表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/68

タイタン号事件

帝国の岐路に当たるタイタン号侵犯事件

 ミラナが帝国軍に入りまもなく三年が経過しようとしていた。一通りの軍務に慣れ、今はミラナの計画した艦隊が完成しテスト運用されている。彼女は今、実地研修を行っていた。

 新鋭の巡洋艦オーロラ。新型装甲と新兵器を搭載した高速打撃艦隊の一翼を担う船が、今まさに真っ赤に燃えている。大気との摩擦によって生じたプラズマが船体を包み、ヒリア星の分厚い大気がおしくらまんじゅうでもするように船底を温める。そして、その圧縮熱によりぐつぐつと断熱材が煮え、茹でられるような音が船全てを包み込む。

「なんだか、煮込み料理の気分になれますね」

 緊張する艦橋内でもミラナは能天気だった。今はエアロブレーキングの訓練中。エアロブレーキングは古典的な宇宙船の減速方法である。大気がある星の周回軌道に入る際、逆噴射の代わりに大気に一時的に突入し、その損失で減速のためのエネルギーを節約できる。

 軌道の近点を過ぎてまた船の高度が上がるといつも通り何も音のない宇宙に戻る。操艦訓練と同時に、コミュニエローなどの近隣星系との有事に備えた新しい艦隊運用ドクトリンのテストでもあった。そして、それらを考案した天才ミラナの現場実習でもあった。

「ミラナちゃん」

「はい、フィオナさん」

「長期間の艦隊勤務はどう?」

「案外、快適ですね」

「君の場合、昇進が早すぎて実地研修の癖に副長扱いだからね。前代未聞じゃないかな。そして更に来週には少佐になるんだって?」

「そうですよ! フィオナさんと一緒ですね」

「やれやれ、生意気な後輩だな!」

「てへ!」

 フィオナはミラナの頬をつまんで伸ばす。

「才能のあるやつは恨まれるから気をつけろよ」

「フィオナさんはそういうことしないじゃないですか! 人徳を信じているんですよ」

「てへ!」

 フィオナも笑った。

「ミラナちゃん。でもね、教科書にも載ってるでしょ。人と人を結びつけるのは気持ちや想いなんていうあいまいなものではなく互恵関係だって」

「まぁ、おっしゃる通りです」

「偉くなるならちょっとくらい謙虚になさい。そうすれば暖かい椅子に座れるんだから」

「まぁ、おっしゃる通りですね」

(ちょろい)

 フィオナとミラナの関係は良好である。そして、煽て上手なフィオナの性格から、独特な性格のミラナも上手く艦内でやっていくことができている。

「ミラナ副長、一つお伺いしてもよろしいですか」

 オーロラのメイ航海長が話しかけてくる。

「はい、何でしょう?」

「大尉はエージェット島出身でしたよね?」

「そうですよ」

「今日はエージェット島に大きな台風が接近しているようですよ。ご家族は大丈夫ですか」

 ミラナは地上を映し出すモニターを見上げる。白い渦がエージェット諸島を呑み込もうとしている様子がよく分かった。

「何でもここ十年で最大だとか」

「うわ、こうやってみるとめっちゃ台風大きいね」

 かくいうミラナは面白がった。台風などしょっちゅう訪れるため珍しくもない。むしろ、空から地上の様子をまじまじと眺めている方が面白かった。

「フィオナさん!記念写真撮って両親に送りたいのですが良いですか?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「ですよねぇ」

 何気ないデッキでの会話である。なお、宇宙船と言えばアニメでも映画でも無駄に広いデッキが描かれることがあるが、彼女たちの背景は全てグラフィクスである。艦隊員は各居室内の小さなカプセルからこのヴァーチャル操縦室にアクセスして、任務に就く。仕事のメリハリをつけるためにあえて人に見られている環境を作って仕事場としている。交戦中であれば個室でさえもエアブロックされ、艦が損傷した場合の生存率を高める工夫がされている。クルーはミッションに合わせて二十六から三十人が定員となる。これらのメンバーは大型バス二台程度の与圧された空間に詰め込まれている。与圧空間が広ければその分装甲区画も増えるので可能な限り小さい方が好ましく、ヒリアの船も例にもれず与圧室を小さく作っている。ちなみに、大重量を誇るオーバードライブ装置がないことにより新型艦は居住性が増したと言われる。更に、空いたスペースに航空機も搭載ができるようになり、パイロットおよび整備要員待機室の数は三十人程度まで追加することができる。惑星勤務の時はこの空間にゲームカフェとシアターが構築され、隊員たちからは概ね好評であった。

「艦長、航海室はこれにて交代します」

「はーい、お疲れ様」

「お疲れ様です」

 という交代の様子から、彼らがホログラムであることがわかる。ちなみに、艦長の横にいるミラナは本物である。頭をなでればちゃんと感触も反応もある。この部屋は艦橋室と呼ばれ、個人の部屋に並べるには機密過ぎる情報が並んでいる。


 この日、巡洋艦オーロラはとある件により周回任務中にスクランブル発進をすることになる。物語はここから始まった。


 ここは天の川銀河。地球とは反対側の辺境の星団に存在する四等星に住む小さな新興国家がヒリア帝国である。地球から直接観測できないこの星を中心として廻る帝国国家であり、幸いにも長い平和を享受していた。しかし、彼らの異変は隣の一等星からやってきた。


「アラーム。星系フラッシュソナーに感、アンノウン接近中。識別信号なし。規模はレベル二、ヒリア惑星に対し離脱軌道を進行中。近点距離二十万キロ」

 鳴り響く警報を聞きつけ、仮眠をとっていた空域の司令官や副官が走ってくる。

「状況報告せよ」

「トラッキングを開始。IFFシグナル応答なし、アンノウンはタイプイエロー(人工物)と推定。なおもヒリアに接近中」

「状況把握した、トラック9901。帝国海軍にホットスクランブルを要請せよ」

「了解。トラック9901、マーキュリー(第一艦隊)へスクランブル要請」

 《こちらヒリアDC(空域管制)、マーキュリー応答せよ》

 《こちらマーキュリー、ご命令を》

 《ホットスクランブルを要請。ボギー1は310方面より接近中》

 《マーキュリー、了解。観測隊としてハニービー小隊をゲートウェイ急行する。続いて対処戦力として近隣航行中の巡洋艦オーロラを派遣する》

 《ヒリアDC、対応に感謝する。詳細は戦術データリンクに送付する》

 《ウィルコ(了解)》

 《こちら、ヒリア空域管制室です。この通信を受信中の全船舶へ緊急退避指示を発令します。人工物とみられる未確認飛翔物体が周辺空域を通過します。航行に際してはレーダーをよく確認し空軍の提供する飛翔物体警報システムに基づき、警戒を厳として航行してください。また、この通信を受信中の全船舶は非常事態に対応するため、緊急受信体制をとってください。通信チャネルは次の通りです…》

 ヒリアの近隣にも小惑星は通過する。何億年も昔に爆発した超新星の破片がちょうどヒリアに接近しているためであった。しかし、警戒厳と言う珍しい指示に対し、航行中の民間船は困惑し、よからぬ噂が広がる原因となったのである。

 《103、こちらマーキュリー。アンノウンとのランデヴー航路を申請せよ》

 《マーキュリー、こちら103。ゲートウェイドライブ使用許可を申請、目標とZ軌道交点にてランデヴーしたい》

 《許可する》

 今回のようなデブリの追跡監視であれば巡洋艦が同航監視する。惑星の重力に捉われて軌道に入ってしまう場合など脅威となる状況であれば巡洋艦が曳航して軌道を変更する。更に、小さなデブリの場合はヒリア惑星の大気に浅く突入させて燃やすという処置をとることが一般的だった。

 スクランブルにおいて、現場への急行が最も早い存在が軽量な戦闘機である。戦闘機の発艦においては惑星軌道周辺であれば新鋭のゲートウェイカタパルトにて数秒での現地到着が可能となっていた。

 この時にはシュバルトシトラが発明しミラナが見出したゲートウェイカタパルトは無事に実用化され、更に、第一から第三までの三個艦隊は訓練中であった。艦隊は第一艦隊からマーキュリー、ヴィーナス、マーズと名付けられている。

 各艦隊はミラナが原案を作った星系艦隊構想のテスト運用中であった。もし、平和のまま無事にテストが終わっていれば、各星系に新品の艦隊が配備される予定であった。

 《マーキュリーより、ハニービー小隊の各位、発艦準備せよ》

 《ハニービー1、了解。アンノウンとのランデヴーはZ軌道270…》

 しかし、出撃準備中に状況が変化する。

 《マーキュリーより、ハニービー各機。状況が急遽変更。ランデヴーはZ軌道250へ変更。ヒリア軌道内にゆっくりと降下中。このままいけば、領空侵犯コース。繰り返す、ランデヴーはZ軌道250へ変更…》

 この時点で通常とは異なるデブリであることが判明する。単に通りすがりのスペースデブリなら双曲線軌道をとるはずである。その楕円軌道は十八世紀に発見された方程式と変わっていない。だが、そこから大きく惑星に近づく軌道をとっている場合は、何らかの方法でブレーキをかけていることになる。

 《減衰降下…、ボギーは逆噴射をしているということか?》

 《肯定する。直ちにボギーの正体を観測せよ》

 《了解、発艦準備する》

 パイロットはこの時点で急速に緊張する。デブリとのお散歩ではなく敵国による惑星攻撃という可能性がある。交戦になるかもしれない。

「よし!」

 と、パイロットは気合を入れる。

 《ハニービー各機、発艦カタパルトのリクエストはあるか》

 《ゲートウェイ36Rを希望する》

 《了解、タキシングを許可。ゲートウェイ36R》

 この時代、ほとんどの乗り物は自動化されているが、人工知能による戦争を禁じるシリウス条約のために軍隊に限り練度を維持するためにパイロットがほとんどの操作を行う。女系軍のエースパイロットの一人であるナディアは手際よく準備をこなしていく。

「始動前チェックリスト実行。発艦シーケンス、チェック。亜光速ドライブ射出モード。JFS始動スイッチON、イグニッション確認。このまま三十秒ウェイト。続いてゲートウェイリンク起動。跳躍距離確認。チャンバー内にエネルギー充填」

 チェック中に機体は狭い艦内の移動を完了し、ハニービー小隊の二機が指定の36Rゲートウェイカタパルトへ顔を出す。

「JFSよりメインパワー連結。正常に完了。JFS停止確認。テスト噴射スイッチオン。スロットル・テスト位置」

 機体後方より青白い光の筋が走り、機体を支える主脚が軋む感触を得る。

「始動チェックリスト完了」

「ゲートウェイ前チェックリスト実行。スロットルゼロ、チェック。亜光速ドライブ帰還チャンバー充填完了、チェック。ゲートウェイ・ガイドランナー接続、チェック。ギアアップ、チェック。オートテイクオフ・ランニング、チェック。チェックリスト、オールクリア」

 《1、発艦準備完了》

 《2、発艦準備完了》

 《マーキュリー、こちらハニービー。発艦許可を申請する》

 《マーキュリーよりハニービー、発艦を許可する》

 操縦士のナディアは、座席を一番後部まで引き、スロットルを全開に入れる。そして、すぐに小さな手すりに両手でつかまり耐ショック姿勢をとる。出力最大までエンジンが噴射され、それを確認してシステムは自動的に機体をリリースする。機体は約二秒で時速二百キロ程度まで加速される。

 《V1、ゴーゲート》

 一瞬だけ景色が真っ白に飛び、目をつむっていてもわかるほど、コックピットは明るい空間になる。そして、気づくとまたヒリア惑星の上を飛んでいるのである。

 《こちら1、二番機聞こえるか》

 《2、支援位置についた》

 《マーキュリー、発艦成功。予定軌道に進入を確認》

 《ハニービー、以後は指揮をヒリアDCへハンドオフ。周波数は…》

 《ヒリアDC、こちらハニービー、トラック9901要請にて当該空域に接近した》

 《ヒリアDC了解、ハニービーは指揮下に入れ》

 《ウィルコ》

 《ハニービー、状況を通達する。ボギー1はZ軌道へ侵入。なおも減衰降下を維持。目標を確認できるか》

 ナディアはレーダーを振ってあたりを見回してみるがそれらしい艦影が見つからない。 ナディアは僚機に機首反転を命じる。戦闘機のレーダーは小型であり搭載スペースの関係上どうしても視界が前方にしかない。故に複数機が出撃して互いの視界を補う必要がある。

 《2から1へ、目標を確認。三千メートルほど前の軌道です》

 《了解、ラジアルイン》

 《ヒリアDC、ボギー1を補足。追跡を開始する》

 宇宙空間において噴射は必ずしも加速とはならない。重力と遠心力が釣り合う状況とは何も特別ではなく、常に地平線の彼方に落ち続ける物体に過ぎない。ボールを投げてぶつけるにはそれなりの計算が必要であった。宇宙空間も全く同じであり、みゃみに真っすぐ加速すれば良いわけではない。指定の目標へ直ちに到着するにはそれなりの工夫が必要でこの場合は地面に向いて加速して、低く伸びる弾道を作らねばならない。そして、ここで加速したら、目標に近づいたときに全く反対向きに加速してエネルギーを打ち消さねば自身は遥か彼方に飛んで行く。

 《1、ボギー1を補足。人工物。客船です》

 《目標に進路変更をする様子はあるか》

 《ネガティブ。依然として減速中です。国籍マーク、コミュニエロー、大型の客船、武装は見当たらない、ヴィジュアルジャミングにより内部の様子は不明、明かりが一部漏洩しており人の気配がある、IFF応答なし。船体コード、タイタン403》

 《了解、航行許可証を確認する。Y軌道通過まで追跡位置をキープせよ》

 《了解》

 ナディアは眼下の大型客船を見て思う。大きな四本の煙突に昔の船を模した造形。

(まるで昔の海上船ね)

 地球人類からは遠い未来を漂うヒリアであるが、彼らもまた地球での不便ながらも暖かい暮らしにこがれることがある。現代にはない独特な世界とそこで生まれる物語にあこがれるのはどの時代の人間も同じであった。

 《ハニービー小隊、タイタン403の航行許可はない。タイタン403はまもなくY軌道に到達する。目標は転進するように見えるか》

 《見えない》

 《こちらDC、了解。目標は領空に接近中。現在時刻より地球条約に則った忠告を実施せよ》

 《了解。規定三チャネルにて忠告を開始します》

 ボギーのやや上空にいたナディアは機体を翻してアンノウンの真横につける。近づくほど船体が大きくなり、迫力が増す。

 《タイタン403、アテンション、アテンション。こちら、ヒリア帝国軍。応答せよ》

 ボギーからの応答なし。

 《アテンション、アテンション。こちら、ヒリア帝国軍。応答せよ》

 再度、応答なし。この後三つのチャネルにて応答を呼び掛けるが反応はない。

 《ハニービー、こちらDC、アンノウンはX軌道通過を確認、忠告を継続せよ》

 《了解》

 《タイタン403、こちらヒリア帝国軍。忠告する、貴艦は許可なくヒリア帝国空域に接近している。繰り返す、タイタン403、貴艦は許可なくヒリア帝国空域に接近している。直ちに逆噴射を停止し軌道を是正せよ。直ちに逆噴射を停止し軌道を是正せよ》

 応答なし、ナディアはにわかに緊張してくる。このままだとこの船を撃沈するかもしれない。

 《繰り返す。こちらはヒリア帝国軍。忠告する…》

 《ハニービー、アンノウンが転進するように見えるか》

 《見えない》

 《ボギー1が指示に従う様子は見られるか》

 《見えない》

 無線はしばらく沈黙するが、やがて、

 《了解した、まもなく巡洋艦オーロラが到着する。ハニービー両機はそのまま追跡を続行せよ》

 新しいゲートウェイ航行は便利であるが不思議である。と言うのも、発進するときはあれほど強い光を浴びるのに、出現するときは光も音もなくいきなり巡洋艦が現れる。もっとも、音はそもそも伝わってこないが…。

 《ヒリアDC、こちらオーロラ。当該空域に接近。目標、タイタン403を確認した。指示を請う》

 《オーロラ、アンノウンはW軌道侵入、引き続き忠告を実施せよ》

 《ウィルコ。忠告を開始する》

 しかし、先の通り忠告に従う様子はなかった。

 《オーロラ、ハニービー各機、こちらヒリアDC。不明艦がS軌道内まで遷移することが確認された。地球条約に則り現時刻をもって当該船舶を領空侵犯と断定する。オーロラは侵犯警告を開始せよ》

 《了解》

 フィオナは通信手に目で合図する。通信手は黙って頷く。

 《タイタン403、警告、警告、貴艦はヒリア帝国の領空を侵犯している。タイタン403、警告、警告、貴艦はヒリア帝国の領空を侵犯している》

 依然として応答はない。

 《タイタン403、警告、警告、貴艦は領空侵犯中である。逆噴射を停止し現軌道に復帰せよ。タイタン403、警告、警告、貴艦は領空侵犯中である。逆噴射を停止し…》

 《…》応答はない。

 《タイタン403、警告、警告、もし当艦の指示に従わない場合は強制する。タイタン403、警告、警告、もし当艦の指示に従わない場合は強制する》

「艦長、応答やシグナルはありません」

「今一度、通信確立しているか、確認せよ」

「了解です、ピンガー発報。艦艇の自動応答あり。通信回線は確立しています」

「うーん」

 フィオナはいつになく真剣な顔になる。隣に立つミラナはちょっと興奮しつつも当事者意識がなく少し腹が立った。というのも、

「これ、撃つんですか!」

 と、面白がっている。ミラナのことは後で何とかするとして、

「ひとまず、これまでの警告を続けて頂戴」

「イエス、マム」

 《ヒリアDC応答せよ》

 《こちら、ヒリアDC》

 《オーロラは現在、アンノウンに対し全ての警告チェックリストを実行した。現在、再度警告を実行している》

 《目標は我々の指示に従う様子を見せたか》

 《見えない》

 《了解した、ハニービーはオーロラ指揮下とし、威嚇L1までの実行を許可する》

 《ラージャー》

「アン。いや、通信手と砲雷長は私と共にオペレーション補佐に。航海長と機関士は目標追跡を優先して航行してください。ミラナ副長はこっちいらっしゃい」

 《ハニービー、こちらオーロラ応答せよ》

 《ご命令を》

 《現時刻より威嚇行動L1を発令。攻撃前のウェポンチェックリスト実行》

 《レディ》

 《ハニービーに通達。限定的武装使用許可を発令。クレーター、禁止。サイドファンネルMT、禁止。サイドファンネルIR、許可。四十ミリカノン、許可として設定せよ》

 《マーキュリーへ復唱する。クレーター、禁止。サイドファンネルMT、禁止。サイドファンネルIR、許可。四十ミリカノン、許可。チェック》

 《チェックリスト完了。これより目標艦橋付近で威嚇行動L0を実施する。威嚇に際しては四十ミリカノンを使用せよ。目標より攻撃のあった場合のみサイドファンネルIRの使用を許可する。これより、兵装の限定解除を許可する》

 《ハニービー、マスターアームスイッチ、オン。ファイアリングピンを解除》

 ナディアの乗る戦闘機に警告音が鳴り、表示灯が青から赤に変わる。逆に、しつこく表示されていた航法系の表示が減り、戦闘に集中できるようにもなった。

 《1、レディ》

 《2、レディ》

 《目標艦橋から見える場所につけ》

 《ラジャー》

 僚機は千メートル先の船に近づく。そして、艦橋に接近する。

 《タイタン403、警告、警告、当機は実弾装備である。タイタン403、警告、警告、我々の装備する武装は実弾である。直ちに当機の指示に従わない場合は発砲する》

 僚機は艦橋の真横で機体を九十度傾けてお腹に抱えるミサイルや機銃などを見せる。威嚇を実施している機体がまぎれもない軍用機であることを知らせるとともに、武器も搭載していることを示すためである。たとえヴィジュアルジャミング中でもこれだけ接近すれば艦橋から見えるはずである。しかし、応答はない。

 《タイタン403、警告、警告、当機は実弾装備である。タイタン403、警告、警告、我々の装備する武装は実弾である。直ちに当機の指示に従わない場合は発砲する》

 《ハニービー、目標の様子を報告せよ》

 《変化なし。威嚇行動の効果なしと見える》

 《了解した、威嚇行動をL1に移行。実行せよ》

 《威嚇L1を実行する。カノン砲展開》

 ハニービーの二機はボギーを挟む形で捉える。この隊形は戦闘態勢と同じである。ナディアは艦橋真横の位置につける。そして、命中はしないけれども閃光がよく見える方向に機銃の照準を合わせる。

 《こちらハニービー1、いつでも射撃可能》

 《撃て》

 ナディアは人差し指のトリガーを引き射撃を開始する。毎秒五十発の勢いで放たれる光線はまるで一筋の光のように見え、プロジェクタイルの射出によって生じる瞬間的な加速度と宇宙空間に放たれた大量のプラズマが小さな機体を小刻みに振動させる。

 《目標は我々の指示に従う意思を見せたか》

 《見えない》

 このことは逐一防空指揮所(DC)に連絡される。そして、ついに攻撃を行うことになってしまう。

 《威嚇行動L2へ移行。船体尾部へ向けて発砲を許可する》

 《ハニービー、了解》

 ナディアは射撃準備を、僚機は反撃に備えてミサイルの発射準備を行う。

 《2番機配置完了》

 《ハニービー、しばらく体制維持》

 また、何度も警告が無線でやり取りされる。敵を狙って集中しているときに細かい無線の内容を聞き取るのは難しい。なにより、訓練では何度も行った射撃であるが、実際に発砲しようとすると手に汗握るものである。

 《ハニービー、撃て》

 《1、ファイア!》

 発砲は十発。そう規定されている。十発の弾丸はそのまま船体尾部に弾着し、融解した部品が黄色いスパークとなって花火のように飛び散る。それが無数に重なり目に焼き付きそうなほど景色が明るくなる。

 《1、射撃完了、全段命中。ボギー1損害軽微》

 《ボギー1の様子は?》

 《変化なし》

 大型船舶にとって小型機の攻撃などかすり傷にもならない。

 《引き続きL3を実行せよ》

 《ラジャー》

 ナディアは、手順通りミサイル誘導用のレーダーを使用してボギーをロックオンする。これによって普通の船であれば艦内にけたたましいほどのレーダー警報が鳴り響くはずである。ロックオンは銃口を向けた状態と同義である。ロックオン中を示すピーという耳鳴りに近い音がずっと続く。しかし、巨艦は沈黙したままだった。どうやら、この船は沈むらしい。

 ふと気づけば、幻惑するほどに眩しかった太陽の光が途切れた。宇宙を行く人ならば惑星が近いと悟る。惑星の陰に入ればあっという間に闇が広がり、景色は不穏なほど黒い夜のスクリーンに覆われる。ぽつりぽつりと星たちが顔を出し始め、やがて現れる星のベール。

「艦長、このまま撃つなら先に中を確認しては如何でしょう」

 艦内でミラナが初めてまともな意見を寄越す。

「それもそうね、タイタン403に臨検信号を送付。ヴィジュアルジャミングを解除して」

 スクリーンにかかる靄が消え、船の中が見えてくる。銀河が作る星の流れを進むこの船の舳先に二人の男女が立ち並び、熱い口づけをしようとしていた。確かにドラマチックなシチュエーションは完全に揃っている。しかし、これはヒリア帝国にとって映画のワンシーンなどではなかった。

 ちなみに、オーロラはタイタン403を追尾しているのだが、逆噴射を行っているためオーロラからはタイタン403の正面がはっきり見えた。

 《こちらヒリアDC、オーロラ、目標は我々の指示に従う様子を見せたか》

 あの船は今、ヒリア帝国を侵犯している。あろうことか、酷く能天気なカップルが乗り込み、全く気付いていない様子だった。アップされたモニターに映る二人のカップル。フィオナは司令部の質問に正直に答えた。

 《見えない》

 怒りとも僻みとも妬みとも言う感情がやや混ざった声色。今のフィオナの回答で攻撃がほぼ確定した。隣のミラナの紅い瞳が開き、輝く。撃つんですねとその瞳が言っている。喜びの表情だった。だから、フィオナはミラナにデコピンする。

「いてっ」

 《オーロラ、こちらヒリアDC。貴艦に搭載された全ての武器装備の使用を許可する。直ちに強制停船措置を実施せよ》

 《オーロラ了解。短魚雷によるスラスター破壊を試みます》

「オーロラ各員、攻撃態勢。目標ボギー1、艦尾両舷スラスター2基」

「艦長、展開中のハニービー小隊に艦影観測依頼の許可願います」

「許可する」

 《こちらオーロラ、展開中のハニービー、応答せよ》

 《こちらハニービー、ご命令を》

 《これより、ボギー1に対して強制停船措置を実施する。両舷より接近し照準用スキャンを実施せよ》

 《ハニービー、了解》

 遠くで二機が動く様子が見える。

「ハニービーより目標データ確認、測敵完了です。ボギー1との距離百八十キロ、レーダー交戦距離です」

「了解、近距離戦闘用意」

「短魚雷二基。レーダーモード、中間誘導をセミアクティブ、終末誘導をヴィジュアル誘導に設定」

「通信手、警戒飛行中の小隊に退避命令を通達」

 《こちら巡洋艦オーロラ。ハニービー小隊各機、スキャンデータを確認した。直ちに退避せよ。これより本艦は雷撃を敢行する。繰り返す…》

 《ハニービー了解。退避する》

 小さな光点が離れていく。レーダー上で十分な距離が開いたことを確認して次の行動に移行する。砲雷手が照準レーダーの準備を行う。基本的にステルス性を重視した、シンプルな艦形状を採用し、イルミネーターも使用時のみ展開する方式であった。機械が動くと、ガコンと艦に反響が残る。

「イルミネーター照射開始、目標をロックオン。データ入力完了。装填開始」

 攻撃に際しては、多数のデブリを宇宙空間に放出する。もともと、相対速度はないに等しいが、爆発の衝撃による破片は何かに衝突するまで飛び続けるため、戦闘機のような小型機は専用のデブリバリアを持つ巡洋艦の陰に隠れる必要がある。そして、小さな機体は闇に紛れやすい。ふと気づくとデッキの真横にその小さな機体が接近しているものである。

 《こちらハニービー、アームキャッチ位置についた》

 二機の主翼パイロン先端に細いアームがついている。相対静止を維持するときは巡洋艦のロボットアームでこのアームを掴み簡易的に固定する。

「ハニービー二機のアームキャッチ完了」

「艦長、いつでも撃てます」

 フィオナは少し黙っていたが、ようやく決心する。

「サルボー(斉射)」

 艦長の合図で放たれた二基の魚雷は真っすぐとタイタン号へ向かっていく。ちょうどそのころ、後ろに見えるヒリア惑星から大きな白い積乱雲が照らしだされ、龍でも昇るようであった。あの船は雲間の海を行くようだった。魚雷到達までの約二分間。この美しき結末までの時間にはきっと、美しい音楽が似合うだろう。

「弾着まで、スリー、ツー、ワン、今。起爆確認。ボギー1大きく傾斜しています。スラスター停止確認」

「艦長、デブリバリア展開します、マニューバ修正」

 オーロラ後方デッキの突き出した六角形の部分は、更に突き出すことができる。そして盾のように構えて特定方向から飛翔する小さなデブリをこれで防ぐのである。この傘は、小さなセラミックの板を敷き詰めて作られ、艦橋や開口部の大きいエンジン、および、一緒に搭載される艦載機なども守れるくらいには広く展開される。展開してもすぐには破片が来ない。しかし、安心してきたころに、カラン、パリンと音がして大小さまざまな破片が激突するのが分かる。

「デブリバリア収納。加速を開始。曳航錨射出準備せよ」

 ここからはクルーの腕の見せ所である。タイタン号はメインエンジンを使用不能な状態となり、船体が斜めに回転している状態である。この状況であっても通常はリアクションホイールなどの制御機構が動作して船の旋回を止めに行くのだが、違法改造船舶によくある重量超過によっておそらくは制御ができていないようだった。これでは接舷できないため、まずはオーロラに搭載された曳航用の錨をタイタン号の船首に張り付けなければならない。そして、オーロラよりも巨大なタイタンを上手くけん引することで安定させる必要がある。

「曳航アンカー射出位置。タイミングは砲雷長に預けます」

「いただきました。アンカー射出用意、スリー、ツー、ワン、今」

 アンカーは真っすぐ伸びていき、見事に船首に張り付く。しかし、もたもたしていられない。というのも、アンカーが張り付いたことで比較して小さな船体のオーロラが引っ張られる。この瞬間、艦橋内には思ってもみない方向に重力が働く。ミラナのように慣れていない人間は、

「んにゃ」

 と、変な声を上げ壁にもたれかかるほどである。

「カウンター・マニューバ」

 今度は反対側に重力がかかる。タイタン号に比べればオーロラは小さな船である。それを、ツボを突くように制御してうまくまた軌道に沿った方向に向きなおす。

「このまま、S軌道から離脱せよ。全速前進」


 この日起きた領空侵犯はヒリア帝国を岐路に導く。ここから、創立以来、初の対外戦争が始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろしければ下記リンクをクリックして人気投票していただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ