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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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14.礼拝堂スニーキング-1


 映像だと思われるユーレッドとエリックと名乗る男を見やりながら、タイロは流石に少しドキドキしはじめていた。

(えっ、コキュートスの汚泥漏洩事件とか、オメガラインって、お昼にウィス姐さんのいってた俺の子どもの頃の話のアレ?)

 タイロの知っていることは、そこまで多くはない。

 自分がコキュートスの汚泥漏洩事故の生存者であり、その時のことが原因でそれ以前の記憶や記録がないこと、さらにはその時の処置で外見的なことも変化した可能性があること、くらい。

 コキュートスは、E管区北部に位置する都市だ。

 極寒の荒地であることもあり、当初は活用が絶望視されていたが、元々、汚泥による大地の汚染が少なかったことがあり振興開拓区域となり、開拓民が派遣された時期がある。

 土地だけはあるコキュートスは、汚泥の最終処分場としての利用が計画され、浄化施設が作られ、E管区の他の都市部からも汚泥の受け入れを行った。浄化を待つ間、貯蔵された汚泥タンクが聳え立っていたという。

 それが爆発し、市内全域を汚染したのが、最悪の汚泥漏洩事故といわれた、くだんの『コキュートス汚泥漏洩事故』だ。

 それにより汚染されたコキュートスの開発は放棄され、今では更生不可能とみなされた獄卒が死刑の代わりに送られる、囚人の蔓延る見捨てられた土地となった。

 タイロたち、一般市民の知るコキュートスの知識はその程度のものだ。

 その時に開拓に携わる市民が大勢犠牲になったというので、タイロは自分はたくさん派遣されていたという開拓民の子供なのだろうと、今までぼんやり考えていた。

 しかし、どうやらウィステリアが調査したところによれば、コキュートスの街はただの開拓対象の振興地域でなく、オメガラインというカルト組織が大いに絡んでいる曰く付きの街だったのだという。そして、その事故には、オメガラインを巡る権力闘争が関わっていた。

 オメガラインというのは、科学者としての創造主αを信奉する、終末思想を持つ、一種の宗教がかった個人崇拝のカルト組織であった。

 構成員には管理局の上層市民が多く、表立って活動しているわけではないが、管理局の政策にも影響を及ぼしている。

 被害が最も大きかったオメガラインの施設においては、構成員の子供達が集められており、タイロはその一人であるとみられた。そこから考えると、タイロの両親はおそらくオメガラインの構成員、管理局所属の上層市民の子供であろう、という話。

 それが今日の昼、判明したタイロの知らない身の上話だった。

 その話は、ユーレッドも一緒に聞いていたのに、彼は事件について何の言及もしなかった。

(ユーレッドさんも、その時、コキュートスにいたの?)

 しかし、ユーレッドは黙っていた。なぜ、あの時、その場にいたのだと言い出さなかったのだろう。

(忘れていたのかな?)

 ユーレッドに、記憶がなかったというのは考えられる。ユーレッドは、昔から、無茶を繰り返していて、重傷を負うこともあったという。そういう時の体の修復再生の際の高熱により、獄卒は記憶の喪失も伴うことがあるという。

 だからそのせいで覚えていなかっただけかもしれない。ただ、……あの時の彼の態度は、何か意味深だった。

(何で、言い出さなかったんだろう?)

 目の前の映像のユーレッドにそんなことを聞いても答えてくれるはずもない。

 タイロの存在など気にするわけがなく、彼はエリックと打ち合わせをしている。

 オメガラインの子供達を助けるためにユーレッドを送り込むのは、タイロの目から見ても理にかなっていた。

 ユーレッドは初対面の子供の心を即座に掴むことができるし、それで相手をコントロールできる。混乱した子供が相手でも、彼なら泣き止ませてパニックを治めることも苦ではないはず。

 ユーレッドは、エリックに不満を言っていた。

「餓鬼のこととなると、すぐ俺に頼んできやがる。……エリック、てめえの部下もちゃんと育成しろよ。あんなもんは、テクニックだ。餓鬼の好意を引くのは、訓練すりゃなんとかなる」

『君は相変わらず無自覚だね。君のそれはある種のカリスマみたいなものだよ。そりゃあ、努力家の君の努力は認めるところだけれど、それだけではないと思うんだが』

 エリックはそう受け流しつつ、

『オメガラインの子供は、特に扱いが難しいんだ。なにせ、元から優秀な子たちなのに、あの方のDNA情報を受け継いでいることも多いだろう。一筋縄じゃあいかない』

「ただのマセガキなだけだろ。ふん、クソ生意気だろうが、餓鬼は餓鬼だ」

『ほら、そう言い切れるのは君くらいしかいないところなんだよ。ともあれ、オメガラインの子達にとって、我々は対立組織に近い。だから素直に助けられてくれないかもしれないからね』

「ちッ、まったく」

 ユーレッドは舌打ちしたが、今更、仕事を拒否するわけではないらしい。

「まあいい。つまり、餓鬼どものセミナーがなされていたとかいう、オメガラインの研修センターを目指せば良いんだな? 座標をよこせ」

 ユーレッドは一本目を吸い終わり、二本目の煙草に火をつけてふかしていたが、相変わらず不機嫌だった。

 エリックが座標を機械的な声で読み上げると、ユーレッドは煙草をもみ消して目を細める。

「よし、いいだろう。行こう」

 ユーレッドは気持ちを切り替えたのか、冷静に歩み始めた。そして、それを先導するように、この映像を撮影しているアシスタントが空中をふよふよ進み出したようだった。



 街はひどく破壊され、土煙と物の焼けるきな臭い香りがした。夢なのに、こんなにリアルに煙のにおいを感じるとは、とタイロが思うほどに感覚が生々しい。刺すような寒さすら感じられてきた。

 そんな中、ユーレッドの隣を飛ぶエリックと名乗る男のアシスタントの視点で、映像は進んでいるようだ。

「スワロさん、これ、なんなんだろう」

 タイロは自分が抱えているスワロにそう尋ねてみる。きゅぅう、とスワロが不安そうに鳴いた。

 果たしてこれがどんな状況なのか、スワロもわからないらしい。

 ただ一つ言えるのは、これはどうも夢というには生々しすぎるということだった。

(スワロさんも、なんだか本当にここにいるみたい。起きて覚えていたら、スワロさんにも聞いてみよう)

 タイロは冷静にそう考えながら、ユーレッドの進む方を見ている。

 と、ユーレッドが、弾かれたように後退り、ビルの隙間に飛び込んだ。

 じっとしている彼の目の前を、何か黒い大きなものが過ぎ去っていく。

 ずし、じゅる、ずるずる、と粘着質な足音のようなものが鳴っている。自分の姿が見えないことをいいことに、タイロはちょっと大胆に向こうを覗き込んだ。

(うわー、グロい)

 確かにそこにいるのは、囚人といわれる化け物だ。黒いブヨブヨした巨大な体は、上半身はトカゲのようにみえるが、下半身が腹足のようになって、ずるずると引きずっている。

 それはユーレッドには気づかなかったらしく、彼の視界からやがて消えていった。

 ユーレッドはビルの隙間から抜け出し、そちらをみやったが、先ほどのものは角を曲がって消えていた。

「エリック、ありゃなんだ」

 ユーレッドは小声で言った。

「なんであんなに囚人が巨大化してる?」

『ここの汚泥タンクは、E管区中の汚泥を集めて浄化していたからね。まだ、浄化処理されていないものが撒き散らかされたんだ。餌が沢山ある状態だよ。君も知っての通り、食えば食うほど、あいつらは大きくなっていく』

「ちッ、なんてことだ」

 ユーレッドは忌々しげだった。

「こんな周縁部であのサイズのやつがのし歩くようじゃあ、お先真っ暗だな。……治安部隊はどうにもならなかったのかよ」

『かなり手こずっているというのは、話しただろう。そういうことだよ』

「参考情報にもなりゃあしねえな。……しかし、ここは俺もなるべく戦闘は避けたほうがよさそうだ」

『好戦的な君にしては珍しい意見だね』

 エリックは意外そうだったが、ふと、

『ああ、病み上がりだからかい?』

 一応心配したかのようなエリックの言葉だ。

「病み上がりだろうと、別に襲ってくるやつなら対処するぜ。それならそこまで自重しねえ」

 ユーレッドはそう答えてから冷笑し、

「お前、本当、素人だな。こんなとこで、派手におっ始めたらアイツら際限なく寄ってくるぜ。アイツらは共食いするからな。においで寄ってくるんだよ。俺が斬り捨てた囚人の残骸はいい餌だ。今日は、餓鬼どもを助けにいく任務なんだろう。それが本命なら尚更、アイツらに刺激したくねえよ」

 ユーレッドは舌打ちした。

「降りかかる火の粉は払うが、最低限にして仲間呼ばれねえようにしなきゃな。そうでないと、ご一行様を引き連れながら研修センターになだれ込むハメになる」

『なるほど。それはごもっともだね』

 エリックはしみじみと納得している。ユーレッドは肩をすくめて嘲笑った。

「エリック、てめえはこういうことは本当にど素人もいいところだからな。……まあしかし、理由は伝えた通りだ。囚人については、俺の方でも感知するが、やつらの反応がある場所はすぐに教えろ。意図的に避けて動く必要がある」

『了解。センサーの感度を上げておくよ』

 エリックからの情報を得た後、ユーレッドは、囚人の気配がなくなったのを察知して、静かにビルの間から飛び出した。ささっと小走りで、瓦礫の合間を縫うようにして進んでいく。

 街は爆撃されたかのようだった。

 建物の残骸がめだつ。そして、ユーレッドが路地裏を動き始めるころ、徐々に足元には黒い水溜りが多くなり、足場が悪くなっている。どうやらそれは汚泥であるらしい。

 常人なら躊躇するそれをユーレッドはものともせずに蹴散らすが如くに走っていくが、汚泥にはうねっているものもあった。囚人化一歩手前といった動きだ。何かの生き物を取り込もうとしているようだった。

 そもそも、汚泥はなんらかの情報を持つものを飲み込んで、囚人となるものであるらしい。ここの人間は識別票とかいうものを体の中に持つというけれど、彼らはその情報を纏うことで、存在できるようになるのだという話だ。もちろん、人間はそう簡単に取り込めないから、まずは動物や植物が取り込まれることになる。

 そんなことで、普段はただの汚染されたゲル状のものだが、活性化した汚泥は、囚人と同じように生き物を取り込むような動きをして危険な存在となる。

 しかし、ユーレッドに対しては、そんな活性化した汚泥は、妙な動きをするのだった。

(やっぱり、避けてる)

 うねっていた汚泥の触手は、ユーレッドが通り過ぎるや否や、それを避けるように反対側に伸びて逃げていく。

 これは、以前、アルルの誘拐事件の映像で見たのと同じだ。

 まるで捕食者を怖がるちいさな生き物みたいに、怯えたように避けていく。

 ろくな知能もなさそうな汚泥なので、ユーレッドの実力がわかっているとも考えづらい。だとしたら、これはなんだろう?

(ユーレッドさんは、本当は……何者なんだろう)

 ふとそんな考えが浮かんだところで、ユーレッドがざっと壁を背につけて足を止める。

「座標はあのあたりだが……」

 と、ユーレッドは目を細めた。タイロが彼の視線を辿ると、半壊したビル群の中に一際大きい建物が見えた。

 建物の右上部が失われて煙を吐き、黒い汚れが貼り付いているものの、周囲の建物に比べて比較的外観が保たれていた。

 それは無機質で洒落たデザインをしており、ビル全体が螺旋のようなねじれを描いていた。壁はガラス張りのようだが、強化を兼ねて金属で独特の網目の装飾が施してあるのが見える。もしかしたら壊れる前はそこに光を走らせて、静かにグラデーションが輝くようなものだったのかもしれない。

 正面玄関の上には、メビウスの輪を思わせる意匠が施されてはいたが、それにしたって妙に芸術的だ。うっすらと思想や宗教性を感じさせるものの、デザイン性の方が強かった。

(なんか、立派なビルだな。デザイン性に全振りした感じの……)

 タイロは、なんとなくそれに既視感を感じたが、具体的な記憶は思い出せなかった。

 企業の建物にしては装飾と意匠が違和感があるが、宗教施設というにはあまりにも無機質。

 しかし、タイロも確信していた。

(そうか、ここが……)

「おい」

 タイロがそう思った時、ユーレッドが小声でエリックを呼んだ。

「目的地はアレだな? オメガラインの研修センター」

『そうだよ』

 エリックが頷く。

『なかなかお金のかかった荘厳な建物だろう? 最新鋭の技術で作られた素晴らしい建物だよ』

 チッとユーレッドは舌打ちし、苦笑した。

「てめえの毒舌も、なかなかひでえもんだぜ。これのどこが荘厳だよ。悪趣味もいいところだ。堕ちた神の神殿でももう少しマシだぞ」

 ユーレッドのそういうのももっともだった。

 無機質だというのに、その建物にはどこかしら異様な気配もある。外観が壊れたことで、デザインで覆い隠していた違和感が一斉に吹き出していた。

 ユーレッドのいうように、それが生み出す威圧感が非信者のタイロの目にも、無機質な禍々しさとなって、心をざわめかせる気配を放っていた。

 

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