瞳を開けたくない
シュバルトシトラの一つの世界線は幕を閉じる。
もう、残り一時間程度。ただでさえ時間がないのに最初に回った三つの制御室はどれもはずれであり、最後の一つが本物だった。
「全く、マッドは要領悪いな」
(エリック、お前にだけは言われたくない!)
もはや、怒っている猶予もない。
「リアルバスターがゼロ地点を通過した場合、停止しても手遅れになる」
「急ぎましょう」
リアルバスターの停止方法は知っている。なぜかと言えばブリーフィングで説明を受けたからである。
自爆のためにはまず制御室の起動が必要である。ロリ少佐から受け取った鍵で、二か所の鍵を同時に回してロックを外す必要がある。本来明かりなんて存在しないのに部屋はほんのりと明るくなっている。PLDが近いためだ。
「カウントお願い」
「三、二、一」
二人の共同作業。しかし、微妙にタイミングが合わない。
「もう! 三、二、一…カチャって感じで行くわよ?」
という、タイミング論議を四回ほど繰り返しようやく、コンソールが起動した。
「認証コードをお願いします」
ドクトルは端末に向かい長い乱数を入力する。その様子をエミリーが後ろから覗く。エミリーはドクトルの腕に掴まり寄り添う。彼女の柔らかく豊満な胸の感触を感じ、タイプミスしそうになる。
「私は、先に脱出の準備しているね」
「頼む」
長いコードの入力が完了する。
「認証成功です。このまま作戦を停止しますか」
そのまま「はい」をタッチ。生体認証を実施すればこれで、軌道を変更できる。質量兵器の場合、一旦軌道を変更しなければ、爆破しても全ての破片がPLDに降り注いでしまう。貫通力は弱まるが、地表に大きな被害が出ることに変わりはない。
しかし、作戦説明で受けた自爆手順には変更が加えられていた。何と、リモート爆破のコマンドが使用できなくなっている。使えるコマンドは手動爆破のみ。ブースターによる軌道変更と、最後の自爆をするまでこのボタンを押し続ける必要がある。しかも、単に押さえればいいわけではない。人間の静脈パターンと血流を読み取り、生きている人間が降れていなければならない。これは絶望的な状況だった。しかし、こんな時に無線の調子が悪い。全く二人から返事がないのである。
(どうしたんだ?)
シュバルトシトラはタイプ・シックスの機体をドンドン叩いた。薄いボディのおかげで機体中に音が響く。ようやく、エミリーから返事が返ってきた。
「一旦中に戻ってきて!」
シュバルトシトラはすぐに事情を二人に話す。
「それでも俺たちはやらなきゃならない。くじ引きで決めよう。エミリー用意してくれ」
エリックはエミリーに命令する。彼女は三つのくじを用意する。それをシュバルトシトラのほうへ向ける。
「赤い印のついたくじを引いた人がここに残ってリアルバスターを爆破することにしましょう」
運命を決めるゲームはいたってシンプルなルールだった。最初は絶望だと思ったが、よく考えれば希望的状況である。何せ、シュバルトシトラはタイムリープできる。このくじを利用すればエリックをここに残してエミリーを独占できる可能性がある。
だから、勇気をもってくじを引いた。
「…」
「マッド…、残念だったわ。あなたは私たちに尽くしてくれたのに」
くじには赤い印が付いていた。ここで、やり直そうと思った。しかし、エミリーの悲しむ顔が見えた。
(俺のために…)
だから、最後まで彼女に希望を与えておくことにした。例え失われる未来だとしても格好いい自分は残しておきたい。
「俺は、大丈夫だから、さぁ、二人は脱出するんだ。エリック、悔しいけどエミリーは君に任せた」
「オッケー、お前のことは一生忘れない。一生ライバルだ」
最後まできざな奴である。
(まぁ、次の世界線では君が死ぬんだけどね)
《マッド、私は離陸準備を進めるわ、こんなお別れで申し訳ないけれど、ここから応援してるから》
《ありがとう、エミリー》
エミリーが悲しむ姿がつらいから。俺も苦しんでいる姿を見せたくない。
「さて、最後の一仕事だ」
ドクトルは緊急爆破装置に手をかざす。作戦停止のコマンドをタッチすると、
「この作戦を中止してリアルバスターを破壊しますか」
と、最後の確認が入る。
「望むところだ!」
「了解しました、転進します。そのまま手をかざし続けてください」
核融合式のブースターが大きな地響きと、大量の熱線を放ちながら放り投げられそうな加速力でこの巨大な楔を推進させる。同時に、宇宙服に取り付けられた放射線サーベイランス機器が一斉に警告を放つ。
(なんだか熱い、体が熱い)
死ぬときは冷たくなると思っていたのに! しかし、彼の胸はもっと燃やされることになる。
《マッド、マッドーー!!》
《エミリーか?》
《やっぱりあなたのことが気になるの》
リアルバスターは既に進路を変えて増進上昇中である。非常ブースターによる急速な加熱により地殻があちこちで膨張し、地割れと地震が止まない。
《だめだ、あと二百六十秒しかない。エリックはできるだけ遠くへ行けよぉ!》
《マッド! マァーーッド!》
すでに雷管の役割を果たす反応炉は臨界状態に達している。目の前のディスプレイが臨界を突破させるためのカウントダウンを始めた。既にサーベイランス計のいくつかは値が振り切ってエラーを起こしていた。
《もう、俺は帰れない。でも約束してくれ》
《何?マッド》
《必ず祖国を取り戻すんだぞ》
《こんな時くらい、自分の心配しなさいよ》
《僕はこんな時しか、人の心配ができないんだ》
残り三十秒。もはや、コントロール室にも一面、青白い光があふれだす。最後の時が近い。せめて最後くらいエミリーの声だけ聞いていよう。瞳を開けたくない。彼女の声だけ聴いていたいから。ほんの一瞬も逃さない、彼女のやさしさを。
リアルバスターは激しい光線に包まれ大爆発を起こす。この光景をパーティースターのみんなは喜んだかもしれない。そのために俺は行動した。しかし、エミリーは泣いたままだっただろう。
もう一度やり直せば、みんなが幸せになるだろうか?
《マッド! マァーーッド!》




