マッドサイエンティスト
閉鎖研究都市にてミラナは画期的な新技術と出会う
「え、それでその子を閉鎖都市に残してきたの?」
グレイブルグ大時計広場にある喫茶店でリザと話すのは同じ軍令部に所属するカレン・シュトゥルムヴィント大佐である。
「うん」
「新人ちゃん、大丈夫なの?」
カレンはリザの先輩であるが人懐っこいカレンの性格からすぐに友達になる。ヒリア女系軍の特徴でもあるが、仲間の関係は親密さをもって規律を維持するスタイルである。作戦行動時には厳格な命令系統を持ちつつも、普段のコミュニケーションにおいては階級によらず対等の友好関係を持つのである。
「ミラナちゃん、他にもいくつか良い提案をくれましたよ」
「すごいじゃない。良い装備参謀もらったのかもね」
「ただ…」
リザは顔をカレンに寄せる。よくない話をする姿勢である。カレンも気配を感じ取り、顔をリザに寄せる。
「提案の中にシュバルトシトラ上級研究員の発明が含まれているんです」
カレンもようやく顔を曇らせる。なぜかと言えば、
「またここで『女の敵』の名前を聞くとは思ってなかったわ」
大時計が昼の終わりを告げる。海兵隊行進曲が流れる広場。この間、しばらく二人は黙っている。
「それで、どんな提案よ?」
「機密事項があるので、本部でお話ししましょう」
ミラナの初陣についてリザがカレンに話す理由は簡単である。リザ自身がミラナの提案を良いと思ったから、仲間を増やそうとしているのである。ミラナの提案内容はアイゼンフローラ計画に合わせた艦隊新造計画に盛り込みたい内容が豊富だった。対コミュニエロー戦争やその先のゼルドシンを見据えた艦隊の計画。しかし、時期が厳しく大きな計画修正を要するため、一緒にわがままを言ってくれる仲間を探しているのである。また、旧式化したヒリア艦隊やネクラン艦隊についても新式の設計艦を投入するように押す方針としたかった。
「リザ、面白い話じゃなかったら乗らないからね」
「あら、私が趣味の悪い提案したことあったかしら?」
カレンは、リザが自信満々の時に見せる悪役っぽい不敵な笑いが好きだった。
少し前のこと、閉鎖研究都市に残るミラナの話である。ミラナは研究の要約をする男性と話をしていた。
「う~ん、それ以上詳しいことはシュバルトシトラ上級研究員に聞かないと何とも言えないのですが…」
ミラナはさっきから何度も柔らかく、そのシュバルトシトラ上級研究員とやらに合わせるように具申しているが、どういうわけかそういう流れにならない。男の人の前だから少し猫被って話をしているが、そろそろイライラしてきた。
「わからないならさっさとその研究員を連れてきてくださいよ」
ド直球な質問。
「彼は今、実験中で…」
それをはぐらかす回答。これは何か隠していると思った彼女は軍人に与えられた権力を思い出した。
「じゃぁ、実験室に行きます」
何をためらう必要があるのか。今のミラナには分からない。
「シウス、少尉権限にて命令します。シュバルトシトラ上級研究員の場所まで案内して」
「あぁ、お待ちください少尉殿。彼は危険な実験中でして…」
ミラナは無視してさっさと行ってしまった。本当に危険ならシウスが制止するはずである。シウスはカートを手配し、道なき森の中を十五分も走りようやく開けた海岸線までくる。島の反対側だろうか。青い海が広がりこれで天井に迷彩ネットがなければよい景色だっただろう。眼前に岬が見える。その岬に沿ってカタパルトのような実験設備がある。
「あの施設?」
「ピィ」
何気ない会話のすぐ後である。遠くに見える実験設備が爆発する。
「えっ?」
激しい白煙を上げ、岬の部分が爆炎に包まれすっかり見えなくなる。海面と天井の迷彩ネットが波打つ。茫然とするしかない。しかし、ただ見ていたらまずいことに気づいた。ずっと遠くの巨大な白煙はどんどん膨張して留まる気配などない。ミラナはようやくあわあわと慌てる。だがもう遅かった。爆轟による衝撃波。ミラナの体はいとも簡単に吹き飛ぶ。
「ピィ」
シウスに大丈夫かと聞かれているらしい。耳がキーンとなり、衝撃で飛び上がった海水が雨のように降り注ぐ。
「痛い」
と、愚痴るミラナ。吹き飛ばされたがケガはない。幸いにも岬の施設は火事などにはなっていないようである。先ほど無理を言って出てきた手前、引き返すのは難しい。気候も暖かいので濡れていても問題なさそうであった。ミラナはこのまま実験場を目指すことにする。
例の実験施設はこういった爆発に耐える構造らしい。中はいたって平穏だった。重そうな扉をシウスが開ける。厚さ一メートル以上あるようなコンクリートの壁で囲われた部屋の中に案内される。測定装置が散乱する部屋の中にそろりそろりと入っていく。すると、突然男が目の前に現れる。
「イエーイ」
妙にハイテンションな男。そして、両手を上げてハイタッチを要求する。ミラナは致し方なくそれに応じる。男の手は油で真っ黒に汚れており、ミラナの手のひらも真っ黒になる。とりあえず、第一印象は最悪だった。
「あの、シュバルトシトラ上級研究員はいらっしゃいますか?」
質問しながらもミラナは願う、どうかこの男でありませんようにと。
「あぁ、僕だよ。僕に何の用だい、ガール」
(お前だったか…)
「『亜光速ブレーキ付カタパルト式軌道リフター』についてお聞きしたいのですが、お時間よろしいですか?」
「良いけど、こっちが先に質問していい?」
「機密情報でなければ良いですよ」
「君、歳はいくつ」
機密ではないが何か嫌な質問である。
「十八です」
「なるほど、十代か。それで、スリーサイズは?」
ミラナはスリーサイズと聞かれてもわからない。実はヒリア国民は自分の体型を把握していない。なにせシウスに搭載されるレーダーが体のサイズを測定し主人に合う服を選んでくれるからサイズに悩むことなどない。あと、体調管理として食事量も勝手に調整されるので肥満にもならない。
「わかりません」
「じゃぁ、計ろう!」
男は巻き尺を白衣から取り出し、いきなりミラナに巻き付け始める。軽く抵抗しているミラナだが、
「上着くらい脱いでくれる」
という厚かましい要求をされ、従ってしまう。新調した白いワイシャツが油で黒く汚れる。ミラナはここへきてようやくこの男が隔離されている理由に納得し始める。こんな男をシャバに出せばヒリアの治安秩序を乱しすぐに巷のシウスに摘発されるだろう。
「なるほど、なるほど」
「あの、そろそろ良いですか?」
「まだだ!」
男は叫ぶように言う。至って真面目に言っているから本当に質が悪い。
「何ですか! いくら国家機密ではないとしても失礼ですよ、特に私に対して」
怒ったミラナの頭を男は油のついた手で撫でる。髪の毛がペタペタと何かに張り付いた感触を受ける。
(こいつ、口で言ってもわからないな)
ミラナはスカートに隠した拳銃を取り出してシュバルトシトラに突きつけた。
「いや、冗談だよな?」
ミラナは無言で一発を天井に撃つ。
「両手を頭の後ろに置き、そこに跪きなさい」
ミラナの紅い瞳はケダモノでも見るかのような瞳だった。シュバルトシトラはその目線に対して、感じたことのない興奮を覚えるのだった。
「端的に質問します。カタパルトが運搬可能なものは何がありますか」
「人間のような柔らかいものでも光速の六〇パーセントまで一気に加速できるのは実証済みであります。更に、目的地でちゃんと停止することもできるのですが停止制度はあまり高くありません。先ほどのようにオーバーランして設備を破壊することがあります」
「人間を目的地に運ぶならそうですよね。と言うことは、固いものや電子機器は大丈夫ですか」
「例えば?」
「魚雷とか砲弾です」
「可能です。実験用の人形に通信装置を括り付けていますがダメージを受けたことはありません」
「このカタパルトは実現可能ですか」
「はい。全長二十メートルのカタパルトで無事に光速の六十パーセントまで加速させることに成功しています。あとは回生装置が完成すれば、このヒリア帝国というBL汚染された女たちの住む惑星を脱出し新天地へ行けます」
ミラナは口をぽかんと開けてしまう。国外脱出希望とは恐れ入った。しかも、理由が女性がらみ。
「あの、失礼ながら申し上げますが、それで態度がフリッピーみたいだったんですね」
「フリッピー! 良いじゃないか」
もともと、人口爆発問題を抱えていたヒリアに於いてフリッピーの肯定はそれだけで罪である。人口が落ち着いた今は目くじらを立てる人も減ったが、フリッピーに認定されるといわゆる粛清対象となり、国外追放か終身刑のどちらかを選ぶことになる。ミラナはこの男が裁判府で最終弁論に望む様子を思い浮かべる。そうすると、この男のどうしようもないほどに失礼な行動が最後の晩餐を求めているように見えてきたのである。そうすると殺意も消えてしまう。ミラナはまたスカートに銃をしまう。
(哀れな人)
もっとも、ミラナ自身が晩餐にされるのはご免である。
「まぁ、良いです。大気圏内で利用する軌道用リフターとしてはどうかと思いますが、艦載砲として、超長距離まで魚雷を投射するカタパルトとして開発提案を実施します。よろしいですか?」
「条件を言ってもよろしいですか?」
不穏だったが、ミラナはこれでも国家に忠誠を尽くす身である。
「話は聞くわ」
と答える。
「では、私のささやかな願望を聞いていただけないでしょうか?」
「なに?」
「スカートめくっても良いですか?」
シュバルトシトラは割と真面目に言ってみた。シュバルトシトラにとって、ミラナの容姿は好みだった。ついでに、軍人なのだから国家のためならパンツくらい見せてくれるだろうという謎の偏見も持ち合わせていた。しかし、ミラナは、
「よく聞こえなかったので、もう一度聞いても良いですか?」
と、とぼけたふりをした。
「聞こえなかったのか。スカートをめくってパンツを見せてくれ」
ミラナは振り向きざまにもう一度拳銃を取り出し、そのまま男を壁まで押し付け、喉ぼとけに銃口を押し当てる。
「もう一度聞く。無条件で開発に同意していただけますか?『イエス』か『はい』で答えろ!」
「いや、パンツくらい…」
部屋に響き渡る数発の銃声。壁に当たった銃弾の破片が体にちくりと刺さった気がした。シュバルトシトラは人生で初めて腰を抜かす。
「イ、イエスです。もう撃たないで」
「では、よろしくお願いします」
リザとカレンは軍令部の街並みの良く見える会議室で女子会の続きが行われる。リザは、ミラナとシュバルトシトラのやり取りを説明する。カレンはコーヒーを口に含んだまま笑いをこらえている。苦しそうにするカレンを、したり顔で微笑むリザだった。
「ちなみにミラナちゃんには奉仕活動してもらっています。暴力は最終手段であってコミュニケーションは言葉で行うという基本がまだしっかりしてないようなので」
カレンはようやく息が整う。
「良いわその新人ちゃん。ミラナちゃんね。ますます会いたくなってきた」
カレンはクスクス笑う。カレンが完全に興味を持った頃合いでリザは本題を切り出す。
「それで、お願いなんだけど」
「良いわ、聞いてあげる」
リザの深い瞳がにやりと笑う。この時、リザの決断すべき案件はハイリスクなものである。一つ目の考え方は、有用かどうかわからない今回の兵器開発は見送って第三カテゴリー艦隊による従来通りの防衛構想をしっかりと練る保守案。もう一つは、新しい兵器の性能を信じ、既に始まった艦隊配備計画に割り込んでゼロベースでの再検討を要求することである。
「それで、もう腹積もりは決まってるんでしょ」
「ご明察、第十八号計画に合わせて増強される艦隊に彼女の提案するブラックインク装甲と亜光速カタパルトだけでも搭載できないかと思って」
リザはまだ粗削りな構想を説明する。従来よりもずっと軽快で高速な艦艇による機動打撃防御艦隊の構想。シュトゥルムヴィント(疾風)の名前を持つカレンは目を細める。
「もちろん。一枚噛んであげる。高速打撃可能な第四カテゴリー艦艇なんて素晴らしい以外の何物でもないから」
「ありがとう」
「ただ、一つ条件付けて良いかしら」
「何でしょう」
「その艦隊、私が提督したい。いや、打撃群くらいのほうが面白いかも」
「言うと思っていました。良いですよ。ご助力します」
「決まりね。早く准将にならないと~」
二人は両手をパチンと合わせる。
「それで、どのつてを使えばいい?」
「東十条提督にお願いします」
「わかった、他には手を回したってことね?」
「ブラックパール製造業集合体には既にこの件を打診しました。まず、亜光速カタパルトについては、ダイナミック・オーバー・ドライブ・エージェントとドラコン・レールガン設計局が共同開発することで最短納期の開発ができるという回答を得ているわ。あと、ブラックインク装甲は新たにブラックインク・インダストリーを設立して専門員を集めて検討させているけど、原理がそれほど難しくないので実現できるという回答よ。さらにヒートポンプの工夫で防御力を高められるという提案まで受けているわ。他には、インセクツ・アンド・アニマルズ・エアクラフト社から、亜光速カタパルトに対応した艦載機の降着オプションを開発したいと打診を受けているわ。流れとしては良い感じね」
「さすがね。じゃぁ、さっそく私も根回ししてくるわ」
「話が早くて助かります。東十条提督ならわかっていただけると思いますので」
「お安い御用よ」
「ありがとう、カレンさん」
リザはいつも目が笑わない。ブラックホールでも抱いているよう彼女の瞳を見ていると、かえって楽しみになるのだった。
ここではまた、亜光速カタパルトと呼ばれているが、後に正式名称としてゲートウェイ兵器と呼ばれるようになる。このカタパルトは実弾を光速に近い速度で射出し、敵目前まで運ぶことが可能な兵器である。ミサイルのような誘導弾を運べば誘導能力を付与することが可能であるため、地味であるが第四カテゴリー兵装を超える可能性を秘めていると言えるだろう。
このゲートウェイカタパルトはオーバードライブに通じるゲートウェイ技術とは全く関係ないが、原理を推察されないためにこのような名前となった。兵器の通射速度は光速の六十パーセントほどであるため超光速兵器でもないし、射出する物体が常世を通過するわけでもない。
原理はシュバルトシトラ上級研究員が発見した素粒子に起因する。彼が発見したのは、慣性や重力の根幹となる素粒子である。慣性を司るヒッグス粒子の存在自体は前宇宙時代に予言され観測もされた古い技術である。このヒッグス粒子に関連し、素粒子の動きに影響だけを与える素粒子を別のヒリア研究者が発見した。超新星爆発時に大量に発生し、空間に重力波を起こす現象は確かに大質量の瞬間的移動によって説明できるが、それに誤差を与える粒子活動も観測されていた。シュバルトシトラが発明した画期的な技術はこの慣性を打ち消す素粒子だけを出力する装置製造理論である。
重力を司るヒッグス粒子に影響を与える素粒子はいくつか存在するが、簡潔には影響を強める粒子と弱める粒子の対であることが多い。二つは同時に発生し、同時に消滅するため観測が困難で、利用も難しいものであったが、シュバルトシトラは影響を弱める粒子のみを取り出して任意に利用(国外脱出)する技術を作ったのである。
ゲートウェイカノンは慣性の満ちる空間に穴をあけ、無慣性な空間を作る。この空間に物体を投入するとわずかな力で物体を光速近くまで加速させることができる。更に素晴らしいことに、この無慣性チューブは消滅時間も調節できる。よって、敵目前に誘導装置を搭載した魚雷を適切な速度で送り込むことが可能となり、ビーム兵器の弱点である誘導性のなさを克服できる。誘導性兵器を投入できることで主砲としてはおよそ六光秒ほどの有効射程と二十光秒の射距離を実現する。更に、単純に艦載機を射出するカタパルトや、更に大型の装置を使えば艦船の発射装置として利用することが可能となる。このビームの消滅時間は最大で十数時間ほど。この時間ならば星系を飛び越えることができる。ゲートウェイカタパルトによる航法は従来の惑星防衛という枠組みを超えて、星系防衛能力という新しい概念の誕生を意味しているのである。
「これだけ良いことづくめなら、やってみたいと思うでしょ?」
こうした大発明をしたシュバルトシトラは相変わらず国外脱出に執念を燃やしながら研究に勤しみ、これを兵器化すべきと具申したミラナはグレイブルグの町でごみ拾いと言う名の奉仕活動をする。グレイブルグの街並みは整然と整い、ミラナはごみを全く見つけることができない。天才は空っぽのごみ袋を手にして途方に暮れながら町中を捜し回っていたのである。




