化け物を狩る吸血鬼
人間の血は美味しい。だけど、魔力量が少ない。人間の血で生きていこうと思ったら、大量に必要だ。
それに比べて化け物の血は魔力量が多い。化け物を殺さない程度に血を貰えば生きていける程度には。
「魔力が多い人間を量産出来たら理想的なんだけど。」
娯楽品としての役割が大きい人間の血を口に含む。美味しい。美味しいから人間にはそれだけで生きる価値があると思う。
「吸血鬼様。次のターゲットは……。」
人間の望む通り化け物を殺して、その化け物の血で命を繋ぐ。褒美として俺は人間に狩られないし、いらなくなった人間を貰える。ウィンウィンの関係と言うやつだ。
人間は面白いもので、自分に危害を直接加えていなくても加えそうだと思ったら、見た目が不気味だと思ったら、俺に狩りを頼む。人間に友好的な化け物だとかは関係ないらしい。
俺は気に入らなければこの町くらい滅ぼせる力がある。でも化け物でも集団となった人間より強いものはそこまでいない。露払いには人間も使えるのだ。せいぜい利用させてもらおう。
―――――飽きるまでは。
月の歌が聞こえる。その歌声は、金色にも銀色にも聞こえる。紺碧の夜空に静かに響き渡る。
「また歌ってるんですか?」
塔の上で月を見上げて歌う。彼女に後ろから声をかけると嬉しそうに笑われた。
「歌が好きなの。」
そう言われてため息をつく。
「こんなところで歌ったって、誰にも届きゃしないですよ。」
塔は高い。地上に彼女の声は届かないだろう。
「月には届くかもしれないよ?」
彼女は可笑しそうに笑った。月の魔女と呼ばれることもある彼女の声は、月に届くだろうか。
紺碧の夜空には銀色の月が懸かっている。
(届かなければ良いんだ。)
届いて、月に気に入られでもしたらたまったもんじゃない。
彼女を守ると心に決めているけれど、さすがに月は敵に回したくない。
ふわりと薄紫の髪が光るのが見えた。気が付いたら魔女様は俺のすぐ目の前に来ていた。
彼女は俺のことを見て嬉しそうに、嬉しそうに笑う。
「月虹には届いてるでしょう。」
歌を聞いて来てくれたんでしょう、と。
その言葉に、
表情に、
心臓が飛び跳ねて、
息ができなくなるかと思った。
「歌で獲物をおびき寄せるなんて、セイレーンですか……。」
すっかり熱くなった顔を隠すことも出来ず、顔を背ける。
魔女様はクスクスと可笑しそうに笑った。
「私の下半身は、鳥でも魚でもないよ?」
そんなの、よく知ってる。
森の奥の奥に、その高い塔はあった。高くて目立つけれど、周りに人間がいないからそんなの関係なかった。人間が来ない森の奥にあるのだから関係がなかった。
けれど人間と言うのは意外と進化が速かったりする。昨日は誰も入らなかった森に、今日は家を建てている。だから当たり前と言ってしまえばそうなのだけれど、人間が塔を見つけてしまったらしい。
「と言うわけで調査を頼まれたのさ。」
目の前の男は白々しい笑顔を張り付けてそう言った。魔女様のご飯を作っていたのに、急に押しかけられて迷惑である。威嚇の意味を込めて睨みつければ忌々しそうな表情をされた。
「調査だから、戦闘をするつもりは無いんだけど、殺してやっても良いんだよ?犬っころ。」
「喧嘩なら買うぜ?猫に跨がれた死体の癖に。」
男は真っ黒な猫を連れていた。きっとこの猫が彼を化け物にしたのだろう。
「喧嘩じゃない。殺し合いだよ。そんなことも分からないんだね?精神は見た目に比例してないのかな。」
その言葉に俺は言い返せなかった。
確かに俺は急激に成長したタイプの狼男で、精神は見た目ほど成熟していない気がしているからだ。
「私の使い魔を苛めないでください。」
ため息をついた魔女様が俺を庇うように立つ。
「躾がなっていないんじゃないかな?塔の魔女。」
「拾ったのは3年前だもの。まだまだ教育途中よ。」
俺は口を開こうとして、閉じる。何も言えやしなかった。
「3年か。確かに俺たちの時間の中では瞬きほどの時間だ。」
男は羽をバサリと動かした。
そう、この男、吸血鬼である。
そして男は魔女様をじっくりと見始める。
ねっとりとした視線に、思わず俺が魔女様を庇おうとすると、魔女様に止められた。
「そもそもあなたのせいですよ?塔の魔女がワルプルギスの夜に顔を出さないから、あなたは既に死んだのだと噂されていたのです。今回お会いできて正直驚きました。」
「騒がしいのは苦手なので。」
魔女様はにっこり笑う。
張り付けたような笑顔は今まで見たことが無い表情だ。俺に向けられたことは無い表情。
「それにしても随分お若いですね?塔の魔女は若返りの魔法を開発したのですか?」
「偽れるのは表面だけでね。寿命は延びはしないよ。」
吸血鬼は探るように目を細める。
「塔の魔女は力のある魔女。もっと濃い紫色の髪をしていたでしょう。年を重ねて、魔力も髪の色も薄れたのですか?」
「いい加減にしろ。」
俺は魔女様の制止を振りきって矢面に立つ。
「調査とやらはもう十分だろう。」
「月虹!?」
俺は魔女様に嫌な想いをして欲しくない。悲しい顔もさせたくない。
そのためにお菓子を作れるようになった。何のために体が大きくなったと思っているんだ。
こういう時に前に立てるようにだろう!!
俺の鋭い視線を受け止めた吸血鬼は口角を上げた。
「確かに十分だ。ここからの判断は人間の仕事だからね。」
そして空中で綺麗にお辞儀をして笑った。
「それでは塔の魔女。またお会いできることを楽しみにしていますね。」