コミュニエロー艦隊人事発表
敵国プロパガンダが始まった。
さて、実は同じころにコミュニエローにおいても人事発表がなされていた。しかもこの発表は、全ての動画やメディア放送チャネルに割り込んで政府発表が行われている。ヒリア帝国に向けて出撃する英雄たちの紹介と称して、リヒト・タッキー・スター総帥が直々に人事発表をするのである。彼にとっての気合の入れどころなのだろう。
「まもなく、中継準備できます」
ヒリア帝国の諜報省ではスーツ姿のアリスが張り切っていた。今日はヴァイスシュタインのアシスタントを買って出たのである。いよいよ、中継が始まる。敵は一体どんな奴らなのか。艦隊戦のその先でアリスが活躍するかもしれない国家の元首はどんなやつなのか?
「さぁ、これから国家規模のプロレス大会を始めるよ!」
総帥はノリノリであった。まるでバラエティー番組のようであった。潜伏中のヒリア帝国の諜報員が間違えて質の悪いごり押しプロパガンダコマーシャルと思ってしまうほどの軽さで放送が始まる。担当者は「いつも酷いのだが、いつになく酷かった」と証言する。
「まず紹介するのは、第一艦隊提督。その名も『ビッグベアー』オオクマ」
ヒリア諜報部によると、彼はクライソォワ連邦では有名な和太鼓の達人で演奏家である。これまでに軍隊に所属したことはなく、またそれに準ずるキャリアもない。実は、この近隣惑星では知る人ぞ知るくらいには有名であり、当初は同姓同名の人違いだと思われていた。しかし、太鼓の達人本人である。そして、クライソォワ連邦出身の司令官という事実がヒリア帝国を少しだけ混乱させる。当然クライソォワ連邦に問い合わせた。もし彼の艦隊を撃破したとして同盟関係に亀裂が入ることがないという確認をせねばならないくらいには混乱した。
「次に、第二艦隊提督『杮落とし』クローザー」
ヒリア諜報部では、彼を無名の新人提督という区分とした。宇宙空間ドリフト族と名乗り、宇宙空間での操縦パフォーマンスを生業にしている男である。コミュニエローでは総帥の許可があれば職業として成立するが、ヒリア帝国では「無職」扱いである。観客なきパフォーマンスを商業とは呼ばないからである。無論、クローザーにも軍歴はない。
「第三艦隊提督、『奇跡のイノベーター』ジョーンズ」
コミュエローにおいて数々のイノベーションを起こしてきた天才的人材。と紹介されていた。諜報部の調べでは数年前から艦隊建造に従事しており。コミュニー艦隊では珍しく、もともと軍に携わっている人物である。そして、彼主導で戦争を一新する艦隊を構想しているとだけ説明された。
「第四艦隊提督『軽くルシファー』カルシファー」
以下、ヒリア諜報部の説明は省略する。
総帥は実にノリノリだった。今日この日のために与えた彼らの二つ名らしい。突っ込みどころが多すぎて突っ込み切れない国がコミュニエロー。部屋に集う皆がもう突っ込みを入れないと誓うほどに些細なジョークが続く。しかし、
「第七艦隊提督『右利きの』レフティー」
には突っ込まざるを得なかった。
「以上、十人が何とかします」
ヒリア諜報部が意外に思った点は、第十一艦隊が紹介されなかったことである。コミュニエローには惑星が十一個あり、当然ながら艦隊が十一個ある。コミュニエロー所属惑星一つにつき一個艦隊が割り当てられている。ヒリア帝国が最も警戒する最強戦力である第十一艦隊ことヒーサロー惑星防衛艦隊が紹介されなかった。
「温存すると言うことだろうか?」
なぜヒリア帝国が、第十一艦隊がいないことを懸念したかと言えばコミュニエローでは唯一の第四カテゴリー艦艇を保有する最強の艦隊とされていたからである。このことから、方面軍の参謀本部は嫌な憶測を生み出すようになる。
「まさか、彼らが新規配備した艦艇は本当に第四カテゴリーなのか」
リスクを感じると真面目に調べるのがヒリア帝国の国民性であり、戦争を見守る国民もまた様々な憶測を展開した。コミュニエローの発表を信じるならば、中性子カッターを搭載した戦艦は六十隻に達する。この数の中性子カッターをヒリア帝国軍の保有する全十八隻の誘導重イオン砲で相手をするという戦闘シミュレーションも一般人たちによって盛んに議論された。実は、多数艦の第四カテゴリー艦どうしの戦闘はこれまでにあまり例がない。基本的に大国の保有する装備が第四カテゴリーであり、第四カテゴリーが誕生したからこそ、クライソォワ連邦とゼルドシン共和国の停戦が成立したともいえる。一方で、停戦後から頻発する反乱側の艦隊は多くの場合第三カテゴリーである。基本的にカテゴリーの差は歴然である。クライソォワ連邦の記録では一隻の誘導重イオン戦艦の放つ艦砲射撃により、最大で四十五隻もの敵艦の撃沈を記録している。
さて、ゼルドシン共和国とクライソォワ連邦の間での有事は第三カテゴリー戦闘で終わっており、双方に第四カテゴリーの艦船が出てから両国は戦争を停止、講和を実現している。両国の厭戦ムードも手伝ったものであるし、同時期に人工知能間の戦争が禁止されたため、新たに有人艦の建造が必要となった。そういった問題が手伝って両国は講和に至ったのである。
故に、実はこの近隣で第四カテゴリーどうしの戦闘は行われていない。だからこそ憶測が飛び交うのである。そして、シミュレーションの結果も両極端だった。
例えば、中性子カッターは互いに干渉しないため、一斉射撃が可能である。中性子カッター艦は損害に構わず全速前進して一気に距離を詰めると、重イオン砲のロングレンジ戦法によって全滅するより前に射程内に接近でき、それ以降は損害レートが逆転しヒリア艦隊が全滅するという結果が一つ。
もう一つは、重イオン砲にヒリア帝国は改造を加えており、引き撃ち専用のブースターを追加している。敵艦射程の目前で6G程度の急速後退を行い、一気に敵艦隊と同じ速度まで逆進加速できる能力がある。これによって常にアウトレンジからの攻撃が可能となり、例え六十隻の中性子カッター艦がいたとしても、一隻の重イオン砲で先頭の艦から順次撃破できるとするものであった。
しかし、ヒリア帝国の誇る新艦隊についてはまだ情報がなく国民レベルではシミュレーションできていなかった。噂程度の情報では配備艦すべてが第四カテゴリーの兵器を搭載し、艦隊急襲に特化した攻撃・要撃能力に優れる艦艇だとされている。これに対して、ヒリア国民は一喜一憂した。しかし、それら憶測による論争はすぐに終わってしまった。
コミュニエロー総帥であるリヒト・タッキー・スター総帥はSNS中毒である。無論このヒリアとコミュニエロー軍のどちらが強いかという論争も逐一確認していた。そして、この論争を自分たちに有利にするためにある政府発表を行うことにしたのである。それがかえって弱点を露呈することになった。
「ヒリア帝国の艦隊が如何に弱いか名将の私が説明しちゃいます!」
スター総帥は言った。ヒリア帝国の新しい艦艇は第一世代程度の能力だ。第四カテゴリーのコミュニー艦隊とは数字だけでも四倍もの差があると主張した。
一つ、艦艇の小ささを彼は指摘した。例えばヒリア帝国第一艦隊の旗艦シルドリア級戦艦は全長が二百五メートルしかないが、我が第一艦隊旗艦であるリヒト・タッキー・スター級は何と最大六千メートルにも及ぶ。コミュニー艦艇比べ、ヒリア艦艇は蝿のようであると。
一つ、ヒリアの新造艦はスラスターが一方向にしかついていない。これは、地球時代のロケットと大差ない設計であり、縦横無尽に加減速が可能な第二世代艦艇にも及ばない劣った設計である。一方で戦艦リヒト・タッキー・スターには六方向にスラスターがついており、六倍の機動力がある。
一つ、ヒリア帝国艦隊は戦艦でも重量が三千トンしかなく、これはハリボテである。戦艦リヒト・タッキー・スターは十五万トン。体当たりでも勝てる。
一つ、ヒリア帝国の戦艦には主砲が搭載されていない。戦わずしてわが軍が勝ったも同然である。更に、戦艦リヒト・タッキー・スターには艦の全長の三分の二にも及ぶエネルギージェネレーターと発振器を搭載した大出力砲が存在する。
一つ、ヒリア帝国艦には空間FLT装置がついていない。空間FLTはコミュニエロー起源であるため彼らが独自で開発できない代物なのは仕方ないが、オーバードライブ装置のついた戦艦リヒト・タッキー・スターとは勝負にもならない。
上記は一例であるが、リヒト・タッキー・スター総帥はこのように上機嫌でヒリア帝国艦隊を貶していった。彼のあまりに幼稚な批判に対しては各ヒリア国民が多くの反撃をしていくことになるが、おそらくヒリア国民の中で最も怒ったのは彼女だろう。
「徹底抗議です。今からネットで反論しましょう!」
ミラナ少佐であった。それを、直属の上司となったカレンがなだめるのであった。
「ミラナちゃん。あれは怒るところじゃないわよ。彼、自分で中性子カッターがついていないって明言しちゃってるのよね。ジェネレーターと発振器って、つまりレーザー砲のことじゃない! 笑い話よ。その話聞いて私ちょっとやる気なくなったくらいだもの。せっかく第四世代艦と殴り合えると思ったのに」
楽しみにしていた映画を事前にネタバレされてがっかりしたときと同じような表情のカレン提督を目の前にして、ミラナもすぐに冷静になった。
「ま、まぁ。確かにそうですが…」
「それに、全長六千メートルってのも笑っちゃったわ。あの国の船は確か三百メートルもないはずだけど」
これに対して、戦艦シルドリアの艦長であるソラリス大佐がニコニコしながら反論する。
「提督、それはたぶんトウドアレイ(曳航式の観測機器)を展開した長さだと思いますよ。本艦も六キロくらいまで展開できますから。スラスターの話もそうですが、前方のステルス性を高めるために逆噴射用のエンジンには開閉カバーつけてありますからね。そもそも、推力偏向式スラスターじゃなくて、六方向推進の時点で第三カテゴリー艦艇かどうかも怪しいレベルの低さですけどね。推進力六倍ではなくデットウェイト六倍だと思います。ほんと、素人の性能比較って笑っちゃいますよね」
だんだん早口になる艦長。
「そうね、その通りだと思うわ。次に、艦の質量についてコメントどうぞ」
「本艦シルドリア級のフレーム質量は確かに三千トンですが、本艦の今現在の質量は三万九千トンです。おそらく、向こうさんは最大搭載質量を出してきたのかと思いますが、そもそも軽いことを是としているヒリア艦隊に対して重いことをアピールする意味が分かりませんね。六方向推進機やら戦闘では使わないオーバードライブ装置やら固定式レーザー砲やらで重量がかさんだんでしょう」
これに、ミラナも付け加える。
「あと、細かいですが質量と重量を混同していますね。重力の定義をいじっているように思います。総帥発表の重量は重力が強いメッシュライン惑星を基準にしているように思います。諜報省から報告されたカタログスペックより二十パーセントほど大きな質量になっていますから」
「しかし、なんであんな比較項目作るかね。戦闘にあまり影響しない項目ばかりじゃないですか!」
艦長はご立腹だった。ソラリス艦長もまた、艦隊計画を聞いたときからシルドリアの艦長をしたいと言い張った人間である。そんなお気に入りを無意味に批判されて虫の居所が悪くなっている。
「ソラリス、それとミラナちゃん。これはコミュニーの常套手段。勝てる項目がない人たちが知恵を絞った結果編み出された虚勢の張り方なの。カタログスペックを水増しすることに飽きたらず、本来ならデメリットになりそうな評価項目も『うちの方が優れている』と言い張って宣伝すれば勝ちだと思っているの。わかる人たちにとっては本当に無意味だし、わからない人にとってはどうでも良い話だけど、そうすれば勝てると思い込める人たちなのよ」
「へぇ、危篤な人たちですね。ソラリス艦長殿。せっかくなのでオーバードライブについてのご高説で締めくくってください」
「はい、艦長のソラリスがお送りいたします! とうとう出ましたオーバードライブ・コミュニエロー起源説。地球から六万光年も離れたこの場所に、一体どうやって人類はやってきたのか? 次回、コミュニエロー起源説を阻む大宇宙の物理法則!」
「はっはっは」
「あと、兵装がついてないって言ってたわね」
これにもソラリス大佐はニコニコしながら答える。
「この後で横腹ぶち抜いてやったら真実がわかりますよ」
戦艦シルドリア級には主にゲートウェイカノンを八機搭載している。このうち、二機は航空機も打ち出せる大型カタパルトであり、この二機だけ旋回式であり全ての方向に射撃可能である。この設計は中性子カッター艦だけでなく、誘導重イオン砲にも対抗しうる設計となっている。瞬間火力の高い中性子カッター艦に対しては、前方に八問全ての砲火を集中し、やや扇状になるように魚雷を射出。最大で十二光秒程度の最大射撃距離を得る。一方で、誘導重イオン艦に対しては射程距離での優位性を維持するために同航戦を挑みながら戦うため、旋回式の大型カタパルト二問を使う。継戦力と瞬発力を艦の方向ごとで切り分け、バランスよく配備しているともいえる。
機動面では艦のスラスター配置を工夫し、ピッチアップ方向に限り方向転換に際する重心の移動開始を二秒ほど早めることに成功した。これにより緊急回避の反応時間が短縮され、中性子カッターの回避可能性能が上昇した。また、緊急離脱装備として一度だけゲートウェイドライブが使えるため、戦況がまずくなったら離脱して補給しなおすということも可能となった。ヒリア艦隊は基本的な機動力が抜群に高くこの時代の標準となりうる画期的性能を有していたと言える。
国民や銀河においてヒリア帝国新造艦隊の性能が知らされるのはもっと後のことであるが、少なくともリヒト・タッキー・スターのコメントによってヒリア国民が冷静になったのは言うまでもなかった。
「なるほど、向こうさんは基本的に虚勢を張っているだけなんだなぁ」
「勝ったな! これでぐっすり眠れる」
ただ、自分の意にそぐわない発言に対し心中穏やかでなくなるスター総帥の心理である。やはり何か敵国民をぎゃふんと言わせる言葉が欲しい。
「エリコン、奴らに対して何か良い侮辱はないか?」
「そうだね、どこの国の言葉かわすれたけど『ヒリア』の発音は『非リア』そのままだね」
全身を金色のプレートで包むのはリチャード・P・エリコン。財務関連の権限を握っている総帥の腹心である。彼は総帥府の最高のブレーンである。
「非リアとはどういう意味だ?」
「現実世界が充実せず、家に引きこもり、人間関係も苦手な落ちこぼれのことを言う」
「いいね! 採用だよ」
思いついたら即行動。陰口をたたく奴も即粛清のスター総帥は、こういう時が最も輝いている。ヒリア国民が悔しがり地団駄を踏んでいる様子を想像して笑うのである。総帥の投稿内容を、ヒリア人にわかりやすく翻訳したものが次の通りであった。
――ヒリア、ヒリア、ヒリア…、非リア! 彼らヒリア国民に現実はない。毎日、人と顔も合わせず仕事して、孤独に死んでいくだけの悲しい人生を送る生物の集合体。男の価値とは元来、女の数に比例しそれを集めるために人生を謳歌するべきである。それが皇帝でもできないヒリア国民はもしかして宇宙で最も恵まれない民族かもしれない。ヒリア国民は非リア。彼らにリアルは非ず!
この投稿により、冷静になった人間もいれば、加熱された人間もいたが、結局大きな影響を及ぼすことはなかった。しかし、これを艦内で閲覧していたミラナは少しムスッとした表情を見せるのだった。




