戦争のきっかけ
運命の使者は隣の一等星から現れる。
あの船は銀河が作る星の流れを進む。船の舳先には二人の男女が立ち並び、熱い口づけをしようとしていた。皆はこの光景をドラマチックと言うだろう。しかし、帝国にとっては有事であった。
《目標は我々の指示に従う様子を見せたか》
ドラマチックな船を追跡するのはヒリア帝国海軍所属の巡洋艦オーロラである。艦長のフィオナはスクリーンに映る男女を素直に羨ましいと思った。
だがここで、艦長のフィオナは決断せねばならない。もし状況を素直に司令部に答えれば、まもなく発砲が許可され、強制停船措置の名のもとに目の前のラブストーリーは沈むだろう。
もし素直に答えなければ、目的不明の宇宙船がこれから惑星ヒリアに対して行うあらゆる事柄に対してフィオナ自身が責任をとらねばならない。
よって、フィオナは司令部の質問に正直に答えることにした。
《見えない》
かの船は、今、ヒリア帝国を侵犯している。先ほどから何度も警告を実施しているにも関わらず、ゆっくりと逆噴射を行い惑星の周回軌道に入ろうとしている。そして、遂に近点高度がレッドラインに達する。この時点であの船の運命が確定した。
《巡洋艦オーロラ、現時刻をもってボギー1の領空侵犯を確認。強制停船措置を実施せよ。これに際し、展開中の一〇三航空小隊を貴艦の指揮下に編入し全ての武器装備の使用を許可する》
《オーロラ了解》
フィオナは隣の新任大尉に目を向ける。背の小さい大尉はにっこりと笑った。
「フィオナ艦長殿、対応について進言させていただきます」
「お願いする」
「展開中の二機に船体スキャンを実施させ、攻撃は本艦の魚雷によって行われるべきと信じております」
「理由は?」
「標的は行動からオートクルーズ中と推測され、操舵員は不在。そのためあらゆる威嚇行動に動じなかったものと推測します。また、標的はこのまま惑星への衝突軌道をとろうとするかもしれません。ここは一撃で確実に推進力を奪う攻撃を一刻も早く要するものと考えております。そのためには展開中の戦闘機の武器装備火力では不足しており、本艦魚雷を使用する必要があると考えます」
続いてフィオナは砲雷長を見る。
「砲雷長、ミラナ大尉の進言通り攻撃は可能か」
「はい、可能です」
「わかった。ミラナ案を実行する。オーロラ各員、攻撃態勢。目標ボギー1、艦尾両舷スラスター2基」
《展開中のハニービー応答せよ》
《こちらハニービー1、ご命令を》
《これより、ボギー1に対して短魚雷攻撃を実施する。両舷より接近しスキャンを実施せよ》
《ハニービー1、了解》
遠くで二機が動く様子が見える。こうして比較するとやはりあの船の大きさが良く分かった。四つの飾り煙突に白いデッキと紺色の船体。まるで海に浮かぶ船のようであった。
「ハニービーより目標データ確認、測敵完了です」
「砲雷長、攻撃パターンをセット」
「短魚雷二基。カタパルト18L、カタパルト18Rへ装填。中間誘導をセミアクティブにセット、終末誘導をヴィジュアル誘導にセット」
「発射管セット、データ入力完了フラグをチェック。装填開始!」
「通信手、警戒飛行中の小隊に退避命令を通達」
《こちら巡洋艦オーロラ。ハニービー小隊各機、直ちに退避。ACP(アームキャッチ位置)》
《ハニービー了解。退避する》
小さな光点が離れていく。両機がレーダー上で十分な距離が開いたことを確認して次の行動に移行する。
「最終警告アナウンス、レーダーロック」
「イルミネーターを展開。照射開始、目標をロックオン中」
《警告、警告、国際識別コード・タイタン403、貴艦はヒリア帝国領空を侵犯している。直ちに両舷エンジンを停止せよ。指示に従わない場合は強制する。警告、警告、国際識別コード・タイタン403、貴艦はヒリア帝国領空を侵犯している。直ちに両舷エンジンを停止せよ。指示に従わない場合は強制する。警告、警告、国際識別コード・タイタン403…》
攻撃に際しては、魚雷の攻撃により多数のデブリを宇宙空間に放出する。特に、戦闘機のような小型機は専用のデブリバリアを持つ巡洋艦の陰に隠れる必要がある。そのため、航空隊が展開している場合は十分な退避距離をとるか、今回のように巡洋艦の盾に隠れる行動をとる。
《こちらハニービー、ACPレディ》
戦闘機の主翼の先端にアンテナ状の細いアームがついている。これを巡洋艦のロボットアームで掴み簡易的に固定する。
「ハニービー二機のアームキャッチ完了」
「了解、雷撃準備は?」
「いつでも撃てます」
フィオナが迷っている時間はなかった。
「サルボー(斉射)!」
艦長の合図で放たれた二基の魚雷は真っすぐとタイタン403号へ向かっていく。
「誘導継続、トーン良好」
ちょうどそのころ、後ろに見えるヒリア惑星から朝日が昇っていく。惑星表層で高く育った積乱雲が良く見えた。標的は雲間の海を泳ぐように見えた。美しき光景の中ではきっと美しい音楽が似合うだろう。カップルは船の舳先に立ち、両手を大きく広げるポーズをとっていた。
一方で宙域を進む魚雷は確実にバットエンドを運び込む。隣にいる新人大尉は自身の腕時計で弾着タイミングを計っている。
「三、二、一、弾着、今」
「ボギー1へ命中を確認。船体、大きく傾斜しています」
この日を境にヒリア帝国は岐路に立つ。創立以来初の対外戦争が始まるのである。