1.謎の男とハンバーガー-1
「獄卒UNDER-18-5-4。通称ユーレッド」
可愛らしい少女のような声が、機械的な冷たさをもってざわざわした食堂の中に響く。
「年齢経歴不詳。身長推定186または187cm。獄卒用人格判定、危険評価A。その他のプロフィールは不明。総合評価UNDER。現在得点+50点。当該獄卒については、その危険度に応じて、本部監視対象とし、モニタリングを行う。また、戦闘力向上目的での身体修復および戦闘用義肢の装着を禁止する」
タブレットを覗き込みながら、ジャスミン・ナイトは目を瞬かせる。
「本部監視対象ねえ」
彼女の目の前には、顔に傷のある男のマグショットがある。ナンバーを見ればどうやら獄卒管理課での登録写真らしいが、何かで逮捕されたときの写真でも大差はない。
「その割にこの人、本当に、プロフィールがわからないのよね。どうせ身長だって、この写真からの推定でしょ」
「そんなに不明なこと多いの?」
タイロは彼女をみやりつつ、コーラをストローで啜り、タブレットを覗き込んだ。なるほど、確かに彼女のタブレットが映し出す写真は、あの獄卒、ユーレッドと呼ばれていた男に間違いはない。
昼休憩中の食堂は、色々は部署の獄吏で溢れている。
タイロはハンバーガーセットなどという、ジャンクな食べ物を口にしているが、しっかりもののジャスミンは体に良さそうな定食だった。ジャスミンは、意外と和食好きである。
あの夜、ユーレッドという通称名の獄卒に助けられてから、タイロはすぐに幼馴染で、しかも情報に明るいジャスミンに彼のことを調べるように依頼していた。ジャスミン・ナイトは、獄卒管理課でも情報管理関係の部署におり、その中でも特に評価されていて機密情報にアクセスすることもできる。
タイロだって、獄卒のプロフィール情報には簡単にアクセスできるけれど、せいぜいユーレッドの動画資料に手を出せるぐらい。あまり詳しく調べようとすると、上司に報告しなければいけなくて面倒なので、そっとジャスミンにお願いした次第である。
「危険度が高いってのは知られていないってことでもあるのよ。特にこういう古くからいる獄卒の情報は、三年ほど前の汚泥漏洩事故の時にデータごとごっそり消えてるからね。でも、彼、少なくとも耐用年数は超えているでしょ」
耐用年数というのは、俗にいう獄卒の耐用年数である五年のことだ。
「珍しいのは確かよね。これだけ前線に容赦なく出て行って、耐用年数超えられるのって」
ずいぶん冷たい言い方であるが、実際、五年を超えても無事な獄卒は、何かしらのお目こぼしを受けて前線に出ていないことが多い。普通は絶え間なく続く戦闘で精神が摩耗して発狂してしまったり、それが原因で囚人に取り込まれて”戦死”するのが普通だった。
ということで、ユーレッドのように連続して囚人ハンティングの記録が残っており、今も現役なのは珍しいのだ。
「確かに、五年どころか十年単位で囚人狩ってそうなベテラン感あったもん」
タイロは、ハンバーガーを口にほおばりつつうなずいた。
「ほかには何かわかる?」
「それ以上のことは……。前科の情報も、ここ三年程のものしかないし、獄卒になった原因もわからないし、本部監視対象の理由も書いていないのよね。何かしら情報ありそうなんだけれど」
ジャスミンは、ちょっと悔しそうな表情だ。完璧主義の彼女にとっては、調べつくせないことが腹立たしいのかもしれない。
「うーん、そうねえ。識別票データに直接アクセスできればわかるかもしれないけど、そこまでやるには管理者の許可がいるから、思想犯でもない限り許可が下りないわよ」
内藤夜寿美、通称ジャスミン・ナイトは、くろぶち眼鏡を直しながらため息をつく。彼女のそれはあくまでファッションだ。度入りのメガネをかけているのは、タイロはあのメガネ先輩以外は知らない。
ジャスミンは、タイロが知る限り、幼い頃からずっと輝くような美少女だったが、社会人になってからも少女性の残る美人だった。
自分などより知的な印象が強くて、眼鏡もよく似合っている。
こうやって間近で見ると、見慣れたタイロでも、どきりとするほどきれいに見えることがあった。けれど、タイロはそれを隠しつつ、
「そうなの?」
と話を戻してみる。
「そうよ。個別名がついている特殊な獄卒”T-DRAKEなんか典型的よ。普通危険すぎると、当局に収容されたりとかするんだけど、彼だけは何故か野放しにされているっていう噂。危なすぎて手を出せないとも言われているけれどね」
「ああ、その人は聞いたことあるよ。管区越えて彷徨ってるっていう伝説の獄卒だとか。でも出会ったら殺されるって都市伝説がある」
「都市伝説じゃなくて、実際に殺ってるみたいだけどね。とにかく、人格判定でAがついてる獄卒は問題のある獄卒の中でも、実力もあるヤバイ奴ばかりなのよ。この人も例外ではないわ。本部監視対象なのもさもあらんって感じよ」
ジャスミンは肩をすくめた。
「まあ T-DRAKEもこの人も、どちらかと言うと一匹狼的なところも強くて、監視優先順位が低いのよね。この人も囚人ハンティングの成績も良いし」
「うんうん、俺も実際、目にしたんだけどさ。凄く強いんだ」
「何言ってるの、泰路。獄卒に憧れちゃダメでしょ」
ジャスミンは嗜めるように言う。
「この人だって、人格検査の異常値の出方や犯罪歴からして、立派な快楽殺人者よ」
「それはそうなんだろうなーって思ったけど、実際何やったの? いやあ、前科もちょっとだけ調べたんだけど、調べること多くって……」
「そうねえ、直近の前科を見ると。獄卒同士で揉めた際、相手に絡んで相手が剣を抜いたところで相手を斬殺。逆に絡まれたところ、返り討ち。些細なことから喧嘩に発展し、斬殺。囚人の識別票の取り合いから乱闘に発展していたところに、"運悪く"通りすがり"襲われた"ので全員斬り捨てた」
「結構やってるなあ」
タイロがぼんやりとつぶやくと、ジャスミンはやれやれと言いたげにため息をつく。
「のんきね、タイロ。これ、彼、ワザとでしょ」
「ワザとって?」
「どっちが声かけたのかわからないけど、ワザと相手に絡まれるよう仕向けて、相手が剣を抜いたのを確認して斬ってる。それだと、確実に正当防衛になって減刑される。ほんと、タチ悪いわよ、こいつ」
「でも、相手の獄卒もヤバいやつなんだろうし……」
「それがあるから、減点少なめなのよ。しかも、致命傷相当を負わせているとはいえ、相手が獄卒だから死んでないし。それで一発アウトにはならないわけね」
「なるほど、でもちょっと安心」
タイロが笑顔で嬉しそうに言うので、ジャスミンは怪訝そうな表情を浮かべた。
「何が?」
「いやあ、ほら、一般人に手出ししてたりとか、監禁してなぶり殺しとかそっち系の陰湿なのだと嫌だなあって思ったからさ」
「どうだか。どっちにしろ、殺人鬼にはちがいないでしょ」
「そ、そうなんだけど、なんていうか、俺には結構優しくしてくれたというかだし」
「ちょっと、やめなさいよ、泰路。それ、ストックホルムシンドロームみたいなやつでしょ、泰路。犯罪者の中にいて、仲間意識持っちゃった上に、ちょっと優しくされて肩入れしちゃうやつ」
ジャスミンは、眉根を寄せた。
「獄卒にはロクな奴がいないの、あんたが一番知ってるでしょ」
「そりゃーそうなんだけどさ」
タイロはため息をつきながら、再びコーラをすする。
「大体、危険な目にあったのに、マリナーブベイの仕事蹴らないとか、あんたらしくないじゃない」
「でも、仕事蹴ったらクビになりかねないじゃないか。それに、ユーレッドさんも行くっていうしー」
ジャスミンは、眉根を寄せつつ。
「本当、泰路、その人に影響されすぎじゃない」
「い、いや、そういうんじゃないんだけど」
タイロはちょっと困った顔になりつつ、ポテトを手に持っていた。
「いや、その、ヤスミちゃんが心配するようなことじゃないんだよ。うーん、なんていえばいいんだろ」
持っていたポテトを手持ち無沙汰にいじりつつ、タイロは目を伏せる。
「なんだろう、この仕事蹴ったら、きっと二度と会えないんだろうなって思ったりしたんだよね。ユーレッドさんのことは怖くないと言ったら嘘になるけど、それよりももう少し話してみたい気持ちも強いんだ」
タイロはポテトを口に入れる。
「あの人、だって、武器由来型の自律性の索敵アシスタントを連れてるんだよ。今時珍しいじゃん。あれって、すごくコストがかかるから一部のエースの獄卒しか持ってないんだ。今は人工知能搭載してても、ああいう精巧なの連れてる人は珍しいしさあ。俺、ほら、一応専攻が獄卒のナビ端末だったからさあ。めちゃくちゃ気になるんだよね」
「それはそうかもしれないけどね。今じゃ一部の獄卒と成績のいい戦闘員しか持ってないって話でしょ。新機種は結構でてるけど、あたしでも実物はほとんどさわったことないわ」
「でしょでしょ。いや、獄卒管理課にいったら、そういうの持ってる人と会えるかなって、うっすら期待してたのに、ヤバイ人しか来ないし、まれにナビ持ってても簡易なアシスタントだしさ。興味出ちゃうのも仕方ないじゃないか」
浮かれ気味のタイロに、ジャスミンは釘をさすように一瞥する。
「でも、そういう獄卒って大体、さわらせてなんかくれないわよ」
「そ、そりゃあそうだけど」
突っ込まれてタイロはちょっと困惑しつつ、
「ん、まあ、それだけでもないんだけどね。アシスタントのことも興味あるけど、ユーレッドさん自身にも興味があるというか。俺もうまく説明できないんだけどさ。ヤバイ奴なの、十分わかってるのに、かっこいいなあとか思っちゃったし。それに、なんだろ、夢のこともあるのかなあ」
「夢?」
それをきいてジャスミンが目を見開く。
「泰路、まだあの夢を見るの?」