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銀河のヒリア帝国 戦争編  作者: 遥海 策人(はるみ さくと)
第一章 ヒリア帝国の日常
2/68

三年前から

タイタン号事件の三年前。偶然にも対コミュニエロー戦争において大きな戦果を挙げた人物が揃っていた。

「アイゼンフローラ中佐殿」

呼び止められた女性は髪が長く、ブラウンの髪が扉から送り込まれた風によって巻き上がった。敬礼の姿を見るだけで妙な自身が湧いてくるほどに彼女は美しかった。

「お疲れ様です。いかがなさいましたか?」

「中佐のご希望されていた参謀候補の新人についてですが、一人だけ適合者を確認しています。スカウト依頼をかけますか?」

 この国家は監視国家とも呼ばれている。いかにも機械らしいドロイドがほぼすべての国民の後ろをついて回り、人の才能や性格を常に診断して回っている。だから、求める人材を見つけることも容易であった。

「新人よね、歳は十八かしら?」

「はい」

 ヒリア帝国に限らず、現在ほとんどの惑星国家では勤労の義務はない。機械による自動生産によって国民が必要とする消費財のほとんどが支給されるほどに自動化が進んだ。衣食住は基本的に国家が支給する。ただ、この国において人々は勤労意欲に溢れていた。誰しもが最低限のつましい生活を良しとしなかった。だから、自立できる歳になったら皆が就職しようとする。

「スカウトはなしよ。私の言う人格なら、最初の就職でスカウトがきたらきっと天狗になって思っているようなパフォーマンスを上げないと思うわ」

「では、あの作戦で行きますか?」

「ええ、お願いできるかしら」

「承知しました」

「それからもう一つ」

「はい」

「今度から私のことはリザって呼んで。会って二回目だもの」

「はい、ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます。リザ中佐」

「では、よろしくお願いいたします」


 最初に紹介するのはミラナ・ロジェストヴェンスカヤである。冒頭、巡洋艦オーロラで新任の副長をしながら研修を受けていた人物である。しかし、この時の彼女はまだ学生の身分であり、自身が帝国に果たす大きな役割を想像すらしていなかった。

風貌からすればもっとずっと若く見える彼女の細く小さな体つきであるが、偉業をなした後の彼女はもちろんながら小さなビッグマムと呼ばれたり、帝国の叡智と呼ばれたりしていたのである。

 彼女は、ヒリア帝国第一惑星ヒリアのエージェット諸島に住んでいる。本来一般的ヒリア国民の住居は国家から与えられるものである。しかし、ロジェストヴェンスキー家は父も母もそれなりに収入があり自分たちでこの場所に移住した。父母共に百歳を超えたセカンドエイジであり娘のミラナと三人で広い家に住んでいる。ミラナにはもう一人四十歳も年の離れた姉がいるが、姉はアクア惑星に移住して生活をしており姉にはミラナとほぼ同い年の姪っ子がいる。

そして、この家に住む存在はもっといる。ペットではない。ドロイドである。シウスと呼ばれるドラム缶に半球状のレドームがぐるぐると動き、車輪で動くタイプのドロイドである。動きがコノハズクに似ているためコノハズク型ドロイドとカテゴライズされたりする。この家には四台。シウスは国民一人に一台が支給される監視兼お手伝いドロイドである。ロジェストヴェンスキー家では更に家事や買い出しのためのドロイドを購入している。

 シウスは、主人をジッと見つめる存在である。監視という言葉は廃れ、より正しく言うなら観察である。シウスのレドームに描かれた円らな瞳で主人を観察するという方が正しい。シウスは主人を手伝いながら、観察し個々人の才能を発見しようとするドロイドである。

シウスは生まれたその日に家にやってくる。母親と父親の次に主を抱きかかえるのがシウスだとも言われ、生まれてから今まで蓄えた主の経験を共有しヒリア帝国の何に役立つかを常に探している。ほぼ完全な主人の個人情報を保有するシウスだが安心してほしい。これら情報は帝国憲法によって個人のものと保証されている。つまり、適正な根拠や手続きなしには何人も彼らの情報にアクセスができない。逆に、シウスは国家から派遣されるが、この帝国で生きていくならこのドロイドなしでは生活が成り立たないだろう。このドロイドは主人の半身であると説明したほうが良い。

 ミラナのように生まれてからこれまで学生であり、第一期目の人生を歩む人間をファーストエイジと呼ぶ。この期間は概ね六十から八十年とされ、その次のエイジではまた十から二十年ほど学生の期間を挟み、セカンドエイジ、サードエイジと移っていく。この時代、帝国臣民の平均寿命は三百歳を超えほぼ不老である。それ故に一度決められた人生に理不尽を感じる者のために、これらのエイジの節目で心機一転する機会が設けられているのである。人生のやり直しが効く反面、成功も続かない。

 シウスの役割の一つに人生の節目における職業探索とアドバイスがある。これまでシウスが集めた個人の特性と就職先の特性を突き合わせ、あなたにはこれが向いているだろうという職業を紹介するのである。ピンポイントな需要と供給を満たすという市場原理を円滑に満たす装置とも、権威主義に必要な管理リソースの不足を補うシステムとも言われるが、最も正確な実態は「口うるさいオカン」かもしれない。

 例えば、リザ中佐が軍部において新規採用したい参謀候補の人物像を決めてシウスに伝える。今回の事例では、多少変わり者だったとしてなんとか制御できる範囲内の変人度合いであり、かつ、天才肌だったとしてもなんだかんだで現実的な解法を模索するような人材、という要求があった。そういう、面接で見つけるのは大変で面倒な要求も、シウスシステムであれば案外簡単に探し出してくれる。ついでに、人と人との相性の良さも見てくれる。

 そして、その要求に合致するとされるミラナ・ロジェストヴェンスカヤ本人はそういった大組織の意向など何一つ知らず、ぼうっとしながらテレビを眺めていた。

「私たちは高分子の申し子。五人そろってポリマーベル!」

「ははは、我は火炎の使い魔。貴様らを低温で焼いてダイオキシンを発生させてやる」

「逃げて、塩ビ(ポリ塩化ビニルの略)ちゃん!」

 今は夕刻である。彼女は退屈な授業が終わり制服も着替えずにリビングで無意識にアニメを眺めているところだった。左側に束ねた長い栗色の髪をいじりながら、とても天才とは思えぬほど呆けた面でアニメを見ている。これが一人目の主人公である。当時ミラナには天才としての自覚はなかった。というのも、シウスは主人の才能は知っていても、それを望まれなければ開示しない。すると人は周りの人間と自分の才能を比較して自分の能力を測ろうとする。ミラナの父はプロの戦略ゲーマーであり、父には例えハンデがあっても勝てなかった。母は音楽家でありチェロ奏者である。しかし、ミラナに楽器の才能はなく音感も宿らなかった。むしろミラナは、父の集めるアナログなボードゲームを開けて、ルールブックを読みながらじっくりと攻略してみたり、友達と遊んでみたりする過程で思考力を養っていた。しかし、自身の飽きっぽい気質も理解しており、これら才能が何かの役に立つという認識もなかった。故に自分の世界ランキングを知ることが怖かった。

ミラナが椅子に腰かけ思考に没頭するとき、彼女は右手に紅茶のカップを持ち、左腕に長い髪を巻き付け、目線は紅茶の液面に注がれる。彼女の長いサイドテールにウェーブができ、瞳が紅くなったのは日課のごとく行われる彼女の妄想の産物とまで母に言われたものである。

「ピィ」

 シウスは人の言葉を理解するが、人の言葉を話さない。シウスは二から三の声を使い分けて漫画チックな目の動きや表情で主人に感情を伝えるのである。

「なあに?」

 ミラナの特徴ともいえる紅茶のような瞳がシウスを捉える。シウスが声を上げたのは、アニメがエンディングを終え、きりの良いタイミングになったからである。

 シウスは端末を差し出す。端末には就職先のリストが示される。物憂げなミラナ。限界まで避けていたが、遂に自分の未来を決める瞬間が来てしまった。序文の部分はさらりとスクロールして流していく。そして、一覧の一部が見え始める。ミラナはそこで手を止める。柄にもなく緊張しているのが分かった。自分がなりたいと思う職業はあるのかという高度な不安よりもむしろ、何も就職先がないのではないかという不安の方が大きかった。ヒリア帝国に勤労の義務はない、この時代の国家はどこもそうである。食料も家も国家に与えられるとして、ヒリア帝国民は七十パーセントが仕事をしている世界である。自分だけ世界に貢献しないというのは後ろめたい。自由奔放が好きなミラナだが、世間体というものを鑑みた結果、何とか就職はしたいものである。ミラナは勇気をもってスクロールを動かす。表にはずらずらと候補先が並んでいた。

「はぁ、良かった」

 天才でありながら妙に自分に自信のない臆病な気質が彼女の弱点であり、心を律する存在であった。そして、今度は周りの友達と比べて斡旋数が多いということで有頂天になった。

 さて、話題は表の中身に変わっていく。困ったことに数は多いが友達と比べ華やかさに欠ける候補先がずらずらと並んでいた。この当時で華やかと言えば、広告やゲームメディアだろう。国民を飽きさせないために魅力的な表現ができる人間はいつでも引く手数多だった。一方、ミラナの就職先としては、先ほどのアニメの後援を行う重化学経済連合の傘下の企業、重工業関連、製造業などなど。ヘビー系の技が並ぶのである。化学系といっても「重」のワードがつかなければ化粧品製造などあるが、重化学は樹脂などの原材料を作る分野である。彼女の候補先はことごとく重い。これら産業が帝国において重要な地位を占めることは知っている。しかし、ミラナにとっては今一つ刺さらなかった。内容が具体的すぎた。

彼女の得意分野が理工系であり、アニメや趣味の読書でも少し凝ったSF趣向においてもその傾向が垣間見える。しかし、他人と比べて資質があるかと言われればそれは違った。化学式に一日中没頭できるほど興味はないし、エンジンのわずかな効率改善に一喜一憂するほど通でもなかった。並ぶ仕事は製品の設計や開発などの仕事でありそういった人間が幅を利かせる中で、勝ち進む自分が描けなかった。シウスネットワークが勧めるからにはミラナに苦ではない仕事だと考えられる。

(でも、私が一番ってわけではないし、なんだかパッとしないな)

という具合に、彼女の内心ではいまひとつだったのである。ただ、これがシウスネットワークの巧妙なところである。

 リストでは八番目にあるヒリア帝国軍軍令部勤務という内容だった。ただ一つ、異色の斡旋があった。父の戦略ゲームに触れるミラナは軍令部の軍人が偉そうにしているイメージがあった。

「これ、エリートコースじゃないかな?」

故に、彼女は再び有頂天になった。もう一つ、彼女が都合よく解釈したことがある。特異な福利厚生やアイドル部隊の存在である。ヒリア帝国の仕事は基本的に男女別である。それは軍隊も例外ではない。女性だけの世界になっても政治・経済・社会基盤は維持できるほどに徹底した性別ごとの独立が施されている。別に男女で仲が悪く分断しているわけではない。ただただ、男女の自由な接触は国家を滅ぼす危機を増長するとされた時代があり、今はその名残が残っているだけである。この数百年でそういうシステムに切り替わったのだが、男女別の軍隊において、男系軍が定員を満たすことは容易だったが、女系軍は長年深刻な定員不足に悩むことになる。

そこで、まず女系軍軍令部はプラン833を発令。ヒリア帝国軍創設以来初めて発令された「手段を選ばず実行せよ」という文言を付された緊急志願者増加作戦である。志願者の少ない理由として、昔の軍隊らしい地味さや、上下関係がきついイメージを覆すために、華やかさの強化と上官と部下との命令系統の見直しをするとされた。

化粧品企業や美容関連企業に特殊装備品として開発を要請。軍隊専用の福利厚生として美容プランが構築される。当時の戦争観で言えば軌道要撃戦争と言われる宇宙艦隊どうしの小競り合いがほとんどであり、塹壕戦のような陸上の戦いまでもつれ込む込むことはほとんど考えられなかった。というのは、宇宙はまだまだ広く、惑星争奪戦争を行うほどの補給線を維持することは難しく、惑星資源を容易に戦争に投入できる防衛側が圧倒的有利であった。しかし、かねてからの軍のイメージはやはり陸軍の印象が強く、それに伴ってダーティーワークのイメージが未だに残っていたのである。したがって、福利厚生で美容プランを大幅拡充し、軍隊の持てる物量数で安価に高級なエステ含む美容プランを安価に大幅拡充。軍隊に入ると美人になれるというイメージ戦略をとることになる。更に、そのプロパガンダをけん引するために、エース部隊のアイドル化を実施した。航空中隊や艦隊における小規模戦隊などの比較的小規模(四人から五十人程度)な部隊のうち一番強い部隊を強くプロモーションするようになる。実際には様々な制約があるが、要するに強ければアイドルになれるのである。

これら帝国軍のイメージ戦略が功を奏し、華やかな部分がミラナの頭の中にしっかりとインプットされていた。そして、肝心の強さであるが。軍令部は特殊である。というのも、戦略ゲーマーの男女比から言っても男性が多く女性が少ない。つまり、ミラナのライバルは少ないと考えられた。一方で自分は父には勝てないが、その辺の人には勝てる戦略的実力があった。ミラナはそういう自分に都合の良い条件を組み立てていく。そうして、ミラナの脳内では、ヒリア帝国軍に入れば自分も華やかな生活になれるという安易な結論が組み立てられたのである。楽観的思考ではあったがこれは後に事実となる。


数日後、今日は記念すべきヒリア帝国の独立記念日である。銀河中からヒリアはもうすぐ滅ぶと言われ五百回以上も記念日を迎えた。質素を好む帝国で大きなパレードは行われないけれど、祝砲が宇宙の艦隊から放たれる。この日の夜にヒリアの空を見上げれば砲弾は流れ星となり白色の光を放って空に溶ける。

独立記念日に頓着しないミラナは、

(今日は流れ星が多いな)

としか思わない。読書に疲れたミラナは机に頭の重みを預け夜空を見上げていた。彼女の家の前は開けた草原であり丘陵の上に家があり、見上げればいつも天の川が流れている。

早く家を出たいと思っていたはずなのに、実際に別れることが決まるとミラナのような自称「冷たい人」も寂しいと思うらしい。ヒリア国民は一八歳に独り立ちする。

 仕事は希望すれば与えられ、小さな部屋も提供される。ただ、若き国民はそういう政府の言いなりを嫌うから、なりたい自分を目指して努力する。その努力が叶ったものはシウスからそういう仕事が言い渡される。個人の理想と現実が一致するということは国家にとって些細なこと。しかし、個人の人生にとっては大きなことなのである。

ミラナは明日、出発である。ロジェストヴェンスキー家に自家用車はない。エージェット島という田舎の島に住んでいながら驚くかもしれないが、ヒリアにおいては実際に個人の車は不要である。買い物の必要はない。スーパーマーケットもショッピングモールもなく、毎日時間になると宅配される。移動が必要になればシウスが勝手に共有のシャトルバスを手配してくれる。実はこの国には路線バスや運行予定などない。使いたいと思った人の情報をシウスネットワークで集約し、毎日適切な時間にバスの運行を変更している。シウスネットワークならば、逆にバスの空き状況に合わせて主人の行動時間も変えることができる。

さらには寝坊助な主人であれば先に支度して、シウスのロボットアームで無理やり主人を引きずり出してバスに乗せることも可能である。それら個々のドロイドが一つの意思の下に、最低限度の個人の負担による最小限度の政治エネルギーによる持続可能な安定社会を目指す思想こそ、ドロイド社会である。なお、シウスは言葉を話さないが、シウスのおでこあたりにメッセージを表示する。今回なら「バスを明日の九時に手配してもいいですか」という具合である。ミラナは「イエス」ボタンを押すだけで翌日には自動運転の車が迎えに来る。

 この国はシステマティックにできている。国民が嘘をつけないようにそうなっている。真実が人に優しくないことは確かである。だが、嘘をつかずに優しくすることはできる。普通の人には普通の道が用意され、似たようで異なった才能のグループに所属し、知りたくなければ世界の情報をシャットアウトできる。おかげで、バカだ、才能がない。お前はクズだ。と、直球で言う人に出会うことはほぼない。望まない限りスコアやグラフで不特定多数と比較されることもない。そこはかなり温室のようなストレスフリーな社会である。

しかし、今になってミラナは心配だった。現実的な話として、体力もないのに軍人が適切と言われることは、ミラナにとっては弾除けにでもなれと言われているのではないかという悪い夢を見たからだ。考えてみれば協調性もなくみんなで何かを成し遂げるという仕事についても不安があった。そして、追い打ちをかけるようにシウスが気を使ってハーブティーを持ってくる。

(ドロイドにさえも哀れみの心を向けられている)

そういう優しさで更に悲しくなる程度にミラナは敏感だった。


 早朝、いつもより早く目覚めたミラナは支度を終えて外の良く見えるテラスで朝食をとる。やはり、彼女は不満だった。自分には向いていないだろうと思い始める。五百年以上も戦争がない。だから軍人は尊敬されることも少なくなった。ただ、華やかさという意味では一部の広報部隊が確かに華やかだ。ピカピカの楽器を担ぎながら行進する軍楽隊を見たときは瞳が輝いたし、空を自由に飛び回る航空隊に心が躍った、マリナーの儀仗隊が操る一糸乱れぬライフルドリルなんて感嘆の言葉もなかったくらいだ。でも、ミラナには吹奏楽団に入るような器楽のセンスはないし、空を走る機体を操る反射神経はない。まして、銃を持つ腕力もない。

「はぁ~」

という、ミラナのため息でカップの紅茶に波が立つ。その場の勢いと都合の良い判断を重ねた結末。ミラナはよくないと思うのだった。そんな華やかな舞台はやはり狭き門である。彼女は悩んでいると髪をいじる癖がある。左サイドに束ねた長い髪をまた左手にぐるぐると巻きつける。それを物心ついたときから毎日やっていたら天然のウェーブが出来た。

「ミラナ、女の子は髪を大事にするものよ」

 毎日母から言われ、もはや彼女の頭にはしみ込んでいない忠告だった。

「うーん」

 返事はあるが、彼女が髪をいじっているときはミラナの意識はなかなかこっちの世界に戻ってこない。煮詰まった父親そっくりの行動で、左腕に髪を巻き付け、右手に持つカップの紅茶をじっと眺めている。

「また、悩んでいるの?」

「うーん」

「そんな、子供みたいな恰好が嫌だからって、言ったことは曲げちゃダメなの」

 母の一言に紅茶が波紋を広げた。制服が気に入らいない。実はこれが不安の根源だった。ミラナは何も言い返せない。図星。心臓を「ズボシ」と一撃で射抜かれたような母の容赦ない一言。実は帝国軍の制服には無数の選択肢がある。女系軍は特に多い。制服一つで志願者が増えるならヒリア帝国軍は迷わず種類を増やす。なのに、ミラナが気に入らない理由はとても簡単だった。客観メーターと呼ばれるシウスシステムによる集団評価を気にしたからである。ミラナの理想は強そうなクール系の女性である。もちろん、それに合う服装もあるしミラナの好きなシルバーの勲章風のブローチや、黒っぽい服装もある。ひとしきり選んで満足し、シウスに客観的な観点から似合っている度合いをチェックしてもらった。その結果をもってミラナは自分の趣味で行動するのをやめた。

「なんで、そんなに評価悪いの?!」

 シウスはミラナから目線を逸らす。ミラナが涙ながらに無条件に降伏する理由は実績である。ミラナの良しとするセンスは所詮一人の考えである。一方のシウスはヒリア国民二百五十億の生きざまを知っている。情報量や判断材料が異なる。故に、ミラナの心は折れてしまった。自分の趣味を貫かず、シウスの勧めるミラナの体に合った最高の組み合わせを選んだ結果、約三年前に着ていた中学校の制服みたいになってしまった。それが嫌でミラナは帝国軍を辞退する言い訳を探していたのである。

 悩んでいたらまた紅茶が冷めていた。一口つけたカップに波紋が広がる。遠くでディーゼルエンジンの音が近づいているのが分かった。これだけ静かな場所に六輪駆動の大型車両が接近すればすぐにわかる。ミラナの横でじっとしていたシウスが、荷物を持ち上げてミラナを督促し始める。外は、暖かい日差しに包まれ、空には白雲がいくつも浮かんでいる。

「紫外線が心配ね、日焼け止めは塗っている?」

「うん」

 そうして、ミラナは見送られる。ぼーっとしているが、別れの挨拶は考えていた。

「これまで、育てていただきありがとうございました。行ってきます」

 家の戸を出るとバスが視界に入る。舗装されていないあぜ道を走るバスは車高が高い。大きな車体が静かに景色を隠した。乗車しやすいようにサスペンションが傾く。更にバスの運転ドロイドがわざわざドアの前まで出てきて「ピィ」と、小さなステップを差し出す。さらに手も差し出してくれる。ミラナは小さなステップを踏みしめてバスに乗り込む。

誰も乗っていない。だから見晴らしのいい一番前の席に座る。今生の別れでもないから、涙は流さないつもりでいた。でも、サイドミラーに映る両親はいつまでもミラナを見送っている。泣かないつもりだったのに、隣にいるシウスはそっとハンカチを差し出すのである。

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