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銀河のヒリア帝国 戦争編  作者: 遥海 策人(はるみ さくと)
第一章 ヒリア帝国の日常
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町の警察官

「なぜ、歌声採用の私が艦隊勤務になったのか?」

 三年後、レナ・レイアミラン中尉は帝国軍に疑問を持つことになる。


 ここティナディブルーは海に浮かぶガラスの町である。ヒリア帝国に所属する惑星アクアはヒリア本星から五光年の距離である。このアクアほど独特で特殊な成り立ちの惑星は珍しい。アクアはヒリア帝国歴では三番目に入植された帝国第四番目の惑星であり、名前の通り水で満ちた惑星である。陸地の面積は地表に対して十二パーセント。それでも人口は三十億人程度まで成長した。ウォーターワールドと呼ばれる一面水に満ちた惑星であったため、入植においても陸地がほとんどなく、わずかな陸地も火山の隆起によって生じたに過ぎない。この星を拓くには、まず陸地を作る必要があった。難航が予想されたため、ヒリア皇帝は二人の男女を開拓団のリーダーとして任命する。放棄も含めた長い議論の末に、二人は恋に落ちる。そのすぐ後、ある手法を思い立つ。火山の熱と海の砂を使ってガラスを作り、固まる前に空気を吹き付け、ガラスに気泡を入れた。後にアクアガラスと呼ばれる軟質のガラスを海に浮かべて町を造ることにした。これにより、銀河内でも珍しい天然のガラスによる海上都市国家惑星が誕生する。

 人口は惑星ヒリアと同じく三十億人を数える。ガラスのフロートは平なものもあれば、激しく波打ったものもある。これは、ガラスを海に浮かべて固めるという製法の影響で当時の波が記録されたのである。これから紹介しようとしているティナディブルーは高低差が最大で二十メートルもある。もう古い都市のため表面は風化してつるつるになっている。ガラスに色はないが、海の色を映しているため青く染まって見えた。フロートのあちこちに穴が開いているため、波の高い日などはこの穴に水圧が集中して間欠泉のように吹き上がることがある。この現象を観光客は面白がり、地元民としては常に傘を持ち歩く風習につながった。

 アクアは比較的新しい惑星(惑星誕生から三十八億年ほど)とみられており、海底や陸地は切り立った地形が多い。重力は少し強く、結果的に水を多く引き寄せた。豊富な水は惑星の気候を安定させたが、海流は早く沖合いは危険である。

 島は大きなフロート数個と、防波堤などの周辺フロートや港の代わりとなる設備、時に滑走路なども接続して一つの大きな都市を作る。ティナディブルーは実に二千基ものフロートを接続していて、ゆったりとした気候のなか海のゆりかごで潮風を感じながら小さなアトリエで自身の稼業に努める光景はのどかさのイメージとも合致した。島もそうであるが、建物も石英質のファイバー繊維で作ることが多い。海水に強い適当な材料で資源量が豊富であることが理由だ。また、海の温度が年間を通しておよそ二十度で安定している。ガラスのように熱を伝えやすい物質で家を作ると、部屋の中が海と同じ温度になる。これにより、暖房も冷房もほとんどいらない。惑星アクアの自転軸は少し傾いているため季節がある。しかし、自転軸のずれはわずかであることと、ジェット水流などと呼ばれるほどに闊達な海流のため大気温度がかき回され、わかるほどの影響はなかった。

 一つの島の規模は二十万人程度であることが多く、環境の良い場所にはそうした島がいくつも作られるため、これらを都市群と呼んでいる。惑星内で最大の都市群には六百万人が生活している。


 この海洋都市の朝はオレンジ色である。朝は数メートルも先が見えないほどに霧が立ち込め朝日を吸い込む。透き通る町は全てがオレンジ色に染まる。このオレンジ色の霧には歌姫が住んでおり毎朝美しい歌声を披露する。歌姫の誕生はここ数年の話である。地元では話題になっていた。ある者は窓を開け歌声に耳を傾けながらもっと良い夢を見て、ある者は歌声に楽器の音色を重ねて練習したりする。ある観光客が魅了され、スカウトするために探し回ったことがあった。地元の学生による研究テーマになったこともあったが、朝のコンサートはわずか三十分しか開かれない。この数年間で結局、誰も霧の歌姫に会ったことはない。

 この町に住むレナ・レイアミランは町行く人々の噂する歌姫に対して鈍感を装う。自分も歌が好きで練習しているのに、謎の歌姫ばかりが有名になり、自分の心臓を締め付けるからであった。

 レナは毎朝散歩の代わりに小舟を漕いでいた。彼女は海洋都市ティナディブルーでずっと過ごしてきた。物静かで淡々とした彼女には日課がある。それは出勤前の歌の練習である。朝早くに起きて、誰もいない霧に包まれた朝の海に小さな小舟を浮かべ櫓を操って進む。そして恥ずかしがり屋な彼女はとある場所で歌声を響かせる。誰も知らない彼女のレッスン。ティナディブルーの町は海上に浮かぶ存在であり、消波堤や防波堤の機能を持つ建物があちこちに存在する。彼女は自身の隠密性を極限まで高めるため、毎朝霧の中のある一点で歌う。それは、改修工事の際に取り崩されたガラス材の山の中であり、この場所は消波ブロックのような役割があった。レナが歌うとき、彼女は無意識に大きなガラスの塊に向かって歌う。そして、これも偶然なのだがこのガラスがパラボナアンテナのような役割を果たし遠くの町まで音を届ける。彼女はこの場所で歌うことで自身の存在を誤魔化し続けることに成功していたのだが、一つ悲しいことに彼女に歌姫としての自覚が芽生えなかった。同時期に自分と同じことをして注目を集めている奴がいるらしい。という嫉妬に近い気持ちを毎日ガラスの塊ぶつけながらこの場所で歌っていた。その注目されているのが自分であるという意識は全くなかったのである。

 レナは日が昇り、海が青く染まり始めるころになってようやく歌うのを止める。彼女は小さなボートを反転させ、また島に戻る。これから勤務地へ向かうのである。警察官としての彼女の勤務地はティナディブルーから三千キロ離れた珊瑚湾都市群である。

 職場に向かうにはまず家に帰る必要がある。ヒリア帝国の実に九十八パーセントの仕事はオンライン化されている。レナは捜査課の鑑識担当官であるが、近年は非常に犯罪が減り、週に三回は地域課の手伝いをしていた。

 地域課は要するに町の警察官の仕事である。シウスを派遣してパトロールをしたり、個人所有のシウスが緊急事態を告げると、そのシウスか付近のシウスを操作して現場を確認したりする。基本的に政府支給のシウスには機銃が搭載されている。この機銃の発砲権限は警察や国家捜査局が握っており、シウスが主人の危機を検出して警察に自動的に連絡をする。連絡を受けた警察官がドロイドに攻撃権を付与するかどうかを判断する。初期段階の制圧にはシウスによるタックルが行われる。タックルにより犯人が戦意を失えばそのまま拘束するし、もし制圧できないような武装を持った凶悪犯がいれば、担当の刑事が指示を出して射殺することもある。オンライン化された警察官はもはや出動する必要がなく、自宅から専用回線によりアクセスできる。ただ、実際のヒリア帝国における有事とはたいていの場合はレナが受け取るようなものばかりである。

 《緊急要請、緊急要請》

 レナの画面は赤い派手な色に変わる。レナは受諾という表示を押す。現場の画像が表示され。小さな子供が水の入った大きなバケツに頭から入り込み、足をばたつかせていた。バケツの水で溺れている状態だった。レナはシウスのアームを展開し、バケツを引っ張って横倒しにする。幸い、意識を失うほど深刻ではなかったが、それでも確認のためにシウスが少年の体をレーダースキャンする。通常時比べてかなりの量の水を飲んでしまったことが確認できた。レナは念のためレスキュー隊を要請し事後処置に当たらせる。同時に親に連絡が行き、親は慌てて子供を抱き上げるのである。このタイミングでレナはようやく口を開く。

「こんにちは、ヒリア帝国警察です。五分後にレスキュー隊が診察に来ますのでしばらくここでお待ちください。また、水をかなり飲んでしまった様子ですので背中をさすってなるべく水を吐き出すように手当てしてください。以後、救急班に引き継ぎます。ご安全に」

 この声はシウスを通じてアナウンスされる。普段は全くしゃべらないシウスが言葉を話す様子に子供は目を丸くする。

「シウスがしゃべった。きれいな声だね」

 他には、酒を飲みすぎて段差に躓き転んでけがをしたなど、地域課当番となった日には基本的にこんな事件しか回ってこない。謎解きやらパズルの好きなレナとしては、もう少しミステリー要素を求めてしまうが、実際問題として警察が暇であることは感謝すべきことである。

 お昼は友人のサラと一緒だ。隣の家のサラは同い年で幼馴染である。サラはおしゃべりでレナは無口だから、いつも一方的にサラの話を聞いているだけになる。そして、サラもレナと同じく警察官である。ヒリア帝国ではシウスネットワークによって交友関係を構築することが多く、生まれた場所由来の偶然性を基準にするよりも、より合理的な相性の良さを重視する文化がある。情は流されれば消えるが戦略的互恵関係は簡単に消せない。信用ならない気持ちより、信用できる互恵を目指すことによって結果的に国民どうしの信頼関係を目指すのである。一方で、離散住宅を基盤とする惑星ヒリアに比べて人が都市を基盤とする惑星アクアでは、こういった偶然や情による親友がまだ多く残っている。

 そのレナの親友であるサラは生粋の捜査官と言えるほどに人を追いかけるのが好きであった。

「このスポーツ選手怪しいと思わない?」

 刑事課の捜査官はまず相手を疑うところから始める。疑い方は簡単である。ギャンブルで勝ち続ける人がまずは怪しいという考え方である。ヒリア帝国にも民間企業が多数存在し、事業活動を行っている。しかし、この時代になると、他国との経済戦争や軍事拡張に比べて、持続可能性が国家運営上の最上位の問題となる。当然である。戦争で惑星を攻めることは非常に難しい。輸送力の問題から惑星間交易は限定的であり経済は惑星内でほぼ閉じている。そして、人類の寿命は先の通り三百歳を超える。拡大再生産によって大量消費をすると最悪自分の代で資源が枯渇して苦しい状況に見舞われる可能性が高い。故に、経済競争をするならパイの奪い合いとなる。物質は潤沢でほしいものは注文して最短一時間で届く。製造業は相変わらず多くの労働人口抱えているが、経済競争の主力はコンテンツビジネスである。長い人生を楽しむには変化が必要だから文化競争は国家から推奨され環境を破壊しない範囲での文化競争が常に行われているのである。

 そして、ヒリアで個人が一攫千金を狙うならゲーム関連事業だろう。この世界のゲームはスポーツと同義である。帝国中で賞金付きの大会が開催される。星と星を遅延の少ない大規模なエンタングルメント通信装置で結んだ理由の一つでもある。国民はその白熱するスポーツを熱狂しながら鑑賞するのである。

 サラが目をつける選手の罪状はグリッジ申告違反だ。オンラインによる仮想空間上で行われる勝負においてはバグというものが少なからず存在した。賞金を得るプロの選手はそのフェアプレイ精神に則りグリッジに気づいた場合はそれを利用して勝利を得てはならず、必ず申告する義務がある。

「彼の成績は大して振るっていないけれど、特定の条件で奇跡的な勝利を何度も収めているの」

 正直、有名なスポーツ選手はみんな神がかっている。一人称シューティングゲームでは弾が届くまで四秒もあるような距離で敵の頭をヘッドショットできる猛者もグリッジを疑われたが調べたら違反はなく本物の腕前だった。

 地球には逸話の残る人物が多くいる。例えば那須与一は歴史上の弓の名手であり彼が狩りをするとき、登っていく矢ではなく落ちていく矢で鳥を射たそうである。話だけ聴くと大げさに聞こえるが、戦車砲で何キロも先のヘリコプターを那須与一と同じように撃ち落とす人を見ると昔話は事実であると納得せざるを得ない。

 しかし、サラの言う容疑者はごく普通らしい。

「特に才能がないけれど、お金を稼ぎたいときに偶然プレイに有利なグリッジに出会ったら人はどうするだろう」

 サラは不敵に笑う。推理とは憶測から始まる。その勘が良い人は刑事に向いているし、そうでない人は向いていない。人を裁くのは機械ではできない。ただひたすら怪しいやつを抽出するだけで、立証や判断と言ったプロセスは人間が相変わらず担っている。ヒリア帝国にも裁判制度があるし、サラのような捜査官もいる。ただ、凶悪犯罪は人類の歴史上でも異例の低さを記録している。この国においての罪とはシウスの人工知能をいかにして騙したか。シウスシステムやドロイドネットワークに挑戦する人間を探すということ、それが犯罪捜査の始まりなのである。

「ただ、そいつあんまり稼いでないから罰金で済むと思うけどね」

 サラは少しだけ落胆する。やはり追いかけて楽しいのは大泥棒なのだろう。

「ふーん」

 レナはコーヒーを口にする。この国は良い国だ。

(でも刺激が足りない)

 とは口にしないレナである。レナはサラほど警察官に向いていないと思っていた。サラの話はまだ続く。

「そういえば、今日のオフ会って来る?」

 オフ会と言うが、警察官たちで集まる懇親会オンラインである。レナはあまり人との交わりは好きではないが、

「せっかくだしレナの美声を披露しなよ」

 という、彼女の推薦に押し切られ参加することにした。これまでにレナの歌声を聞いたことがあるのはサラだけである。カラオケで無理やり歌わせられたことがきっかけである。この日のオフ会はカラオケ大会。感動評価シミュレーター搭載のカラオケマシンで歌の技量を競う予定である。

 ヒリア帝国は実力主義である。もし本当に人を魅了する歌声ならば、きっと警察官の仕事は勧められなかった。レナはそれくらいには物分かりの良い人間であった。

「感動評価シミュレーターってどんなやつ?」

 サラは目を丸くした。レナが何か質問するなんて珍しい。世界なんて興味なく、単純に自分の好きなことしていればそれで満足な人間に見えていたからである。

「ヒリア帝国国民の感動バロメーターを忠実に再現したシミュレーターだよ。最近実装されるようになって、今までで最も辛口評価のシミュレーターって噂なんだ。そりゃそうだよね、国民の感情をほぼそのまま代弁しているようなものだから」

 レナは少し緊張した。今まで恐れていた自分の歌に客観的な評価が下ってしまう。心境としては、もしダメだったら明日から歌うのを辞めようかと思うくらいには深刻だった。しかし、無表情なレナの心理を読み取れるのはシウスくらいである。

「ピピ」

 レナは手渡されたコップの水を一気に飲み干す。


「十点。声がでかいだけの騒音。人前で歌うことを恥だと思え」

 先輩の巡査長が感動評価シミュレーターのキュートなマスコットキャラクターに酷く叱責されている。その様子を見て順番待ちしているレナは心中穏やかではいられなかった。

「暫定トップは十一点の、ニカイさんですかね」

「十点の私もだいぶ健闘していますね。しかし、あのキャラ、酷評過ぎません」

「うーん、君のは妥当じゃない? 少なくともお金取れるレベルの内容じゃないでしょう」

「うるせー、人のこと言える立場か!」

 同じ穴の貉ならどんなにボロクソでも傷つかない。しかし、レナは吐きそうなくらい不安だった。オンライン上だから座っていても構わないのだが、ゴーグルをつけたまま部屋の中をうろうろするほどには不安だった。変な汗をかいて背中とパンツが汗だくだった。

「次は、レナさん。レナ・レイアミラン巡査お願いします」

(来てしまった。これが終わったら、私、彼氏にプロポーズするんだ!)

 断っておくが彼女にプロポーズするような相手はいない。今回は万全を期して自分の得意な曲を選んだが、いつもより緊張して喉が震える。うまく歌えない。緊張すると肺が小さくなるのか息も続かない。会場の反応も目を開き唖然としているようだった。笑えもしないほどに酷いのだろうか。それでも、否定はされたくない。だから無我夢中だった。歌い終わったときにはこめかみから汗が滴るほどには緊張した。マスコットキャラがレナを見る。

「君、仕事は?」

「け、警察官です」

「何やってんの。そんなことしている場合じゃないよ。早くデビューしないと! 君の評価は感動に値する八十五点だよ」

 この瞬間レナは救われた。

(この世界は素晴らしい。私の人生において、もう、何も思い残すことはない)

 その夜、彼女の魂は安らかな眠りについた。

 それから、何日も経たなかった。レナの元にヒリア帝国軍中央軍楽隊からのスカウトが届いたのである。レナは、震える指で「イエス」と答えた。

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