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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス

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20.I'm calling you! —召喚魔法 -4

「書き込むって?」

 半信半疑のうえ、ちょっと空恐ろしくなる。けれどここで逃げるわけにもいかず、タイロがそうっとスワロの首のキーホルダーを手にする。

 別に何の反応もない。何の変哲もない感触。

『そうそう、君達の中では、本名を隠す風習があるらしいよね。識別票のセキュリティを突破されるかもって。諱を避けるってのは、昔からある文化だ。契約だって本当の名前を支配することで行われたりする。でもね、一般市民にはほとんど迷信みたいなもので、そんな程度で識別票は割れないよ』

 キーホが話を続ける。

『ただねえ、その系統の話、強化兵士の人たちにはまあまあ洒落にならなくて、かつては先例もあったんだ。名前を知られると、相手に支配されるってこと。その理由が、これでわかるかな?』

 キーホが言い終えた瞬間、タイロの頭の中に、めいっぱいの数字がなだれ込んできた。

 0と1で構成されたそれは膨大な量だったが、なぜか拒否感はない。

 それはタイロの脳裏をざーっと通りすがった後、そのまま漏れていくと思ったのに、何故かひっかかって頭に残る。そして、どこかで確実に保存されたようで、そんな数字など覚えられるはずもないのにすらりと暗唱できそうなほど、把握できてしまっていた。

「えっ? あれ、なに?」

 今まで味わったことのない感覚だ。戸惑うタイロに、キーホは言った。

『覚えた? 今のはネザアスの名前を二進法に引き直したものに、さらに暗号かけたやつ。それが彼の本当の名前。契約するとこの完全版を覚えられるようになる』

「えっ、な、なんです? これ? なんで、俺、覚えられたんですか? こんなん?」

『まあ、そうだよね。フツー人間が覚えられるものじゃないよ。僕も素直に覚えるとか無理。だから、君に書き込んだの』

 混乱するタイロの前でも、キーホはどこか超然としている。

『君には書き込むことができると思ったんだけど、やっぱ、そうだね。多分、どっかに"残ってる"』

「の、残ってる、って?」

 怖くなってタイロが聞き返す。

『んとー、その辺は。そういや、僕は君の報告書とかちゃんと読んでないからなあ。いい加減なこと言うのもダメかも』

 散々いい加減なことを言ったくせに、急にそんなことを言うキーホだった。

 まったりしている空気を感じて、きゅきゅ、とスワロが急かす。

 アルルとどこか似ていて、キーホも変なところで落ち着いてしまうらしい。このまま雑談になりそうだ。

「あ、そうか。早くユーレッドさん、呼ばないと! 遠くに行っちゃう!」

 気になるけど、そんなことを追及している場合ではない。

『それじゃあ、本番。集中して。さっきと同じようにしてご覧』

「同じように」

 ううむ、とタイロは唸る。

 なんだか狐につままれているようだ。キーホにからかわれているのでは? とも思えなくない。

 ただ、この頭の中に雪崩れ込んできて、それだというのにちゃんと残っている膨大な数字の羅列は、タイロをその気にさせるのに十分だった。

 それはスワロも感じているらしい。スワロが頷き、きゅ、と鳴く。

 タイロも応じて頷いた。

「CALL!」

 タイロが声を上げる。

「Mr.U-RED, I am calling you!」

 多少辿々しいが、簡単なA共通語を詠唱するように発してみる。

「Come,here,now! Your name is……」

 その長い名前、いや、数字は口には出さなくても良いようだ。

 無意識にばっと脳裏に数字の羅列が展開される。一体、これは自分の頭のどこに入っているものなのだろう。けれど、その数字にはどこか親しみがあった。

 それを頭に巡らせて、タイロは念じる。

(ユーレッドさん、この声を聞いて! ここに来て! 俺はユーレッドさんをここで呼んでいる!)

 タイロは、もう一度口を開いた。

「I'm calling ……YUN-BK-002-YURED-NEZAS! ユウレッド・ネザアス!」

 と、不意にタイロの頭に、青い閃光が走り、輸送車の天井を突き抜けていった気がした。



「これで、あらかた準備完了だ」

武器や必要そうなものを積み込んだオートバイを前に、ユーレッドは珍しくバイザーをつける。

 ヘルメットを被る気はないようだが、ユーレッド自身がバイザーをもってこいと言っていたので、バイザーには何かしら大きな意味があるようだ。もちろん、情報通信用と目の保護のためだけかもしれないが。

 刀や銃を背中に背負った彼は、これから要塞でも襲撃するのかという重装備だった。

 しかし、調査員エージェント用の戦闘服は着ないで、あくまでいつもの白いジャケットに、なぜかこだわりでちゃんと結んだネクタイ。これが、逆に反社会的勢力の出入り感を強めてしまっている。

 しかし、敢えてそういう服を選んでいるのだろう。

 ネクタイは自分で先ほどビシッと締め直しており、そこにタイロにもらったばかりのスカルのネクタイピンが光っている。

 戦闘時でも、スーツにネクタイを締めるのは、彼にはただのオシャレというだけでない理由があるらしい。

 へべれけに酔っ払っているとき、意外に服を着崩していなかったのでウィステリアが何の気なしに聞いてみると、寝落ちしかけのユーレッドがごにょっと言った。

『だって、ちゃんとしてねえと、本当にチンピラになっちまうだろ。そりゃ、いまは底辺獄卒だけど、だって、俺だって、昔はな……』

 あとはそのまま寝てしまって、彼からはなにも聞けなかった。もちろん、シラフの彼は絶対に口を滑らさない。真意は謎だ。

 ただ、傍目からははっちゃけているだけのユーレッドのファッションにも、一応彼なりには理由があるのだろう。

 ふとそんなことに思いを馳せつつ、ウィステリアは、心配そうに彼を見上げた。

「それじゃあ、気をつけてね。無理はしないで」

 今日はどうもウィステリアがしおらしい。そんな態度を取られると、いつもはそっけないユーレッドも、何か良心が咎めるのかちょっと優しくなる。

 軽くぽんと頭を撫でるようにたたきつつ、苦笑した。

「ま、いいから、心配せずに任せてろって!」

 そう言ってからイタズラっぽく笑う。

「その代わり、お前ちゃんとアシストしねえと、次は指名しねえぜ? ちゃんとしろよな」

 そういう時の彼は、気のいい、面倒見のいいにいちゃん感がある。そんな顔をしてくるものだから、振り回されて腹の立つことも多いのに、ウィステリアはなんだかんだと許してしまうのだ。

 そんな自分に苦笑してしまう。

「わかった。新しい情報入ったら、すぐ伝えるね」

「ああ。ヨロシクな!」

 ユーレッドはシートに跨り、ハンドルを握ろうとした。

 が、その時、ふとはっと目を見開いた。

 まるで目に見えない雷に打たれたように、がくっと突然崩れて、額を押さえてハンドルに支えられたまま前のめりになる。

「ユーさん! どうしたの!?」

 また発作でも起こしたのか、と焦ってウィステリアは駆け寄った。

「よ」

 ユーレッドがボソリと呟く。

「呼んでる」

「えっ?」

 ふっとユーレッドが操られたように顔を上げた。

「呼んでいるんだ、"アイツ"が」

 ユーレッドはなにか呆然とした様子になる。額から手を離して、遠くを見るような目をチラリとウィステリアに向ける。

「アイツが……俺のこと、呼んでる。すぐに行ってやらねえと! アイツのところへ!」

 ウィステリアは、はっと息を飲んだ。

 その左の瞳は、いつものように夕陽のような赤褐色を帯びていたが、それがところどころまだらに青く輝いている。

 その色は、ウルトラマリンブルー。

「ユ、ユーの旦那、アイツ、って誰?」

 滲み出すように色を変えながら青く輝く瞳に、ウィステリアは見覚えがある。まさか、今更、"彼"に呼ばれている?

 まさかそんな。心配そうに恐る恐る尋ねた。

「昔、知っていた人? あの、さっきあたしの言った……」

「いや違う」

 彼のシャツの中、左胸の上あたりも薄く輝いているようだ。そのあたりを左手で撫でるようにしながらユーレッドは応える。

「呼んでるのは、タイロだ」

「えっ、タイロくん?」

 ユーレッドは、ふと我にかえったように身を起こす。

 ぼんやりした表情が消えて、きりっとした彼はいつものユーレッドだった。姿勢を正すとぐっとハンドルを握る。

「ウィス、アイツらがどの道、通ってるのかわかったぞ! 後で口頭で伝える!」

「えっ? ど、どうして? スワロちゃんと交信できたの?」

「いや、違う」

 まだ青く輝く瞳で、ユーレッドが言った。

「"これ"はスワロの通信とは別だ。だが、俺にはアイツらがどこ移動しているのか、座標単位で追跡できてる! リアルタイムにな!」

 驚いているウィステリアに、ユーレッドは視線を投げかけた。

「タイロが、ここまでできるとは思わなかったけどな。とにかく俺はアイツに呼ばれてるんだ! 早く来てくれってな!」

 ユーレッドはエンジンをかける。

「だから行くぜ! ウィス! 細やかなナビは頼んだぞ!」

 ユーレッドはそう言い置くと、見送るウィステリアを背にして猛スピードでオートバイを走らせた。


 地下ガレージから一般道に繋がる地下道を走り抜ける。

 外はもう黄昏時。

 傾いた太陽に空は金色に輝き、しだいに赤く染まっていくところだった。

 その空のようなユーレッドの瞳には、いまだに青い輝きがまだらに灯っている。

「すげえな、一戦やらかした後とは思えねえくらい体が軽い。何が来ても、負ける気がしねえ」

 ユーレッドはボソリと呟く。静かなつぶやきだが、彼自身のテンションは高い。もともと独り言は多いが、ついつい無意識に思考が口に出てしまう。

「これが、"古い約束に呼ばれる"ってことなのか? よくわからねえけど、なるほど、ドレイクが意味深に言ってた理由はわかる気がするぜ! こんな極端にコンディション変わるのならな!」

 マリナーブベイの郊外へのハイウェイに向かう道は、車輌はさほど多くない。ユーレッドはまばらな車を、新型のオートバイでやすやすと追い越しながら、荒野に繋がる旧ハイウェイへの方向に向かっていく。

『旦那、まだ追跡はできている?』

 落ち着きを取り戻して、しっかりした調査員エージェントといった風情のウィステリアの声が聞こえた。新型のインカムを通したそれは、彼女の生の声にかなり近くなっており、高揚しすぎたユーレッドの精神を多少鎮めていた。

「ああ。さっき伝えた位置から目的地に真っ直ぐだ。予想通りだぜ!」

『やっぱり、目的地は旧世界技術博物館遺構ね。先に到着されると長丁場になりかねないわね』

 ウィステリアの声に、ユーレッドは頷く。

「ふん、そこに辿り着く前に、追いついて首根っこ押さえてやるぜ」

 ユーレッドはふっと笑う。

「すぐ行ってあいつら取り返してやる! アイツが俺を呼んでいるんだ!」

 ユーレッドの声が弾む。暮れゆく空を睨みつつ、彼は言った。

「すぐに行く! 待ってろよ!」

 街は徐々に暗くなりつつある。

 そんな中で、ユーレッドの左目はいまだに青い光を滲ませて、サイケデリックに輝き、どこかから届く声に呼応していた。

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