10.戦闘狂フィースト-3
E03はあまり味方のことには気を付けていないようであった。それもそうかもしれない。 E03にとって後ろのトラックにいる看守たちは、別に味方や仲間という程の存在でもないのだろう。
元々、戦闘を楽しむタイプの獄卒であった彼には協調性など、ろくろくなかったはずだ。そんな彼が、改造されたからといって、仲間意識に目覚めるとは考えづらい。
彼にとって、他の連中が囚人化して溶けようが、どうなっても構うことはないだろう。
そして、そんな彼は、おそらくトラックの戦力も大してあてにしていない。
だから、きっと、彼はトラックが防火壁を越えられるかどうかを気にしていないのだ。
あと残る防火壁は一つだけになっていた。
右側から防火壁はゆるやかに閉まってくるが、タイロには無情な速さに思えた。
ユーレッドのバイクのすぐ後ろにはE03がついてきて抜けてきていたが、その後ろ、ほとんどギリギリのところをトラックが追ってくる。
トラックは既に扉にかなり接触しているらしく、軋んだ音を立てていた。
特に後部の荷台をかなり損傷したようだった。とはいえ、まだ走行を止める程のダメージは与えられていないらしく、そのまま走ってくる。乗っている看守達の無事を考える必要はもはやなさそうで、あの中にE03ほどもまともな存在もいなさそうだ。
トラックはやはり火災も起こしているようで、延焼する炎がタイロの目にもチラチラと見える。それはトンネルの照明の色だけでないオレンジに見えていた。それはタイロの目にも地獄の業火と映る。
「タイロ! ギリギリまで引きつけるぞ!」
ユーレッドの言葉は、次の、最後に閉まる防火壁までギリギリまで引きつけるという意味だ。ユーレッドはスピードを少し落とし、蛇行するように走る。
後方ではE03とトラックがついてきており、E03との距離が縮まってきている。
E03はこれを好機とばかり急速に近づき、
攻撃を仕掛けてくる。
「ユーレッドさん!」
タイロが声を上げるが、ユーレッドは予測しているらしい。
E03のブレードがユーレッドの左側から鋭く突きかけるが、ユーレッドはそれを後ろに払い除けた。E03はそれを弾く、それで弾かれることなく二人は相対したまま、鍔迫り合いになる。
走りながらそれをやる彼らの力のせめぎ合いは、バランスにも気を配る必要がある。特にユーレッドの側は繊細な調整を必要とされていた。
ギリギリと剣同士が擦り合う音がして、火花が飛び散っていく。
とE03のヘルメットLEDライトがタイロのほうをチラリと見たような気がして、おもわずゾッとした。しかし、E03はタイロをみたわけではなく、腰のあたりを意識しただけのようだった。そこにはホルスターのようなものが見えた。
刃物、それとも銃か? 詳細はわからないが、飛び道具の類いに見える。
その動きは、次の行動をタイロにすら予測させた。
「ユーレッドさん!」
思わずタイロが注意を引く声を立てる。
その瞬間、E03はブレードを跳ね上げようにして鍔迫り合いから逃げると、そのまま左手で腰のダガーを掴み取る。
鍔迫り合いで勝利した形になるユーレッドは、普通ならそのまま追うところだったが、ハンドルを掴んでいた右手を離し、素早く拳銃を抜くと容赦なく銃弾を撃ち込んだ。
ばらまくように撃った弾は、外れたり弾かれたりしたが、遠ざかりながらE03が投擲しようとしたダガーは狙いが外れ、そのまま側壁にぶつかる。
が、すぐ小さな閃光が走り、爆発音がした。
「わ、わっ!」
タイロが思わず目で追ってしまい、反射的に身を縮こませる。焦げた側壁から小さな煙が立っている。
ユーレッドは拳銃をホルスターに戻し、アクセルをふかして、一瞬でスピードをぐんと上げた。
「ちッ、あいつ、まだあんな隠し玉残してやがったか」
ユーレッドは呟き、タイロにちらっとだけ視線を向ける。
「タイロ、助かったぜ」
「お役に立てて良かったです。でも、あの人……」
「アレは、多分制御が外れて、変な方向で正気に帰ってきているせいで、自分で戦い方が選べてんだな。元が戦闘好きの獄卒らしく厄介なことこの上ねえ。……アレはまずいな」
ユーレッドは、そういうと青ざめるタイロを見てニヤリとする。
「ふふ、なんつーツラしやがる。これだから餓鬼を脅すのはやめられねえな。さーて、奴さんが本気になる前に、こっちも仕事だ」
ユーレッドは、視線を前に向ける。
視界の先には今にも閉まりそうな防火壁がある。もうすでに半分以上閉まっている。
再び、E03が攻撃を仕掛ける気配があったが、ユーレッドは背後を振り向く様子はない。それどころか、ユーレッドは一度刀を鞘に納め、操縦に集中するつもりのようだ。
「キーホルダー! 俺の指示通りにできてるか?」
いきなり振られたが、流石のキーホも今は臨戦態勢らしい。
『だ、大丈夫! いつでも対応可能だよ!』
「よし、指示待て!」
ユーレッドはそういうと、タイロに言った。
「さあ、ギリギリですり抜けるぞ!」
その間、壁は見るからにぐんぐんと近づいてきていた。もうなんとか人が二人すり抜けられるか、というくらいの幅しかない。このオートバイならギリギリだろうか。
身を固くするタイロを見透かしたように、ユーレッドがニヤリとして声をかけてきた。
「タイロ、ビビんな! 覚悟決めろ!」
「は、はいっ!」
「いい返事だ! 突っ込むぞ!」
ユーレッドはそういうと、今までに増してスピードを上げた。
側壁に接触するかどうかというくらい接近して、防火壁との隙間に潜り込んでいく。
もはや側壁や防火壁にタイロの袖が触れそうになる。巻き込まないように、一瞬スワロが物理バリアを解いたらしく、タイロにも風圧が感じられた。
しかし、ユーレッドは流石に幅を見切っていたらしく、オートバイの側面や彼らの体に壁が触れることはなく、まさに一寸程度の余裕を残して綺麗に抜けていく。
そして、すり抜ける瞬間に側壁に何かを投げつけて付着させたようだった。なにやらジェルやガムのようなものだったが、タイロにはなにかはわからない。
「キーホルダー!」
ユーレッドは、壁をすり抜けた瞬間、声をかけた。
「今すぐ、おれの進行方向の防火壁を全て閉めろ!」
『了解っ!』
ユーレッドの指示にキーホの声が答え、前方の道路の壁が今までとは比べ物にならない速度で閉まっていく。
ガシャンガシャンという硬質な音が、けたたましくトンネルに響く。
ユーレッドは、一番手前の防火壁の手前でオートバイを斜めにするようにし、急ブレーキをかけた。ザーッと地面にタイヤ痕を残しながら、ユーレッドは荒っぽく、しかし滑らかに止まった。
そこには確かに事前情報の通り、避難用のシェルターが作られており、ドアから徒歩で中に入れるようだった。
そのまま、ユーレッドはキッと後方を見る。
ちょうどE03が、ぬるりと締まる扉から抜け出たところだった。さしもの彼は体を捩り、からくも接触せずに防火壁を通り抜けてくる。
しかし、詰めてきていたとはいえ、トラックはそうはいかず、ほとんど閉まった防火壁に飛び込んだ。
トラックは、ドガァと派手な音を立てて扉とぶつかる。
後ろのトラックなど顧みていなかったE03は、その距離もわかっていなかっただろう。その衝撃でふっとばされて、前のめりに転んだ。
それでも扉に挟まれたトラックは進もうとしていた。それで余計にぐしゃっと潰れ、中から燃料と汚泥の黒い塊が液体のように溢れてきた。動けなくなったトラックはギャリギャリ音を立てながらタイヤを空転させている。
「トドメだ!」
その瞬間、ユーレッドが側壁に向けて銃弾を撃ち込んだ。先ほど仕掛けていた爆薬らしきものが誘発されて爆発し、トラックに引火する。
瞬間、閃光が走り、爆風がタイロの顔にも飛んできた。
「わあ!」
タイロは手で顔を覆った。火傷するほどではなかったが、熱風が顔に降りかかった。
音と閃光が落ち着いた気配を感じ、タイロがそっと目を開けると、ユーレッドはまだ微動だにしていなかった。
タイロの目の前には、トラックを挟んで閉じかけた防火壁と、その前にもうもうと広がる黒い煙と炎が見えていた。換気システムは動いているのか、タイロ達の方まではまだ煙は来ていない。
しかし、燃え盛る炎の熱と、樹脂や燃料が燃える時の嫌なにおいが、タイロの鼻にも感じられた。
しかし、タイロもただ茫然としているだけではない。
「ユーレッドさん?」
これでやれたのか、とタイロが顔を上げるが、ユーレッドは険しい顔のままだった。
「やれた感じですか?」
「さてどうかな?」
ユーレッドは、まだ警戒を解いていないようだ。ユーレッドは拳銃を完全には下げていない。
と、その時。
タイロは目を見開いた。
黒い煙と赤い炎の中に、影が踊る。
赤い炎を抜け出すようにして黒いタクティカルスーツが目に入った。
「え、えっ、まさか」
タイロが呟くと、ユーレッドが鬱蒼と笑う、
「へえ、やっぱりここまで付いてくるか、お前」
ユーレッドが剣呑にニヤリとした。
「いちいち、いい根性してるぜ」
オレンジ色の炎が照明の灯りで、より輝く中、黒いタクティカルスーツの影がより鮮明になり、やがて立ち現れた。
燃え盛るトラックからは、黒いものが流れ出ており、彼の足にまとわりつくように広がってきている。
ブスブスと焦げるスーツからは煙が立ち上っていたが、引火しなかったらしくダメージは少ないようだ。
彼はまだ人の形を保ち、戦闘意欲も失っていないらしかった。
E03は、ゆるやかにそこに立ち、まるで嘲笑うかのように顔を上げた。手の黒いブレードが、炎の光を浴びて赤く輝く。
「いいだろう」
ユーレッドが冷たく笑って言った。
「こうなってこそ、獄卒の戦いだよな。どうやら、てめえとは本気で決着つけなければならねえようだ!」
ユーレッドの瞳は、まだ薄く青い輝きを残していた。例の呪文の影響が残っているらしく、彼とて高揚した気分ではあるのだろう。
「お望み通り、サシでやってやるぜ!」
E03からは返答はなかったが、LEDライトが素早く点滅し、そして、返答の代わりにその割れかけたヘルメットの中の素顔が野蛮な笑みに歪んだように見えた。