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最後通牒と宣戦布告

敵総帥がリザの唯一の欠点を罵る話

「案外まともな総帥でよかったな」

 二人は総帥とのトップ会談を終えた。いきなりで驚くかもしれないが、総帥は泣きながら詫びた。少し嘘くさい演技であるが、大の大人にここまでされるとどうしても許してしたくなる。彼は全面的に過失を認めた。独断専行の使者は厳しく罰することを約束する代わり、ヒリアから送還することとなる。また、船舶やその他の実費はコミュニエロー政府が支払うことになった。ただし、穏便に済ませてほしいので情報開示しないとの密約としてほしいという条件が付いた。

「密約については気がかりだがな」

 ヴァルトヴェルトの懸念だが、リザはあっさりしていた。

「聞けば、向こうさんは国民に支持されていないご子息様だからこれ以上汚点を作りたくないんでしょう」

 リザは緊張から一転し、心は実にすがすがしい気分だったのだろう。


 その後、船舶コード、タイタン403。艦名タイタニック・ア・ラ・モード号をヒリア帝国で修理し、使者たちは帰還の途に着くことになる。しかし、こちらへ向かってきた使者たちは操艦方法がわからず、軌道内を無駄に周回。あわや衛星に激突するという騒ぎにまで発展する。

「とりあえずレバー押せば動くと思うじゃん」

 一体、どうやってヒリアまでやってきたのか気になるところだ。しかし、最後はヒリア帝国の航海士がきちんと帰り道を設定し、使者たちは無事に帰ることとなったのである。


 それから、領空侵犯の事件から二か月は経った。国民たちはそんなことも忘れ去り、これまで通りの平穏でやや退屈な平和の日々が過ぎ去った。自転軸のずれがほとんどないヒリアに季節はないが、暦の上では夏を迎える季節である。

 皇帝の私室。まだ空は曙色だった。相変わらず寝起きの悪いリザは、ドンドンと扉を叩く音にゆっくりと意識が向き始める。ふわふわとした意識の中でドンドンという音が彼女の脳の奥に届くまでそれなりに時間を要した。リザは、慌ててベッドから起き上がる。リザもエーリッヒも寝巻のまま集合する。

「お二人とも申し訳ありません、諜報省から緊急の報告が上がっております」

「なに」

 秘書官は端的に答える。

「コミュニエローが我が国に対して最後通牒を通達してきました」

「は?」

 状況の報告を歩きながらリザはレクチャーされる。頭が働かないが、栄養ドリンクをグイっと一気飲みして強制的に目を覚ます。

「お待ちしておりました」

 部屋では既に大臣たちが状況を確認し、かなり渋い顔をしていた。

「してやられた。戦争だ」


 これは、当時のヒリア国営放送による一斉送信式の臨時ニュースである。


 ――親愛なるヒリア国民の皆様。臨時ニュースです。動画をお楽しみのところ失礼いたします。本日未明、ヒリア時間の午前五時、コミュニエロー政府より最後通牒が公布され、同時刻に皇帝府により緊急事態が宣言されました。ヒリア帝国より発表された情報によると、コミュニエロー政府が突如として我々ヒリア帝国に最後通牒を通達し、総帥による総攻撃令が発行されました。この総帥命令によりコミュニエロー艦隊の一部が我がヒリア帝国へ侵攻することが予想されており、近郊の星間航路に対して既に退避命令が発令されています。ヒリア帝国新興府は戦時動員法の制定を検討しており、帝国臣民の生活に少なからず影響が生じるとしております。今後の動向については判明次第随時発信させていただきます。以上、ヒリア放送協会がお送りいたしました――


 時間はニュースより少し戻って新興府の閣議の様子である。

「うそでしょ」

 そう言いたくなるリザの気持ちはだれもが分かっていた。沈黙する間もなく、新たな知らせを今度は外交省が持ち込む。

「皇帝陛下、コミュニエロー総帥府からホットラインです」

「は?」

「リザ皇帝に話があるそうです」

 ヒリア帝国は男女にそれぞれ国権の半分を与え二人で責任を共有する。リザだけに要件があるということは、そういうヒリアの文化を蔑ろにする行為である。その行為には抗議したいところだが、

「今は、停戦が優先課題だろう」

 という、ヴァルトヴェルトの大人の言葉に諭される。

「いやー、また会ったね」

「率直に申し上げる。水面下で合意した内容を反故にして、あまつさえ戦争とは正気か?」

「あぁ、ヒリアはうちらの土地だから」

「承服しかねる。我々も相応の対処を行う」

「怖い顔しないでよ。じゃぁ、そっちの国の美女をいっぱい送ってくれたら戦争しない約束をするよ」

 国民の奴隷取引のような要求、合意できない内容であり、更にそもそも一度でも合意を破っている人間の言うことを聞くことはできない。

「断る。我が国民の人権を蹂躙する発言を慎んでもらいたい」

「なんだ、良い提案だと思ったのに。ほんの少しの人間と交換することでこれから生じる損害を防げるかもしれないのに」

 盗人はいつもそうである。提供できそうな条件と引き換えに交渉して、どんどん要求をエスカレートする。悪に対しては多少の損害を気にせず徹底抗戦することが望ましい。

「信用できない。断る」

「じゃぁ、交渉決裂だ。君を捕まえたらどんな辱めをしてやろうか。あははは」

 リザは黙って聞いていた。無反応なリザに対しつまらなそうな顔をした総帥はそれでも一方的に話を続ける。

「まぁ、うちの艦隊全部そっちに送るから。頑張って戦ってみてよ。僕は手元に美女がいればそれで十分だから。君もなかなかの美女だから跪いて『なんでも総帥閣下に従います』って言えば許してあげるよ。ん? んん? 黙っていても問題は解決しないよ~。はい、もうタイムアウト。これ以降はどんなに頼み込んでもダメでーす!」

 リザの目つきがどんどんきつくなる。この時、既に政府の面々の意思は統一されていた。こんな野蛮な国家に譲歩などありえない。文明国家による鉄槌を下し徹底抗戦すべきという強固な抵抗による意思が決定していたと言える。だからもう、総帥の挑発で内部分裂は誘えない。それでもかまわず総帥は続ける。

「さてさて、今度は君の悪いところ言っておこうか。おっぱいが小さいことです。何それ最初見たとき背中と間違えちゃったよー! そのおっぱいAカップないでしょ? AAAカップ位? 僕でも鍛えているからBカップはあるんだぜ」

 闘争という路線は変わらない。確固たるヒリア帝国の意思として示すだろう。しかし、リザの胸の話となったとき、控えていた大臣以下政府の人間はみな引いた。エリートたちもドン引きする内容。込み上げてくるリザの憤怒が帰って部屋の空気を凍り付かせる。これにはヴァルトヴェルトも凍り付いていた。この時のリザは恐ろしい表情だった。きめの細かい綺麗な肌なのに、顔に廻るすべての血管が龍の通り道となり顔のあちこちで大きなうねりを描いている。彼女の顔が溶岩のように赤熱しているようにも見えた。更に、彼女の神秘的な黒い瞳はまるでブラックホールのように光をも吸い込むほどに完全な黒となっていた。こんな彼女と対峙しながら、それでも流暢に貧乳を批判する敵総帥の空気の読めなさも恐ろしい。しかし、もっと恐ろしいのはリザだった。

 リザの貧乳を小一時間も罵った総帥は満足したらしく、気分良く通信を切った。静まる部屋で誰も声を出そうとしない。だから、ヴァルトヴェルトが最初に声を出す。

「アイゼンフローラ。徹底抗戦しよう」

 男女が二人同じ時間を共有すればそこには少なからず愛しさが目覚める。敬虔な若いヒリア臣民はそれを聞いても否定しかしない。自分はそういう自由恋愛的なことはしないと。しかし、ヴァルトヴェルトが彼女と共に代表に即位してしばらくせずにそれを実感することになった。何せ彼女は美しい。

「ふふっ、はははは」

 しかし、その愛しさを覚える相手であるリザ・アイゼンフローラはものすごい悪役面で高笑いしている。

「ふふっ、ふふふふふ。はーはっはっは。いいわ、実に良いですよ。その心構え。その態度。あまつさえ、全く悪びれる気のないその様子。良い。良いですよ。あなたたちがその気なら望み通りの戦争をしましょうか。その腐った煩悩叩き直してあげる。今すぐ骨の髄まで叩き直してあげる! 戦争よ、圧倒的で徹底的な勝利で彼らのプライドを蹂躙し、自身の情けなさを遺伝子に刻み込んでブラックホールにでも封印してあげるわ。そのための戦争よ。私も軍人よ。相手がお望みならば答えてあげる。戦争をしましょう。絶望が何かを明示してあげましょう。屈辱がどんな味か思い知らせてあげる。戦争を、圧倒的で徹底的な総力戦を、完膚なき勝利と最終戦争をしましょう。はーはっはっは」

 という具合に、悪役の台詞であった。だが、こういうのも失礼かもしれないが、悪い顔しているときのリザはとても生き生きしている。恫喝ともとれる敵総帥の要求に全く屈しないリザ。システムの示す通り、彼女は今の仕事が天職なのかもしれない。そして、そんな彼女もまた絵になるのであった。

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