12.暗闇エンカウント
トンネル内の避難路は、ずいぶん奥まであるようだった。
照明が生きているので暗いということはないが、それでもオレンジ色のライトに照らされたトンネルだ。
シャッターで道と隔てられていることもあって、向こう側の物音は聞こえづらいが、かえってぶうんと鈍い音だけがする。
走ってきたタイロは、背後のシャッターがしまった気配を感じて立ち止まり、背後を見た。シャッターの近くには緑の非常口の照明だけがびかびか光っていて、不穏な気配だった。
心細い。
「ぶ、不気味だね。こ、こわい」
スワロはビビリなタイロに、呆れたようにきゅーと鳴く。
「だって仕方ないじゃん。閉鎖空間だよー、超怖いもん」
タイロはとりあえず、そのあたりで立ち尽くしている。
視線の先には延々と続く避難路。照明はあるが出口は見えない。
「ここで待ってるのも、なんか怖いけど」
タイロは不安そうに向こうを伺う。
「この避難路の向こうに行っちゃうと、ずいぶん遠くまで離れてしまいそうだよね」
きゅーとスワロが同意を表して鳴く。
「どっちにしろ不安だな。早く戦闘終わって迎えにきて欲しいよねえ」
恥じらいもなく本音を吐露しつつ、タイロは手持ち無沙汰だった。どちらかというと無神経なタイロだが、流石にこのじっとりとしたトンネルの中では、座る気にもならない。
(落ち着かなさすごい!)
スワロと雑談して待っていようか。
ユーレッドのサポートで忙しいだろうキーホやウィステリアの手を、煩わせるわけにもいかないし。
しかし、タイロが悠長にそんな悩みを抱えている時間はさほど長くなかった。
初めは、カコーンという何か遠くで響く音だった。ドキッとしたが、これくらいなら何かの些細な音がトンネルで増幅されただけな気がする。
きゅ、と、タイロに胸の前に抱かれているスワロが、ビビったタイロに気づいて上目遣いになる。
「えっ、ビビってないよ! 失礼だなぁ、スワロさん」
強がるタイロ。
しかし、もう一度音がする。
カコーン、ギィイイ。
「ひぇっ!」
今度はタイロは、隠さずにビビる。
「ス、スワロさん、今、なんか変な音したよね? ねえ?」
きゅ、とスワロは、探るような態度になった。
「ユーレッドさんたちが暴れてるから、そ、その音かな? 火も出てたし、そうだよね」
しかし、なんだか避難路の奥の方から音がした気がする。
いや、でも、まだわからない。トンネルの音響は複雑だ。外の音が変な響き方をしているからなだけかもしれない。
そうであって欲しい。
が、どうもスワロの反応が鋭い。タイロを呆れたようにみるでもなく、音を探っている。
「えっ、スワロさん、なんかいるの? こっ、こわ!」
静かに、と、スワロがきゅと鋭く鳴いて、タイロを黙らせる。確かに避難路の向こうで物音がしている。
何かいる?
耳をそばだてている二人だったが、大きな音は注意している方向以外から来た。
ドン!
不意に背後からシャッターを押すような音がする。
「わわっ、な、何!」
タイロは振り返る。
「ね、ねえ、ス、スワロさん、今の何だろう?」
タイロが不安げにそういう中で、ドンドンドンと扉を叩くような音がさらにする。シャッターを誰か叩いているのだ。
「えっ、あれ、ユーレッドさんじゃないよね」
タイロは怯えながらそう言った。
実際ユーレッドが開けろと言ってシャッターを叩いているのならまだ良い。
しかし、普通に考えてあり得ない。彼なら、システムを掌握したキーホに開けさせれば済む話だ。この騒ぎ、この乱暴さはもっと危険な気配である。
少し近寄ってみる。
叩かれてシャッターが、ボコボコと曲がりつつある。そしてそれによって少しだけできた周囲の隙間から、黒い液体状のものがヌルッと湧き出ているように見えるのだ。
淀んだ液体のように、ゆるやかにぽたぽたと少量ずつ地面に溜まる黒い液体。
タールのように重たく、じわじわと地面を汚している。液体というよりもゲルに近く、重たさを感じる。
「もしかして、スワロさん、あれって、汚泥とかいうやつ? あの看守の人たち、囚人みたいに溶けていたよね?」
となると、あのトラックにいた看守たちの成れの果てだろう。
「もしかして、こっちに侵入しようとしてる?」
自然にアレがあふれて、こちらに忍び寄ってくるものでもないだろう。意図的なものだ。あんな不定形になっても、こちらに対する攻撃性は失われていないのか。
「どっ、どうしよう、スワロさん。ユーレッドさんを呼ぼうか」
タイロが後退りつつ尋ねる。
スワロはきゅっと鳴いたが、ユーレッドはE03との交戦中。伝えることはできるが、すぐに来られない。
しかしこういう事態を予測して、彼はスワロをタイロにつけてあるのだ。スワロはユーレッドに事態の連絡を行いながら、タイロの安全を確保するのが仕事だった。
ユーレッドからの反応がすぐに得られなくても、スワロが汚泥反応を確認して彼をすぐに避難させられる。
ぴぴ、とスワロがタイロに前に行くように指示した。
「えっ、進むの? 確かにシャッターは破られそうだけど」
タイロとしては、ユーレッドとは言わないまでも、ウィステリアやキーホの声くらいきいてから、選びたい。いや、スワロが信用できないわけではないが。
「キーホさん、なんか言ってる?」
きゅー、とスワロが首を振る。
「忙しくて返事してくれないの? もう、マジで! 本当にキーホさんったら肝心な時だけ、繋げてくれないじゃん!」
スワロが独断で避難を勧めている気配から、それは予想すべきだった。
とりあえず、通信だけでも届いていることを祈りたい。ユーレッドに届いていれば安心だが、彼に通信を繋いでくれるはずのキーホは聞いてるかどうか、わからないところがあるから……。
とはいえ、あのシャッターの様子ではここにいても危険なので、タイロはスワロを胸に抱え、言われるままに通路の奥の方へと移動した。
「ねえ、スワロさん。ここ、奥に進んだら、外に繋がってるのかな? それとも、トンネルのもう少し向こうの出入り口にも出られるとか?」
キーホは、このトンネルの構造を把握しているはずなので、彼が落ち着いたらスワロにも図面が届くはず。
タイロはそう思いながらも、そもそもこの道の先が崩壊しているとも限らないことに不安を覚えていた。キーホによれば、ここのトンネルは照明などの、最低限のインフラは確保されているということだから、途中で崩落していなければ大丈夫とは思うけれど。
ちらと後ろを振り返る。
シャッターは意外にも堅牢にできていて、そう早々とは突破できないようではあったが、液体のようになった不定形な看守たちは、狭くても穴が開けば通り抜けてくるかもしれない。
タイロはごくりと喉を鳴らしたが、ある程度走ってきたところで息が切れてきた。
少しスピードを落としてタイロは尋ねた。
「ス、スワロさん、どこまで行こう」
きゅきゅ、とスワロが首を回して向こうを見通している。ジジ……という機械音。解析しているのだ。
この感じ、まだユーレッドやキーホからの指示は来ていない様子だ。
タイロは、とりあえず足を止めて息を整えた。
スワロが、きゅー、と困惑気味に鳴く。
「どうしたの?」
と、少し落ち着いたタイロは顔を上げて、スワロが悩んでいる理由を理解する。
奥の方でどうやら分岐があるようだ。
「分かれ道? どっち行けばいいかわからない感じ?」
スワロが、きゅうう、と鳴いた。
「キーホさんから連絡来てないの? あの人に地図を送ってもらえれば良いんだけど、俺から通信しても連絡つかないかな」
きゅ、とスワロは鳴く。
どうやら、キーホがビジー状態になっていて、通信が受け取れていないらしい。
「キーホさん、やっぱ、慣れないのにユーレッドさんの神経まで制御するんだから、余裕ないのかな」
そういえば、キーホはそもそもジャミングされている筈の通信網に割り込んできている。さらにはトンネルのシステムをハッキングしている。妨害されていたウィステリアとの通信が、比較的良好なのは、キーホの力があってのことだったのかもしれない。
どんな技術を使ったのかしれないが、キーホも、その辺の調整もあって大変なのかもしれなかった。
「困ったなあ。でも、緊急のSOSなら受け取ってくれるだろうから、やばくなったらそうしてみよう」
素地がのんきなタイロは、シャッターが突破までされていないので、まだそこまで焦っていない。
ビビリだが、変なところで落ち着いているタイロに、スワロは時々感心してしまう。
「とりあえず、奥に汚泥の反応はないよね?」
ぴぴっ、とスワロが答える。
そこは大丈夫らしい。
「それじゃあ、進んでいってみようか。多分だけど、進行方向と同じ方向になりそう道を目指せばユーレッドさんとの合流にも困らないよね」
そう言って、タイロは分岐地点まで来た。右側は本来の進行方向だが、左側は反対方向に向かうようだ。おまけに路面が濡れている。よく見ると、天井からもぽたぽたとしずくがたれているらしい。
そのためか、照明も暗く、見るからにジメジメしていて不気味だ。なにか、良からぬものがでそう。
「う、うーん、そもそも、水濡れしてるの、なんか怖いよね。こっちに行こう」
タイロは、右の道に足を踏み入れた。
オレンジ色の照明が、点々とついている。タイロの侵入を感知しているのか、奥の方も明るくなっていく。
「ここ、避難用の通路ってだけでなく、メンテナンス用にも使っていたのかな」
このトンネルも、元はたいそうなものだったのだろう。
「まったく、偉い人たちって贅沢だよー。こんだけ良いの作ってもすぐ放置しちゃうよね」
ハローグローブではよくあること。
囚人や汚泥の問題さえなければ、土木建築工事は、比較的簡単な工法があるために、気楽に使って気楽に放棄しがちな都市計画が、特に昔は際立っていたらしい。
この辺が管理局上層部の良くない所だ。
「スクラップアンドビルドってやつなのかな?」
タイロの素朴な感想に、「それはちょっと違うんじゃない」といわんばかりで、スワロがきゅううと鳴いた。
てくてくと、しかし少し早足で、タイロは道を進んでいく。
と、その時。
カコォオン……。
先ほども鳴っていたあの音が、もっと大きな音で聞こえた。
タイロはびくりとして立ち止まる。
(近い?)
そう、さっきよりも近い。
あの時は、トンネルの内外、避難路の内外どちらかもわからない音だったが、今度ははっきり避難路の側から音がしているのがわかる。しかも、方向も間違いなくタイロの進んでいく先の方。
「スワロさん、あれ何の音なの?」
タイロは不安そうに尋ねた。
と言っても、スワロもそんなことがわかるはずもない。慎重にスワロは音を確認している。
「え、えと、湿度が高いせいかなあ」
タイロがそう言った時、不意に、どん、どんっ! と別の音。
音が。
少し近づいて来ているような気がする。
「スワロさん、俺、ここの道通るの怖くなって来たんだけど」
タイロはそう呟く。
スワロは音の分析を続けている。まだ、なんの音なのかわからないようだ。
と、不意にカツーンと音が聞こえた。
カツーンカツーン、カツーン。
(あ、足音? まさか)
金属的な音。靴の音にしては高いが、兵士のブーツならおかしくなさそう。
タイロが、思わずぎゅっとスワロを抱きしめる。
と、曲がりくねった通路の奥ににゅっと黒い影が見えた。
かなり大きな影だが、人の形をしているように見える。
もし、人型なのだとしたら、かなり背が高い。二メートル近くあるようだ。
カツーン。
靴の音がする。
絶対にユーレッドではない。
ユーレッドも背が高いが、目の前の人影は大柄で筋肉質だ。
僅かなオレンジの明かりで、わずかにその姿が見えていた。
長いドレッドヘアをしているようにも見える。それを頭でまとめた男? そんな人影だ。
タイロは思わず立ち竦む。
と、その大きな人影が顔を上げた。ギラっと光ったのは目だ。
「ひっ!」
タイロは反射的に声を上げて、元来た道を走り出した。
スワロが落ち着くように鳴いていたが、スワロも相手の正体はわからないらしい。
ただ、スワロにはシャッターの方に、汚泥の反応があるのを感知したらしく、きゅきゅっと鋭く鳴いた。
「シャッターのところ、もう近づいちゃダメって?」
タイロは、スワロの言わんとするところを素早く察した。
確かにあそこに逃げても、囚人に襲われるのがオチだ。
だったら逃げ込む先は——。
分岐点まで戻る。選択肢は一つしかない。
「湿っててこわいけど、ここしかない」
タイロは、水滴の滴る、濡れた路面の道を進むことを決意する。
一応、後ろを振り返っても、人影は見えていなかった。ついてきていないのか?
ともあれ、左側の分岐に足を踏み出すと、少し坂になっているような気がした。
「スワロさん、さっきの人影何だったの?」
振り切ったかどうかわからないが、ついてきていないものと仮定する。きゅうう、とスワロが困惑したような声をたてる。
スワロも把握しかねているようだ。
「囚人とか汚泥反応はなく、明らかな敵でもないんだ?」
きゅっ、とスワロが肯定する。
こんなところに人はいないと思う一方、タイロを拉致した管理者Xの獄吏の一団に、あんな人はいなかった。大柄なのはベアヘッドと呼ばれたあの仮面の大男がそうだったけれど、体格的にすこし違うように思う。
だとしたら、アレ、なんだろう。
何かしらの理由で、人里離れたここで暮らしている人か。それか、よく見えなかっただけで、ヒューマノイド型のロボットかなにか?
けれど、あれだけ人の形に近いヒューマノイド型のロボットは管理局の制限があって、普及しているわけでもない。作業用ならもう少し人と違うフォルムが見受けられるものだ。
汚泥反応がないから囚人ではないし、看守などではないものの、結局、敵か味方かわからない。
「怖くて逃げちゃったけど、もう少し確認した方が良かったかな」
タイロがスワロには反省の弁を述べた。
と、その時。
濡れた路面の感じが変わった。タイロの足が滑る。金属だ。
「わっ……!」
ずるっと足を取られてしまう。
そこには、マンホールのようなものがあって。縦穴があいていて下に降りられるようになっているらしい。その濡れた蓋が滑りやすくなっていた。
タイロはたたら足を踏んたが、蓋は思ったより薄く朽ちていた。タイロの別の足が簡単に錆びた蓋を踏み割ってしまう。
「わああっ!」
タイロの体が割れた蓋と共に縦穴に落ちていく。
タイロの手からこぼれたスワロが浮き上がる。
きゅううっ、とスワロが鳴く声が狭い避難路に反響していく。




