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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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3.隧道バレッジ

 目の前の道が荒れ始めている。

 尋常ではないスピードを出していた流石のユーレッドも、スピードを緩めざるをえないほどの道路状況だ。

打ち捨てられたハイウェイ跡は、めくれたアスファルトや、壊れた車両や瓦礫、ゴミが点在していたが、その頻度が高くなっていた。

「ユーレッドさん、だんだん追いつかれてます」

 タイロが怯えながら言うと、ユーレッドは舌打ちする。

「しょうがねえな。そろそろやるか」

 ユーレッドは、表面だけ物憂げにそういうが、明らかに目が物騒に笑っている。

 しかし、全て忘れて戦闘するつもりはないらしく、まずスワロに声をかけた。

「スワロ、お前はタイロとハンドルを守ってろ。こっちのサポートは次でいい」

 きゅっとスワロが鳴いて、タイロの肩におりてくる。

「お、俺は何をしたら良いですか?」

 タイロがそわそわすると、ユーレッドがチラッと振り返ってきた。

「お前はとりあえずなんもすんな。振り落とされねえようにしてな。まぁでも、今後のこと考えると……」

 とユーレッドが、スワロの首のキーホルダーに目をやる。ドキッとしたらしく、キーホがおそるおそる尋ねた。

『なっ、なんでしょう?』

「キーホルダー、てめえはタイロが状況に置いてかれねえように、適度に説明してな」

『えっ、あ、あのう。タイロくんに、諸事情お話ししても良いんですか?』

「ふん、だって、タイロは俺を"召喚コール"できたんだろ。ってことは、てめえら中央局にとっても、それなりに参考にしなきゃならん対象ってことになるんだ。なーんも、わかんねえまま巻き込まれんのはかわいそうだからな。情報くらい教えてやれよ」

「えっ、なんか不吉な話きいた!」

 タイロが慌てて声を上げる。

「ちょっと、キーホさん、なんか話が違うんですがっ!」

 キーホを睨みつけつつ尋ねると、キーホが苦笑いするのが聞こえた。

『いっ、いやあ、まあ、その。だって、仕方なかったんだもん。そ、それに、参考っていっても、今までより目をつけられるってくらいの意味でー。だ、大丈夫です。なるべく、タイロくんのことは大丈夫なようにするから』

「だってよ?」

 キーホの苦しい言い訳に、ユーレッドがくっくと笑う。

「まー、どうせ戦闘が激しくなったら、話聞いてるどころじゃねーけどなァ。今後のために聞いとけよ」

 ユーレッドが意地悪なことを言うが、このひと、楽しんいるだけなのではないか。タイロはむむっとする。

「さてと、こっちはそろそろ準備しねーとな」

 インカムに声をかける。

「ウィス、聞いているか?」

 ザザッと雑音が聞こえ、ウィステリアの声が答えた。

『ええ。後方に随分たくさんいるみたいね』

「ああ、埒があかねえから、そろそろこっちから仕掛ける。それでな、俺がゴキゲンになれるように、ノリのいいナンバー頼むぜ」

『あら珍しい。リクエストかしら』

 ユーレッドからの要望に、ウィステリアが少しうれしそうに答える。

『わかったわ、旦那。調子に乗りすぎないようにね』

「心配無用だぜ」

 ユーレッドがそう答えると、ウィステリアがすっと息を吸う気配がして、すぐに彼女の透き通った声が耳に響いた。

 戦闘時の歌は呪文を詠唱するような、メロディラインのないものあって、地下ガレージでの戦闘ではそういうものを彼女は歌っていたけれど、今歌っているものは、はっきりとしたメロディラインがあるように聞こえる。わずかにインカムから漏れる歌声で、タイロがそれに気づく。

『流石はウヅキ・ウィステリア。良い声だねえ。なんていうか、疲れた体に染み渡るー。あー、今日はめっちゃよく寝れそう』

 キーホがしみじみ呟き、タイロに気づいた。

『あー、いろいろわかんないって顔してる? 多分だけど、彼女の側は伴奏あるね、これ。ただ、戦闘の邪魔になるかもしれないから、ネザアスとの通信に入れてない感じだと思う』

「戦闘中なのに歌きいてて大丈夫なんですか?」

 本来はユーレッドに尋ねるのが筋なのだろうが、彼は忙しそうだし言われた通り、キーホに尋ねてみることにした。

『右耳にインカムつけてるでしょ。ネザアスは多分だけど右耳の聴覚がずば抜けていいの。でも、良すぎてダメなこともあってね。対獄卒用ジャマーなんかに敏感なのも右耳が良いせいもある。ウィステリアの通信を右耳で受けてるのは、それを抑えるためもあるわけだよ』

「やっぱりウィス姐さんの歌って、なんかよい効果があるんですか? 癒されるのはわかるんですけど」

 タイロがそう尋ねると、キーホが答える。

『そりゃあ、あるよおー。えーと、彼女の歌のこと、どこまで知ってる?』

「囚人大人しくさせるって漠然と聞いてるだけですね。獄卒の人も眠くなるとか。それって黒物質ブラック・マテリアルとかいうのと関係ありますか」

『そうだよ。彼女達、魔女は、汚泥対策要員として生み出されたんだ。囚人や獄卒なんかの黒物質に働きかけて穏やかにさせる。でも、穏やかにさせるだけじゃなくて、強化効果もあるんだよね。最適な状態にできるというか』

「えっ、そうなんですか」

『ネザアスなんかは、汚泥や囚人に対して反応しすぎる体質だけど、ウィステリアの声はその過剰な反応抑えて、冷静さを保たせたまま、肉体のパフォーマンスだけあげられるの。彼女ぐらいになると、対象を絞れるから、ネザアスにだけ効果をあげるようにできるわけ。ただ、電波に乗せると有効性が落ちちゃうのだけが難点なんだよね。今使ってるインカムは、それをできるだけ有効に保たせてる試作品だけど、結構いい感じ』

「そうなんだ。それでウィス姐さんに歌ってもらってるんですね。それじゃ、魔女っていうのも、その、何か特別なものを持った”強化兵士”とかいうやつなんです?」

『まあそんな感じかな。君たちがここに住むまでに、色々あったんだよ。僕がこんなこと簡単そうに言うと怒られそうだけど』

 と、キーホが何かに気づいて声をひそめた。

『トラック、やっぱり看守ジェイラー達がかなりの数乗り込んでるね』

 きゅっとスワロが同意する。タイロがそっと後ろを振り返ると、先ほどは人影にしか見えなかったそれだったが、今はハッキリと看守の戦闘服まで確認できる。

「なんだか、普通に追いかけてきてるだけみたい。もしかして、看守の人が便乗してきてるだけなのかなあ?」

 今のところ、タイロにはそれが囚人の姿には見えていない。汚泥まみれのトラックに乗っていても、彼らはただ自分たちを追いかけてきただけみたいに見える。

「普通なもんか。アイツらにはな、化けの皮のはがし方ってのがあるんだよ。ま、お前みたいなヘタレはあんまり見ねえほうがいいぞ。メシがまずくなる」

 ユーレッドがそう答える。

『でも、看守があんなにいるの、こっちには不利だね。ネザアス、いけそう?』

 キーホが少し心配そうに尋ねる。

「誰に口聞いてんだ? 俺はプロだって言ってるだろ」

 ユーレッドは肩をすくめて、ニヤリとした。

「安心して情報提供してみてろ、キーホルダー」

『そ、そうだったよね。それは心強いな!』

 キーホが何故か嬉しそうだ。

「ま、おおむね予想通りだろ。だが、あんなに固まられちゃ面倒だから、ちょいとバラけてもらうぜぇ」

 ユーレッドは楽しそうにそういう。

 黒い不定形の汚泥が迫るなか、ひときわトラックだけがスピードが速い。ユーレッドたちの乗るオートバイに食らいつくように追いかけてくる。

 それを確認して、ユーレッドがニッと笑った。

「さて、仕掛けるぜ。舌噛まねえようにしろよッ!」

 そういうとユーレッドがオートバイを変則的に蛇行させる。スピードをわざと落としてトラックを近づけると、わらわらと看守たちがあつまってきていた。

 身を乗り出しかけるその看守に、ユーレッドが突然振り返り様にサブマシンガンをぶっ放す。

「ひええ!」

 タイロにまで振動が伝わって、思わずタイロはビビる。

 看守の一人がまともに食らうが、撃たれた直後に戦闘服の間から闇のように黒い物体が膨れ上がった。

 ユーレッドは弾が切れるまで彼らめがけてばら撒くと、銃弾の雨を浴びた一塊だった影が飛び散るように離れていった。先ほどまで人の姿だった看守たちが異形化していく。

「ぎゃあああっ!」

 見てしまったタイロが思わず悲鳴をあげる。

「なんですか、あの生理的嫌悪を催す何かはー!」

「だから見たらメシがまずくなるって言ってんだろ?」

 青ざめるタイロにそう言い置いて、ユーレッドが前方の障害物を避けながら蛇行しつつ、背後をバックミラーで確認する。

 溶けたように黒い塊になった看守だが、下半身はヒトの姿を保ったままトラックの荷台から滑り出す。

(ひええ、なかなか壮絶なやつ!)

 足元は、例の高速移動用ブーツがまだ生きているらしい。

『ブーツがまだ壊れてないや。気を付けて! あいつら、まだ武器を持ってるかも』

「そうだろうな。反撃くるぞ! スワロ備えろ!」

 きゅきゅっとスワロが、了解とばかりに鳴く。

 溶けた看守以外の看守もトラックの荷台から乗り出している。その手にはアサルトライフルらしいものが握られていた。

 その銃口がこちらに向く。

「わわっ!」

 タイロは慌ててユーレッドにしがみつくが、ユーレッドは流石に冷静で、オートバイを巧みに操り、蛇行させて銃弾を避ける。

 しかし、全部避けきれない!

 と思ったが、銃弾はタイロの一メートルほど向こうでぱちんぱちんと弾かれていく。見えないバリアに守られているようだ。

「な、なんですか? これ、バリア?」

『そういう感じのだよ。スワロくんに展開してもらってるの。スワロくんの反重力エンジンを応用したやつだね』

 キーホがタイロの素直な疑問に答える。

 そういえば、アルルの誘拐事件の際も、そのバリアを使っていた気がする。

『あっちの武器の破壊力があんまり高いと防げないけど、一般的な銃器に対しては物理バリア張って弾けるんだよ』

「へえ、すごいね、スワロさん!」

 タイロが賞賛の眼差しをスワロに向ける。

『ただ、バリア張ってる間はこっちからの攻撃も通らないんだよねえ』

「えっ、そういうもんなんです?」

『一方通行で通るのもあるんだけど、強力すぎて所持対象に制限とかあるし、維持費高いよ。個人で持つのは大変だと思うー』

「解説ご苦労」

 ユーレッドが割って入ってくる。

「こっちから攻撃するときはもちろん解除するぜ。流れ弾に当たるなよ!」

「は、はいっ!」

 ガシャっとユーレッドは、マガジンを交換する。

 その間も、カキン、パチン、とスワロの展開しているバリアを銃弾がかすめていた。

 トラックの荷台から、看守が数名降りてきていた。何名かはユーレッドに打ち倒されていたはずだが、どうやら平気そうだ。

「ユーレッドさん、あんまりあいつら数減ってないみたいです」

「当たり前だろ。今は、弾幕張ってるだけだぞ、俺は」

 ユーレッドがそういって苦笑する。

「対囚人戦の機関銃の使い方なんて、それぐらいなもんだぜ。ていうかな、あいつら首が飛んでも大丈夫なんだぞ。大した効き目はねえぞ」

「ひええ」

 タイロが背後を確認すると、ヒトの姿をかろうじて保っているのは、戦闘服に抑えられているからだろうか。うすぼんやりと影のようなものがにじんでいるように見える。それがトラックやその背後から迫る、大きな黒い塊とつながっているように見えていた。

「なんか、つながってる?」

「もちろん。さっきからそう言ってるだろう? だからバラくのさ」

 ユーレッドが振り返る。

「バラく?」

「ああ。あとの解説はキーホルダーに聞け。行くぜ! スワロ、俺の視線の方向に向けて解除しろ!」

 そういうと、ユーレッドは再び発砲する。ガガガガガとすさまじい音がしたが、タイロも少し慣れてきたらしく、ちょっと身をのけぞらす程度ですんだ。

 とはいえ、慣れたといっても、多少怖いので大した余裕はない。

『バラくってのはさあ』

 ユーレッドが戦闘しているのに、キーホときたらてんでのんきだ。

(えっ、今、この状態で、解説聞くの?)

 どうもこのキーホルダーの中の人、相変わらず空気が読めていない。

『ああやって囚人達が一塊になってるのを、分裂させるってことね。……あれ一個の塊にみえるけど、一つじゃないわけ。で、機関銃なんかの銃で分離させてるんだよ』

 ちらっと見ると、確かに背後の囚人と看守達の間の黒いものが飛び散り、分離されていく。

「えっ、でも銃器は囚人には有効じゃないってさっき……」

『もちろん、有効性は高くないさ。トドメ刺すときは刃物に限るよ。ただ、ああいうのを分裂させるのは、ネザアスのやり方であってる。細かくさせすぎちゃダメだけど、後ろからの補給を絶たないと、ダメージ与えても何らかの方法で回復してきて厄介なんだ』

「むー、なるほど……、っておわああ!」

 ユーレッドが素早くマガジンを交換して追撃したので、びっくりしてしがみつきそうになった。

(なるほどだけど、まったり聞いている余裕ないよ!)

 もっと静かな穏やかな場面で解説を聞きたい。いや、タイロだっていろいろ知りたくはあるのだ。ただ、今じゃない気がする。頭に入っていかない。

 ユーレッドは攻撃を終えると、スピードを上げて距離をとった。看守たちが反撃してくるが、さほど強くないらしい。時折弾丸が飛んでくるものの、スワロのバリアで何とかなっていた。

『あいつらも囚人との闘いで消耗してるんだね。強力な飛び武器が飛んでこなくてよかった』

 きゅっとスワロがキーホの言葉に同意する。

「ま、油断はできねえけどな。ヤバイのが来たら、マジでよけるぞ」

 ユーレッドがそう告げる。

 しかし。

(やっぱり数減ってないなあ)

 強力な飛び道具を持っていないとしても、看守たちはとにかく丈夫そうだ。まだ数は減っていない。

 もともとがほぼ不死身のような獄卒、そんな彼らを強化した看守は、ことのほか丈夫だった。そして、そんな彼らが囚人化しているということは、正直、頭が飛ぼうが平気で追いかけてくるということなのだろう。

 そんな中、一人の看守が集団からぬきんでてスピードを上げてきた。

「ユーレッドさん、なんか来ます!」

「ちッ!」

 ユーレッドがスピードを上げながら激しく蛇行するが、道も悪いため看守が追い付いてきて横並びになる。

 看守の真っ暗なままのヘルメットのバイザーが、タイロを見た気がした。

 その瞬間、タイロに看守の手が延ばされる。

「わっ!」

 タイロが悲鳴を上げた時、ひときわ大きな銃声が響いた。

 看守がヘルメットごと撃ち抜かれて倒れる。

 ガシャアっと音を立てながら、路面にたたきつけられ、やがて後ろからくる黒い塊に飲まれて見えなくなる。

「ふん、じわじわ調子あげてきてやがるじゃねえか」

「ユーレッドさん!」

 ユーレッドは、いつの間にか左手の武器を持ち替えて、口径の大きなリボルバーを握っていた。

 背後を見ると、後ろの汚泥と切り離された影響もあってか、看守たちは高速移動ブーツを使って彼らに追いすがってきている。

「あーあ、囚人化が進んで安定してきちまってんな」

 ユーレッドが舌打ちする。

「ど、どうするんですか? めっちゃ、人数多いんですが」

「どうするって? 何心配してんだお前」

 ユーレッドは、肩をすくめた。

「この程度のこと想定内だろ? そりゃあ色々方法はあるぜ。言ってんだろ。俺は対囚人戦についてはプロなんだ。この程度で音を上げることはねえよ」

「それならいいんですが」

 と、不意にユーレッドは何か思いついたらしい。

「ただ、そうさなあ。このままだと戦いにくいし、せっかくいるんだしな。ちょっとお前にも手伝ってもらうぜ?」

「へ? 俺?」

 ニッタアとユーレッドは笑う。

 ユーレッドは楽しそうだが、なんだか微笑みが怖い。妙にサディスティックな笑みだ。こういう悪い笑い方をしているときのユーレッドは、大体ろくなことを考えていない。

「タイロ、ハンドル変われ」

「へ?」

 ユーレッドは明らかに面白がっている。

「お前だって、一人前の男もんな? 大型オートバイの操縦ぐらいできるよなア?」

 こんな時に、何言ってんの、この人! そんなもん、できるわけないですが!

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