塔の魔女の本当
予想外だった。
「まさか人間を盾にするとはね。」
「化け物ならこれくらい当たり前じゃん!!」
吸血鬼は良い笑顔でそう言った。その手にはまだ生きた人間が掴まれている。連れてきた人間の1人を鷲掴みにして、塔の上まで飛んできたらしい。
「人間を殺せない方が化け物としてはおかしいよ?塔の魔女。」
その言葉に私は歯噛みする。吸血鬼はにこにこしながら人間を振り回す。
五体満足な人間。けれど凄まじい恐怖に支配され、想像絶する腕力で掴まれているのだろう。頭を掴んで振り回したら、体が取れそうじゃないか。
「化け物相手には殺し合いが出来るのに、人間には出来ないのかい?酷いなあ。俺より人間の方がよっぽど君を殺す気満々なのに!!」
あははと吸血鬼は可笑しそうに笑う。
「人間は殺したら死ぬからね。化け物は殺したって死なないじゃないか。」
「化け物だって死ぬよ?君の忌々しい銀色の魔法は化け物を殺せるものだからね。」
私が攻撃魔法を放てば、盾にされている人間が死ぬだろう。助けてくれと必死で喚いて歯を震わせる男が。
どうすれば良いか、考えている時間が隙になった。
人間を何とも思わない化け物が人間の男を私に向かって叩きつけるように投げる。
「っ!!」
避ければ、人間は塔から落ちて死ぬ。防いでも、その衝撃で死んでしまうかもしれない。
私は人間を躱せず、自分より図体が大きい人間を正面から受け止めることになった。
衝撃と痛みに、瞑っていた目を開く。人間が重くてうまく動けない。
「そうすると思ったよ、塔の魔女。」
すぐ近くで声がした。
吸血鬼の手が、私の薄紫の髪を掬い上げる。
「いや、塔の魔女は既に死んでいるんだろう?人間の、お嬢さん。」
吸血鬼は嬉しそうに笑った。
「うあっ!!」
尖らせた爪が肌に食い込む。化け物ではないこの身は簡単に血を流してしまう。
「血に触れられれば、人間の体くらい簡単に抑え込めるんだよ。」
「人間如きの魔力に圧倒されてたくせに。」
「人間の身で化け物のフリが出来るんだ。その魔力は並みの化け物より強いだろうね。」
吸血鬼は上機嫌に私の腕から流れる血を見つめる。
「人間は美味しい。でも魔力が少ないから不便だ。けれど君の血だったら、君を殺さない程度に飲んでも栄養としては十分だろう。むしろこれほどの魔力量なら、飲み続ければ俺の魔力自体が大きくなるかもしれない。」
化け物にとって、君は良い御馳走だよ。
吸血鬼はそう言って頬を赤くする。
「ねえ、何に魔力を割いてるの?全部解きなよ。」
吸血鬼が腕の血に触れてそう命じる。血を飲んで生きる種族だからか、その扱いには光るものがある。
魔力で抵抗しようとしても、私の血は人間のそれだ。化け物の命令に逆らうことができない。
魔法が、解けてしまう。
ずっと、ずっと隠してきた色が。
「ああ、綺麗な金色じゃないか。」
魔力で薄紫に染め上げていた髪が元の色に戻る。
「金色は好きだよ。俺の目の色とお揃い。」
吸血鬼の目は確かに金色だった。瞳の色がはっきりと見える距離にいることに寒気がする。こんな距離、月虹だけにしか許したことが無いのに。
魔法が解けて、元の色が明るみになる。
「綺麗な金色の髪。見た目は重視してなかったけど、綺麗ならそっちの方が良い。」
吸血鬼が嬉しそうに私の髪を弄んだ