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塔の魔女と使い魔  作者: 星野 優杞
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魔女様のお願い

 頭が少しは冷えた。物理的に冷やしたのだけど、そういう作業をしている内に思考も冷えてきた。

彼女の秘密を知っている。あの銀色の月が金色の月に鮮やかに変わったあの日から。


「守らなくては。」


彼女があと100年ほどの寿命しかないことなんて、ずっと分かっていたことだった。それでも良いと思っていた。銀色の月が金色になったその瞬間から、彼女の存在が俺を掴んで離さない。


「1人で散歩か。飼い主が余命少ないとお散歩も一緒にできないか。」

「……何の用だ。」


馬鹿にしたように笑う声は頭上からだ。見上げれば黒い蝙蝠のような翼を広げる吸血鬼と目が合った。


「町の人間に報告したら、狩って欲しいって言われちゃってね?俺としてもご老人を手にかけるのは心が痛むんだけど、ご褒美に可愛い娘を用意されたら仕方ないよね?」


俺は身体を狼に寄せて身体強化をする。


「それに、お前は狼男っていうのを差し引いても気に入らないんだ。お前の存在そのものが、忌々しくてたまらない!自分でも不思議なくらいにね!!」


吸血鬼は身体の一部を蝙蝠に変え、俺に向かわせる。蝙蝠の羽は一部が鋭い刃物のようになっていた。肉弾戦で立ち向かえば体が刻まれるだろう。

その辺に落ちていた石に魔力を込めて投げつける。石は俺の毛と同じ色の黒い矢に代わって吸血鬼の元に向かう。吸血鬼は目を見開いて驚いていたが間一髪のところでそれを避けた。

俺も蝙蝠のコントロールが鈍ったので避ける。


「まさか狼男が魔法を使うなんて。」

「使い魔、なんでね。」


俺の名前は月虹。魔女様に与えられている魔法は弓矢だ。

けれど、どうしたって近距離戦の方が得意なので遠距離戦だとあまりダメージを与えられない。


(焦るな。焦るな!!)


吸血鬼の羽を狙って矢を放つ。どうにか落ちてはこないだろうか。


「飼い犬の癖に、面倒だな!」


何かが後ろから跳んできて、間一髪でそれを躱す。肩の肉を一部持っていかれた。


「っ?!」


一体何なんだと目を凝らす。

化け物にもギリギリでしか見えないそれは、人間には決して見えないだろう。


「黒猫!!」


暗闇に溶け込むように身を隠す猫。男を吸血鬼にしたのはこの猫である。パートナーなんだとしたら吸血鬼を助けるように動くのは当たり前かもしれなかった。そう思っているうちに目の前に、鋭い刃物の羽を持つ蝙蝠の大群がやってくる。躱そうとして、痛みで上手く体が動かなかった。


「っ!!!」


体を丸めて、表面積を減らす。薄い所をなくして、切断されにくいようにする。そんな体勢を取れたおかげで皮膚以外に大きなダメージは負わなかった。皮膚にたくさんの切り傷が出来てしまったが。

地面にそのまま受け身を取って転がる。


明らかに不利だ。

どうすれば良い?


「私の使い魔に何をしているのかしら?」


木々のざわめきに気配を隠していたように、静かに魔女様は現れた。


「魔女様……!!」

「やあ、塔の魔女。人間たちから君たちを狩るようにお願いされてしまったんだよ。」


吸血鬼がそう言って蝙蝠を魔女様の方に差し向ける。


「魔女様!その蝙蝠は!!」


月は忌々しい銀色をしている。

風の仕業か、森の木にまるで意識があるかのように、魔女様の元に月の光が差し込む。銀色の月の光が彼女を照らす。蝙蝠はその光に弾かれた。


「ぐっ?!」


蝙蝠へのダメージは吸血鬼へのダメージになるらしい。吸血鬼は苦しそうに眉をしかめた。


「私のせいかもしれないわね。」


魔女様は何食わぬ顔で頷く。


「私が町に行った事があるせいで、人間たちは私の存在を知って、私を殺したいと思ったのかもしれない。」


少しだけその表情には憂いが混じる。俺は思わず口を開いた。


「だから、俺がいるんです!魔女様が人間の町になんか行く必要がないくらい、魔女様が欲しいと思ったものは俺が用意できるように!!」


もうお菓子が食べれないだろうなと悲しそうに笑ったから、俺はお菓子を作るようになったのだ。

魔女様は俺の大声に目を見開いて、頬を染めて微笑んだ。


「ありがとう。」


その間も吸血鬼は魔女様に攻撃しようとして弾かれていた。


「何故?!その薄れた紫の髪!!そんな魔力量で、俺の攻撃を防げるはずがないのに!!」


月光が降り注ぐ。銀色の光は吸血鬼の攻撃を弾き、黒猫の姿を明るみに引きずり出す。

ああ、彼女はまさしく――――


(月の魔女だ。)


吸血鬼が信じられないと目を見開く。そして


「あ……。」


蝙蝠よりも細かい、霧のようになって夜に紛れてしまった。


「うーん。逃げられちゃったね。」


吸血鬼が本気で逃げたら速い速い。魔女様はケラケラと笑うと、俺の元にやってくる。薄紫の髪がふんわりと揺れた。


「ごめんね、月虹。……私のために傷ついて。」


魔女様は申し訳なさそうに俺の横に膝をついた。そして俺の傷を1つずつ治していく。


「別に……。俺はあなたの使い魔ですから。」


だから気にしなくて良いのだと、続けようとした。

それなのに


「魔女……様?」


魔女様があんまりにも悲痛な顔をするから俺は言葉を続けられなくなってしまう。


「そうね。あなたは私の使い魔……。」


最後の傷が塞がる。魔女様は今にも泣きだしそうな顔で俺に言った。


「月虹。私の使い魔を辞めてくれないかしら。」


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