第3話 ――思 考――
翌日――
今日はすごくいい天気だ。あの青年のために本を準備しなくては。
何がいいかな、どんなジャンルがいいのだろうか。
確か昨日、嫌いじゃない。と言っていたよな。
朝からいろいろと考えながら、書庫でゴソゴソと青年へと渡す本を考えて漁っていた。僕のおすすめを何冊か、とは言ったもののなかなか決まらない。
げっ、もうこんな時間。早く本を決めて向かわないと。んー……これと、これと、これ。
本を3冊に絞り準備が出来たのはちょうど時計の針が9時を指し示す頃だった――
施設に到着し、自室へと向かい荷物を置いて白衣へと着替え、いつもの調子でカルテを持って部屋を出る。
おっと、忘れるところだったと、本のことを思い出し、机の上に置いておいた、持ってきた3冊の本とカルテを持って青年の部屋へと向かう。
扉を開け青年の部屋に入ると、彼はベッドでまだ眠っている。
僕が入ってきたことにも気が付いていない。
笑顔で彼に「おはよう、いい天気だよ。」優しく声をかけ起こした。
「ああ、もう朝か……」彼はまだぼんやりしている。
「ああそうさ、晴天だよ。」僕はその言葉に続けて、今日の調子について問いかけた。
「調子ですか?体は軽くなりました。」彼は、まだ少し眠たいのか、あくびをし目をこすりながら身体を起こし答えてきた。
僕はその落ち着いた面持ちと言葉を聞いて順調な様子だと安心し、「そうか、少し落ち着いたようだね。それはよかった。」
彼は「気持ちは昨日より落ち着いています。整理はついていないですが……」少し目をこちらから背けながら言ってきた。
「昨日の今日だから仕方がないよね。でも調子は良くなって来ているようで良かった。」
ベッドの横にある椅子に腰掛けながら答え、暗くなる空気を変えるように「そうそう!約束していた本を持ってきたよ。」と言いながら3冊の本を彼に渡した。
本を渡され、3冊の本の題名を見た後、それらが意に沿わなかった様子でこちらを見て、「はぁ……なんだこのチョイス。難しい本ばかりじゃないか。」思わず愚痴を漏らす。
「はははは。君には難しすぎるチョイスだったかな?個人的には、今の君に大切な分野だと思うのだけどね。哲学は、考え方も身に付くしなかなか面白い。心理学は、記憶を取り戻すきっかけになればと思ってね。それから天文学なんて、夢が詰まってるんだぞ!」
彼の意見も一理あるな。などと思いつつ、選んだ理由をなんとか腑に落ちるよう述べた。彼は、呆気にとられた様子で、はぁ……と言わんばかりの顔をし、「知識の一つでも身につけて、早く記憶を取り戻して夢を持てってか。」
小声で小言を言いながら、苦笑いを浮かべ「わかったよ。読んでみる。」
その言葉を聞くと、僕はそばに置いていたカルテを見て義務を思い出した。「話は変わるが、今日の問診をさせてもらってもいいかな?」つい話しすぎて忘れていたよ。
それを聞いてうんざりした表情を見せ「今日は気分が乗らないので、もう放っておいて下さい。」もういいから帰ってくれと言わんばかりに、布団の中に潜ろうとする。
「気分が乗らない所申し訳ないが、義務なんだ。監視カメラで監視もされているから、悪いけど付き合ってもらうよ。」不服な態度をあからさまに取る彼に、昨日同様の問診をしカルテをまとめている間に、彼はおもむろに本を開き「何にもわからない状態で、こんなの読んで本当になんになるんだ……」
僕に聞こえないように、不満をこぼしているのに気づいてはいたが、気づいていないふりをして早々に部屋から立ち去った。
いつも通り自室でカルテをまとめ、ふと考え事をしながら、いつも通り報告をする為に研究員の部屋へ向かって歩いているはずだったが、気づくと僕は違う部屋の前にいた。
予想だにしないことに焦って確認するとD区画と書いてあった。僕の部屋はD区画にあり隣のC区画の研究員の部屋があるので、そこに向かっていたはずが、考え事をしていたためD区画内をぐるぐると回っていたようだ。
本当にこの施設は、一体何をしている場所なんだ。裏では何が行われているのか……。本当の目的は知ることなのだが今は詮索はよそう。今動いては無駄になる、準備が整ってからだ。とにかく研究員の部屋へ急がなければ。
迷ったにも関わらず、施設のことまで考える事にどのくらいの時間をかけていたのだろう、ほんの数分間だと思っていたが、腕時計の針は予想以上に進んでいた。
研究員の部屋に入るやいなや荒々しい研究員の怒号が部屋中に響き渡る。「桜井!お前は何をしていた。青年の部屋を出てここに来るまで10分とかからないはずだぞ。お前が青年の部屋を出たのを監視カメラで確認してから30分も経っている。まさかお前」鋭い目つきでこちらを見て、何かを疑っている。
嫌味を言われるのを覚悟で、言葉を選びながら本当のことを言った。「いや……その、考え事をしながら歩いておりましたら道を間違えておりまして。」話を最後まで聞かず、「お前、詮索していたんじゃないだろうな?詮索すればどうなるかわかっているな?」と言ってきた。
ここで追い出されたり、命を失ったんでは1年間の苦労が水の泡だ。「いえ、そんなことはしておりません。申し訳ございませんでした。以後こういう事のないようにします。」と必死に頭を下げた。
なんとか理解してもらえたようで、「今回限りだぞ。わかったらカルテを机に置いて下がれ、今日はもう用はない。」と部屋を追い出された。
施設を去ろうと歩いていると、研究員がどこかへ向かうのが目に入った。