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銀河のヒリア帝国 戦争編  作者: 遥海 策人(はるみ さくと)
第三章 第十八計画の始動
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アイゼンフローラ計画

ヒリア帝国と大国ゼルドシンの関係性について

「アイゼンフローラ中佐いる?」

 気さくだが威厳のある声が聞こえたのでリザはブースから顔を覗かせる。東十条提督である。提督はリザを手招きする。

 リザ・アイゼンフローラは二つの重大任務を背負っていた。一つは敵要塞のPLD破壊の具体的計画である。コミュニエローが暴発して開戦した場合に備え、最悪の場合に実施される攻撃計画の策定である。そして、もう一つが東十条の目当の話である。

「高速打撃艦隊の件について、方向性に異論はないわ。私もぜひ指揮をしてみたい艦隊になりそうだし」

「ありがとうございます」

 東十条は戦術研究本部の実戦艦隊運用部長である。階級は将軍であり、彼女の真の任務は戦時提督である。ヒリア帝国は二つの顔があり、温厚かつ敵を作らない平時運用に向いた人材と、戦時に備えて常に牙を研ぐ東十条のような提督である。別に、彼女が敵を作りやすい性格というわけではないが、戦いに最も秀でた人間を揃えて実戦艦隊の運用を常に研究し、同時にその運用の訓練を日々行っている。

「ただ、最速開戦の場合に、君の予定する艦隊定数二百隻は厳しそうだがな」

「えぇ、十八計画が発動して早々に総代表へご無理をお願いしなければなりませんね」

「武官が就任すれば良いが、文官だと説明が必要だな。こればかりは私には決めようがないけれど」

 リザたちの案では、新規編成する十八計画艦隊を高速打撃艦隊として揃えることで、まずは開戦からしばらく持ちこたえるだけの艦隊の頭数を用意し、開戦後すぐに戦時法案を発令し戦争経済に移行して艦隊を目標数の二百隻に到達するという考えであった。

「それで、持ちこたえられるかな」

「正直、もし相手が本当の第四カテゴリー艦であれば厳しいと思います。せめて六十隻は欲しいですが、クロリー新総代表にお願いできる数は定数の二十隻が限度でしょう」

「そうだな、貴官が総代表になったら話は別かもしれないが」

 リザは、微笑みを返す。

「褒め言葉としてもらっておきます。実際には各防衛艦隊を改造してゲートウェイカタパルトを搭載することになると思います」

「幸いにもSSTO一機で運べる兵器だからな。これくらいの費用ならば各惑星代表からも難色は示されないだろう」

「私は早くこの艦隊のシミュレーションデータが欲しいところだ。機動戦のドクトリンも作り始めたい気分よ」

「この兵器ならビームデコイもマトリョーシカ装甲も関係なく戦えますから、機先を制するにはうってつけですね」

 仮想敵国のゼルドシン艦隊は当然ながら中性子カッターより長射程な誘導重イオン砲の対抗措置を持っている。対抗措置で時間を稼ぎながら接近することが目的で。ビームデコイとは、強力な磁石のことである。この磁石を前方に放出すると、電荷をもつビームは磁石の影響を受けてビームがデコイにまとわりつくように吸われてしまう。

 また、マトリョーシカ装甲とは薄い薄膜の金属装甲のことである。空間装甲の代わりとするのである。

「もう、かれこれ歴史のある艦艇だから流石はあの手この手を尽くしているわ。新兵器があっても簡単には撃沈できないと思います」

「それは、正しい認識だろう。我々はようやく互角に手が届く場所に来たというのが正しい」

 仮想敵は強大である。勝たないまでも、理不尽を言われないだけの交渉力を得るにはまだまだヒリア帝国の実力は不足している。ドロイド主義国家としての国民幸福度や文化レベルについては一目を置かれる国家となったが、内実として外交や軍事面ではまだまだ侮られている。

「これは私の予想だがな。クロリー総代表には、帝国軍と外交部からそれぞれ選出されると思う。ヒリア帝国も独立から長い年月が経つ。そろそろ内政拡充というフェーズではない。クライソォワ連邦と共にこの近隣の情勢を安定化させる努力が必要だろう。両大国も近年では内乱の影響で抱える戦争が多くなった。おかげでこちらに構っている余力はないだろう。誰も言い出さないが、内心では我々と本質的な和平交渉をして、この地域の防衛戦力を引き抜こうとするだろう」

「それは、コミュニエローの暴発は結果的に和平につながるという発想ですか?」

「そうだ、無論勝てばの話だが」

 大国、ゼルドシンは一時期宇宙を制覇すると言われた。不幸にもヒリア皇帝の妙案で宇宙制覇の野望が砕かれ、今では協調路線をとるようになった。しかし、手ぬるく対応すると今度は各地の惑星で反乱がおこるようになる。ゼルドシン共和国が強権的な政治を必要とするのは、結局のところ国民の納得ではなく力で征服したからに過ぎない。もともと、ナノマシン主義でもない国を強制的にナノマシン化したつけを今支払っているのである。

「再生船体、中性子カッター、そしてナノマシン。その中核を担うセルフオートマトン技術は敵ながら称賛に値する」

 セルフオートマトンとは、自分をコピーする機械のことである。人間は生殖活動の上で人間をコピーすることが可能であるが、機械を作るときはそう簡単ではない。単純なナノマシンであればヒリアでも製作可能である。一方で、ゼルドシンのナノマシンは血中ヘモグロビンから鉄を取り出し、自身のクローンを作ることができる。本来、機械は必ず壊れるものであるが、このセルフオートマトンの場合はエネルギー源さえあれば永続的に自身をコピーし続けてナノマシンシステムを稼働できる。小さなデバイスに自己複製能力を詰め込む彼らのナノマシンは文字通り数世紀先を行くものであり、一度人間がナノマシンに感染すればウィルスと同じくそれを完全排除できなくなる理由でもある。自分で自分をコピーする能力をここまで小さくできると、再生するように見える金属素材なども作れるようになる。

「我々もかの大国と全面戦争はしたくない。今必要なことは、こちらへの注意を逸らし時間を稼ぐことだ」

「そうですね、第四カテゴリー兵装は獲得できる見通しを得ましたからおそらく、セルフオートマトンもいつしか国内で生産できるでしょう。しかし、それ以外の進歩はゼルドシンから感じられませんね」

「それは、一度完璧な高みを見てしまったからだろう。全人一脳政策で国民全てのコントロールが可能となった反面、クリエイティビティを発揮することも困難となった。彼らは没落の道をひたすら歩むことになるだろうよ」

 暴力による支配の範囲は武器の射程距離に比例する。武力で制圧した相手は、常に武力で脅し続ける必要があり、脅せる範囲は保有する武器の射程距離に他ならない。例えば、太古の人類の集落は最大で百五十人程度でまとまっていたらしい。当時の主な武器は弓や槍であり、百五十人を三列縦隊で並べればおよそ隊列は五十メートルとなる。この範囲なら、たとえ逸脱者がいたとして弓の射程範囲内となり、攻撃が可能である。時代が少し飛ぶが、中距離弾道ミサイルなら二千キロ程度の範囲を支配下に置くことができ、外敵がいなければ一つの大陸の治安秩序をたった一つのミサイルサイロで守ることができる計算である。

 しかし、宇宙は武器の射程距離よりも圧倒的に広大である。先の通り中性子カッターも誘導重イオン砲も射程距離は数光秒、点突破兵器であるため統治力はない。逆に核融合弾頭は面制圧能力に優れるが大質量の実弾兵器となる。核融合の起爆と弾体の輸送が大変である。輸送についてはオーバードライブが可能であるが、それでも一か月のドライブ時間と、ドライブアウトしてから航空優勢の掌握などに時間を要するため猶予期間が存在する。この間に惑星全体が総出で迎撃準備をとれば正直小さな国家でも大国に抗することはできた。核融合の点火も厄介であった。この時代の起爆装置は艦載レーザー砲を利用して遠距離から核融合反応の引き金を引く方式が多い。そのため、惑星軌道の制圧がどうしても必要だった。

 つまるところ宇宙はまだ広すぎて暴力支配に向いていない空間だった。

 光速を超える存在はオーバードライブと量子テレポーテーションしかなく、オーバードライブは物理的破壊を実現するが技術的限界がはっきりしていた。

 一方、量子テレポーテーションによる通信と人体寄生式のナノマシンの組み合わせは確かに巧妙だった。例え一万光年離れていても、ゼルドシンを統べる統一思念が何かの企てを意図した瞬間、ネットワークで繋がるナノマシンには直ちに電撃を加えることができるのだから。

「宇宙の支配を確信し、総力戦を仕掛けた結果がゼルドシンの今なのだ。我々は、彼らの確実な没落までは少なくとも油断せずに戦うことになるだろう」

「それまで、基本的に私たちはローカル通信妨害と艦隊による軍事的な対抗手段しか持っていません。何とか、これで耐え忍ぶしかないようですね」

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