魔女の理由
「……。」
「……。」
「私が守るって言ったんだから後ろにいてくれればいいのに!」
「そんなこと許せるわけないでしょう。俺が魔女様を守るんだから。」
「まだまだ子どもの癖に。そんなこと出来ないよ。」
吸血鬼に精神は見た目に比例していないと言われたのが頭を過る。
「俺は、あなたよりずっと大きくなっただろう!」
壁に両手をついて魔女様をその間に囲う。魔女様はそんな俺に目を大きく見開いた。
――――――彼女の秘密を知っている。
「俺にだって、あなたを守れるはずだ。」
たった3年で、幼児ほどの大きさだった体は青年に近いものにまで成長した。化け物なら珍しくもないこと。
出会った月夜、少女だった彼女と俺の見た目の年齢はほとんど差が無いものになっていた。
彼女の口がはくりと、開いて、ギュッと閉じられる。
そしてぼそりと呟かれる言葉。
「それはあなたが、私の使い魔だからかしら?」
そうだ。彼女が架けてくれた月。彼女と俺を結ぶ契約。
俺は頷いた。魔女様は俺のその行動をゆっくり見届けて、悲しそうに笑った。
「私は若く見えるでしょう?けれど寿命を魔法で弄ったわけじゃないの。」
魔女様と目が合う。
「私の寿命は後100年も無いわ。」
それは化け物の基準で言えば、あっという間のこと。
人間が余命5年と言っているのと同じような感覚。
「だから、何ですか?」
彼女がそんなことを気にする意味が分からない。
「だからナベブタの魔女は跡継ぎを考えるなら今の内だと言ってくるの。」
そんなこと俺には関係ない。
「あなたが守っても、私はそんなに長くは生きないの。私が死んだら、あなたは使い魔としてじゃなくて1人の狼男として生きていく。」
魔女様が俺を見上げて、手を伸ばす。そうして柔らかい手で俺の頬に触れる。
「あなたはまだ子どもなんだから、先を考えなければ。」
若者の未来を守るのは年上の者の努めよ。
彼女の手に手を重ね、強く握る。
「あなたにだって!俺の未来を決める権利はないだろう!!」
「っ!!」
彼女が顔をしかめてハッとする。手を強く握りすぎてしまったらしい。
怒りで沸騰していた頭が急速に冷めていく。
「……すみません。頭を冷やしてきます。」
「失敗しちゃったかな……。」
強く握られた手を見れば、跡が付いている。
自分への戒めに残しておいても良いのだけど……
「不安要素が多いしね。」
吸血鬼がどんな行動をとってくるか分からない。最悪の場合は戦闘になるだろう。戦闘になった時に怪我とかをしていたら、不利になるかもしれない。
ため息をつきながら回復魔法をかけた。
「私は、あなたに守られる資格なんて無いよ……。」
だって私が彼を拾った理由は―――――
師匠がいなくなってしまった。
師匠がいなくなってから少し経っていたのに、私は未だにそれを上手く受け入れられなかった。
「あなたの時間は、私から見たらどうしようもなく少ないけれど、その分あなたは強い。だから、しっかり受け止められるわ。」
私の心配をしてくれたナベブタの魔女はそう口にした。
でも私にはそれが信じられなかった。苦しくて辛くて、こんな感情を受け止められる日が来るなんて信じられなかった。
魔女は基本的に集団にはならない。ナベブタの魔女が心配して、一緒に暮らそうかと提案してくれたけれど、私はそれを断った。
「私は塔の魔女。塔にいなきゃいけないの。」
ナベブタの魔女はゆっくり頷いた。
師匠がいた頃に人間の町に行って酷い目に合った。
なのに、塔の上で1人で暮らすのは、寂しくて、寂しくて――――同じことを繰り返してしまった。人間の町に行って、人ごみに紛れるだけで、寂しさも紛らわせると思った。
なのに、人間は私が町にいることを許さない。
見た目は、同じはずなのだ。
人間と同じはず。
それなのに、どうしてこうも迫害される?
とぼとぼと塔に帰る途中、私は見つけてしまう。
明らかな化け物だ。明らかな化け物が、明らかな化け物を襲っている。殺している。
人間と、明らかに見た目が違う化け物たち。
そうだ、あれは良い。
耳と尻尾が生えている成体が2人倒れている。既に死んでいるのだろう。化け物が小さい影を殺そうとしている。
小さい方が扱いやすそうだ。一刻を争う状況だったので、私は魔力を開放して、その小さい影を救った。
魔女の中には使い魔を持つものがいる。ナベブタの魔女の使い魔はあの一風変わった豚だ。
目の前にいるのは、まだ小さい狼男。狼を使い魔にするのはありだと思った。
「ああ。ちょうどいい。」
月が綺麗な夜だった。私の魔法は月との相性が良い。
「私が月を架けてあげよう。」
そうして、私は彼との間に主従契約を結んだ。
彼で良い。
彼が良い。
人型になってもある耳と尻尾。
変化するその様子。
完全な狼になった時の威圧感。
まさに化け物じゃないか!!
(これなら私はか弱く思われる。)
彼と一緒にいれば、私が人間らしい服装と髪をしていれば、私は化け物に襲われそうな女の子に見えるはずだ。
そんなことを思って、そんなことを思って、私は月虹を自分の使い魔にしたのだ。
「私なんかを守ろうとしないでよ……。」
塔の上で1人、膝を抱えた。