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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第二章-A:魔都マリナーブベイ
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2.謎の男とハンバーガー-2

 そういわれてタイロはちょっと苦笑して、

「うん、まあ。ヤスミちゃんと施設にいた頃から見てた、賽の河原みたいなとこに男の子がいる夢のことだよ。俺はほら、自分では記憶ないけど、すごく小さい時にコキュートスの汚泥漏洩汚染テロに巻き込まれて、識別票が欠けてたことがあるから、そのせいかなって言ってたあれ。実のところよくわかんない夢なんだけどねー」

 タイロはちょっと真面目な顔になる。

「実はね、十年以上同じところで夢が途切れていたのに、あの人と会ってから、夢が進んだんだよ。顔のわからない誰かに声をかけられたところでおわってるって夢。でも、今は顔のわからない男の子と顔のわからない誰かが一緒に散歩している場面がみえたんだ。なんか、それが幸せそうでさ。ちょっと羨ましくなったりするんだよね」

 タイロは小首を傾げた。

「それで、思ったんだけど、ユーレッドさん、あの夢と同じ気配がするのかもって。それは不吉な気配も漂わせているんだけど、それだけじゃない感じ。ユーレッドさんに限ったことじゃなくて、獄卒の人がみんなそうなのかもしれないんだけどさ。俺はそういう理由で獄卒の人たちに興味があるのかなって、今更思ったりしたんだ」

 と、そこまでいってタイロは苦笑した。

「まあでも夢を調べても、どうってわけじゃないんだけどね。俺には調べるような過去もないし、両親だっているわけじゃない。ハローグローブの子供は、大体人工授精とかで産まれてるとかで、保護施設育ちの俺だって例外じゃないだろうしさあ」

「しょうがないわねえ。わかったわ」

 ジャスミンはため息をついて、

「そこまでいうなら反対しないわ。あたし、あんたのサポートをすることになってるから、一緒にはいけないけど情報を伝えたりはできるからね。でも、あんまり獄卒に傾倒しちゃダメよ」

「うん、ありがとう」

 ジャスミンはもうご飯を食べ終えている。

 タイロはここぞとばかりに、こう切り出した。

「と、ところで、ヤスミちゃんさあ」

 きょとんとジャスミンが目を瞬かせる。

「どうしたの?」

「いや、そのおー、ヤスミちゃんは今夜予定ある?」

 タイロはそろそろと上目遣いになった。

「俺明日からマリナーブベイだし、調べてくれたお礼にご飯とかどっかなーって。えへへ、近所にいい居酒屋見つけたんだよ。どうかなあ?」

「今夜かあ」

 ジャスミンは眉根をちょっとよせて、

「残念ねえ、先約があるのよ。昨日言ってくれればよかったのに」

 ジャスミンはあっさりとそういって、片づけに入る。

「先約?」

「先輩にご飯誘われてるの」

「あ、あの、イケメンでエリートの先輩?」

 タイロは彼女と同じ部署のさわやかな好青年のことを思い出す。

 それを考えると内心むっとしたが、思い出せば思い出すほど自分には叶わないような優秀で美形の青年だということも思い知らされるのだ。

 そう考えるとつい卑屈な気持ちになってしまう。

「い、いいじゃん。ヤスミちゃんにはちょうどお似合いのイケメンだし。いいところ連れてってくれるんでしょ。た、楽しんできてよ」

 心にもないことを空っぽな気持ちで吐き出すと、ジャスミンが一瞬タイロをにらんだ気がした。

「そうね。泰路だってマリナーブベイで楽しく過ごせるんだろうし、ちょっとおいしいものでもいただいてくるわ」

「あ……う、うん。いって、らっしゃい」

 するっとジャスミンが立ち上がる。

「それじゃあ、あたし、仕事があるからこれでね」

「あ、うん。じゃあ、またね」

 そういってジャスミン・ナイトはすたすたと立ち去ってしまう。一度も振り返ってもくれない。

 そんな姿を見やりつつ、タイロはため息をついた。

「はあー、俺何やってんだ……」

 タイロは机の上にうなだれた。

「何今の……。なんて卑屈さ。おまけに、心にもないこと言っちゃって、ヤスミちゃんもなんか変だし」

 タイロは髪の毛をぐしゃぐしゃとする。

「すごく腹立つ。主に自分に腹が立つ……」

 まだ食べかけのハンバーガーが視線の先に転がっている。

 視界の端の時計を見ると、休憩時間はもうすぐ終わりそうだった。食欲がなくなったけど、食べなければ。

 と思ってハンバーガーをつかんだ時、その向こうにスーツ姿の誰かがうつった。



「やあ。ここ、あいているかい?」

「えっ、あ」

 慌ててタイロは姿勢を正す。

 視線の先にいたのは、スーツを着た上品な男だ。

 なかなかのダンディで知的な男前といった雰囲気。率直にイケメンといってもいいだろう。金色の巻き毛がやけに似合うが、年齢はよくわからない。それなりの年齢にも見えるし、若くも見える。紳士風だが、雰囲気が軽い。

 ただ、獄卒みたいに、普通の年の重ね方をしない人だって多いので、外見で年齢を決められない。

 周りのテーブルはまだ込み合っている。相席してよいかと聞かれているのだと気付いて、慌ててタイロはうなずいた。

「え、ええどうぞ」

「ありがとう」

 そういって男はタイロの向かいに座った。実年齢は置いておいても、妙に渋い雰囲気の男性だが、トレイに乗せているのは意外にもタイロと同じようなハンバーガーのセット。とてもジャンクな取り合わせだ。

(なんだか偉い人みたいに見えるけど、こんなもの食べるんだ)

 がさがさと包みを開けながら、男が大きな口を開くのをなんとなく見守ってしまう。と、彼と目が合った。ぎく、とした瞬間、彼がにんまりと笑う。

「彼女、残念だったね」

「見てたんですか?」

 むむっと眉根を寄せてにらむと、男は肩をすくめた。

「なあに、目と耳に入っちゃったんだよ。まあまあ許してくれたまえ」

 そういって男は片目を閉じる。

「ところで、君、マリナーブベイに行くんだろう」

「そうですよ。その話も聞いていたんです?」

「いいや、そうでなくてね。君がこの間、囚人プリズナーに襲われたって聞いたから、調べてみたんだよ」

「えっ、その話……」

 タイロは眉根を寄せた。

 あの話は、あの後、上司や先輩達に報告したところ、確かに厳重に口止めされたはずだ。上には一応の報告されたようだが、周りには決して言うなと言われていた。どこまで正確に報告されたのかもわからない。

 しかも、ユーレッドやベール16などの獄卒に関する下りなどはごっそりと削除されていそうだった。

 だからあの話を知っているとすると、ただ者ではない。

 自分に対して敵対しているかどうかも、見極めなくてはならない。タイロは思わず緊張した。

「あ、あのう、もしかして、とても偉い方ですか? それとも……」

「それほどでもないさ。僕としては気楽に接してほしいな。”タイロ”くん」

 男はにこにこ笑いつつ、名乗りもしないタイロの名前を呼び、大きな口にハンバーガーを押し込んでいる。

「まあなんだ。僕は好奇心が旺盛な方でね、色々知りたがり屋なのさ。だからいろいろ知っている」

 タイロの緊張感を解くようにそういって、彼はいたずらっぽく笑う。

「どうも大変なことに巻き込まれているようだね。僕も調べたんだけど、イマイチわからないことが多くて。ただ、調べたいグループと調べられたくないグループがいてね。どうもどちらの力も強いみたいなんだよねえ」

 男は軽い口調でそういう。

「なんせ、獄吏一人消してもいいとか思ってるぐらい、彼らったら乱暴なんだよ。なんで、よっぽど、君は気を付けたほうがいいよ」

「それは、……わかっています」

 今はそんなことを告げに来た、目の前の彼自身のほうが怖いけれど。

 それを見透かしてか、ふふっと男は笑う。

「ま、僕はどちらかというと君の味方だから。困ったことがあったら手を貸してあげようと思っているけれどね」

 そういって彼はハンバーガーを食べてしまうと、ポテトをもさもさとほおばる。渋い見た目に反して、食べ方がちょっと子供っぽい。

 けれどなんだろう。

 じっとみていると、彼の容貌。なぜか、どこかで見たことがあるような気がした。

「あの」

「なんだい?」

「どこかで、会いましたか?」

「いいや、多分初対面だよ。廊下ですれ違ったことくらいはあるかもね」

「あ、そ、そうですよね。獄卒管理課は広いですから」

 そういってタイロはごまかすように微笑んだ。その間に男はコーラらしき飲み物をすすっていたが、思い出したように胸ポケットに手をやった。

「ああ、そうそう、君にさ、名刺をあげようと思っていたんだった。困ったことがあったら連絡をおくれ」

 そういって男が差し出してきた名刺を受け取る。

 名刺はほとんど電子だけれど、趣味で紙で作る人もそれなりにいて、だから名刺を受け取ることは珍しくはないのだ。彼の差し出してきた名刺も、綺麗な和柄で飾られていた。

 四角い紙の中の文字は、”ユアン・D・セイブ”。Dのところにディマイアスとフリガナがふってある。

「本当のところ、ディマイアスって呼んでほしいんだけどさ、長ったらしいとかで呼びにくいらしいんだよね。だから、ユアンでいいよ、僕のこと」

「ユアンさん……」

「うん、フランクでいい感じだ」

 にやにやと男は笑う。

 名前だけで所属部署や役職が書いていない。あとは連絡先らしい番号の羅列とメールアドレス、SNSのアカウントを友達追加できる識別コード。

 なんか、あやしい。

 ユアン・ディマイアス・セイブは、その名刺と同じぐらい得体のしれない胡散臭い笑みを浮かべている。

「そんな警戒しなくていいんだよ。僕には、気軽に相談くれたらいいから。僕、物知りなんだからさ。特に飲食店については。マリナーブベイのこともよく知ってる。そうだね、だから、彼女と美味しいごはん食べたい時のお店から、それこそデートコースのコーディネートまで相談にのってあげる。なんでもきいて」

「は、はあ」

 にやっと彼は笑うと、コーラを飲み干す。

「じゃあ、また」

 彼は空になったドリンクの入れ物をぐしゃりとつぶしてトレイに置くと、ひらりと手を振っていく。

 その横顔に、タイロは既視感を覚えていた。

「は、はい」

 颯爽と去っていく彼の姿を見送りつつ、タイロは腕組みして考え込んでいた。

(なんだろう。あの人、やっぱり、どっかで見た顔をしている)


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