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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章B:サイケデリック・チェイス
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8.新米獄吏とお姫様

「そうなんだー。タイロくんは獄吏さんなんだ」

 黄昏世界のお姫様、アルルは、タイロの前でのんきに大きな目を瞬かせていた。

「そんなふうに見えないね」

「うーん、俺が新米だからかなあ」

 簡単に身の上を明かしたタイロに、アルルは率直な感想を述べる。

 なんとなく、二人は共におっとりしていて、妙に落ち着いた空気が流れていた。

 スワロだけが、きょときょとと二人を見比べるが、二人は特に気にしていない。

 ここはコンテナの中。アルルは囚われの身だし、タイロは追い詰められてここに逃げ込んだ。のんびりしている場合ではない筈だが。

「私を捕まえたのも獄吏の人だけど、タイロくんとは全然雰囲気違ったよ?」

「あー、それは、その人たちがエリートだからじゃないかなぁー」

 タイロは、新米であることもさることながら、シャロゥグの獄卒管理課の末端部署の獄吏。アルルをさらうような特殊任務に関わる人たちと一緒ではない。

 メガネ先輩のような冷徹さもない。

「あれ、でも、じゃあ俺のこと、なんだと思ったの?」

「最初は、なんとなく迷ってきてしまった、ホテルの人かなって。たまにルームサービス、許可されて頼めてたからね」

 アルルに言われて、タイロは妙に納得する。

「んあー、なるほど」

「でも、ここにきてからは、そういうのないから変だなーとか。そうしたら、スワロちゃんが出てきてびっくりしたんだよね」

「そっか、アルル姫様は、ここにずっといるの? 最初はホテルにいたの?」

「そう。マリナーブベイに来てから、ホテルの部屋が宿舎だよ? この部屋に来たのは一昨日くらいからかな。快適だけど狭いんだよね。外も見えないし」

 あ、と、アルルが声を上げる。

「私のことはお姫様って呼ばなくていいよ。お姫様ってほどじゃないもの。アルルとかで」

「あっ、じゃあ、アルルちゃん……で!」

 アルルちゃん、だ?

 きゅっ、とスワロがタイロに目を向ける。あまりにも馴れ馴れしくないか、という視線だが、タイロは平気そうだ。気づいてもいない。

「そうなんだね。こんなとこ押し込められて、アルルちゃん大変だったね」

「ううん。意外と快適だよ。お菓子の差し入れとかあるし、映画も見放題だし。ただ、外に出られないから、太っちゃいそうだし、退屈」

「そうだよねー。わかるー。俺なんか、同じ立場だったら、ひたすらポテトチップ食べながらゲームしちゃいそうだもん」

 この二人の会話は、なんだかまったりしすぎだ。

 スワロがちょっと危機感を覚えて、きゅきゅーと訴えかけるように鳴くと、あ、とタイロが気づく。

「あー、うっかりまったり話しちゃった。そんな場合じゃなかった」

 そうだよ、と言わんばかりのスワロ。

「アルルちゃんをここから脱出させなきゃ」

「えっ? タイロくんは、私を逃がしてくれる獄吏さんなの?」

「えっ、なんで? 当然でしょ?」

 今更そんなことを言われ、タイロはちょっと拍子抜けしつつ。

「獄吏さんだから、目的はメガネの人たちと同じでここにいてほしいのかなって」

「そんなわけないよ。女の子を拉致監禁するとか、獄吏でも犯罪でしょ。真っ当な獄吏に許されてることじゃないからね。大体、俺、スワロさんと一緒なんだよ。ユーレッドさんと一緒にいるんだから」

 タイロが憤然と言う。

「ユーレッドさんが、こんなの許すわけないよ」

「あっ、そうか。タイロくんはユーレッドさんのこと知ってるのね!」

 アルルが急に目を輝かせる。

「ということは、ユーレッドさんもきているの?」

「もちろん。外に出たら、ユーレッドさんに保護してもらえるよ! 俺だけじゃ不安だろうけど、そこは安心して」

「本当? ユーレッドさん本人も、マリナーブベイに来られてるの?」

 アルルもユーレッドの性格は、よく知っている。万年UNDERな彼の評価を考えると、とても管区外渡航の許される人物ではない。

「うんうん。そう思うよね。ユーレッドさん、色々やらかしてるから、こんなとこ、来てるって思わないよね」

 タイロはにこりと笑う。

「でも大丈夫。ちゃんとユーレッドさん、ここにいるよ。で、アルルちゃんがここに来て行方不明なの聞いてから、ずっと探してたんだ。俺がアルルちゃんのこと知ってたのも、ユーレッドさんとスワロさんに聞いたからなんだ」

「本当?」

 アルルが大きな目を見開いて、はっと頬を赤らめる。

「ユーレッドさん、私のこと、探してくれてるの?」

「うん。アルルちゃんのこと、すごく心配してるよ」

「そうなんだ。……嬉しいな」

 アルルが目を伏せて、頬をさっと紅潮させた。

「ユーレッドさん、もう、私なんか忘れちゃったかと思ってた」

 アルルがそんなことを言って、そっと胸の前で手を握る。

「嬉しいな」

 それをみて、むむ、とタイロは、眉根を寄せた。

(ユーレッドさん……。ウィス姐さんだけでなく、やっぱりアルルちゃんまで毒牙にかけてる!)

 毒牙とか言われると、ユーレッドは怒りそうだ。まあ、彼は本当に、何もしていないのだろう。いつも通り優しくして、彼女をときめかせ、初恋を奪っただけだ。

 きっと、本人は何も考えていないのだろうけれど。

(罪深いひとだなぁ。別に女の子だけにやってるわけじゃないんだろうけど、あれ)

 強いて言うなら、子供全般?

(俺にも、あんな感じだったもんね。しかし、俺が女の子だったら、確かに危ない。ていうか、ヤスミちゃんもなんか最後どきっとしてたっぽい)

 一応、タイロやジャスミンはギリギリ成人枠のはずだが、ユーレッドには、子供枠なのだろう。そういう対応されている。

 なので、タイロはしみじみとしてしまうのだった。

「ユーレッドさん、恐るべし」

「えっ?」

「あ、ううん、なんでもないよ」

 呟いてしまったのを誤魔化したところで、またのんびりし出した二人に焦り、スワロがきゅきゅきゅー、と鋭く鳴いた。

「あっ、そうか。こんなところでまったり喋ってちゃダメだよね。逃げなきゃ」

 タイロはようやく我にかえりつつ、

「あ、でも、まだ外に誰かいるかも。うーん、てなると不安だな。スワロさん、ここにユーレッドさん呼べる?」

 と、スワロは、ちょっと俯き、きゅうう、と鳴く。

 スワロは用心深い性格だ。タイロとアルルのゆったりした会話の間、彼と通信を試みていないはずがない。呼んでいないのは、つながらないからだ。

「うーん、だめかなあ」

 きゅー、と首を振る。

どうもこのコンテナの中は、通信が阻害されているようだ。

「そっかぁ。まあそりゃそうだよね。アルルちゃん捕まえてるのに。圏外になるかあ」

 タイロは、一応自分のスマートフォンを確認して、うーんと唸る。

 アルルが少し不安そうになる。

「でも、ま、大丈夫っ! 施設内にユーレッドさん、いるんだし!」

 タイロは、にこりとした。

「外に誰かいなくなった隙をみて、ここから抜け出そ! 外に出れば連絡つくよ!」

 いとも簡単に。そんなことを無責任に言い出す。

 そんなタイロに、アルルは思わず笑い出した。

「タイロくん、なんか凄いな!」

「えっ、なんか変?」

「ううん。前向きでいいなって」

 アルルは笑って立ち上がり、タイロをしみじみ見て目を瞬かせた。

「タイロくん、なんだかお父様に似てるなあ」

「へっ、お父さん?」

 この場合、それは褒め言葉なのか。

(俺、まだ成人したばっかしなんだけどー)

 老けてる?

 いや、落ち着きすぎるというか、焦らなさすぎるところはあるかもしれない。しかし、タイロは基本的には童顔で、子供っぽく見えるタイプだ。

「なんだか、ちょっと似てるんだよね。お父様と。だから余計、安心できる感じ」

「えっ? 性格?」

 タイロが目を瞬かせると、アルルは少し考える。

「性格は全然違うなあ。お父様、あれでネガティブな人だもの。うーん、なんだろ、……顔?」

「顔?」

「タイロくんのが童顔だけどね」

 そう言って、アルルは手荷物を持ち上げた。

「だからかな。なんとかなりそうな気がするなって思ったよ」

「へへ、でも、それなら良いことだね」

 タイロはスワロを肩ににこりとした。

「じゃあ、アルルちゃん、行こう!」

「うん」

 タイロは扉を開けにかかる。

 スワロに確認させたが、外に人の気配は、なさそうだ。

 今なら逃げられる。


 *

 

 マリナーブベイの街は、さほど大きなわけではないが、かなり入り組んでいる。

 元々、古い街並みを参考にして作られた街だが、新しく開発しなおした区域もあり、さらに危険な放置された地域も存在していた。

 それが街を、新旧入り混じった迷路みたいにしてしまっている。

 これは彼らの住むシャロゥグにも言えることだが、この街の場合、統治する管理者アドミも複数人いることから、管理者の趣味によって若干雰囲気も違い、路地を一つ入るとガラリと雰囲気が変わる。

 ジャスミン・ナイトは、旧市街を歩きながらふと立ち止まった。

 フードコートで、タイロと別れてから彼女はドクター・オオヤギの後を追いかけて、この入り組んだ街を進んでいた。

 太陽はすでに傾きかけている。手元の時計の時間はもうすぐ三時。

 夕刻までにはなんとかしないと。見知らぬ街の夜は、さすがの無鉄砲な彼女にも危険なものだ。避けたい。

「えーと、この道で良いのよね?」

『その筈デスね』

 ふわふわ浮いている獄卒用アシスタントのレコが、スマートフォンを通して答えた。

 スワロと同じ小型ドローン型の獄卒用の索敵アシスタントのレコだが、スワロより新型なこともあってコミニュケーションはスムーズだ。

 スワロよりは人間らしくはないが、一方でだいぶ生意気に成長してしまって、スワロより違うところでヒト感がある。

 そんなわけで、レンタル中の仮の主人であるジャスミンのことを、どこかで舐めている気配のあるレコだった。

 とはいえ、レコも任務には忠実。協力はしないわけではない。

『オーヤギ先生、コノ辺りに来テル筈なんデスケドネー。フカセサンもそう言っテマシタシ』

「うーん、そうよね。でも、さっきまでは人気もあったけど、この辺りは人もいなくなっちゃったな」

 観光客で賑わう界隈では、中高年の男性はよく見かけた。が、ドクター・オオヤギらしき人物は見えなかった。

 そこを通り過ぎて、旧市街風の街並みを歩いていくと今度は急に通行人がいなくなる。現地民も観光客もだ。

 さみしくなる通りの雰囲気に、ジャスミンは少し警戒していた。

「レコ。タイロが言っていたけれど、この街、町中に囚人が出るでしょ? 近くに気配はない?」

『ソレは大丈夫ト思いマス』

 流石に元々獄卒用端末だ。レコも汚泥の反応には過敏だ。そこは信用して良い。

『デモ、スワロ言ってマシタ。ココノ囚人、ちょっと特殊。ステルス機能あるヤツいるトカ。ジャスミンサン、余り人ノいない所、危ない所行カナイ方がイイデス』

「そうよね。うーん、大きな道ならまだ安全みたいだけど。でも、ドクターはこっちの方に向かったってことなのよね」

『フカセサン、そう言ってマシタネエ』

「そうなのよね。旧市街の奥の方、そっちの施設に用事がある筈って。施設の名前は教えてくれなかったけど、行けばそこしかないって言ってたわね」

『ムー。ジャスミンさん、フカセさんニ聞イタ方が早いノデハ?』

 むう、とジャスミンは頬を膨らませた。

「それができるならしてるわよ。レコだってわかるでしょ?」

 ジャスミンは、腕組みした手の指をとんとんと叩く。

「あの人、自分に興味がないときは反応ゼロだからね。こっちから呼びかけても寝てるでしょ」

『ソウデスヨネー』

 レコが妙にしみじみと言った。

『フカセさん、ズットレコにアクセスしてマスが、割り込んでキテナイデス。干渉サレテないので、見てたり聞いてたりするカモですが、反応ないデス』

「くっ、寝てるか、面白がってるな!」

(あのやろう!)

 元々悪質なクラッカーだと自称しているTyrantことフカセ・タイゾウだ。流石、協力するとは言っていても、一筋縄ではいかない。

(タイロとユーレッドさんのことだって、確実に何か知ってるしな)

 ジャスミンは先ほどのショッピングモールのことを思い出していた。

 青い目の少年と医者の青年の写真。それと似たタイロとユーレッド。

 フカセ・タイゾウは、彼らがなぜ似ているのか知っていた。しかし、彼に答えを聞くのも癪だし、そもそもまともな答えが返ってくるかも謎だ。ジャスミンは、その少年がタイロ本人ではないことを確信したところで、後の答えは自分で出そうと決意はしたが。

 フカセはそれを面白がるばかりで、ヒントの一つもくれるわけではないのだった。

(あいつー! 性格が悪い!)

『ジャスミンサン、休憩シマスか?』

 人気のない街角。もはや、考え事がまとまらない様子のジャスミンに、レコが気を遣う。

「でも、夕方になったらホテルに戻らないとダメだし」

『シカシ、ズット休んでナイです。レコ達、ますたーニハ適度なキューケーとエネルギー補給ヲ推奨シマス。パフォーマンス悪くナリマス』

 そう言われるとそうだ。結局、何も食べていないし。

「そうね。ちょっとエネルギーが足りてないなあ。糖分補給しようかしら」

 ジャスミンは苦笑して、勧められるままに近くのベンチに座る。

 カバンから取り出すのは、先ほどユーレッドからもらったドーナッツの紙袋だった。

 袋を開いてみると、チョコレートやストロベリーソースがかかった可愛いドーナッツが並んでおり、小さなペットボトルの珈琲が一本入っていた。

 珈琲はブラック無糖。甘いものを食べる時や仕事中の珈琲は、こちらが好きだ。タイロと違うジャスミンの好みを、何故か見切っている。

「あの人、意外と気がつく人なんだな」

 ぽつんと呟き、ドーナッツを齧る。

 甘い。

 普段、辛口なジャスミンもなんだかんだで女子の端くれ。

 仕事中の珈琲はブラックだが、甘いものも可愛いものも、嫌いではない。疲れに甘みが染み渡って、回復する感じがする。

 美味しい。

(でも、これ、あの獄卒の、ユーレッドさんが選んだのだと思うとなー)

 珈琲を飲みつつ、一口齧る。

 しかし、美味しい。

 だけに、ジャスミンはむーっとするのだ。

(なんとなくフクザツ!)


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