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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス

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12.ハーバリウムの黒幕さん

 ドガァ、と停められていた車に、看守の一人が叩きつけられる。

 コアを破壊されたらしい看守ジェイラーは、装備品から黒い液体のようなものが漏れ始めていた。

「なるほど、獄卒つーかほとんど囚人プリズナーだな。斬った感じも獄卒って感じじゃねえし」

 とユーレッドは涼しげな顔だ。

「同志討ち防止で、獄卒は獄卒斬っても爽快感がないようにされてる一方、囚人相手だとそれなりにスカッとするんだが、ほとんどそっちの感覚に近い」

 ユーレッドは今し方敵を斬ったばかりなのだが、非常に冷静だった。それどころか、ちょっと楽しそうで、薄くだが陶酔するような笑みが浮かんでいる。

「俺は制約で一般人は斬れないからなァ。つうことで、コイツらは斬っても構わないヤツってことだよな!」

(ユーレッドさん、相変わらず楽しそう)

 最近少しおとなしくしていたが、よく考えるとこれが彼の通常運転だから仕方ない。

 とはいえ、今のユーレッドは、あくまでタイロを守っているのではあり、多少抑えている。それは彼がまだ右手に銃を握っていることと、みだりにそれを発しないのからわかる。

 看守ジェイラーE03は、ユーレッドの正面で間合いをはかっていた。流石にエース級の扱いのE03は、ユーレッドも甘く見ない。

 剣を合わせながらも慎重に攻めている。しかも、彼だけでなく輸送車から出てきた数名の看守ジェイラーも相手にしているので、余計にだ。ユーレッドとしても、そうそう楽しく遊んでいられる状況ではない。

 もっとも、他の看守は強化兵士といえど、ユーレッドの敵ではなく、一、二合打ち合えれば良い方。あっという間に叩き伏せられていた。

 とりあえず逃げろと言われてはいるタイロだが、戦闘が激しいのであんまり進んでいない。

 亀の歩みながら、タイロとスワロはそろそろと脱出をはかる。

 と、ユーレッドのスキをついて輸送車から飛び出てきた看守がタイロを押さえようとした。

「わあっ!」

 スワロが反応する前に、ユーレッドの声が響いた。

「ふん! 馬鹿め! 俺には飛び道具あるんだぞ、今日は!」

 ユーレッドはそう言って、剣をくわえて左手に銃を持ち替えて右手を添えてぶっ放す。バーンと銃声が鳴り、看守の装甲が弾け飛ぶ。すかさず銃は右手に持ち替えて、ユーレッドは持ち直した刀でトドメを刺す。

 振り返って一言。

「お前ら、もっとうまく隠れろ!」

「は、はい!」

「逃げられるタイミングで、地下からあがれよ! スワロ、いいな!」

 スワロがご主人の言葉にきゅっと返事をする。

 E03がユーレッドに向かってくる。ガキン、と鋭い音がして、刃が噛む。それを軽々と振り払ったユーレッドが突きかけると、彼は後退し、ユーレッドはそれを追いかけていく。

 タイロはとりあえず、その辺の車の隙間に飛び込んだ。

「こ、ここでいいかなあ」

 きゅきゅー、とスワロが鳴く。

 とりあえずいいんじゃない? という感じだ。

 スワロはタイロの保護のためと、通信できないので、ユーレッドから離れている。

 ユーレッドとは直接ケーブルで接続すれば良いのだが、タイロを一人で放置できないことと、相手がそれほど脅威でないとユーレッドが判断しているらしいことから、ついてきてくれているようだ。

「本当は、出口まで走りたいんだけど」

 しかし、その辺には、メガネ先輩ことマツノマと、秘書のマルスが、手の届くところに武器がある状態で立っている。流石に彼らを押し退けていけるとは、タイロには思えない。

「うー、どうしよ。ちょっとまだ走れなさそう。ユーレッドさんが制圧してくれるの、待つしかないよね」

 タイロは、身を縮こめながら、戦闘音を聞いている。と、ちょっと落ち着いたせいか、手の中にあるキーホルダーが目についた。

 きゅ、とスワロが目を止める。

「これ? アルルちゃんのカバンについてたの。引きちぎれちゃった」

 アクリルでできた、ハーバリウムのはいったキーホルダーのようだ。黄色と青い花が入っていて、なかなか綺麗だ。

「アルルちゃん、大丈夫かなあ?」

 ぽつりとタイロが呟いたとき、ふと、どこからか声が聞こえた。

『アルル? 聞こえる? ……って、アレ、アルルじゃない?』

「へっ?」

 ぎょっとしたが、声はすぐ近くから聞こえた。

『あれ? 緊急信号があったから出てきたんだけど、君、だれ?』

 急にキーホルダーから声がした。ぎょっとしたタイロにキーホルダーは続ける。

『アルルじゃないね。あれ、てことは、アルル大丈夫かな?』

「えっ、だっ、誰です?」

『あっ、ちょっと待って。このキーホルダー、カメラの性能悪いからさ。ほら、緊急用とはいえ年頃の娘の持ち物に高性能カメラとか色々ダメでしょ? えーと、そうだね。そこの子の視覚をちょっと借りるね』

 きゅ? とスワロが鳴くが、あまり違和感はないのだろう。きゅ、と首を傾げている間に、キーホルダーの中のやつは、ふむふむと頷いている気配だ。スワロにも自覚はないが、勝手に映像を共有しているらしい。多少過去の映像記録が遡れるのか、ふむふむ、と簡単に確認して、キーホルダーは納得したようだった。

『なるほど、理解、理解。君がアルルを助けてくれたんだけど、取り戻されちゃった感じね。でも無事なのは良かったよ。上々とはいかないけど、とりあえず安心した』

「こちらは全然わかんないんですが。貴方は誰ですか?」

 タイロがついていけなくなってそういうと、キーホルダーはごめんごめんと喋る。

『僕はアルルの保護者の一人さ。彼女は狙われやすいから、なんかの時のためにキーホルダーを持たせていたの。緊急回線だから、ここの通信状況とか無視して繋がるようにしてるんだよ』

「えっ、それはすごい! あれ、でも、アルルちゃん、それならもっと早く回収できたんじゃないんですか?」

『それがねえ。防犯ブザーみたいな仕組みで、引き抜かれると問答無用で僕に通じる……んだけど、持たせたら満足しちゃって、アルルに仕組みを伝えるの忘れてたんだよね』

「ダメじゃないですか」

 なんとなく場違いにのんびりしている。保護者だかなんだか知らないが、もっと焦れ、と自分を棚に上げてなんとなく感じてしまう。

 とはいえ、腐ってもアルルの保護者。おっちょこちょいだろうがなんだろうが、絶対に偉い人だ。下手したらディマイアスなんかよりも。

 声もちょっとオッサン感あるし。まあまあ出世してそうなお年頃だろう。

 新米下っ端とはいえ、タイロも役人の端くれ。その辺は察してしまう。

『で、君はー、と。あー、そういえば、報告来てたね。あー、そういうこと?』

 キーホルダーは、メガネと秘書、看守ジェイラーをみて何か察したようだ。

『あー、なるほどそうかぁー。もしかして、君も、"彼ら"のいう"救世主"候補ってやつ?』

「あっ、そうなんです! なんか、オメガラインとかいうのとかと関わりあるとかで。いきなり、救世主とか言われてもヤバイ感じしかしなくて!」

『あーねー、でも、救世主って……』

 キーホルダーは唸る。

『うーん、庶民的な君には清々しいほど似合わないな』

 なんとなくタイロは、ムッとする。

「自分でもそう思いますけど、ハッキリ言われると流石に傷つくんですけどー」

『まあまあ。そう言わない。カルトな連中に祭り上げられても怖いだけでしょ。気にしない』

 なんだろう。このキーホルダーのやつ、ディマイアスのような軽さがある。声は違うので別人そうだが、系統は似ている。

 しかし、それだけにタイロは確信していた。

(この人、やっぱり絶対偉い人だよね。粗相があると後で方々からド叱られそう)

 と、その時、バキーン、と大きな音がした。

秘書のマルスが動こうとしたのと同時に、ユーレッドが牽制も兼ねて二発目を看守に撃ち込む。

 その時はユーレッドは刀を右手に持ち替えて、左手で撃っていた。

 その動作に違和感があった。何故、右手で撃たない。右目が見えていないとはいえ、おそらく、ユーレッドならできるはず。合理的な動作を好む彼らしくない。

「ユーレッドさん。もしかして、右手だとうまく撃てないのかな。低出力っていってたし」

 ひょいと顔を覗かせて呟くと、スワロが不安そうにきゅっと鳴く。

『えっ? あれ、ネザアスじゃない?』

 ハーバリウムキーホルダーが、ぽつんと呟いた。

『あれ、ネザアスも来てくれてるの? あ、そうか。この子はネザアスの相棒だったもんね。いるよね、そりゃ』

「知ってるんですか? ユーレッドさんのこと」

『そりゃあ、まぁ、その。彼、ある意味有名人だし、アルルと仲良いから、ね。うん』

 なぜか言葉を濁すキーホルダー。

『でも、それだと心配だな。この子と接続切れたまま義肢使うの、彼にはまあまあ負荷あるんだよ。なんかの拍子に幻肢痛の発作起こしかねない』

「えっ、それは大変! それで右手使わないんですか?」

『いや、それは出力の問題じゃないかな? 取り決めもあるんだけど、彼、負担抑えるのにごく低出力かつ、バランス感覚に影響でないようにすごく軽量の義肢使うから、右手じゃ射撃の精度が落ちるし、反動で義手の方が壊れることもあるんだ』

 とはいえ、ちょっと心配そうにしている。

「詳しいんですね」

『まっ、まあー、ねえー。僕も技術者のハシクレだからー』

 何故かぼかすキーホルダー。つくづく怪しい。

「でも、それなら、回避方法あります? ユーレッドさんを、何か手伝えるなら手伝ってあげたいんですが?」

『アシスタントの子を直接繋ぐのが一番だけど、ネザアスも素人じゃないから、その辺の要不要は考えてると思うよ。今は大丈夫な相手なんだと思う。でも、時間が長くなると不利だからね。とにかく、通信制限取っ払えると良いんだけど。コントロールはあの事務室かな?』

「ああ。あそこ?」

 メガネとマルスの後方に、コントロールルームらしい事務所が見える。隣に出口もあるし、ちょっと作業してから逃げられそうだ。

「やってみようかな。うまく、二人の注意が引けたら!」

 きゅ、とスワロが、無理しない程度に、といいたそうに鳴く。

『君はいい子みたいだね。そっか、ネザアスは君のこと可愛がってるでしょ?』

 しみじみとキーホルダーは、呟いた。

『アルルのこともあるし、わかった。君のことは手助けしてあげよう。君の名前は?』

「俺はタイロ・ユーサ。この子はスワロさんです。えっと、あなたのことは、なんて呼べば?」

『僕は、そうだねえ。名乗れるような名前がないからなあ。あ、そうだ! 君が好きに呼んで』

「えー。うーん、じゃあ、キーホルダーだから、キーホさん」

『安直だなあ』

「文句言うなら本名教えてくださいよ」

 むーっとするタイロに愛想笑いをしているらしい、キーホルダー改めキーホだ。

『はは、ごめんごめん。よろしくね、タイロくん』

「よろしくお願いします。それじゃ、なんとか先輩達をのけましょう! 俺、武器ほとんどないんで、なんかすごいやつで援護してください」

『えっ? 援護?』

 キーホがきょとんとした。

『あー、援護かぁ。実はー、僕にできるのはアドバイスだけなんだよね』

 いきなり、キーホが告白してきた。

「は? え? なんか武器とかあるでしょ?』

『武器とかあるわけないって。可愛いキーホルダーだよ?』

 タイロは焦る。

「えぇー? なんでですー! アルルちゃんの護衛とかなんでしょ? レーザーとか積んでないんですか?」

『こんな可愛いハーバリウムキーホルダーに、そんな危ない性能つけてるわけないでしょ? 誤作動したらどうするのさ?』

 そう答えて、ふとキーホルダーは焦った。

『あ、まずい。見つかった!』

「え? 何です?」

『実は僕はねー、今日、朝から晩まで、クソつまらない会議が五本入っているんだ。で、今は三本目で、信号があったから慌てて離席してアクセスしたんだけど、見つかっちゃったから、もうじき、会議に戻らないといけないんだ』

「えっ、何言ってんですかっ!」

 平然と言うキーホに、タイロが突っ込む。

「緊急事態ですよ? アルルちゃんが攫われてて! アナタ、保護者でしょ! なおかつ、俺もヤバいんですよ!」

『まあそうなんだけど、色々事情があるんだよー。だ、大丈夫! 会議しながら見てるから! あ、でも、たまに反応できないから、その時は許して』

「ちょ、薄情な!」

 あと役立たずだ。偉い人だか、なんだか知らないが、役立たずすぎる。

 と、不意に事務室の入り口にさっと人影が見えた。

「あれ、ウィステリア姐さん?」

 音もなくするりと忍び込んだ人影は、ちらりと見えただけだが、多分ウィステリアだ。

『ウィステリア? ああ、あの子かあ」

 去り際にキーホがぽつりと呟く。

『あの子がいたらなんとかなるかもね。あの子の声はネザアスの体調も落ち着かせる』

「そうなんですか?」

『ネザアスがこの状態で銃撃戦挑んでるのは、彼女の恩恵を見越してだねえ』

 その時、秘書マルスが彼女に気づいたらしく動く。が、ウィステリアもさしもの、彼女の方が銃を構えるのが早い。

「動かないで」

 ウィステリアが静かに告げる。

「あたしも、管理者アドミXのところのお客様に怪我をさせたくないわ。銃を捨ててもらえるかしら」

 マルスがかすかに舌打ちする。

 ウィステリアの手の銃は、携帯用の小さなものだが、彼女の足元には、普段はアクセサリーに擬態している、不定形なアシスタントの一匹が待機していた。多分、一番彼女が頼りにしている"ジャック"だろう。

 黒い蛇のようなジャックは、彼女の身を守ったり、攻撃したりできるのだ。鎌首をもたげているジャックはすでに攻撃態勢だった。

「ウィス!」

 他の看守達をはらいのけつつ、E03と激しく争うユーレッドが、E03の攻撃を紙一重で避けつつ声をかける。

「お前の他のアシスタントをタイロにつけろ! あいつら、タイロも狙ってる」

「了解。トリック!」

 ウィステリアは、タイロを目で確認しつつ、左手でイヤリングを落とすと、イヤリングが黒い塊になって地面をするりと這っていく。

 そして、まだ銃を捨てていないマルスを睨んだ。戦闘慣れしていないメガネ先輩は呆気に取られたように棒立ちしていて、警戒しなくても良さそうだが、マルスの方は流石に訓練されている。まだ諦めていないのか。

「早く銃を捨てなさい。状況がわかるはずでしょう?」

「くっ!」

 メガネ先輩が慌てて武器を捨てる。それをみてマルスも肩をすくめて銃を足元に投げた。甲高い音が響く。

「ええ。わかっています」

 と、マルスが、ついと綺麗な顔に意味深に笑みを浮かべた。美しいが、冷たくて、何故かひやりとする。

「あなたは、みたことがあると思ったら、そうか。ウヅキの?」

 ウィステリアが、一瞬、どきりとしたようだった。

「相変わらず、綺麗な声。まだ魔女の力を失っていないとは、思わなかったけれど」

「えっ」

 ウィステリアがほんの少し動揺した気配があった。

「まずい!」

 ふと、何に気付いたのか、ユーレッドがそう叫んでざっと踵を返す。

「ウィス! 後だ!」

 その声と同時にジャックが反応して、ウィステリアを守るように広がる。振り返った彼女の背後に、いつのまにか、人影があった。

「あ、あれはっ!」

 タイロも思わず身を乗り出す。

 ウィステリアの後ろに亡霊のように立っているのは、強化兵士達を束ねていた特殊な独特の隈取りのある仮面をつけた男だった。その右手にはブレードがある。

(たしか、あれはベアヘッドって呼ばれてた!  看守達に命令をきかせるためにいたやつ!)

「ウィステリア! 下がれ!」

 追い縋るE03を振り切って、ユーレッドが彼女を守るように割り込む。

 そんなユーレッドにベアヘッドは容赦なく一撃を打ち込む。

「ぐっ!」

 左手の刀で受け止めたユーレッドが押し負けて、思わずバランスを崩しかけるが、必死で耐える。

 ベアヘッドは相変わらず、感情を見せることもなく静かだ。

「ユーレッドさん!」

『そうだ。最後に一言ヒントを忘れてたよ』

 この状況をみていないのか、それとも単に空気を読んでいないだけなのか。ハーバリウムキーホルダーのキーホが、のんびりとタイロに言った。

『苦戦したら、ネザアスの名前を呼んであげて。彼等にはちょっと特別なルールがあるんだ。今は誰もできなくなったはずだけど、君ならもしかしたら、正規契約がなくても、彼等の力を引き出せるかもしれない』

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