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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ
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9.戦闘狂フィースト-2

 

 ユーレッドは、もはや接近戦を覚悟したようだった。

 銃だとあのブレードで弾かれてしまうし、あの強化スーツに守られているせいか、有効なダメージが通らないのだろう。

 後ろのトラックに至っては、もはや威嚇射撃の意味もないような姿となっている。

 囚人には銃撃はあまり効果がないというのは、キーホにも教えられた話だ。

 E03は黒いブレードの刃を研ぎ澄まし、十分に狙いをつけて加速して近づいているようだった。

 どうやらE03のブレードは、他の看守たちとも違い、特別な黒い塗装がしてある。

 今や泥の塊となりつつある元看守を率いるように進む彼には、その首領のような不気味な格好の良さがあり、それだけに敵としてみると恐ろしい。

 ユーレッドとE03が打ち合うたびに、オレンジ色のトンネルの照明の輝きに、増して赤い火花がバチバチと飛ぶのが見えている。

 そして、彼らはあくまでスピードを載せながらそれを行うので、それは普段の彼らの戦いとはまた違った力が伝わっていた。

(距離が近すぎるよ)

 これは普段の戦闘よりも間近すぎて、新米のタイロには刺激がキツすぎる。

 ユーレッドの側の受ける反動もなかなかのものだったが、さすがそこはユーレッドと言うべきだ。なるべく力を逃しながら自分に有利なように戦っているようである。

 とは言え、あくまでユーレッドは追われる側なのだ。守るものを持ちながら追われるという事は、圧倒的に不利で、あの好戦的なユーレッドがこの好敵手の出現を喜べないのはこのあたりが原因だろう。

 E03の攻撃はかなり正確なもので、ユーレッドとはまた戦術のタイプが違っているようだった。

(一体、この人、こうなる前は、どういう獄卒だったんだろう)

 そんなふうにタイロが思ってしまうのも、まず仕方のないこと。

 いくら戦闘好きの獄卒とは言え、それほどまでも純粋に戦いを楽しめるような、血の気の多い獄卒はそう数が多いわけではない。

『あの看守、思ったより厄介だね』

 それを見透かしたようにキーホが、タイロに声をかけてきた。

『彼、もしかしたら、元は有能な獄卒だったかもしれないなあ』

 どうも、キーホは、作業の合間にそんなふうに声をかけてきているようだ。ひとのことは言えないが、結構おしゃべりな男だと思う。

「どういうことですか? いや、俺もそうかなってちょっと思ってたんですが」

 タイロが尋ねるとキーホは続ける。

『タイロくんも、もうわかってると思うけど、獄卒の人ってね、どんだけ優秀な人でもメンタル的なところでダメになってしまうことが多いんだよ。やっぱり、その辺りの精神をキープしていられるのは、特別なんだ。それこそ、ネザアスみたいに、そういった特別な人じゃないとなかなか厳しいところがあるわけ』

 キーホはそうのんきに話を続ける。

『獄卒の耐用年数が五年といわれるのはそういった事情もあるんだよ。E03がとても優秀でずっと戦い続けていたとしても、もしかしたら精神的に弱ってしまった可能性はある。そういった心身弱った獄卒達を収容して治療するのが、獄卒用の医療棟なんだけども、まーこいつが問題ありありでさあ。実験台に使われちゃうこともあるんだー。そういう可能性はまあまああることなんだよね』

「そ、そんなっ! めちゃめちゃ非人道的じゃないですか!」

『うん。そうなんだよなぁ。僕も、一応是正するようには言ってるんだけども。獄卒のシステムっていうのがなかなか大変でさあ。元から重罪人しかいないのもあって……。あー、話逸れちゃうな。まあそれはおいておいて』

 キーホは、また何やらわけ知りふうなことなことを言う。

『何せよ、多分E03は戦い続けることを選んだヒトなんじゃないかな? 精神がついていけなくなっても、戦いたかった。その代償に、改造に同意したのかもしれない。もちろん、看守への改造は御法度な行為を含むから、本人に同意なんかとっちゃいないかもしれないけど、E03はきっとそれを受け入れている』

「えっ、そんな、かわいそうじゃないですか! めちゃめちゃやばそうな人だけど! のあっ!」

 そんな話をしている間に、当のE03が突っ込んできて、ユーレッドが刀で相手のブレードを弾く。

『やばいヒトと思うよ〜。だって、ネザアスだってそうだけれども、戦闘好きの人ってやっぱりちょっと怖いとこあるじゃない? それでも、ネザアスは刃物のエッジの上のような微妙なラインでも、器用にバランスを保っていられるから怖くないの。ギリギリ話通じるでしょ? 一方、あいつはそうじゃないから。かわいそうとか思ったら危険だよ』

「え、えー? で、でも」

『あれは刀のエッジの上からすっ転げ落ちた上で、掴んだら手が切れるのわかるのに、エッジを握って、這い上がってきてるみたいなやつらだよ。どんだけ怖いかわかるでしょ。同情したら殺されるから』

「ひょええ」

『かわいそうとは思うけど、ネザアスと同じ感じで接しちゃダメだよ』

 とキーホは言いながら、

『まあ、ネザアスも十分怖いんだけどさー』

「あ゛あっ!? なんか俺の悪口でもいったか!」

『ひいっ!』

 ぼそとキーホがいったのを聞き咎めたユーレッドが割り込んできた。

「キーホルダー、てめえ、口を動かしないで手動かせよ! お前ならサクッと侵入できんだろうがよ?」

『あ、あばば、ごめんなさい。いや、喋りながら、動かしてるんですよ。ほとんど、もうできてて! もうちょっと待って! もうシステムに侵入できます!』

「まったく!」

 ユーレッドが警戒しながらもため息をつく。

「お前ら本当に呑気なんだからな! 戦闘中だってのに、相変わらずこっちが脱力しちまうぜ! 大体な」

 ユーレッドが急に真面目なトーンになる。

「二人揃って、甘ちゃんどもがよ! こんな時に、あんなゴミどもに同情してんじゃねーっての!」

「ご、ごめんなさい」

 タイロが謝ると、ユーレッドがキーホに言う。

「お前もタイロに言える立場かよ。お前も大概危ねえんだからな?」

『ご、ごめんなさい』

 ユーレッドの珍しく抑え気味のマジトーンの説教に、キーホが慌てて謝りつつ、気まずそうに作業に戻る。

(えー、やっぱ、ユーレッドさん、キーホさんにもなんか優しい)

 その反応にタイロは思わずそう思う。

(普通ならこの感じ、三回くらいブチギレてもおかしくないのに)

 しかし、タイロにゆっくり思索に耽る時間は許されない。

 ふと目の前を見ると防火壁が迫っていた。が、タイロが悲鳴を上げる前に、ユーレッドがギリギリのところで華麗に抜ける。

 その直後にE03。そして、危うく壁と接触しそうになりながら、トラックが続く。

 ユーレッドはもう拳銃での牽制を諦めたらしく、スピードに乗せながら、E03と刀を触れ合うか合わないかの距離で小競り合いをしている。時折、刀が合わさるとその衝動的はバイクの方にもかかるので、タイロは思わずひいっとなってしまうが、ユーレッドは自分からも仕掛けることでバランスが大きく崩れないように制御していた。

 そして、壁の前で一撃を加えて、E03を突き放すようにしながら、いち早く迫る防火壁の隙間を抜けていくのだ。

(これ、ユーレッドさん、もしかしてすごく大変?)

 ユーレッドはE03に、決して前と右側のポジションを取られないようにしていた。

 ユーレッドとしては、彼に抜かれて前を抑えられるのは詰みだ。E03と勝負すること自体にはさほど問題はないが、後ろに汚泥満載のトラックが控えているため、手こずってそっちに追いつかれるとまずい。

 そして、脆弱な右側を晒すことは、何より避けなければならない。いくらスワロでカバーしていても、視覚的にも不利な上、強化プラスチックの義手は簡単に壊れる。

 こういうときにE03のような、好戦的なやつを相手にするのは厄介だ。

 同類であろうユーレッドには、そういうタイプこそ、この事態において非常に面倒臭いことを一番よくわかっているはずだ。

 だからこそ、ユーレッドも一度白兵戦を覚悟した上は、防戦だけには敢えてしていない。オートバイを蛇行させてスピードを抑え、相手のほうに左側を向けて斬りかかる。

 だが、その上で防火壁にも気をつける必要がある。右から左からと、交互に閉まるその動きも考えなければいけない。必ず彼が右側を壁側に向けているというわけではないので、そういう場合はスピードで振り切らなければいけないのだ。

 そして、E03もユーレッドの右側が致命的な弱点だとわかっているのだから、隙あれば彼の右側を取ろうとしてくるのだ。

 ユーレッドとE03が、つかず離れず、時に蛇行して走りながら、一合打ち合っては距離を取る。その度に火花がバチっと飛び、タイロの目の前にも残滓がちらつく。

 そんな中、防火壁は何事もないように閉まって、彼らの行動を邪魔していく。

 ふと焦げ付いた匂いがするような気がして、タイロが視線を後ろに向けると、煙がトラックの方から迫ってきているようだった。

(も、もしかして、あのトラック……。火を吹いているのでは?)

 よく考えると、カメラやセンサーを壊すのに、ユーレッドが銃痕でボコボコになるまで撃ち抜いているトラックだ。しかも、先ほどから防火壁に接触しながら抜けてきているらしく、タイヤもガタついているように見える。確かに、火ぐらいついてもおかしくない。

 スワロもそれを気づいているらしいので、ユーレッドは多分知っているだろうけれど。

(だ、大丈夫なの、あれ?)

 タイロがそう考えるうちに、防火壁はかなり近くまで迫ってきていた。

「わ!」

 思わずタイロは身をすくめてしまうが、ユーレッドは、それを紙一重で抜け、続いてE03、それから再び右側を挟まれかけながら、強引にトラックが走り抜けてくる。

 E03が弧を描くように走りながら、ユーレッドへの攻撃を探っているのがわかる。

 と、その時。

『お待たせしましたー!』

 キーホの明るい声が響いた。

『ネザアス、お待たせっ! 侵入できたよ!』

 能天気だが、どうやら本当に腕は良い人らしい。

「よし、でかした! トンネルのシステムにアクセスできるか?」

 ユーレッドがすかさず尋ねる。

『もちろんだよ。これで防火壁を強制的に止めることもできる。今すぐ止めようか?』

「おお、やりゃできんじゃねえか! だがちょっと待て。俺がいいと言うまで使うな」

 ユーレッドが言った。

「このシステムを使って、あいつらのトドメをここで刺す!」

「システムを使う?」

 タイロが尋ねると、キーホが、なるほどと頷いたらしい。

『そういうことねー』

「キーホルダー、お前は今ならこのトンネルのマップ、完全版が手に入るだろう? ここから一番近い地点に、シェルターはあるか?」

『うん、シェルターあるよ。壁、二つほど向こうだよ』

「OK。じゃあ、二つ向こうでやるぜ。二つ目の防火壁が作動したら、そっから先の壁を止めろ! そこで始末できれば御の字だが、無理でもシェルターがあるから、タイロをそっちで避難させることができる。とりあえずそこまで引っ張る!」

『わかったよ! じゃあ、合図して』

「おう、頼むぜ」

 ユーレッドが、改めて気合を入れ、剣を握ったまま左手で懐を漁る。

「ってことで、おい、タイロ! ここから仕掛けるから、喋んなよ! 舌噛むぞ!」

 ユーレッドがチラッと後方をを確認した。E

「え、ええっ、し、仕掛けって? わわっと!」

 タイロが尋ねかけた時、E03が急接近してきた。

 彼がこちらの会話をどこまで把握しているかは不明だが、少なからずE03は、これがチャンスとばかりに一気に攻勢を仕掛けてくる。

 ユーレッドの右側を一瞬の隙を突いて、弧を描くように走り込んで、回り込んできたのだ。

「ユーレッドさん!」

 タイロが鋭い声で叫ぶ。

 ユーレッドは返事をしなかったが、スワロの視線も借りて、しっかりE03のことは追っているようだ。

 E03はユーレッドの死角をつくように攻撃してくる。

 と、ユーレッドは、素早く口でピンを抜いた発煙弾を投げつけた。

 E03は素早くそれを叩き落とし、一拍おくれ、後ろでもうもうとした煙が広がる。

 その瞬間ユーレッドは、左側から体を回すようにして刀をE03に振り抜く。

 流石にそれを弾くしかなく、E03は後ろに飛ばされるように後退し、広がる煙に飲まれた。

 ユーレッドは、その瞬間に素早く加速した。

「ちっ」

 ユーレッドの舌打ちが聞こえる。

「まったく人の嫌なとこばかり攻撃してきやがる!」

 ユーレッドは苦笑しつつ、発煙弾をいくつも手にしていた。そして、口でピンを引き抜いていき、流れるように後ろに投げた。

 ぼわっと煙が溢れて、再び姿を見せかけていたE03をはじめとした看守たちの姿が再び厚い煙の壁に遮られる。

「ギリギリまで引きつけるぞ!」

 ユーレッドがわざと大きく走行を蛇行させる。スピードは乗っているが道いっぱいにカーブを切る。目の前の扉は煙を感知したのか唐突に閉まるスピードが上がっていた。

「わわっ、ユーレッドさん!」

「ここからが面白いところだぜ! タイロ!」

 ユーレッドはそういうと、ドンっとスピードを上げた。タイロの体にめいっぱい圧がかかる。スワロが落ち着けと言わんばかりにピピッと鳴くのがかろうじて耳元で聞こえた。

 急激に迫る防火壁を、ユーレッドは煙に追われながら猛スピードですり抜けていく。

 そして。

「やはりここではついてくるか!」

 ユーレッドが苦く笑う。

 溢れる煙の中から、E03のヘルメットのライトが不気味に輝き、防火壁を抜けてくるのが見えている。

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