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対コミュニエロー作戦計画

諜報省に配属されたアリスの訓練

 グレイブルグから特別電車で一時間ほどの場所に帝国軍の陸軍訓練所が存在する。惑星ヒリアを防衛する約千五百万人の兵隊が一度は訪れるこの訓練所は、広い丘陵に設営された駐屯地のような町と言える。常時、二十個師団程度の規模の人員がここを出入りしており、人口はグレイブルグの十分の一。面積はグレイブルグの十倍もある。訓練所と言いながら内部には移動用の専用鉄道網が構築されている。

 この場所に隣接する場所にグレイブルグ空軍基地が存在している。グレイブルグの軍令部からこの空軍基地へ向かうには、陸軍訓練所を経由するほうが近い。ミラナは車窓に揺られながら、リザと共に空軍基地へ向かっている最中であった。

 停車中の車窓からは機械化歩兵師団の訓練の様子が垣間見えた。四つ足ロボットの半自走砲架が地面をペタペタと踏み固めている様子を見てミラナは少しだけ微笑んだ。

「あのロボット可愛いわよね」

「はい、遠くから見ると癒されますね」

 この日、ミラナは軍令部で初仕事であった。ドーントレスに後押しされて、自分好みの制服を着て意気揚々と出勤するも。リザに最初に言われたのは。

「あら、可愛らしい新人さんね」

 だった。期待していた褒め言葉と違い少し不機嫌だったミラナだが、それを差し置いても不安なことは、これから飛行機に乗って遠くに行くと言うことである。片道で十二時間。何の準備もせずにいきなり電車に乗って目的地に直行している。

「中佐殿。目的地をお伺いしても…」

「ダメよ。今は言えないわ」

 ミラナは表面上では委縮するが、秘密にされるとミラナの脳はとても活性化する。非常にクリエイティビティ―に溢れ、様々な憶測や妄想をしたくなってくるのである。これは軍の初任務。しかも、軍令部での任務である。ミラナはまず、

(秘密兵器か秘密基地を案内してくれるのでは?)

 と期待を膨らませた。更にミラナの妄想は続き、

(もしや、私はその秘密兵器の適格者。その兵器を操り敵をバッタバッタとなぎ倒すとかそんなことになるのかな? だとすれば、私は軍令部直属の秘密決戦兵器専属パイロットとなって人知れず重要なミッションや葛藤を続け、次第に国民に知られ、人気を博していく人物となれるのだろう)

 もしそうなら大変である。ミラナの望むアイドル街道まっしぐらだからである。そういう妄想をしてミラナはにへらと笑う。

「中佐、お手洗いに行ってきます」

「どうぞ、お構いなく。あと、今度から平時はリザで良いわよ」

「はい、ありがとうございます。リザさん」

 と言ってミラナはメイクを直しに行く。それまでのミラナの表情の変化をしっかり眺めていたリザは、いたって冷静であった。なぜかと言えば、何を考えていたにせよ、想像力豊かな人材と言うことは確かであるため、そういう意味では期待の持てるリアクションであった。

「そうそう、この後長旅になるから次の駅でおやつを買いましょう」

「はい!」


 駅舎は古風なレンガ造りである。とても陸軍訓練所とは思えない洒落たショッピングセンターが併設されていた。

「ピイ」

 シウスが声を上げる。この声は大抵の場合、何かしらのトラブルである。

「なになに、空軍によれば『荒天のため離陸時刻を三十分見送りたい』ってさ」

「なら、カフェでゆっくりしますか?」

 窓から見えるのはランニングを行う訓練兵たちであった。

「あれは、新兵訓練ですかね」

「懐かしい光景ね。私もここでしごかれた記憶が蘇るわ」

「リザさんのときもドーントレス軍曹だったんですか?」

「そうよ、今日もすれ違わないかひやひやしたわ」

「中佐なのに?」

「畏怖の感情に階級なんて関係ないわ」

「ですよね…」

 この、二人の女子会が行われている中で、アリス・フランクミュラーも走っていた。ダラダラと走る新兵の列。それを、装備重量三十キロを担いだ男女混成の列がものすごい勢いで追い抜く。

「マラソン選手みたいな集団がいますよ?」

「あれは、どこかの特殊部隊ね。ホワイトハットかしら」


 ヴァイスシュタインもこの場所で訓練の監督をしていた。挨拶がてらに二十キロのランニングを命じ、終わり次第休憩なしですぐにこの部屋に集結させた。だが、誰ひとり疲れている様子はなかった。流石これくらいは序の口らしい。

「各員、今日の訓練は挨拶に過ぎない」

「サー、イエス、サー」

「諸君らに課せられる任務は純粋な軍事行動ではない。潜入し現地に溶け込む必要がある」

「サー、イエス、サー」

「そして、困ったことに潜入員に求められているのは容姿端麗であることだ。今までのように筋肉で武装するわけにもいかず、ワンランク体重を絞った体型での戦いを求められる」

「サー、イエス、サー」

「良い反応だ。今回の格闘訓練では、力で攻めるな。徹底して相手の力を利用しろ」

「サー、イエス、サー」

「では、各員直ちに格闘訓練の準備を開始せよ」

「サー、イエス、サー」

 精強と言うにふさわしい集団が既に出来上がっている。

「マクシミリアン・ヴァイスシュタイン大佐殿」

「ヴァルトヴェルトか。そんな呼び方はしないでくれ」

 ヴァイスシュタインに話しかけるのは冷やかしにやってきたヴァルトヴェルトである。

「そうか、じゃぁいつも通りで行こう。昇進おめでとう。今日、俺に一杯おごらせろ」

 ヴァイスシュタインは親指を立てグッドのサインを送る。

「それで、新しい仕事の調子はどうだ」

「あぁ、さっそくだが新人工作員の面倒を見ている」

「諜報作戦軍に新人がいるのか? 確か帝国軍の特殊部隊から選抜だったよな」

「その通り。戦闘のエキスパートばかりで、軍事訓練をさせればこの基地内で最強の部隊が既に出来上がっていると言って過言ではないな。ただ…」

 ヴァイスシュタインは暗い顔をする。

「何だよ、機密じゃないなら相談に乗るぞ」

 相談と言いながらヴァルトヴェルトは少し嬉しそうにしている。

「お前、面白がっているだろ」

「なんだ、機密なのか。じゃぁ俺はここで失礼する。ここで合った内容も忘れておこう」

「ちょっと待てよ。相談に乗ってくれるんだろ?」

「しょうがない。聞いてやるよ」

(こいつ、相変わらずだな)

「今、俺が訓練しているのは、テーブルマナーとかパーティーでの空気の読み方だ」

「あぁ…。陸軍の特殊部隊出身者には不向きかもな」

「そして、そんなことは俺も知らない。だから、おれ自身も訓練を受けることになった」

「大佐にもなって訓練か」

 ヴァルトヴェルトはついつい鼻で笑ってしまう。

「鼻で笑ってんじゃないよ!」

「あぁ、笑った」

「更に火に油を注いでやろう、今日の訓練の中身はダンスレッスンだぞ!」

「ぷっ」

「不思議なことにコミュニー政財界ではダンスができないとやっていけないらしい」

「王侯貴族政治の真似事か?」

「いや、内情を見ていると違うな。ポピュリズムが悪性腫瘍化してグレード四まで悪化したらこうなる」

「つくづく大変そうだな」

「まぁ、俺が苦労して二百五十億人の国民が救われるなら安いもんだろう」

「そいつは頼もしい」

「それで心友よ。こんな俺にちょっと協力してくれないか?」

「いや、今日俺はここに冷やかしに来ただけだから。すまんな、心友よ」

 ヴァルトヴェルトは足早に去っていく。

(酷くね?)

 ヴァイスシュタインは仕方なく席を立つ。

 訓練の様子を確認しながら、自身も訓練するためである。急遽とはいえ、編成できたのは男女混成で一個小隊である。ヴァイスが訓練所に近づくと大尉が扉の前で待っている。

「全員、傾注」

 すでに全員が整列し、微動だにせず正面を向いていた。

(確かに、全員良い面構えだ)

 ヴァイスシュタインは攻勢作戦軍の司令官となった。ヒリア帝国の諜報の役割は大きく分けて三つとなっている。

 一つは守勢諜報。一般的には防諜と呼ばれる行為であり国内でのスパイ活動の取り締まりや悪質なプロパガンダ組織の検挙である。内定調査における敵組織への潜入は警察が、鎮圧は軍が担当することが多く、諜報省は国内治安維持向けの武装組織は有していない。

 一つは攻勢諜報。他国の動向調査やヒリア帝国に必要な情報収集を行う組織。プロパガンダを実施して他国に対して戦争を思いとどまらせることや、ヒリア帝国の能力を過大評価させて強硬姿勢をとらないように首脳を誘導するなど作戦内容は多岐にわたる。

 そして、今回ヴァイスシュタインが受け持つのは、攻勢作戦である。交戦前の他国へ潜入して秘密裏に実力行使を行う組織である。重要施設の破壊工作や暗殺および拉致などの完全なダーティーワークである。

 ヴァイスシュタインはコミュニエロー方面作戦に関して、自身の作戦の実行部隊としてここにいるメンバーを使えるように訓練する責任がある。期間は三年間。規模は小隊程度である。訓練だけなら時間は十分だが、戦術研究も含んでいることを考えればかなり突貫工事である。

「各員よく聞け。男女混成には慣れたか」

「サー、イエス、サー」

「良い返事だが、困惑している者もいるだろう。しかし、訓練期間においてこの環境に慣れてほしい。ただし、ここはヒリア帝国だ。むやみに羽目を外すことは許されないぞ」

「サー、イエス、サー」

 誰もが真面目な顔で答える。

(今の笑いどころなんだよなぁ)

 ヒリア帝国の特殊部隊員は機械みたいに正確に任務を熟す人間ばかりが選出される。酒が入るとそれなりに面白い人間たちが多いが、しかし、どんな訓練でもストレスでも耐えられる異能たちの頂点というのは確かに緊張する。

「実際、現地政府内に侵入するとき最も重要なのは君たちの容姿である。秘書官であろうが、事務官であろうが、必ずヴィジュアル試験がある。この試験を通過しなければ彼らの懐に飛び込むことすら困難となる。そして、残念ながら全員は通過できないだろう。ヴィジュアル試験の合格率は実に二パーセント以下と言われている。諜報作戦軍でも可能な限り傾向対策はするが、ここで訓練したメンバーのうち合格するのは一人程度だろう。この中で選ばれたたった一人が、すべてのミッションを請け負う必要がある。もしお前が選ばれたらどうする」

「はい、上官。必ず任務を達成します」

「そのためにどうする」

「はい、上官。すべての状況に耐えるため、どんな厳しい訓練でも耐え抜き、技術をマスターします」

「その通りだ。お前にも覚悟はあるか!」

 偶然だが、ヴァイスシュタイン大佐の目の前にいたのはアリスである。

「サー、イエス、サー」

 アリスは柄にもなく緊張していた。なぜなら、これが青春だと思ったからだ。学園ラブストーリー。元同僚のケイトやホワイトハットのみんなが餞別としてそんなドラマを用意してくれた。それをオーバードライブ中に何個も見たアリスは、脳が青春ラブストーリーに侵食されどんな些細な仕草も何かのフラグだと感じるほどにまで極まっていた。

 学園ラブストーリー。かつて、地球の学校は恋愛コミュニケーションを勉強する場所としてティーンエイジの男女を集めた。そんな場所ではアリスを苦しめた数式も登場しなければ、語学もなかった。そして、男女が出会えば何か起こる。この場所でアリスただ一人がそういう楽天的な感覚だった。そして、もっと悪いことにアリスにとってここでの訓練は、とても優しかった。それなのに、

「なるほど、諸君らは確かに優秀である」

 という些細なお世辞を言われ、アリスは壮絶に勘違いする。

(もしかして口説いているの?)

 胸がときめく。

(今まで馬鹿にされてばっかりだったのに。大佐って優しい人なんだな…)

 アリスの友人ケイトは、今頃、アリスが何かやらかしていないか想像してほくそ笑んでいるかもしれない。

「さて諸君。今日のダンスレッスンをするコーチは軍人ではないが、少佐相当官として命令に従うように」

「はい、上官」

 こうして訓練が始まるのだが、セカンドエイジであるコーチはまず初めにダメ出しから入った。

「君たち固すぎる。コミュニエローでは確実に浮くよ」

「了解です」

「ほら、その返事も違う。徴発されたら、やる気なく返事するか、徴発に乗るか。ほらもう一回」

「はいっ」

「はきはき答えない! まるで軍人みたいじゃない!」

 やや、オネェ系の少佐に戸惑う部隊員。彼らの訓練は、前途多難であった。

「うーん、しょうがない。言葉遣いは徐々に慣れていくしかありませんね。先に、体を動かすダンスレッスンをしましょう。私はこれまでに、千人のアイドルを生み出してきました。みんなスターになったのだからあなたたちもできます」

 流石、体を動かすことには慣れている隊員たち。思っているよりダンスレッスンが順調に進む。

(何とかなるだろう)

 ヴァイスシュタインが微笑む。しかし、

「ヴァイスシュタイン大佐。貴方も訓練することになってるでしょ! 踊りなさい」

 と、大佐ながら最前列に立たされる。

「ユー、体固すぎるよ。体に鉄筋でも入ってるの?」

「くすくす…」

(誰だ、鼻で笑ったやつ。笑いどころじゃないんだよな)

 何年もかけて叩き込んだ軍人的態度を隊員たちはこの三年間で完全に消し去ることになる。

「本日は解散する。各位これより自由行動を許可する」


 帰り際、列車に乗り込むヴァイスシュタイン。彼は女性から声をかけられる。

「失礼いたします。ヴァイスシュタイン大佐殿」

 最初に目に入ったのはホワイトハットの白い装束。しかし、もっと印象的だったのは大きな紺碧の瞳だった。山岳特殊部隊出身の女性は一人しかいない。

「あぁ、フランクミュラー中尉だな。お疲れ様。電車待ちかな?」

「はい」

「良ければ今日の訓練の所感を聞かせてもらえるか」

「はい。楽しかったです! やったことないことに挑戦できるので」

「それは、良かった。やはり、射撃訓練よりダンスレッスンの方が有意義かな」

「個人的にはそうですね。帝国にとっては違うかもしれませんが」

「私の部隊においてはダンスのテクニックは射撃にも勝る武器になる。遠慮せず満喫すると良い」

(やっぱり、怒られたり、馬鹿にされたり、なじられたりしない! なんて良い人なんだ!)

「あの、大佐これからご夕食でしたらご一緒しても構いませんか?」

「構わないが」

「ありがとうございます」

 アリスは年頃の女性らしい笑顔になる。グレイブルグまで列車で二十分ほど。地下鉄駅まで届く肉の臭いに誘われて、そのまま店を決める。そして席に着くと、すぐにアリスはベルを鳴らす。どうやら、空腹らしい。

「はい、お待たせいたしました。ご注文をどうぞ」

 奥から女性の店主がやってくる。一緒にやってきたシウスはグラスに水を注いで机に置く。

「おすすめ聞いてもいいですか? 高タンパクな料理が良いです」

「そうですね、南海マグロの照り焼きセットなどいかがでしょう」

「はい、それでお願いします。あ、ビッグサイズでお願いします」

「かしこまりました」

 しかし、アリスのシウスが注文を制止する。

「ピピピ!」

 通称、健康強制機能である。通常、シウスが食事制限指導を行うのは、基準範囲を超えた肥満の人間か、健康上の事情により食事項目に制限のある人か、あるいは望んでダイエットしている人のいずれかである。

「はい、かしこまりました。並サイズに変更します」

 店主はクスリと笑いながら注文変更に応じる。一緒にアリスの耳が赤くなる。ヴァイスシュタインも細かいことは言わない。当然である。任務のために減量を命じている身分だからである。

「た、大佐。べつに太ったとかそういうわけではないんですよ!」

「いや、任務に合わせて体を作り変えているんだな。大変だが頑張ってくれ」

「はい、今のままでは足とかムキムキすぎてミニスカート履けないんです」

「難儀だな」

「早く、アイドル体型になりたいです」

「君、身長は?」

「百六十五センチです」

「まぁ、今くらいが健康的でいいと思うよ。私はそれくらいの体型のほうが好みだな」

 ヴァイスシュタインは何気なくそういう言葉を使った。単なる社交辞令のつもりだった。しかし、アリスにとっては違った。彼女の脳は今異常なほど恋愛脳に侵食されているのである。これまで、アリスはいつも馬鹿にされてきた。そんな中で、珍しく言われた「好」という言葉。ここから、彼女の恋が始まったと言っていいだろう。

「そ、そうですかね」

 一挙手一投足だけでなく声まで弾むアリス。ヴァイスシュタインはちょっと落ち着きに欠ける反面、根拠もなくコミュニエローにはすぐに馴染めそうだと思ってしまう。

「良いことでもあったか」

「そうですね。人間がオーダーとるお店初めて来ましたから、うきうきしているんです」

「その割に、慣れてそうだったけど」

「訓練で教わったのでさっそく実践です」

 アリスは右手にナイフを持ち、差し出された料理を器用に右手のナイフだけで平らげていく。訓練で教わったテーブルマナーはどこへ行ったのか? 焚火を囲いながらサバイバルナイフ一本で食事している様子が浮かんできてしまった。

「フランクミュラー中尉。サバイバル訓練ではないからフォークも使ったらどうだろう」

「んぐっ」

「ははは、熊でも逃げ出しそうだな」

「熊、美味しいですよね!」

(食べたことあるの?)

 ヴァイスシュタインはそっちの話題の方が気になった。確かに、目の前にいるのは都会的美女に見えるけれど、ついこの前までホワイトハットに所属した隊員である。事の真偽を確かめてみようと思った。

「熊肉は食べたことはないな。どんな味がするんだい」

「冬の熊は脂が多くて比較的食べやすいですよ。ただ、やっぱり癖が強くて熟成させた方がおいしいですけど」

 フワフワした衣装を着せれば不思議の国の登場人物と言っても差し支えないアリスの容姿から放たれる、熊を狩ってさばく時の血が滴る生々しい話。空腹を紛らわせるために木の皮を食べてごまかす話など、聞いているだけで口の中の水分がなくなっていく。軍隊は恐ろしい。こんな乙女を野人に変えてしまうのだから。しかし、

「私は実家が山の中だったので、都会に出たかったのですが、軍隊に入ってからも相変わらず山菜に囲まれる生活でした」

「あぁ、ずっとそんな生活してたの?」

「はい。大佐のスカウトがなければ私はずっと山ガールでした」

 べつに、軍隊がアリスを変えたわけではなかった。

「どうして都会に出たいと思ったの」

「私、国家転覆が夢なんです」

「ん?」

 諜報省の大佐相手にずいぶん大胆な話を切り出すが。ちょっと耳を傾けていたら状況は把握できた。

「要するにスパイになりたいということか」

「そうなんです! でも、なり方がわからなかったです。どこか募集とかしてるんですか?」

「スパイや工作員もそうだが、諜報省自体がそもそもスカウトしか受け付けていない。俺もそうだし、同期も外務省からスカウトされてきた奴だった」

「へぇ、どうりでなれないわけですね」

「ただ、君が思うほど派手な仕事ではないよ。まぁ、訓練しているうちにわかってくるさ」

「りょーかいです、大佐」

 アリスは平時では許されない可愛らしい敬礼をしてみる。前の隊長だったらげんこつされそうなことだったが、ヴァイスシュタインは少し微笑んで受け止めるのである。アリスは感動した。この世界に自分を馬鹿にしない人間がいるなんて思ってもいなかった。

(もし、運命の人なら。あれくらい優しい人がいい)

 ヒリア帝国における恋はシステムに運命づけられている。シウスネットワークシステムからすればそれは事務処理のように当たり前で淡々と熟すべき事柄かもしれない。しかし、システムは決して自分たちの照合結果を人間に押し付けたりはしない。すべての国民が共通して、運命の人とそれとなく巡り合わせてくれる。二百四十五億の国民から運命の人を探してくれる。だから、そういう人との出会いは、まるで自然に出会ったように錯覚する。選んだのは自分であると錯覚する。ここに、システムの存在感などない。この国の乙女には必ず待っている。運命の出会いが。

 ただ、シウスシステムは公共システムである。個人の権利は尊重されるがそれが公共の福祉を超越することはない。故に現実問題としてアリスとヴァイスシュタインという二人の廻り合わせは本当に偶然であってアリスに与えられた運命ではない。

「今日はごちそういただきありがとうございます」

「おう、その代わり精一杯働いてくれ」

「はい!」

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