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銀河のヒリア帝国 戦争編  作者: 遥海 策人(はるみ さくと)
第一章 ヒリア帝国の日常
4/68

夢の国家転覆

 アリス・フランクミュラー少尉の同僚であるケイトは大爆笑だった。

「将来の夢が国家転覆って…」

「違うの、ヒリア帝国の転覆じゃなくて、スパイになって他の国の転覆がしたいの!」

 山岳特殊部隊。通称ホワイトハット。彼女たちはそう呼ばれている。雪原の惑星フォリアで訓練していることが多く、制服が雪山をイメージした真っ白なカウボーイハットが特徴なことからこの名がついている。

 訓練後にケイトがアリスをいじるのはもはや恒例行事と言っていい。

「まぁ、一つ目のアイドルになりたいってのいうのは中学生の時ならわかるけど」

「違うよ。アイドルか国家転覆かじゃなくて、アイドルになって国家転覆したいって意味なの」

 今一つ、ピンとこないアリスの説明。よくわからないという顔をしていたらアリスは事細かに説明し始めた。相変わらずのどや顔である。人間とは自分語りが大好きで、紺碧の瞳を輝かせながら語る。しかし、アリスのような天然系キャラクターはしゃべらせておけばそのうち何か墓穴を掘る。だから、ケイトも案外ちゃんと彼女の話を聞くのである。

「つまるところ、表向きはアイドル。裏の顔はスパイってのがやりたかったの!」

「なるほど。その秘められた思いを中学校の卒業文集にしちゃったのね」

「はい、してしまいました」

「中二病は中二までに卒業するべきだったわね」

「今では、人生の汚点とまでも言われています。私の由緒正しい黒歴史です」

 その割には反省している様子のないアリスである。

「まだ、スパイになりたいとかそういう風に思っているの?」

「うん、やりたい!」

 諜報員、工作員、スパイ、呼び方は様々だがアリスのような筋肉質の脳を持つ人間はこれらの仕事を十中八九正しく理解していない。スパイアクション映画を見ると華々しく思えるが、実際のところ他国のネットサーフィンが本業の九割である。他国の国民のつぶやきやら人気動画やらをウォッチして、この国はヒリア帝国に敵対的か友好的か継続調査する仕事である。アリスの目指す現地での煽動ミッションを行う人間はアリスのような短絡的な天然少女には務まらない。すぐに摘発されるのがおちだろう。それは彼女のためにならない。もし、万が一にでもアリスが工作員になってしまえば、彼女は不幸になるだろう。と、ケイトはいつも通り意地悪の正当化をしてみる。

「それじゃあ、何か新しいスパイ業界用語を教えてよ」

 アリスは考えながら雪原迷彩服を脱いでいる。シャツの上からでもわかるほど引き締まった体とくびれのラインが現れてくる。さすが、ヒリア総合学生国体の体操部門で十位入賞を果たす実力者である。しなやかで美しい体つき。ついでに容姿まで端麗である。そこまで極めておきながら、スパイになりたいという理由で体操の道には進まずに特殊部隊をやっている。天然キャラじゃなければきっと本当に現地のパラミリタリー部隊に配属されているかもしれない。

「そうだなぁ、昨日覚えたのはピロートークかな」

「それ、どういう意味か知ってるの?」

「何だろう、意味はよく分からなかったけど、男の人はこの時間帯に話をすると結構本音を漏らしやすいみたい」

「へぇー」

 知らない人がいるかもしれないので説明するが、ピロートークは事後のお話。男女の合体行為の後のベット上でのおしゃべり。アリスはいまだお子ちゃま向けの性表現控えめの映画でも見ているのだろう。そういうところがぼかされてなんだかよくわからずに言葉だけ覚えてしまったらしい。こんな子が外の世界で恥をかいたらかわいそうだ。ケイトは親切にピロートークの意味を教えることにした。

「アリス、ピロートークってのはね」

「へ?」

 ケイトはいつもながら自分を正当化して、アリスで遊ぶのである。

 優しく事細かに、かつ分かりやすい状況の描写によりアリスに教えることにした。アリスが逃げられないように後ろからしっかり抱え込み、アリスの耳に唇を寄せる。

「ピロートークってのは、人と人との合体後のおしゃべりよ」

 ケイトはアリスが言い逃れできないようしっかりと内容を説明する。性行為について学校で教わらない国民はいない。しかし、具体的に何をするのか、いったいどんな過程を経て事後に至るのか。ちゃんと知っている人間は同年代だと少ない。どんどん赤くなっていくアリスの耳。ケイトはそれをもっと染めてやろうという気持ちになり、ついつい興が乗ってしまう。仕事中には耳にしない単語を巧みに操り、ケイトの舌先がアリスの性感帯を嘗め回すように彼女をからかう。彼女が良く知らないのは仕方ないことだと慰めながら。アリスの羞恥心を嘗め回していく。

「私が馬鹿だからからかってるんでしょ!」

「前宇宙時代のスパイの映画なんてだいたいそうよ。何せ、全年齢版ではぼやッとしか表現できないような内容ばかりなのだから。あなたが知らないのは無理ないわ」

「あう~」

 アリスは反撃できないとこういう鳴き声で鳴く。身長も高くてスレンダーなのに胸があって顔も良いから正直アイドルにはなれると思う。でも、アホは拭えないからスパイは難しい。見た目はお人形みたいで都会的な印象だけど、彼女の話を聞いていると野山で生活するスカウトみたいな人生を送っていることがわかる。やたらと浮世離れし、常識知らずな面はそういった子供のころからの生活で培われたのだろう。

「いや、でも…」

 そして、アリスのいじり甲斐のある部分はアホなのに頑固なところである。

「そんなに否定するなら、今度の懇親会でそれを証明してみなさい。ちょっと話したくらいでそんな重要情報もらえないことが良くわかるわ」

 このケイトの売り言葉に買い言葉でアリスは答えてしまう。

「証明すればいいんでしょ」


 山岳特殊部隊ホワイトハット。レンジャーとも言われるアリスたちの訓練は本拠地である惑星フォリアにて行われる。一般兵と同様の基礎訓練のほかに二年に一度、チーム対抗戦と呼ばれる山岳浸透訓練が存在する。この部隊の目的は、敵国に大気圏上空から弾道弾で侵入し、山谷に潜伏して鉱山や発電所などの破壊工作を目論む部隊である。他に、山岳救助任務もある。アリスやケイトも実際に出動して遭難者の救助をしたことがある。

 山岳浸透訓練では各小隊が山中のどこかに補給拠点を秘密裏に構築し、他チームの補給拠点のフラッグを奪うか、小隊全員を殲滅しあう超本格的なサバイバルゲームである。戦闘が長引くと一か月近くも山の中での生活を余儀なくされる過酷な訓練である。

「各員、体脂肪率は基準値になっておりますか?」

 メディックが一人ずつの記録を見て回り、作戦参加規定値以下の隊員がいないか確認して回る。ちなみに、女子の基準ではこの時点の体脂肪率が二十二パーセント以下だとこの訓練に参加できない。準備前の一か月は食べ放題、飲み放題である。この後二週間もすれば体脂肪率は十パーセントも減っているだろう。山暮らしが好きな人間でもこの時期の山はやはり厳しい。フォリア中央大陸の高原地帯。それも標高三千メートル級の高地でのミッション。常人では無事に帰ってくることも困難である。無論、身の危険を感じたら救助要請できる。しかし、絶体絶命の状況では救助が間に合うかどうかそれもわからない。訓練は救難信号を出した時点でリタイアである。

 アリスとケイトは共にペアを組むスナイパーである。一度航空機に乗って、高度二万メートルから滑空カプセルに詰められて山に向かって投下される。三十口径のライフルを背負いまずは小隊で拠点の確保が行われる。なるべく目立たない場所で、開けておらず、更に風を防げる場所が望ましい。標高が高いが山脈というより大地のような場所であり、崖沿いにはいくつか洞窟がある。環境の良い洞窟にはたいていの場合は熊がいる。

「ここ、熊の足跡があるな」

「マジですか!」

 という言葉の後、アリスは

「今夜は熊鍋ですね!」

 と、嬉々とする。ここに集うのは熊殺し系女子たちである。熊は可哀そうだがみんなの夕飯になる。

「熊ってコラーゲン豊富で肌にいいみたいですよ。サバイバル美容法って流行るかもしれませんね」

 小隊一同に笑われる。アリスの楽観的考えは逆に見習いたいところである。実際のところ、過酷な環境で痛めつけられる肌のダメージを熊のコラーゲンはどれほど緩和してくれるものだろうか。もし収支がプラスになるのなら、この近隣の熊は全て女系軍の特殊部隊によって狩りつくされるだろうし、そもそも定員が満たないこともないだろう。外は極寒なので放置すれば冷凍肉になるし、燻製にして持ち歩くこともできる。ちなみに、燻製を持ち歩いたとして、食べる二時間前にはポケットに移し替えて温めておかないと、凍り付いて噛むこともままならない状態になる。

「もぐもぐ」

 と、アリスはいつもおいしそうに自然の幸を頬張る。ジビエ肉を食べているときのアリスは本当に幸せそうである。いっそ、アリスを山岳特殊部隊のイメージキャラクターにして、ひたすら狩ってきた山の幸を食べつくす動画で宣伝すれば希望する女子も増えるのではないだろうか。

「他の男系軍の人たちってどんな感じですかね?」

 洞窟内で満腹になったアリスは基本的に気が緩む。ストレスを溜めにくい性格であり、こういう状況でも耐えられるということでもあるが、もっと簡単に説明するなら要するにアホなのである。サバイバルにおいてこういうムードメーカーは良い方向に働くため隊長もアリスのおしゃべりにあまり注意を入れない。アリスもアリスで、敵が近づいているならちゃんと任務を果たす。

「男系軍のチームに運命の人っているんですかね?」

「また、その話?」

「わからないじゃないですか。意識朦朧としている中で助けられるかもしれないじゃないですか!」

 飯の後は男の話。実に欲求に従順な奴である。ヒリアの部隊は基本的に男女間の対面での交流はほとんどない。無線やオンラインでは交流があるし、当然訓練後には懇親会のようなイベントもある。どうしてこれほどまでに男女を分離するかと言えば、この帝国では自由恋愛を悪とする風潮があるからである。

 人生三百年の時代。不老の技術も進むと、女性は人生のうちでほとんどいつでも子供を産むことができるようになった。そんな環境で旧来の自由恋愛をすると、出生率が簡単に二を超えてしまう。何せ、三十で結婚して子供を産み、成人する十八まで育てても、まだ、五十前である。あと二百年以上子供を産める体が維持される。そこから一人目の旦那と離婚して二回目の結婚をして更に子供を産んでまた成人まで育てることができる。しかも困ったことに、この時代の国家は最低限の衣食住にお金のかからない制度が普通であった。これは、徹底的な機械化により従来の時代では考えられないほど労働が効率化したことに由来する。とにかくそうした福祉制度にあやかって二十年周期くらいで離婚と結婚を繰り返す尻の軽い男女は共にフリッピーと呼ばれた。

 そして、フリッピーの存在こそがヒリア帝国を危機に陥れた。かつて惑星ヒリアの名前はクライソォワ管理惑星QC-ZZL7899だった。この星ではフリッピーは生涯に平均して二十人の子供を産んだ。さらに二十年後には親も含め二十一組のフリッピーが子供を産む。

 フリッピーの特徴は決まっている。勉強や研究などに打ち込むこともなく、創造や企画をして生み出すこともなく、まして簡単な仕事もせず、更に読書や漫画、ドラマやアニメなどの文化的娯楽をバカにして享受せず、ただただ男女のコミュニケーションを求めた人間たちである。フリッピーを放置するとそれだけで簡単に人口が爆発した。親がフリッピーなら子供が更にフリッピー化して、また交配するため、これら種族は十年にごとに三倍のペースで増加した。そして、人口爆発を起こすと、惑星内のバランスシートが崩壊する。惑星資源の収支がマイナスに転じ、循環型から消費型文明となる。惑星QC-ZZL7899(現ヒリア)は地球よりも大きな惑星であるが最大で人口が三百億人に届くほどだった。こうなると、滅亡期の惑星と認定され資源の消滅と共に文明が滅ぶのを待つか、内戦でもして人口を半減させるしか生きる術がないと言われている。ヒリア帝国は運よく聡明なリーダーであるヒリア皇帝によって救われた。とにかく、滅亡期の惑星には劇的な物語が待っているのである。これらの歴史から、仕事しないだけなら問題ないが、仕事せず人口ばかりを増加させることは犯罪と同義とされた理由である。

 そういう歴史を経たゆえに特に自由恋愛は敬遠され、無用な男女の接触による偶然的な恋による婚姻は基本的に否定されている。その代わり、シウスネットワークを使った婚姻相手を探すシステムが登場する。常に横にいるシウスの観察記録をもとに二百年以上連れ添える相手を探すシステムを構築したのである。これを、ソウルメイトシステムと呼ぶ。このシステムの目的は大恋愛を作ることではなく、細く長く付き合える相手を探すことである。どんなに出会いを求めても成しえなかった最適解をシステムが選ぶシステムについて、初期の内は異論があった。しかし、人口二百五十億人のヒリア帝国を探し回り、適合率で上位〇.〇〇一パーセントの異性でマッチングを実施したとして、十二万人の候補者が存在する。更に同年代に絞ったとして四千人もの運命の相手がいるのである。スクリーニングされた上澄み四千人の中から相手を選ぶのと、無作為検索四千人から選ぶのだったら、それは当然スクリーニングした集団のほうが良いに決まっている。よっぽど理想が高くない限り大抵の人間は相手に巡り合える。

「もしかしたら、懇親会に運命の相手がいるかもしれないね」

 そして、ソウルメイトシステムの巧妙であり失敗している部分は恋愛の演出である。

 シウスにとって主人の相手探しは単なる事務作業の一環でしかない。主人の傾向を理解し趣味や考え方や興味の方向などの多大な統計情報をもとに相手を選ぶだけだが、運命の相手候補と出会う瞬間は人間にとって劇的である。シウスネットワークも無謬とは思われていないため、相性が本当に良いかどうかを試すイベントが用意されている。仕事や行事などで偶然的な出会いを演出され、シウスネットワークに試される。二人は自然と同じペアになったり、二人きりの時間が多くなり、何らかの偶然を装って二人の相性を確認するのである。それが本物ならいつの間にか恋に落ちる。非常に凝ったシステムであり、かつての王侯貴族のように人生を賭して相手探しに没頭せずとも、真面目に仕事をしていれば自分にぴったりの相手が見つかる画期的システムなのである。莫大な選択肢の中からシウスがスクリーニングをして最後は人間同士が相互に納得できる相手を選ぶ。離婚率も減ったし、縁故による犯罪やトラブルも減った。

 逆に言えば、相手の要求とのマッチングも存在するため、仕事もせず、魅力もなく、努力もしない人間に良い条件の相手は廻ってこない。真剣に仕事に打ち込み、人生において輝ける道を見つけている人は、良い相手に巡り合いやすいと言われている。そして、自分でもわからない最高の巡り合いが待っていると知っていれば、それを楽しみにするのは世界中どこの乙女も共通だろう。

「アリス…、アリス…」

 遠くでアリスを呼ぶ声がする。いつの間にか白いウェディングドレスを身にまとうアリス。チャペルに迷い込んだアリスの目の前に両親が立っている。

「お父さん、お母さん。今まで私を育ててくれてありがとう」

 雰囲気に流されて、涙ながらにお別れを言う。白く輝く景色の向こうに運命の人が待っている。

「アリス!」

(はい、そんなに大声出さなくても聞こえています)

「アリス!!」

(だから、聞こえていますよ)

「アリス・フランクミュラー! こんなところで寝るな、死ぬぞ!」

「はっ!」

 怖い小隊長の怒鳴り声。辺りは真っ白にホワイトアウトしている。太陽の光が周囲を真っ白に散乱させ方角が全くわからない。垂らしていた涎が凍り付き、唇が切れる痛みがすぐに襲ってきた。

 ぼんやりとした景色の中で、一人でにやにやしているケイトの顔が浮かんでいた。

「お相手はどんな人でしたか?」

 景色は凍るほど冷たいのに、顔は火が出そうなほど熱くなる。

 一見すると殺伐としているように見えるヒリア帝国であるが、国民には様々な希望が与えられ、国民は小言や不満を言うこともあるけれどなんだかんだで人生の経過を楽しみにしていた。


 そんなアリスにも転機が訪れようとしている。彼女の全く知らない世界の動きがあった。

 一つ説明しておかねばならないことがある。銀河には内政を安定化する考え方として、ドロイドを運用し、国民を助け導くことで国内治安秩序を形成するドロイド主義と、ナノマシンを運用することで国民を制御して国内治安秩序を形成するナノマシン主義がある。ドロイド主義はヒリア帝国や同盟のクライソォワ連邦であり、一方のナノマシン主義はゼルドシン共和国のような国家である。

 この二つの主義のどちらが優れているかという結論は出ていない。

 ドロイド主義国家における人間はほとんど生まれ持った体をそのままに、主人と以心伝心できるドロイドによって強力な社会性を獲得する方式のことをさす。

 他方、ナノマシン主義は、人間にナノマシンを寄生させ神経レベルで社会に直接接続する。両者を簡単に説明するならば、ドロイドは生きる苦しみも教えるが、ナノマシンは不幸さえも奪い取ると皮肉られる。

 双方にメリットデメリットのある方法であるが、しかしながらこの時代の国家は基本的にどちらかの方法で国家を営んでいる。だが、ヒリア、クライソォワ、ゼルドシンに囲まれた、話題の国家はこのどちらでもなくナノマシンにもドロイドにも染まる中途半端な状態だった。その国こそがコミュニエロー共和国であり、銀河辺境の火薬庫であった。

 コミュニエロー共和国はゴールデンリング星系とその伴星であるシルバーリング星系の二つしか保有していない。ただし、居住可能惑星は十一個保有している。ゴールデンリグ星系のガス状惑星コミュニエローには十を超える居住可能な衛星が存在し人口は一千億人。対してヒリア帝国は、所有惑星十八であるが人口は二百四十五億人である。ただし、現代宇宙時代の国家規模の算定は単に人口の多さでは測られない。持続可能性や戦時に活動できる国民の数を考慮する国内余剰生産力で測る場合が多い。算出は簡単で、国内総生産から必要最低限度の消費財生産力である国内消費生産を引き算した値が国内余剰生産力となる。消費生産に対する余剰生産の比率はヒリア帝国で六十パーセント。ゼルドシン系のナノマシン主義国家の発表では九十九パーセント。クライソォワ連邦系のドロイド主義国家でおよそ五十パーセント台が普通である。コミュニエローの政府発表によれば余剰生産は国内総生産の百パーセントとのことである。しかし、諜報省による内実推定は二パーセント程度であると言われる、基本的にどこの周辺国もコミュニエローは滅亡国家予備軍という認識だった。

 大きな星の最後は超新星爆発による壮絶なものであるように、滅亡国家はその国家の最後に必ず何かやらかす。ヒリア帝国も混乱の収拾を「血のり革命」と呼ぶように必ず国内で混乱が生じる。それが、内側の改革圧力に向かうか、あるいは問題を先送りしたい君主が他国に責任を転嫁してやり過ごそうとするかはお国柄次第である。

 このヒリア帝国の外部情報を司る諜報省のコミュニエロー対策室ではコミュニエロー政府の戦争準備を感知していた。このところ反ヒリア的行動が急激に加速している。コミュニエローはもともとゼルドシン系列の国家であり、本質的にはナノマシン主義国家とみなされているためヒリア帝国としても仮想敵国の一つである。国民のナノマシン保有率も高く、いざとなればゼルドシンの手先となって五十億人(人口の五パーセント)ほどの国民を操作できる状態である。しかし、ナノマシン比率がこれほど低いのは、四百年ほど前に発生したゼルドシン大動乱が原因だった。その後のゼルドシンの衰退を見て、コミュニエローはゼルドシンを敵としてドロイド主義国家に擦り寄る政策をとっている。

 大動乱も彼らの独立宣言も四百年ほど前のことである。一つの艦隊司令官に過ぎないスター提督が突然この領域に艦隊を駐屯し、偶然星を離れていた総督の代わりにスター総帥が即位したのである。今のリヒト・タッキー・スター総帥はその息子である。

 ヒリア帝国の独立は六百年前であるが、当時はまだ単一惑星国家だった。つまり、コミュニエローは誕生の瞬間からヒリア帝国よりずっと大きな国家だった。そして、ヒリアとコミュニエローの因縁はこの時から始まっていた。四百年前からコミュニエローはドロイド主義国家となるためにクライソォワ連邦に尻尾を振り続けていた。それだけなら構わない。なぜか、ヒリア帝国とクライソォワの同盟解消を条件に付したのだ。それに対しクライソォワはほぼ相手にしていない。ゼルドシン系国家のすることを基本的に全て疑っていたからである。クライソォワはこの同盟申請を断るため、まずはドロイドを普及させナノマシンを排除するように勧告したが、現在でもこの条件は達成できていない。

 そして、コミュニエローは人口政策面でも失敗している。先ほども説明したが、この時代の科学技術や国家政策は持続可能性を最大限度高めることを是とする。その例として、惑星ヒリアは地球面積の二.三倍(惑星直径は地球の一.五倍)ほどだが居住可能な住民数は三十億人程度に制限している。これは銀河内でも平均的な水準である。

 一方でコミュニエロー共和国の惑星はどれもガス状惑星の衛星であるため惑星サイズが小さい。そのような小さな惑星に最大で人口二百億人も居住しているという話もある。しかし、コミュニエロー政府はこれら問題を直視せず、直近の三年では攻撃艦隊と思われる新造艦隊の配備を進めている。そして、彼らの軍隊は近年しきりにヒリアの国境を侵しているのである。

 諜報省のコミュニエロー担当官であるヴァイスシュタインとヴァルトヴェルトの二人は連日対策案の策定に追われていた。情報収集担当のヴァルトヴェルトはコミュニエローについてこのように分析する。

「現状のプロパガンダ傾向から分析すると、早くとも三年以内には政府内での開戦準備ができ、我々に対して高圧的な外交姿勢に転じるとみられる。コミュニエローは強い言論統制化にあり、民意による戦争の否定は難しいと考える」

 この報告は帝国軍と帝国府に自動共有される。そして、遅れて関係各省に通達される。

「彼らの活動は国境警備隊より報告のある通りで、活発化の一途をたどっている」

 ヒリア帝国では一連の徴発をコミュニエローによるヤクザ行為と呼んでいる。例えば、開拓予定の惑星であるクロリーに対する発砲事件が記憶に新しい。未開拓で調査員しか居住しない惑星は、基本的に領土として扱われず、排他的経済活動領域として規定される。これは争いの種でもあるのだが、基本的に惑星資源収集だけを目的とした惑星での経済活動においてはその居住域の近隣百海里までしか排他的経済活動領域として認められていない。惑星の領有が確定するのは、人口が百万人に達した時点である。惑星クロリーはそういう意味でヒリア帝国の正式な領土ではない。しかし、ここの領有自体はクライソォワもゼルドシンも個別に条約を締結し認めている内容である。コミュニエローだけが、開拓の意思もなくとにかく軍艦で接近して主砲をクロリーに向けて発砲したのである。着弾した砲弾は直径五十メートルのクレーターをクロリーに残している。ヒリア帝国府の厳重な抗議と説明要求に対し、

「発砲訓練中にヒリアの惑星が射線に割り込んだことが原因である。この件はヒリア側に全ての責任がある」

 として、コミュニエロー政府は発砲を認めながらも責任を転嫁しているのである。当然ながらヒリア国民の感情は悪化した。今、コミュニエローはこの程度では済まない何かを起こそうとしている。故に攻勢諜報担当のヴァイスシュタインは対抗策を考えることになる。この対抗策に必要な人材としてまもなくアリス・フランクミュラーが抜擢されることになる。


 一方、アリスはそんなことなど全く知らず、ローストビーフに狙いを定めていた。

「今年の勝者は、第三小隊です」

 アリスはパチパチと乾いた拍手をした。祝う気がまるで感じられない。辛い訓練が終わり緊張感をすべて消費した彼女には人のお祝いをするような気力はなかった。

 ヒリア帝国において男女合同の懇親会というのはとても珍しい。だが、こんな時に色気より食い気なのは別にアリスだけではない。

「久々に白樺じゃないものが食べられる」

 ケイトとアリスのペアは訓練中に回り道を余儀なくされ、拠点移動に伴って合流もままならず、一日二日くらい白樺に樹液をつけて空腹を紛らわしていたのである。ようやく訓練が終わったが、つまみ食いだけで並んでいた分の半分の食料がなくなっている。大隊長の話などもう誰の耳にも入っていないだろう。なぜ軍人なのにいうことを聞かないかと言えば、辛い訓練が終わった今日だけは何をしても怒られないからである。

「アリス、お前肉ばっかり食べてるんじゃないよ! 白樺食べさせるぞ!」

 これは、どこのテーブルでも同じ光景であった。この懇親会において人との交流などない。ただひたすら無尽蔵に送られてくる食料をただひたすらお腹にいれるという作業に徹するから。

 お腹が満たされると今度はビール瓶をみんなで咥えラッパ飲みを始める。アリスはアルコールに弱い。この状態になるとすぐにその辺の床に転がって眠り始めるから、介抱せねばならない。ケイトが辺りを見回すと既にあちこちで酔いつぶれた隊員が転がっていた。正に、死屍累々だった。

 ケイトがアリスを背負うために腕を持ち上げ肩にかけようとする。すると、横からそっと手が差し伸べられた。

「手伝いますよ」

 この時、ケイトは一目見てドキッとしてしまった。堀が深く肌色の濃い顔つきが好みだったからである。ちなみに、帝国内ではこの人がきっと運命の人だと思って間違って結婚してしまうパターンが結構あるので注意してほしい。しかも、シウスはその人が運命の人かどうか結局最後まで教えてくれない。うまくいったカップルに水をかけるほどシウスも国家も野暮ではないからである。

 ただ、冷静に考えればこれはソウルメイトによる出会いでないことは簡単にわかる。なにせ、今回のチャンスはアリスが酔っ払って床に寝転んだから生じたチャンスであり、決してシウスネットワークの制御下で起きたことではないからだ。

 結局、アリスは会場横の椅子の上に放置されていた。彼女の意識は半分夢の中であった。夢の中のケイトはまた人を馬鹿にしたような笑いを浮かべている。これは、アリスが約束を果たせなかったからである。

「約束。何だっけ?」

 訓練の前に一つ約束をしていた。ピロートークについてからかわれたときのことである。とりあえずなんでもいいから、異性から重要な情報を聞き出すことを思い出す。アルコールでぼんやりするアリスだったが、約束は守らねばならない。まだ、紅潮した顔色ですこしふらつきながらその辺の男を探す。

 だが、アリスは困っていた。約束を果たすため。だれでも良いから重要情報を聞き出さねばならない。しかし、そもそもなんて話しかければいいのかよくわからない。アリスに限らないが、ヒリア国民は多くの場合は成人するまで地元から出ない。学校も男女別でオンライン上、男女共同作業なんて課外授業くらい。膝を突き合わせて話をする異性は親くらいしかいない。そして、この時代も友達と繋がる方法は文字によるものが多い。シウス越しなら気兼ねなく何でも言えるのはシウスがうまく補完するから。

 異性と対面すると脳が固まってしまう感覚を得る。近くの人に声をかけても天気や最近の出来事からより深い話に入っていけないこの感覚。何人かとすれ違いこのままではケイトにまたからかわれる。

「あの、連隊長!」

 引き止めたのは良いが、結局またすぐにネタが尽きる。今日はどれほど天気の話をしたことか。そもそも、この時期のフォリアは安定して悪い天気だ。連隊長も困る。アリスは無駄に汗をかき必死な様子なので隊長も困る。ただ、今日のアリス、精神面はともかく外見はベストコンディションだった。過酷な訓練後で体脂肪はそぎ落とされ体のラインがとても細い。懇親会のため、ホワイトハットの真っ白な制服を着ており身なりがきちんとしている。訓練後の福利厚生でエステを行ったばかりで肌がツヤツヤであること。さらに、肌がアルコールによって血色がよくなりいつもより妖艶であること。そう、この時のアリスは見た目の上ではベストコンディションなのである。そんな彼女が必死の形相で、

「連隊長、私に何か隠していませんか?」

 と聞いた。酔っ払っているからだろう、声が大きい。会場中に響くアリスの声。ホールには適度に残響が残った。静まる会場。視線は一斉に二人に向き、隊長は固まる。まるで隊長がアリスに何かしたみたいではないか。会場が沈黙してしまう。アリスは確かに部下だがプライベートでの接点はない。隠し事どころか彼女に公開していない情報のほうが多い気がするが、そもそもなんでこんなこと聞くのかわからない。シウスネットワークによるお節介な翻訳が入ったコミュニケーションにどっぷりと浸っていると、仕事以外のフェイス・トゥー・フェイスのコミュニケーションに狼狽しそうになる。知らない情報はシウスが補完してくれる。しかし、対面の場においては知らない情報は相手から聞き出すしかない。何より男は女の追及を本能的に恐れている。何百年経っても変わらない。何もしていなくても何かしていないか考えてしまう。

(だれか助けてくれ)

 心の通じ合った親友を探す。ザルツ、あいつなら何とかしてくれるだろう。視線をきょろきょろ動かし探す。会場の人間は皆、時が止まったように静止している中で一人だけ動く影があった。照明の当たっているフロアから、日陰に移動する一人の男。ザルツだった。彼はそのまま暗闇に消えてしまう。

(逃げやがった)

 心の通じる友は、隊長が困っていることもお見通しだった。孤立無援となった連隊長。他の方法は思いつかない。噂好きの女系軍の小隊長が面白そうにこっちを見て耳打ちしている。話の内容はわからないが絶対に面白がっていることだけはわかった。

(とにかく考えろ)

 連隊長は背中に汗が滲み始める。逃げの一手はダメだ、かえって疑念を招く。こうなれば、男として自信満々な顔で挑むしかないだろう。曇りも淀みも捨てた覚悟を決めた顔つきでアリスに問いかけ、切り返しの攻めの一手にかけてみる。これでも特殊部隊員である。自己暗示による任務への集中には長けていた。彼は自身の心に言い聞かせる。悟られないように大きく息を吸いゆっくりと吐く。すると彼の爆発寸前の心臓が落ち着きを取り戻す。一息一息をゆっくりと呼吸し、もう一息で連隊長の額に滲む汗が引いていく。そして、最後の一息で彼の顔つきは穏やかな大洋のようになる。オレンジに染まる水平線から陽が上るように彼の心はのどかさを取り戻す。その時の隊長はまるで後光がさしているように見えるだろう。秩序に満ち溢れ、穢れを払いのけた彼の顔は覚悟が決まっている。童貞でも捨てるような覚悟である。

「フランクミュラー少尉。込み入った話なら別室にしよう」

 しかし、アリスは隊長の表情を見てかえって不安になる。謎の自信にあふれる男の表情。挙句、二人きりの空間への招待。なぜかこのタイミングで思い出すケイトの生々しい性的表現。思い出すだけで耳が赤くなる。このままではベッドに連れ込まれて、本当に事が始まって終わって、ピロートークになってしまう。まるで連隊長の緊張がアリスに乗り移ってきたかのように心臓が高鳴り始める。アリスは想像しやはりだめだと悟る。この余興のためだけに初体験などできないことを。

「いや、ここで話してください。お願いします」

 隊長の付け焼刃の心がちょっと欠ける。膠着する二人。緊張感に包まれる会場。

 しかし、この場所で唯一アリスの行動を完全把握しつつも完全制御できる人間が戻ってきた。ケイトである。ケイトは黙ってアリスの後ろから近づき、瓶ビールを口に突っ込み、ごくごくと飲ませる。たちまち顔が赤くなるアリス。

「ご迷惑おかけしてすみません」

 アリスは本当に目が離せないやつであった。


 後日である。そんなアリスにも転機の知らせがやってくる。

「ケイト、見て見て!」

 休日の朝一番にアリスの陽気な笑顔を見ることになる。屈託もなく悩みも感じない子供のようなあどけない二十代の笑顔を見ているとなぜか殴りたくなってくる。

「なに」

「諜報省から、スカウト来たの!」

 ケイトは、またアリスの妄想か何かだと思って入念に確認した。どうせ何かのおちがある。しかし、いつもの流れはなかった。

「ナニコレ、本物だわ」

「わーい、やったー!」

 ケイトは思う。こんなアホがエリートの揃う諜報省にスカウトされるなんて世も末だ。しかし、逆に疑問が湧いてきた。こんな武闘派の能天気を使って諜報省は何をするのか。

(もしや、どこかの国で内乱や暗殺でも計画しているんじゃなかろうか。そうじゃなければ国内で謀反でもするつもりかもしれない。だから、言うこと聞かせやすいアホが選ばれたんじゃないだろうか。これは、面白そう)

 ケイトの疑問はしばらく解決しなかったが、ともかくアリスが喜ぶ様子を見ているのは悪い気がしなかった。

「アリス、相棒がいなくなるのは残念だけど、頑張ってね」

「うん、ありがとう」

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