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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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5.極彩トラップゾーン

(トンネル、長くない?)

 タイロは思わずそう考える。

 長い長いトンネルはまだ続いている。

 タイロは必死にハンドルにしがみついていた。

 背後からは相変わらず、物々しい銃撃音が聞こえ、衝撃も伝わってきていた。いまだユーレッドと囚人化した看守ジェイラーの間で銃撃戦を行われているのだ。

「キーホさん、このトンネル、めっちゃ長いんですけどー! どこまであるんですか?」

 たえきれなくなって尋ねる。

『どこまでって? まだまだあるよー?』

「まだまだ! 長すぎやしませんか?」

『そりゃ仕方ないよー。郊外のエリアまでにある汚染地帯を避けるために、地下ぶち抜いて通るのに作ったトンネルだもん』

 キーホルダーがのんきに答える。

『抜けるまでにもかなりかかるんだよねー。そうじゃなきゃ、アイツらもトンネルなんかで仕掛けなかったさあ。入ったら最後、抜けるまではどうきもなんないよ』

「ええー、じゃあそれまでずっと俺がハンドル握ってるの? 不安ー!」

 きゅっとスワロが不機嫌になった。

 タイロは、ただハンドルを"握っている"だけであり、操縦などをしているのは全部スワロだ。

 スワロとしては「何言ってんだ、コイツ」である。

 が、タイロはそんな視線も気にしない。

 そして、必死ながらもそろそろ慣れてきているらしく、あまりぎゃーぎゃー騒がなくなってきてはいた。その辺の適応の早さというか、神経の太さはなんだか流石だな、とスワロはちょっと呆れつつも失礼な称賛をしてしまうのだった。

「おい、キーホルダー」

『えっ、あっ、はいっ!』

 いきなりユーレッドが振り返って、キーホに声をかけた。流石のキーホも、ユーレッドに声をかけられると、ちょっと緊張した感じになる。

「歌ってるウィスに聞くのは非効率だから、お前に聞くぞ。今、トンネルのどの辺だ」

『えっ、あー、はいはい。お待ちくださいねっ』

 キーホは素直にさくさくと調べる。

『えーと、その辺で三分の二くらいかなあ」

「なるほど。ということは、ポイントまで1kmあるなしだな」

『ポイント? あっ、あーーー、そうかああ、そういうとこだ、ここ』

「そうだろうが。流石にお前は知ってるだろうよ」

 何がそうかなんだ、と思うが、どうも二人には知っていて当たり前の何かがあるらしい。

(えっ、なに? どんな状況?)

 そんな話が気になったのと、タイロにも少し余裕が出てきたこともある。

 サイドミラーだけでなく、後ろの状況を目視したくなって、そうっと後ろを振り返ったところで、わっと声を上げた。

「わああ、なんかすごいことになってる!」

 全然数が減っていない。

 どころか、撃ち倒したはずの看守は、その身が蕩けただけでますます異形化している。汚泥を吸収しているのか、それとも変質しているのかわからないが、体も大きくなっているようだった。

「うわあ、気持ち悪いー」

「だから見るなって言ってるのに」

 ユーレッドが苦笑しつつ呆れたように言う。

 ユーレッドが蜂の巣にしたトラックも、まだシステム部分のある場所の装甲を破れていないらしく、着いてきているし、おまけに穴の空いた場所から、オイルだか汚泥だかわからない、どろどろした黒いものが流れ出て、なかなか壮絶な姿になっている。

 グロい。端的に言ってグロい。

「えっ、ユーレッドさん、余裕ぶってるからアイツら減ってるのかと! 減ってないし、むしろ、余計エグくなってるんですけどー!」

 タイロの不満げな物言いに、ユーレッドがニヤリとする。

「おーっと、クレームかぁ? お前、随分余裕だなあ」

 ユーレッドはやけに余裕がある。

「余裕はないです! 余裕ないから、余計にヤバすぎてですねっ!」

「ははっ、クレームつけられるだけ余裕あるだろ。それなら、ちょうどいい。お前に任せとくぞ」

「ふへ?」

 思わぬ言葉にタイロが間抜けな声を上げる。

「こういうの、な。俺やスワロはどっちかてえと鈍いんだ。素人のが勘が鋭い。なにか変化があったらすぐ教えろ」

「え、なんです?」

「視覚的なもんだ。どう来るかは俺にもわからんからよ、お前がなんか感じたら言え」

「え、えーと、わかりました」

 タイロにはユーレッドの言うことが、ちょっとわからない。しかし、とりあえず頷いておく。

 と、まだ相手側からも飛び道具の攻撃はある。スワロのバリアに弾かれて、ぱきんと音がした。

「ちッ、まだ弾に余裕があるのかよ。抑えておくから、頼んだぜ」

 ユーレッドはタイロにそう言い置くと、アサルトライフルを構えていた。タイロは運転しているわけではないがハンドルを握る。

「はいっ、任せてください!」

 そろそろ慣れてきたせいか、自分が運転しているかのような雰囲気になりつつあるタイロだ。

 そんなちょっと得意げなタイロを、スワロが呆れた様子で見ている。

 オレンジ色の照明が、まだトンネルの灰色の天井を明るく照らしている。と、それがふとカラフルな色に変わった気がして、タイロは目を瞬いた。

 上を見てはいけないと思いつつ、自然と目に入る。

(落書き?)

 ちょっと強面な人たちが描いている落書きに似ている、カラフルな落書き。いろんなスプレーを吹きつけたかのようだ。オレンジ色の照明に照らされてはいるが、その色彩はサイケデリックと言って良い。

(なんか天井が賑やかだな。博物館がどーたらとか言ってたけど、昔、向こうに遊園地とか動物園とかあったのかなあ)

 カラフルな天井は、最初は落書きみたいだだったが、だんだん目が慣れてきたのか、なんだか子供向けの動物か何かの絵があるように見えてきた。スピードがスピードなので、何かは判別はつかないが。

 それがやがて壁面にも現れてくる。

 凝視しているわけではないが、自然と目に入った。

 なんだか歓迎されているようだ。

(あー。こんな追われてる時じゃなかったら、じっくり見るんだけどなぁ)

 心根が呑気なタイロは、そんなことを考えつつ、なんとなくそれを目で追ってしまっていた。

(この先によっぽど楽しい施設があったんだろうなあ)

 と、思った時、それが不意に歪んだ気がした。

「えっ?」

 どき、としたが、それは一瞬だ。再び元に戻る。

(あれ、疲れてるかな、俺)

 まあ無理もないか。今日は、色々あって、疲れる要素しかない。

 そんなふうに考えて、天井から目の前に視線を戻した時、タイロはギョッとした。

 目の前にいつのまにか、灰色の壁がある。

 きっと、トンネルが行き止まりになっているのだ。

(そんな、行き止まりとか聞いてない!)

「わ、わっ、わ!」

 慌ててブレーキをかけようとして、タイロが強くハンドルを握ろうとした。

 スワロがきゅっと声を上げる。

「落ち着け、馬鹿」

 ユーレッドの左手がにょっと伸びてきて、タイロの手を掴んで止める。

 と同時に、ヘルメットごしに頭を軽くこづかれた感じがして、近くで電子音が鳴った。

 ぴーん、という音と共に、ヘルメットのバイザーに光と色彩が走る。

「あっ、あれっ?」

 その瞬間、タイロの目の前にあった壁がなくなっていた。ほんのりカラフルな天井とオレンジ色の照明に照らされた道路があるだけだ。

「あ、あれ? あれっ! ゆゆ、ユーレッドさん、さっき前に壁が!」

「ねえよそんなもん」

 ユーレッドはため息混じりに言った。

「だからなんかあったら、すぐ教えろって言ったろ? なんで言わねえ」

「えっ、なんでって? ええっ? さっきの、幻覚?」

 タイロが言うと、ユーレッドは苦笑したらしい。

「似たようなもんかな。天井やら壁になんか仕掛けあるだろ。光学迷彩と暗示を混ぜたようなやつでな、視覚を錯覚させてこっちの視覚情報を狂わせるトラップだ」

「えっ、そうなんですか?」

「個人差があるから、お前がどう見えてたかはわからねえけどな。しかし、コイツが恐ろしいのは、対応していない機械の目すら欺ける高度な設計だってことだ。もちろん、俺だって、お前ほどじゃないにしろ裸眼じゃ騙される。だから、対応したゴーグルやバイザーをつけてないと目をつぶるしかない。お前のヘルメットも対応してるやつだぞ。モードを変えた」

 こんこんとヘルメットをこづかれる。

「うっすら、元の模様が見えるだろ?」

「う。そういえば、灰色の壁とかに、なにかキラッとカラフルなのが揺らめいて見えます。えっ、これが罠?」

「そうよ。俺がわざわざバイザーつけてきたのは、伊達じゃねえんだぞ。この手のトラップはマジでやべえんだ」

 そういうユーレッドもバイザーのモードを変えているようだ。

「あー、そっか。そういうことなんですか。ユーレッドさん、スワロさんから情報もらえるのに、バイザーとかつけるなんて、変だなって思ってました」

「そういうことだ。ま、スワロはこの仕掛けは基本的に無効化できるんだがな」

 きゅっと、スワロが鳴く。

「俺たちがダメにしろ、最悪スワロに操縦頼めるぜ、ただ、それだけに気づきにくいから、お前に頼んだのさ」

「えー、スワロさんすごい!」

『あー、そうかあ。スワロくんは、元は視覚特化だもんね。今はもっといろんなデータもわかるんだろうけど。流石優秀だなぁ』

 キーホが割って入ってきて褒めると、スワロがきゅっと鳴く。

 多分ドヤ顔をしているのだ。ユーレッドほどではないが、スワロだって褒められるのは好きだ。ちょっと可愛い。

『しかし、なかなかエグいトラップ作るなあ。こわやこわや』

 キーホがしんみりと感想を述べると、ユーレッドが聞き咎めてふと唇を歪めた。

「は? テメーがどの口で言ってんだよ。テメーらが本気出したほうがよっぽどだろ」

『ぬぐううう、すみませんすみませんんん』

 釘を刺されてキーホが鈍く唸るが、ユーレッドはそれをしつこく追及はしなかった。

「でもまあ、なかなかのトラップだろ。初見殺しって言われるだけはある。イノアのお嬢ちゃんが作ったにしちゃ、いささかいかつすぎるがなあ」

 とはいえ、とユーレッドは目を細めた。

「これで準備完了だぜ! あのゴミカスども、一掃してやる!」

『一掃って? あああ、なるほどそういうことー』

 キーホがわかったといわんばかりに声を上げた。

「何がそういうことなんです?」

「さっき後ろ見ただろ。……俺が弾バラまいてあいつらをたたいてたのは、アイツらを汚泥のでかいのから切り離すためだが、それだけじゃねえんだぞ」

 ユーレッドはそのころには銃を撃つのをやめ前を向くと、タイロの手を寄せさせ、後ろからハンドルをつかんでいた。スワロが操縦の補助を緩めたらしく、ユーレッドの操縦が優位になる。

 滑らかに走り出したオートバイは、後ろからの攻撃をかわしつつ走り始めたが、ふとそれを追い越すように黒い影が走った。

 不意に後方に看守が追い付いてきた。わ、と声を上げようとしたタイロだったが、タイロが声を上げる間もなく、看守は猛スピードでタイロたちを追い抜いていく。そして、そのまま壁に激突して黒い液体を飛び散らせた。

「わっ」

「ほーら、始まったぜ」

 タイロは怯えつつ尋ねる。

「ユ、ユーレッドさん、今の?」

「ほら、いい感じだろ。ああいうウゼエやつらは自滅させるに限るよなあ」

 ユーレッドはすがすがしい声で言った。

「このために、弾無駄遣いするほどバラまいて、ヘルメットのバイザーぶちぬいてやったんだよ」

「あ」

 あまり見たくはないものの、サイドミラーをちらっと見やる。

 と、そこに映っている看守たちは、皆ヘルメットを壊されたり、吹き飛ばされたりしていた。

 走ってくるトラックもフロントガラスは粉々に砕けている。強化されている上にスクリーン機能もあるであろうフロントガラスだが、ユーレッドが何度も弾丸を撃ち込んだおかげで粉々になっていた。カメラやセンサーなどのある前部分もかなり損傷しており、カメラは汚泥で汚されている。

 このトラップは機械も欺く。対応した機能を奪われれば、自動操縦も騙されてしまうのだ。

「しつこく撃ちこんでたのは、別にそういう性格とかシュミだからじゃねえんだぞ」

「なるほど、あいつらも対応しているバイザーなんかがなければ、コイツに影響されちゃうんですか?」

「その通りだ。それを避けるには目をつぶって走るしかねえからな」

 ユーレッドは、ニッと笑う。

「アイツらはまだ囚人なりたてでニンゲンぽさが残ってるから、余計にやりやすいんだ。個人差はあるが、おかげで誘導しやすい。スワロには、この仕掛けがどういう風に相手を誘ってるのかの傾向はわかる。それに従ってちゃんと地獄まで誘導してやるぜ」

「ユーレッドさん、すごい!」

 ふふーん、とユーレッドが、褒められてドヤ顔になる。

『すごいけどー、ネザアスさん、なかなか策士ですね……。前からそうでしたっけ? こ、こわいー』

 キーホが、おそるおそるといった風につぶやく。

「だから、お前には言われたくねえっての」

 ユーレッドはそっけなく言いながらニヤリとする。

「ま、あんだけ集団でわさわさ追いかけてきてるんだ。みんな一緒に地獄にいきてえってことなんだろ。お望み通り、全員まとめて吹っ飛ばしてやるぜ! さあ、スピードあげていくぞ! 振り落とされんなよ!」

「はいっ!」

 タイロの返事にユーレッドは笑みをゆがめると、ぐっとアクセルを握る。

 トンネルの中は相変わらず、アスファルトの剥がれや壁がはげ落ちたあとがあり、障害物だらけだ。

 そんな中、オートバイのスピードが上がっていく。


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