られなきゃ、アシスタントに触れる機会とかないし。初日からこんなんじゃ、ツテがないとマリナーブベイじゃ、生きてけなさそうだしなあ)
と自分を納得させてみる。
ユーレッドに何かしら惹かれて来てはみたものの、かといって迷いがないわけではないのだ。
やっぱり怖いところは怖いわけなので。
向こうから仲間がハブを呼ぶ声がした。
「それじゃ、俺は遊びに行くぜ。店の名前、ユーレッドのやつにも言っといてくれよ。気が変わったら来いってな」
「はい、わかりました」
ハブはそういうとひらりと身を翻して、仲間たちとぞろぞろ行ってしまった。
となると、いつのまにか、そこの路地にはタイロとスワロだけが残されていた。
都会だけれど、他には人気がない。
元々獄卒の点呼を取るのに、人のいない場所を選んだこともあるが、なんだか寂しい。
「あれ、ユーレッドさん、マジでどこ行ったんだ?」
ぽつーんと街中に残されて、タイロはスワロに話しかける。
ふらっと歩き出した時は、路地裏で煙草でも吸うのかとおもったが、どうもそうでもないらしい。なかなか帰ってこなさそうな気配だ。
ぴぴ、きゅっ、とスワロが電子音を鳴らす。何を言っているのかわからないものの、心配はいらないということのようだ。
「でもアシスタントの君がいると、そんなに離れられないんだよね。あの腰に提げてる剣が本体なんでしょ? スワロさん」
きゅるっとスワロが鳴く。肯定らしい。
「確か、戦闘ナビゲーションって、普通の通信状況だと三百メートルくらいが限界なんだけど、ユーレッドさんは違法改造とかしてるし、もうちょい大丈夫そうだけど、きっと一キロぐらいが限度だよねえ。カタログで見たよ。そりゃどこにいても圏外にならなければつながるけれど、それでも武器由来アシスタントは、普通はそれ以上離れないんだったっけ」
ぴぴ、とスワロが頷くような素振りをする。
「ってことは、あとで、迎えにきてくれるってことかあ。待ってるといいのかな」
タイロはスワロを覗き込むようにして、小首を傾げた。
とその時、ふとタイロのつけている腕時計型の端末が振動する。スマートフォンに着信があったらしいので慌てて出ると、声が聞こえた。
『泰路、マリナーブベイに到着した?』
「あわわ、や、ヤスミちゃん!」
そういえば、タイロはまだジャスミンには一度も連絡していなかった。
ジャスミンは、シャロウグからタイロの補佐をする任務を与えられている。というものの、基本はタイロから連絡して情報をもらうようなものなのだ。
この前の一件から、タイロはちょっとジャスミンとぎこちない関係。ということで、タイロは報告を後回しにしていたのである。
『連絡ないから心配したわよ』
腕時計型端末を会話モードに切り替えると、そこにホログラムが浮かんでジャスミンのちょっとふくれた顔が見えた。
このモードにすると、向こうもこちらのことが見える。
「ご、ごめん。いや、打ち合わせとかで忙しくて。ど、どうしたの?」
『どうしたのって? あんたの周囲に囚人反応があるから、注意喚起に連絡したのよ』
「しゅ、囚人反応?」
慌ててタイロは周囲を見る。
『街中なんで変なんだけどね、間違いなく汚泥の強い反応があるわ』
「で、でも、スワロさん、全然反応してないんだけど」
『スワロさん?』
「あ、いや、この獄卒用の索敵アシスタントの子だけど……。この子、なんかあったら確実に反応するはずなんだよ」
タイロは抱えていたスワロを見せるようにした。
「ヤスミちゃんの見ているレーダーより、アシスタントのレーダーのが近い分正確なはずなのにな」
『それもそうね。あ、変ね? ……反応が消えたわ。なんだったのかしら』
ジャスミンが不安そうにつぶやいた時、ふと、タイロは背後に気配を感じて振り返った。
きゅっと小さくスワロが鳴く。