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8、空の旅は波乱万丈です。


 1ヶ月という月日は瞬く間に過ぎ、気が付けば婚約式の朝を迎えていた。

 先ほどまで降っていた雨は、朝方には止み、空には美しい虹が懸かっていた。

 私は窓辺に立ち、大きく翼を広げる。

 これでお別れではない、この翼がある限り、私はどこへでも飛んで行ける。

 大きく羽ばたくと、私の身体はふわりと宙に浮いた。

 出発を前に、私はピュレル王国をぐるりと大きく飛び巡った。

 幼い頃から過ごした、城、城下町、遊びに行った山や川、そして飛んでいる私を見て手を振ってくれる国民達。

 私が守らなくてはいけない、全部の物、者。その全てを、この目に焼き付けておきたかった。

 私がこれから向かうのは、婚姻という戦場だ。一歩間違えば命を落とす。

 私だけではなく、故郷の皆まで道連れにして。

 大切な場所、優しい人達、決して踏みにじられてはならない宝物だ。

 守らなくてはならない。この人々を、この世界を、この命に代えても。

 私は空中で決意を新たにすると、まだ見ぬ神に祈った。どうかこの世界全てが、良い方へ向かいますように、と。

 私の大切な人達が、誰も傷付くことのありませんように、と。

 願いが叶うかどうかは分からない。けれど空に大きく懸かった虹は、私の前途を祝福してくれているようだった。



 バイエル王国は、ピュレル王国よりもだいぶ温暖な気候をしている。

 魔法の懸かった馬車は、荷物や両親、親族の分も合わて、一群となって空を飛んでいた。

 ピュレル王国の王族と貴族達は、皆魔力が強いので、これだけ多くの馬車が一度に空を飛ぶことを可能にしていた。

 数十台の空飛ぶ馬車の周りには、ハルピュイアと呼ばれる有翼の騎士や、翼はなくとも飛行術に長けた騎士達が、囲んで護衛していた。 

 これほどの空の行軍はなかなか見られるものではない。

 当事者である私ですら、すごいと思うのだから、この光景を地上から見ている国民達からすれば、圧巻の一言だろう。

 当然これは、バイエル王国に対する力の誇示でもある。

 我々はこの程度の魔法力なら、難なく扱えるのだぞ、と。イーリス王女はこれだけの魔法と王族貴族を動員して、婚約式をさせる程大切な姫君なのだから、お前ら大切にしないと承知しないぞ、という言外のメッセージ。

 ようは親バカである。

 最初は婚約準備に贅を尽くしたものを用意しそうになった両親だったけれど、大切な国民の血税を、そんな風に使うのは嫌だと言い張った結果、こうして税金ではなく自らの魔法力を沢山使うことで落ち着いた。

 あまり派手な行軍は恥ずかしさもあったけれど、こんなにも愛して貰っているのだと思うと、素直に嬉しかった。

 前世、未琴だった時も、両親は厳しかったけれど、やはり私を愛してくれていた事に変わりはなかった。

 何故31歳などという若さで、結婚もしないまま死んでしまったのか。

 結局、あそこまで育てて貰っておきながら、何の親孝行もしてあげられなかった事が悲しい。

 未琴の姉がすでに結婚をしていて、すでに子供も二人いてくれたのは救いだったけれど、私は孫どころか花嫁衣装すら見せてあげることもできないまま死んでしまった。

 もしも人生やり直せるのなら、あんなブラック企業になんて絶対に就職しなかったのに、と思う。

 そしてこの「エクサヴィエンス」の世界においても、私、こと「イーリス・ピュリファイング」は、婚約まではしたものの、結局結婚には至らないまま死んでしまい、そのせいで家族皆を究極に不幸にする。

 どこの世界においても、私は親不孝なのかと思うと悲しくなったけれど、この世界における未来は、きっとまだ変えられると信じていた。

 絶望はしない、きっと助けられる、前世でできなかった分、この世界の両親には、どうか親孝行をしてあげたかった。


 考え事をしている間に、馬車はどんどん進み、バイエル王国への国境付近を通過した。

 国境を越えると、急に生えている木々の種類まで変わってくるのは、本当に興味深いと思う。

 この気候なら、いったいどんな作物がよく育つだろうか?

 そんなことを考えながら常緑樹の森を見ていると、木の影から何か黒い物が、こちらに向かって飛んでくるのが見えた。

「あれは…、鳥!?」

黒い鳥はものすごい速さでこちらに近付いてきていた。危険を感じた。

「お任せを!」

馬車を護衛していた騎士の一人が、鳥に向かって魔力を放つ。

 魔力で撃たれた鳥は、キュアー!と鳴きながら森の中へ墜落していった。

「あの鳥、操られている気配がいたします。」

落ちて行く鳥を、別の騎士が魔力でキャッチする、恐らくきちんと検分するつもりなのだろう。

「気を抜くな!まだ来るぞ!」

見ると、森の中から次々と、様々な鳥がこちらに向かって襲い掛かってきていた。

「何が起こってるの!?」

「敵襲です!何者かが、鳥を使って攻撃してきました!」

混乱する私に、馬車の隣を守っていたアルース卿が答えてくれる。

「そんな!」

答える間にも、アルース卿も魔力を飛ばし、向かってくる鳥を迎撃していた。

「この鳥達は操られてるの!?」

「そのようです!」

緊迫した空気の中でも、アルース卿はきちんと返事をしてくれる。

「許せないわっ…!」

罪もない鳥を、森で静かに暮らしていただけの鳥達を操って利用するなんて、敵は悪魔なのではないかと思った。

 沢山の鳥に襲われ、沢山の鳥が撃ち落とされていく光景は、正に悪夢であった。

「全日本野鳥の会に、入会を考えた事もあるくらい鳥好きなこの私に!酷い喧嘩の売り方してくれるじゃないの!」

頭に来た私は、馬車の窓から身を乗り出すと、背中の翼を大きく広げた。

「目を、覚ましなさーーーい!!」

そのまま、最大量の光の魔法を、鳥達へと放つ。

強烈な光によって一瞬で目を回した鳥達は、そのまま失速して地面へと落ちて行こうとした。

「騎士達!今の鳥達全て回収して!!きちんと手当てしてから森へ返すのよ!」

「かしこまりました!」

私の指示に従い、騎士達は皆鳥が地面に着く前に、回収に成功しているようだった。

「許せない…、いったい誰がこんな酷い事を…」

今回利用された鳥に、子育て中の鳥はいなかっただろうかと、心が痛む。

 もしも親鳥が操られていて、今頃雛が巣の中で、帰らぬ親鳥を待ち続け、そして死んでしまったとしたら、取り返しのつかない大悪行だ。

「アルース卿、誰かに、今回の襲撃で親鳥を無くした雛がいないか、調査させ、いたら保護をお願いすることはできますか?」

「かしこまりました。数名の若い騎士に指示いたします。」

アルース卿の誠実な対応に、少しは安心するものの、姿を見せない敵への怒りはつのっていた。

「いったい誰が…、顔を出したらギタギタにしてやるのにっ…!」

こんなに沢山の鳥を酷い目に合わせるなど、捕まえたら百叩きの刑にした後、牢屋にぶちこんでやりたかった。

 けれど、鳥を操った犯人は、上手く隠れたまま、騎士達の捜索も掻い潜り、最後まで姿を現さなかったのだった。

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