表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/68

毒民族

コミュニエローという民族についての講義

 コミュニエロー共和国。略してコミュニーと呼んだりもする。今日からアリスたちの部隊は彼らを仮想敵国と認定する。敵を知らずして、敵を批判することなかれ。最大戦力を発揮するにはまずは敵を知る必要がある。

 座学。アリスは退屈だとは思いながらノートをとっていく。アリスはこの世の理を理解して複雑な法則性を見破るような頭はないが、それでも案外成績は良く真面目である。むしろ真面目過ぎるというきらいもあるが、物事の暗記について本人は嫌いと思っていても平均と比較して得意な部類だった。

「コミュニエロー国民は平和と愛の使者を自負し、コミュニエローピースを広める使者であること」

 憲法第一章。どういうことかと思うかもしれないが、アリスは無心で記憶する。憲法にはその国家におけるもっとも重要な内容が記載されるべきである。例えば、ヒリア帝国においては、

「全ての国家資源は民が源であり、民のためにある。誇るための力、富むための金、欲するだけの人を禁じ、生み出すことを国民の義務とする」

 など、国家の基本概念を示すのが基本である。

 コミュニエロー憲法は約百年前に二代目総帥が統治を引き継いだ。その時に改憲も行われた。この新憲法第一条に登場するコミュニエローピースとは、何らかの主義主張ではなくまさにピースサインのことであった。コミュニエローのアルファベット表記内にYが連続する箇所があり、これに見立ててピースを横並びにWのようにして記念写真を撮る風習のことである。現、コミュニエローの最高権力者であるリヒト・タッキー・スター総帥が直々に考案したと主張する国民の意思の集合を示すサインである。

「断じて、思いついたから憲法改正したわけではない」

 と、当時の国会で答弁している。それ以降、総帥は議会を突然閉鎖し六千人いた国会議員は全員が行方不明となった。

 コミュニエロー惑星は恒星ゴールデンリングを主星とするゴールデンリング連星系内にある最大の木星型惑星のことである。濃厚なガスに覆われ、大気圏内に突入すればあらゆる物質は破砕され流動的になる。巨大な重力と圧力により水素さえも液体金属に変わってしまうほどに厳しい環境である。よって、コミュニエローに人は住めない。しかし、この巨大惑星は多くの衛星を持っていた。そもそもコミュニエロー星がハビタブルゾーン内に存在するため、必然的に多くの衛星に液体の水が存在した。だから、十個も天然の居住可能惑星があった。かつて、ゼルドシン系探検団にこの地を発見されすぐに開拓が進んだ。これら惑星には、適度な量の海と大陸があり、驚くことに距離が近いことによってオーバードライブを使わずに交易ができた。そのため、衛星間での物資の融通が利きやすく、交流が盛んだった。更に、独立当時の四百年前は豊かな植物による生態系があった。そこがコミュニエローの首都を置く惑星シャインレイである。

 シャインレイには微生物も存在したが、まだ天然の動物は存在しなかった。だから、ゼルドシン共和国はこの土地を気に入った。虫の音もしない静かで深い自然の中で生活できる。ゼルドシン共和国のエリートや幹部たちを住まわせる高級居住地として考えていたらしい。だが、ここに着任した総督は違った。ゼルドシン大動乱の混乱に乗じ持たされていた艦隊の一部を奪い勝手に独立宣言をする。更に、国力増強のために整備した自然を破壊し都市を作った。普通の都市ではない。巨大な都市の塊である。

 コミュニエローの首都として有名なシャインレイのシャンデリアはまさに都市塊という言葉がしっくりくる場所である。二千平方キロメートルほど(大阪府と同じ程度)の狭い土地に八十億人(大阪府の千倍)も住んでいる。ビルなどの単一の高層構造物をいくつ並べても到底場所が足りない。そこでシャンデリアは直径五十キロ標高千メートルにも及ぶドーナツ状のコンクリート塊を作った。この塊は二百五十階建てのアルコロジーだと思えば間違いない。ただし、この中にあるのは消費設備だけであり、都市を維持するエネルギーや住民の食料を供給するのは鉄道網である。宇宙から見れば、一つの臓器に無数の毛細血管が繋がるようである。大陸の形から腎臓大陸などと呼ばれることもある。可能な限りの地産地消を推奨し輸送にエネルギーを割かないヒリア帝国と全く逆の発想である。基本的にコミュニエローは効率的に人を押し込む都市計画であり、ヒリア帝国は効率的に人々を分断する都市計画ともいえる。

 都市構造は人の生き方も変える。独立自尊を是とするヒリアに対し、コミュニエローは仲間意識が強いと言える。狭い都市で生きていくには人間関係が必須ともいえる。

 シャインレイ内は住宅街と商店と後は働く場所が並んでいる。屋内交通としてバスと路面電車が建物内を走り、いたるところに動く歩道が設置され、リングの反対側に移動するためのロープウェイがあちこちに存在する。実はこれ、ヒリア人が設計した都市構造でありもともとはヒリア帝国をこういう街にしようとしていた。しかし、ヒリア皇帝がこの計画を気に入らなかった。本来ならそれで終わりだが、仁義を重んじる皇帝は、技師がせっかく考えたものだからと言うことで前総帥のベティー・スターを紹介し、その計画を彼女が気に入ったことでこのような都市計画が始まったのだ。

 そもそも、宇宙時代初期の惑星開拓においては比較的よく見られる惑星都市計画である。物資集積に有利なようになるべく高い場所に頑丈なコンクリートを敷き、軌道高度までの距離を少なくし、この宇宙港から触手を伸ばすように鉄道やあるいは道路によって拠点を広げていく。ただし、これを億人という規模で実施したのはもしかしたらコミュニエローが銀河で初めてかもしれない。町は、基本的に人の海である。居住空間にはとにかく余裕が少ない。よく言えばヒリア帝国にはない活気があった。密集した人ごみの中、青果市場は値切るお客と店主の陽気な会話が飛び交うし、喫茶店も狭い空間であるが名前も知らない者たちで集まって些細な賭け事で盛り上がっていた。町の至る所で人々が出会いコミュニケーションをとる。そうした独特の活気がこの町には存在していた。無論、ヒリア帝国も友達と話そうと思えばオンライン上で話すことは可能である。しかし、食事のたびに友達や交友関係が増えるほど闊達なコミュニケーションはこの国でしか体験できない。これはこの国の良さであると素直に認めなければならない。

 しかし、魚群のような大衆を分かつ人々が存在する。ブルジョワとか特権階級などと呼ばれる国民である。この国家は序列国家である。少なくとも常に上中下の三段階が存在し、その序列は本人の見た目の良さや周囲に与える雰囲気で決まる。下人が中人にぶつかるなどしたら何をされるかわからない。だから、大衆は彼らに道を譲る。シルバーの仮面をつけた小綺麗な格好で歩く男と、それについて行くようにじゃらじゃらとたくさんのアクセサリーを身に着け布地が少ないドレスを纏う女。そんな、異様なカップルたちが通りを誇らしげに歩いている。人混みが背景と化し、注目を浴びながら集団で歩む彼らは、まるでドラマの主要人物のような決め顔をする。

 彼ら、中人の生活はすさまじい。下人は徹底的に奪われるだけの人種であり、労働する義務が生じるが、中人より上であれば仕事はしなくて良い。更に、彼らの縄張りと呼ぶ場所から徴税できるのである。だから、縄張りに宝飾店があれば体中にアクセサリーを身に着けられるのである。勘違いしてはならないが、ヒリアと違いコミュニエローはドロイド化が進んでいないため、基本的な生活物資も人間が働くことで生産している。こうした労働者階級の上に特に理由もなく特権階級を作り出し虐げている。

 この制度は施行して百年ほどだが、困ったことも生じている。中人が増えすぎたのである。実は下人が中人になる方法がある。例えば、女子は通りを歩く中人の男に見初められ、結婚すれば良い。男子もその逆である。だから、下人も必死だった。財産の許す限りお洒落をして、何とか中人になろうとする。仮面文化が現れたのも手っ取り早く良い印象を与えやすく、そうした文化が誕生した。一夫多妻制の法的根拠はないが、そもそも中人は順法意識が低いので、毎日中人が増えていく。更に、中人は先の通り仕事がなくとも生活できるため、一時期のヒリア帝国のように自重することのない生殖行為に及んでいた。そのため、中人の人口比率はどんどん増加した。中人以上の階級は帝国式に言えばフリッピー階級である。

 フリッピーはネズミのように増殖するためヒリア帝国では男女の出会いと運命を政府が定めているのである。子供の数も制限される。基本的に出産は有料であり国家に出産税を治めねばならない。仕事していない人間は子孫を残せない。帝国はそういう世界であり、不老薬を求めれば一緒に避妊薬がついてくるような制限である。しかし、この制限にヒリア国民は納得している。一度はフリッピーが本当に国家を滅ぼしかけたからである。それに、真面目に仕事をしている人間こそが相手に巡り合えるシステムでもあった。恋愛の在り方としては異論があるかもしれないが、国家システムとしては申し分ない。

 一方で、コミュニエローは逆である。一生懸命仕事する層は相手に巡り合えず、女性は相手にブルジョワ階級を求めてしまう。仕事をしない中人は無制限に時間があるし、自身の権限で何人でも嫁も婿もとれた。だから、経済において何ら役に立っていない中人は増殖する。国民の勤労意識の低下も深刻だったが、とにかくわずかな期間で急速に惑星経済が悪化した。挙句に、中人は下人を無産市民と呼ぶ。

 だが、流石に今の総帥も困ったらしい。中人比率が高くなりすぎたせいで自身が贅沢しにくくなった。ようやく国家運営に支障をきたしたという認識を得る。必要な生活物資が不足し、栄養失調により下人たちを中心に感染症が蔓延。大量の死者を出す。人口の二パーセント(当時のシャンデリアだけで五千万人)が死亡したとされている。そこで、独裁者は中人の格下げを決定し労働を強要する。今度は上人が町に繰り出し、中人以下を虐げるのである。それをこの百年間で二回くらい繰り返した。銀河保健機構(MHO)の発表によれば、銀河連合に加盟する国家の平均寿命は二百九十歳である。コミュニエローは平均寿命が百八十歳前後まで低下したと報告もある。この件をMHOに指摘された現コミュニエロー総帥のリヒト・タッキー・スターは改善を約束し、翌年には平均寿命四百五十歳まで改善。コミュニエローは銀河で最も健康な国家であると発表した。

「彼らはこういう国家である。フランクミュラー中尉、どう感じただろう」

「はい、住みたくない国家ですね。なぜ彼らは私でもわかる嘘をつくのですか」

「良い質問ですね。彼らの文化圏では『嘘は三文の得』という言葉もあり、信用されていると思えばすかさず嘘をつこうとします。彼らにとって信用は現金のような資源という考え方があるようです。しかし、私の分析ではもっと根底の問題は異なっていると考えます」

 虚言の理由はコンプレックス。更にその原因は自然に逆らうような無理な文化的法則を押し付けられる理不尽である。その理不尽から自身の精神を解き放つため、嘘が放たれる。フラストレーションの解消のための嘘である。なにせ、嘘は誰でもつけるからである。

「私は階級的社会を批判するつもりは微塵もありません。階級を持つことで成功した惑星もあるからです。ヒリア帝国にも指導者がいます。時に彼らの中には恐れられる人物もおります。しかし、彼らは能力を見込まれ、法的根拠の下に選抜され、権力を持ちました。こうして選抜された指導者は確かに困難を乗り切る能力を持っていました。しかし、コミュニエローの中人や上人は統治力やリーダーシップを元に選出された指導者階級ではありません。能力もなく理想も抱けない人間による統治は歪を生みます。その歪こそが理不尽を無尽蔵に産み、国民たちは理不尽を糧に嘘をつくのです」

 リーダーに必要だと言われるスキルは数えきれないほど存在する。しかし、過去の英雄たちがそれらを全て持ち合わせていたかと言えば違う。銀河中のリーダーを集めたとき、唯一の共通点はエネルギッシュであることだった。これは物理法則に則している。水が高い方から低い方へ流れるように、エネルギーもまた、高い方から低い方へ流れようとする。そうしたエネルギーを持った人間が人々を導くのは、川が流れるのと同じように自然なことである。

 しかし、その神様の作った法則に抗うシステムを誰かが構築すれば必ず逆らったエネルギーを負担する人たちが必要になる。川の水を上流に汲み上げることは途方もない労力を生じる。こうして自然法則に従わない制度やシステムは、不満としてエネルギーをため込む。いつかは溜まったエネルギーを発散するための代価を払うことになる。コミュニエローではこれが嘘として現れ、最後は自分の命を絶ってしまうほどに人々が追い込まれる。

「その代表が、コミュニエロー総帥のリヒト・タッキー・スターである」

 彼は典型的な程コンプレックスに満ち溢れた人間である。最近では自身の采配を称えるため「名将」という称号を自分に付した。

「彼についてはまた詳しく話そう」

 コミュニエローの文化は近隣惑星であるヒリア帝国からしても異様であった。

「君たちには違いを理解してほしい。文化に正義はない。彼らがそうして存続しているならばその文化には一定の価値があるという公平な立場でまずはコミュニエローを理解してくれ。そうしなければ溶け込むことも、破壊工作を行うことも難しい」

 という前置きの後に、中佐はかの国の文化を説明する。

「理論や根拠、実績ではなく。雰囲気と都合のよさですべてを決裁する文化である」

(またまた、大げさな…)

 毒を持つ生物は派手な生き物が多い。警戒色というが、ヤドクガエル科には青紫やら赤やら非常に派手な見た目が多い。オオカバマダラという蝶の幼虫も黄白黒の派手な縞模様であり、体に毒を蓄えている。なぜ毒を持つ存在は派手になるか。実は単純に毒があるだけでは身を守れないからである。もし捕食者が毒を持つ虫を食べた場合、たいていは腹を下すか不快な味を経験するだろう。しかし、見た目が普通だったら何が当たったのか区別がつかない。無色透明で無味な毒だったら何に仕込まれたか見当もつかず、気を付けることもできない。だが、派手な見た目ならばどうだろう。たとえ鳥のわずかな脳でも派手な色の虫を食べたという記憶は残る。これら警戒色なら覚えられ、本能的に以降は食べようとしない。こうして種を守る生物がいる。

 国家や民族も本質は同じである。毒をもって身を守る文化の国はそういう警戒色に近しい自己顕示性も併せ持っていなければ意味がない。コミュニエローがしきりに他民族を貶し、自民族をたとえ嘘をついてでも持ち上げるのは、単に銀河から嫌われるための行動なのである。彼らは民族の存亡を欠けて毒民族アピールを続け世界に警戒を促すという習性で生き残るのだ。生態系の頂点にたつものはわずかだが、生態系の下層は個性豊かである。家畜のように大国に好かれて生き残る国家もあれば、ミツバチのように異常なまでの団結心で身を守る国家もある。当然、コミュニエローのように嫌われて生き残る国家もある。それはつまるところ生きている限りは生命体としてはどちらも成功していると言える。高度な知性も、優れた技術も不要。廉価で効率的な防衛手段であるから生き残っている。

「彼らはそういう種族で、尊敬は重要ではない。興味を逸らすことができればよく、それが身を守る方法なのである。」

 だから、

「強い敵には徴発を控える」

 一度、ゼルドシン共和国の極地総督府チャン総督が本気で怒ったときがあった。連日非難声明を公表していた。さらに、非公式だが数隻のコミュニエロー駆逐艦や巡洋艦が襲撃され乗員を拉致するという事件があったらしい。普段は平然と嘘をついたりごまかしたりするスター総帥が、地面に頭をつけて謝ったという噂まで流れた。だが、当然である。彼らの毒は身を守るためである。滅ぼされないための自衛手段であって、相手が本気を出して殺意を見せたならおとなしく謝るしかない。

 ここに、コミュニエローの諺を紹介しよう。

 ・嘘は無から有を生み出す魔法である

 ・まずは嘘をつけ、嘘はつくほど得である

 ・信用があれば嘘がつける

 ・信用がなかったら信用される名前を使って嘘をつける

 ・事実に証拠は必要だから立証させろ、しかし、嘘に証拠は邪魔である

 ・嘘をつくために常に攻勢を維持せよ、なんでもいいから相手を悪に仕立てよ

 ・とりあえず勝利を宣言せよ

 ・真実なら盛れ、可能な限り盛大に功績を大きくしろ

 ・密告は最大の親切心である

 ・危機に瀕したときは感情に訴えかけろ、大声で泣きわめけ

 ・発覚したら他人の振りをしろ、自分は被害者だと言え

 ちなみに、嘘には維持費が存在する。嘘をつけばその瞬間は真偽がわからず相手は困惑するしかないが、悪感情は残る。そのまま嘘をつき続けると、悪感情も周囲に溜まる。ある日、仲間に裏切られ、自身の嘘に押しつぶされて社会から抹殺される。それをまた嘘で乗り切ろうとする。無限に生み出される嘘に押しつぶされ、最後は超新星爆発する。そして成れの果てがブラックホールだ。

「理想が現実に負けたとき、人は嘘をつきたくなる。実際に戦争は起こらないかもしれないが、諸君らにはこの言葉は覚えておいてほしい」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よろしければ下記リンクをクリックして人気投票していただけると嬉しいです。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ