交戦、第一艦隊
敵のオオクマ艦隊との戦闘。双方にとっての開戦第一撃である。
もうすぐ、敵艦隊が来る。最初の敵は第一艦隊とわかっていた。オーバードライブを経て現世に戻って来る場所はかなり正確に算出できる。ドライブインするときのエネルギー想定量や発生する光のスペクトルや電磁波の強さなど様々な推定が存在する。これによって、敵艦隊は散り散りに出現することがわかっている。そして、惑星ヒリアの存在するブラックパール星系に最も近い地点に出現するのは、オオクマ提督率いる敵第一艦隊と予想されていた。
先にこの時代の艦対戦の流れを説明しよう。まず、索敵網の内で最も探査範囲の長い星系警戒システムまたは星系早期警戒システムが存在している。これら、早期警戒網によりまずは敵艦隊の出現をリアルタイムに知ることができる。ヒリア帝国の星系艦隊構想に基づくなら、敵艦隊の出現した空域にゲートウェイドライブにて移動する。敵艦隊のおよそ百二十光秒程度の距離に展開することになる。そこからは、ある種よく知られた戦争である。レーダーやレーザーにて敵艦隊を確認しながら、時に測距ビームや基準ビームなどを織り交ぜて諸元を更新し数光秒内の砲戦距離に突入する。砲戦とはいうが実弾以上の重質量をもったビームを打ち合うというイメージで間違っていない。基本的に光や熱などのエネルギーよりも運動量のほうが艦の破壊効率に優れる。ヒリア帝国の場合は誘導重イオン砲による長距離射撃を実行しつつ、ゲートウェイカノンにて支援射撃を実施することになる。中性子カッター艦(敵第一艦隊にはいない)を敵として対峙するときは二光秒以内に近づかないような間合いの取り方が求められ、逆に誘導重イオン砲艦を相手するときは可能な限り高速接近して早急に自分の射程距離に捉える必要がある。中性子カッターは射程距離二光秒という短さが、誘導重イオン砲には発射間隔が数分と長いこととイオン干渉の問題で一斉射できない点がそれぞれ弱点であった。そして、時速百万キロ(秒速二百八十キロ)以上の速度で近づく両艦隊は交戦開始から最速で一時間ほどだろう、長距離砲戦にて決着がつかない場合はそのまま更に肉薄し、このところ二千年以上も実施されていないミサイルや砲弾による近接砲雷撃戦が行われる。ゼルドシンもクライソォワも第四カテゴリー艦にはこれら近接砲雷撃装備は搭載されておらず、周りを固める護衛艦にそういった装備を搭載している。近接砲雷撃戦までもつれ込めばおよそ双方の艦隊に致命的なダメージが入っており、それ以上の戦闘は不可能である。予備戦力かあるいは第二波攻撃がないならば戦闘はこれにて終了である。惑星の軌道上に大量の巨大スペースデブリをばらまくことになるだろう。おそらく近接戦闘をした後は艦橋パッケージなどの装甲防御も効果がなく死傷者もかなりの数になるだろう。
これが、この時代の戦争である。
《ヒリアDCより入電、敵艦見ゆ》
マーキュリー、ヴィーナス、マーズの三提督はこの知らせを待ち構えていた。
ある程度敵の出現座標はわかっていたが、いよいよ敵艦隊がヒリア帝国の近隣に出現する。星系内で敵艦を最初に発見するのはフラッシュソナー方式の早期警戒システムである。名前の通りフラッシュを放っている。ソナーとつくのは潜水艦の音響探知のようなインターフェースを備えていたからであるが反射波を捉えているわけではない。探知には量子テレポーテーションを用いている。フラッシュとして放出した光と対になる光を(粒子に影響の出ないように)観測している。そして空間を飛翔するフラッシュ(光子)が何かに激突すると、同時に対となる観測中の光子も影響が生じる。この原理により、あらかじめ光子を空域にばらまいておけばその範囲内ではリアルタイムで敵の状況を知ることができた。この偵察方法は完全なアクティブ探知であり、偵察距離が長く、リアルタイム探知が可能だが、空間のゆがみを補正できないため精度に欠き、光の届かない惑星の裏側の探知はできない。軌道設置型を星系警戒システム、艦上設置型を星系警戒艦と呼ぶ。とにかく、フラッシュソナーで敵艦を発見できる範囲ならば、たいていゲートウェイドライブの範囲である。
《マーズ各艦、臨戦態勢を発令、三分以内に全艦出撃を命じる》
《マーズ全艦、出撃許可を受諾。距離三時間と三十四分、方位〇一一四、出撃準備せよ》
各艦隊は、惑星ヒリアより更に外側の軌道にて迎撃準備をしていた。最接近位置に陣取るマーズ艦隊は直ちに出撃し敵艦隊の情報をデータリンクで味方艦隊に提供する役割を負う。スピットフレイムの情報により残りの艦隊の判断が決まるのである。
《リボルバー三〇一より通達。ゲートウェイリンク確立。いつでも射出可能》
「搭乗員に告ぐ、これよりゲートウェイを開始する。総員グラスシールド装備。耐ショック姿勢をとれ」
「艦長、総員耐ショック姿勢確認しました」
マーズ艦隊旗艦の戦艦ディストピアには鬼提督が居座っている。しかし、アカディア艦長はマーズの腹心である。
「提督、お待たせしました」
アカディアは気配で分かった。いつもつまらなそうな顔をするスピットフレイムが珍しく楽しそうだということに。
「うむ、良い手際だと伝えてやれ」
「おほめの言葉などという普段しないことをすると、彼らは混乱しませんかね?」
「うるさい。早く、通信を貸せ」
「はい、どうぞ。準備はできております」
《諸君よ聞け。これより我々はヒリア帝国初の対外戦争に挑む。しかし、心配はいらない。貴様らは厳しい訓練を耐えた、今は武器も優秀だ。練度と兵器の二つが揃うことはめったにない。敵艦は戦艦六隻、重巡洋艦六隻という大型艦艇中心であり、排水量ベースではなるほど我々の二倍はあるだろう。しかし、我々にとって第三カテゴリー艦艇など敵ではない。我々の任務は先行偵察であるが、東十条提督は可能なら倒しても良いと仰った。良いか諸君。私は遠くから眺めるだけなどという初陣を飾るつもりはない。全員戦い、各艦一殺のつもりで行動せよ。マーズ提督の名において命ずる。全艦出撃せよ!》
《オールマーズリボルバー、ゲートウェイドライブを使用する》
《こちら、リボルバー301。射出準備を完了、タイミング指示を旗艦に預ける》
マーズは無言でアカディアに合図する。
《全艦一斉、最速発進せよ。カウントスタート》
《ゲートウェイ航行へ移行、シトラリンク開始》
《全艦に通達。ブラックインク装甲を展開》
艦隊は漆黒に包まれる。ゲートウェイドライブに使用する無慣性となるホールは光を吸収する特性がある。このことからゲートウェイドライブ中は眩い光に包まれるが、外に対して何か電波を生じるようなことは少なかった。ステルス性という意味でもこのドライブ方式は優れており、更にブラックインクにより敵艦隊に気取られないようにするのである。
しかし、外宇宙に近い場所への移動には三時間以上もかかる。この間に眩い光がずっと艦内を飛び交う。この時代の艦船は基本的に外部を直接見ることのできる窓はない(常備艦隊は展望ユニットを取り付けており目視で外を見ることができる)が、慣性のない亜光速空間では様々な物から光が湧きだすらしい。この亜光速空間ではどんな闇も存在しないと言える。
「ディストピアまもなくドライブアウトします」
オーバードライブでもゲートウェイドライブでもドライブアウトした瞬間は常に敵の待ち伏せに注意する必要がある。もし、マーズ艦隊の出撃と同時に敵艦隊が全速力で出現地点付近に移動していた場合は敵が既に目前に迫っている可能性がある。
「パッシブ探知を実施せよ」
「了解、トウドアレイ(曳航式観測装置)展開します」
艦はそれ自体の放出する熱や電波ノイズが存在しワイヤーで曳航することで、母機のノイズ源から観測機器を遠ざける方が探知能力は向上する。しかし、一方で曳航式のセンサーは高機動状態の艦にとっては長いワイヤーで振り回される錘でしかなく危険極まりない存在である。特に、水中や大気中のように抵抗がない宇宙では際限なく艦の機動を邪魔する存在であった。
「ワイヤー展開完了、観測開始します」
レーダー、光学探知共に静かなものであった。もし全速力にて航行する艦があれば、レーダー上ではエンジンのイオン乱流雑音が、光学探知ではエンジンのバーナー光をそれぞれ観測することができる。それがないと言うことはひとまず敵艦隊が高い相対速度を持っていないことがわかる。ならば、こちらも索敵に割ける猶予が多い。索敵にパッシブ探知方式を選択しひとまず戦況を把握しようという魂胆である。
「報告、シエラゼロワン(S01),ゼロツー(S02)、ゼロスリー(S03)を探知」
「敵艦は発見次第スペクトル解析を実施せよ」
敵艦隊の放つ光には艦種ごとに特徴があり、特に航行エンジンを噴射しているとその特徴が大きく表れる。しかし、恒星の光を反射した量や特徴からも時間はかかるが分析は可能である。特に、スター級のような無駄に大きく飾りのある船は発見がしやすい。
光学解析の結果、シエラゼロワン(S01)とゼロスリー(S03)はスター級戦艦、シエラゼロツー(S02)はナイトメア級重巡洋艦とわかる。この後、各艦の索敵により全部で十九隻の敵艦隊を探知することに成功する。
「事前情報で得ている所在不明艦の型式は?」
スピットフレイムに対して艦長は
「情報部の調査ではロック級駆逐艦です」
と答える。
「なるほど、見失っていても戦局に大きな影響を及ぼすとは言えないな」
「肯定です。倒してしまいますか?」
敵艦隊は大きく二つの艦隊に分かれていた。通常、攻撃艦隊は各個撃破を避けるために少なくとも千キロ以内距離にいることが多い。しかし、彼らはなぜか艦隊を分けて行動していた。
「素人か? それとも罠か?」
スピットフレイムは敵提督の経歴を思い出す。オオクマは達人である。艦隊戦ではなく太鼓の。
「東十条提督は倒しても構わないと言った。まもなく、他二つの艦隊も支援位置につくだろう」
「そうですね。せっかくなら一番槍を拝命したいところです」
「よかろう。総員、目標群ブラボーに対し攻撃準備だ。交戦はマーキュリーとヴィーナス両艦隊が出現するまで禁止する」
「御意」
《各艦へ通達、目標群ブラボーへ攻撃準備、照準目標を共有。二艦で一艦を狙え》
開戦第一撃は、ドミトリー(重イオン砲艦)が行う。ポジトロンビームを照射した時点で敵艦隊にこちらの攻撃意図が発覚するため、逃げられずかつ、近づきすぎない位置まで接近する必要がある。
《前進微速、交戦距離四光秒まで詰める》
中性子カッターがないという情報はあるが、やはり存在の可能性も否定できない。したがって慎重すぎるくらいの作戦を実行する。幸いにも敵艦隊は分散出現という絶望的なミスを犯し、更にまた艦隊を分散させている。重イオン砲艦以外の各艦隊は射間に支援攻撃を実施する予定である。実戦経験のない武器をあくまでも主力とはせず、戦場にも貴重な重イオン砲艦を連れてきている。新しいドクトリンを考えたのはあの小娘と聞いているスピットフレイムはあくまでも慎重に行動する。ただし、
「アカディア艦長」
「はい」
「ゲートウェイカノンは積極的に使えと指示しろ」
「はい。しかし、提督はこの兵器がお好きですね」
スピットフレイムは何も答えなかった。実力は実績で示せばいい。スピットフレイムは新兵器にそのチャンスを作っているに過ぎない。
《全艦、十分後に交戦予定距離に到達、敵艦未だに反応ありません》
「提督、後二分でマーキュリー、更に三分後にヴィーナスの到着時刻です」
モニターに薄暗く映る敵の艦影。じりじりと近づいてくる。艦の側面を晒し、いかにも撃ってくださいと言っているようにも見えるほどである。こういう状況では浮足立つものである。ここにいる誰もが初実戦であり、スピットフレイムも武者震いする瞬間である。だから、心を落ち着けるために紅茶でも飲もうと思った。
シウス(艦内用)が紅茶のパックを運んでくる。スピットフレイムはキャップを開け無重力の空間に紅い小さな雫の塊を浮かべる。そして、香りを楽しみながら雫に口づけすると泡のように消えてしまった。これはスピットフレイムなりの紅茶の楽しみ方だった。それから、ようやくパックに口をつけて袋の紅茶を吸い始める。
「マーキュリー出現時刻です」
そして、どうやらシュトゥルムヴィントもパッシブ探知を選んだらしい。何の反応もない。ちなみに、この時代の通信は量子テレポーテーションにて行われる。一度、お互にリンクしておけばしばらくはこの通信で敵に傍受されることもなく連絡できる。スピットフレイムはカレンにコンタクトすることにした。
「はい、こちらマーキュリー」
カレンはこんな時でも楽しそうであった。
「シュトゥルムヴィント提督、先に謝っておこう。一番槍は我々がもらうことにする」
スピットフレイムはそれとなく、同意を得ることにした。
「えぇー、いいな。私はアルファー群攻撃を準備しているわ。最速であと三十分くらいかかるけど!」
「それは、いい気味だ。お互いに検討を祈ることにしよう」
《報告。新たなエコー確認》
この時間だと、ヴィーナス艦隊か未発見の駆逐艦(S20)かどちらかである。
「どうやら、ヴィーナスも配置についたようですね」
「あぁ、少し早いがいいだろう。ドミトリーへ、攻撃開始」
《ドミトリー、誘導重イオン砲攻撃開始》
《了解、照準射を始める》
スピットフレイムは手に握るパックを飲み干すべく一気に口に含んだ。ちょうどその時である。重イオン砲艦ドミトリーの照準射である陽電子ビーム照射を受けて目前のスター級戦艦二番艦であるドン・グッチがこちらに回頭をはじめた。今更、攻撃準備に気づいたのだろう。画面には敵艦の大アップが映る。ドン・グッチのとても良い笑顔とぐるぐる回る瞳が大きくモニターに映る。そして、スピットフレイムは喉に異変を覚える。普段、堅物であるスピットフレイムは笑いとは無縁の生活であった。故に妙に子供じみた変な場所に笑いのツボがあり、そして一度沸騰するとなかなか収まらない習性があった。
「ぐへっ、ぐへっ」
(やばい、紅茶が肺に入った…)
「大丈夫ですか提督」
スピットフレイムは手で大丈夫だと返事するが、笑いのウェーブはまだまだ続く。スター級戦艦は中性子カッターを搭載する惑星防衛艦として設計されたが、結局中性子カッターを搭載することはなかった。しかし、それ以外の部分は実装されている。例えばマトリョーシカ装甲である。薄い装甲板を張り巡らせ重イオン砲の攻撃をこの装甲に吸わせる機構である。故に、一刻も早く装甲を引きはがす必要があった。
「ドミトリー、まもなく第一撃を発射します」
《全艦、こちらドミトリー。イオンカノン、ターミナル》
《ドミトリー。マーズ艦隊にイオンカノン発砲艦なし、そのまま撃て》
《ラジャー。最速射撃まで三、二、一、発砲!》
重イオン砲は「ビーム」という言葉を用い形容するが、飛んでいく姿は光の点である。スピットフレイムはこのビームを目線で追いかける。記念すべき第一撃であるから特別だった。発射後は弾着を待たずにすぐに転進。距離を開けるために進路転進する。数光秒の距離を重イオンは十秒ほどかけて飛翔する。事前に帯電させた戦艦ドン・グッチに近づくと急に方向を変え吸い込まれる。
「弾着、今」
こちらを向いていたドン・グッチの顔は綺麗にはじけ飛ぶ。そして、新しい表情が現れる。さっきよりもお茶目な変顔であった。
「ぐへっ、ぐへっ」
スピットフレイムの笑いがまた込み上げてくる。マトリョーシカ装甲は名前の通り幾重にも重なっている。剥いても、剥いても、現れる装甲を指してこのように名付けられた。それ自体は驚くことではないが、戦艦ドン・グッチはこの装甲に毎回違う表情を持っていた。次々と表情豊かに変わっていくドン・グッチ。
「ドミトリー、引き続き攻撃を続行せよ」
「提督、まもなく交戦距離三光秒です。いかがなさいますか」
ゲートウェイカノンの効果を確認するときがやってきた、実績のある重イオン砲戦術を使う場合、以降は離脱方向に舵を切り、敵艦隊との砲戦距離を保って行動する。しかし、ゲートウェイカノンを使うならば、モロコフスキードクトリンに従いこのまま敵艦隊の鼻先を通り過ぎる丁字軌道のまま、艦首だけを敵に正対して最大火力でゲートウェイカノンを発射し続ける判断となる。
(面舵…)
未だ、笑いが治まらないスピットフレイムは声が出ず、右手で小さく円を描いた。
「了解、進路そのまま。艦首面舵一杯。標的に正対せよ」
敵艦隊の持つマトリョーシカ装甲は、はっきり言ってこの後に斉射されるゲートウェイカノンにとっては何ら脅威ではない。ゲートウェイカノンにより射出される魚雷はキネティック(ベアリングなどの金属弾を散布する)弾頭を搭載するため、マトリョーシカ装甲のような薄い空間装甲はほとんど意味をなさない。
「ゲートウェイカノン一斉射撃準備!」
シルドリア級戦艦にはゲートウェイカノンが八機搭載されているが、うち六基は短距離戦闘用である。
「誘導カップリング励磁開始。三番炉より動力供給開始」
「滑り率定格まで低下中。全フライホイール始動」
「一番二番逆変換機にて順次ホイールを加速、三キロヘルツまで順次加速せよ」
「艦橋へ報告、完了まで三十秒です」
静かな艦内に急速に高まる音の波が響き始める。
「一から六番、二五式魚雷装填。七から八番、四五式魚雷装填」
新しいドクトリンではこの待ち時間中に、予備のレーザー砲が準備される。
「一番、二番マルチレイ、および第一基準砲、射撃位置に回頭」
レーザー砲は表向きの主兵装である。戦艦には全部で九門備えてある。基本的にステルス性重視のため、収納時は艦のボディラインにぴったり一致するように設計されている。
「マルチレイ砲塔射撃位置」
「機関室より報告、全フライホイールのチャージ完了」
「基準砲射撃」
「ファイア、スペクトル観測中です」
基準砲は敵艦隊の距離を測定するための専用ビームである。崩壊時間の異なる粒子を同時に発射すると、ビーム自体が特定の距離である特定の光を放出しながら崩壊する。反射して帰ってきた光スペクトルの混合比率を分析すると敵艦のかなり正確な位置がわかり、反射した波長の変化を観測することで敵艦の相対速度がわかる。
「エコー確認、距離三.四五光秒。ホット、時速三百六メガメートル」
「取得諸元より、急ぎ射撃体勢をとれ」
「了解、急速、アップトリム十一。偏差修正、面舵七度」
「一から六番発射管全て開け」
「射撃準備完了」
「一から六番撃て」
「一番発射…」
この時点では信頼性の観点から一斉射撃見送られている。一発ずつ魚雷を射出するときに、加速していたフライホイールが瞬間でエネルギーを失い、がつんと音を立てて止まるのがわかる。
全ての魚雷を打ち終えた後、魚雷はドン・グッチのぐるぐる動く両眼に突き刺さり、鼻からレーザー用のガスが漏洩し勢いよく噴出していた。なかなか間抜けな敵艦隊の撃破であったが、敵艦隊はマーズ、マーキュリー両打撃群によってほぼ完全に無力化された。華やかな初戦であった。
「ドン、ドン、ドドン」
コミュニエロー第一攻撃艦隊の提督。ビッグベア・オオクマ。彼は元ミュージシャンだった。彼に艦隊指揮などわからない。だから、太鼓を叩くしかない。彼の奏でる音楽が感情の全てを代替する。
「ドン、ドン、ドドン」
この音色は怒りとも恐怖とも取れ、焦っていることは容易に想像がついた。ただ、この状況下でクルーはどうすればいいかは今一つわからなかった。とにかく、突然に強烈な先制パンチを食らったのでオオクマは滅茶苦茶に恐怖していた。敵艦隊の位置もわからず、規模もわからない。
「ドドドドドドドド、ドン、ドン、ドドーン」
怒りの音色はクルーを焦らせるだけだった。
「と、とりあえず副砲を展開して反撃しましょう」
彼らの所有するレーダーには何も映っていない。重イオンビームを照射された方角だけはわかったが、探知はできていなかった。艦長や観測員が必死で敵を見つけるための手段を講じているが、バックグラウンドミュージックが緊張を誘い集中できない。
「バリバリ」
これは、また敵の弾が当たった音である。キネティック弾頭は爆発するのではなく、小さなベアリングをばらまくことで見かけ上の弾頭の大きさを広げる役割がある。小さなベアリングはショットガン(散弾銃)のように船体のいたるところに小さな穴をあける厄介な弾頭である。艦橋自体は小さく頑丈に守られているが、主砲やレーダーなど艦の設備を破壊されるのは困ったものであった。そして、特に装甲の薄い艦尾への被弾は大きな損害となる。
「メインエンジンを損傷。航行不能です」
「ドン、ドン、ドドーン」
オオクマ提督は、敵ではなく太鼓に向き合うしかできない。
第一艦隊と戦い終わった後。マーズは悩んでいた。ミラナのことは半べそかくまで説教をした。若く才能あふれる天才。スピットフレイムが嫌いな響きなのだが、実際に彼女が発明した亜光速カタパルトとブラックインク装甲は非常に良い兵器だった。
加えて、艦隊運用もよく研究されており初の実戦でありながらまるで訓練でもするようにあっさりと艦隊を蹴散らしてしまう。無論、モロコフスキー大佐の力もあるだろうが、ドクトリンを訓練する上で、モロコフスキーらしくない異なる戦術遺伝子もスピットフレイムなら感じ取ることができた。
《こちらマーズ、行動可能な敵艦隊は確認できない。こちらの損害はない》
スピットフレイム提督はえこひいきしない評価を信条にこれまで実力主義の評価体制を貫いてきた。そして、この圧倒的な戦果が自分の指揮の良さよりも、新兵器の良さにあったことも理解した。当然である。自分は紅茶を吹き出しそうになるのを我慢していただけだから。そういった兵器は、現実をよく見ていたミラナの提案そのものである。
(ミラナ少佐にはなんて謝ろうか…)
これは、しばらくスピットフレイムの悩みとなる。




