7、皇太子とお茶してます。
スイートビーツの栽培は順調だった。最初の孤児院での栽培は上手くいき、イーリスの力のおかげで半分の時間で成長したビーツは、良質の紅糖と、沢山の種を作ることに成功した。
また、種を取った後の根からも、良質ではないまでも、それなりに美味しい糖が取れることが分かったので、その糖は孤児院の皆のおやつにさせて貰った。
取れた種は、順番待ちをしている孤児院達にそれぞれ配り、それぞれが工夫して育ててくれている。
ゼフィール皇太子は、あれから何度となくイーリスの孤児院政策の視察に訪れていた。
イーリスの考えた、孤児院に貿易に有利な作物を作らせる計画を、バイエル王国でも実施したいと考えているようだった。
最近のゼフィール皇太子は、もうお忍びではなく、公式に婚約者としてイーリス王女に会いに来ていた。
きちんと自国の城でゼフィール皇太子迎えたイーリス王女は、部屋お菓子を振る舞っていた。
「この紅糖を使ったお菓子、とても美味しいね。初めての食感だ。サクサクしているのにしっとりしていて、不思議で癖になりそうだ。」
「マカロンと言います。精製して粉糖にした紅糖に、杏子の種の粉を混ぜて、卵白で膨らませた菓子ですわ。」
「この前食べた、ダックワーズやフィナンシェ、という焼き菓子にも、確か杏子の種の粉を使っていたよね。紅糖も素晴らしいし、杏子の種を菓子に使うとこんなに美味しいなんて、知らなかったよ。」
「お気に召していただけて光栄ですわ。」
素直に菓子を褒めながら、パクパクと食べる皇太子を見るのは、イーリスにとって、とても幸せな時間だった。
皇太子は16歳、大人びてはいても、身体は食べ盛りの高校生と一緒なのだ。沢山作った菓子がどんどん皇太子の胃袋の中に消えていく。実に気持ちのいい食べっぷりだ。
(もしも隣に住む男子高校生を餌付けしたとしたら、こんな気持ちなのかしら…?)
もはや気分は食べ盛りを前にした食堂のおばちゃんである。
お腹空いてるんだろう?大盛りにしておいたよ!などと言いながら、ガッツリ系大盛り飯でも食べさせてあげたかった。
「失礼、つい夢中になって食べてしまいました。」
イーリスの暖かいおばちゃん目線に気付いたのか、皇太子は恥ずかしそうに口元をハンカチでぬぐった。
「いいえ、作ったものを美味しそうに食べていただけること以上の喜びはありませんわ。どうぞ沢山お召し上がりになって?」
お口直しにお新香でもいかが?と言いたいところだったけれど、この世界には沢庵も柴漬けもないので、仕方なく香茶のお代わりを注ぐ。
(漬物、焼き肉丼、ラーメンとかも開発して商売したら、売れるかもしれないわね…、)
皇太子と話しながらも、イーリスの頭の中には常に新商品の案が浮かんでいた。
食べさせてあげたい相手と話をすることは、開発の一番の源であった。
「ところで、我が国でもスイートビーツを作ってみたのだけど、ピュレル国で作るほどに上手く成長してくれないのだ。」
「そうですね、気候が違いますので、育て方も自然と変えなくては上手くいかないのでしょう。」
「あと、貴女という存在がないのも大きいのかもしれない。」
「水と光を魔法に頼らずに始終与えるには、大掛かりな設備が必要ですものね。」
「そうだね。…それだけではないかもしれないけれど…、」
ピュレル国において、王女自らが畑仕事に携わることによる、国民達のテンションの上がり方はすごかった。
王女が積極的に孤児院と関わることによって、それまで厄介者のような扱いを受けていた孤児院の立場は一変し、皆こぞって、孤児院産のスイートビーツや、ビーツから作った紅糖を買い求めるようになっていた。
「でも、そもそも、なにも両国で一遍にスイートビーツばかり作り始めることはありません、生活に必要な作物はまだまだあります。小麦、米、小豆、大豆も良いですし、少ない敷地で利益を考えるなら、カカオ、胡椒などは魅力的です。」
「胡椒…、それは確かに魅力的だ。」
現在胡椒はじめスパイス全般は、ほとんど輸入に頼るか、他の植物で代用している状態なので、これを自国で生産できれば、量によっては莫大な利益が期待できた。
「ひとまず種の入手から検討してみるよ、きっと貴女が来てくれたら、もっと栽培もスムーズにできるかと思うのだけど、本当に貴女との婚約式が待ち遠しいよ。」
「過分なお言葉ありがとうございます。あとほんの1ヶ月ほど、婚約式はもう目の前ですわ。」
例え労働力としか思われていなかったとしても、望んで貰えるのは素直に嬉しい。
と言うよりも、未琴だった頃は、可愛いね、と言って貰うよりも、仕事できるね、と言って貰える方が嬉しいタイプのOLだったので、むしろこれは最高の賛辞だった。
あとたった1ヶ月で、イーリスは婚約式をして、住まいをバイエル王国に移す。
あとたった1ヶ月で、ピュレル王国でのスイートビーツ栽培を、自分たちだけの手で行って貰わなければならない。
正直まだ不安は残ってはいるものの、いざとなったら言葉通り飛んで帰れば良いと思えば気も楽だった。
今は隠してはいるが、背中には大きな翼がある。高速飛行の訓練を兄に見て貰っていて、本当に良かったと思う。
バイエル王国からなら、力の限り飛べば、往復で約一時間、充分に飛べる距離だった。
他にもドレスや装飾品の準備、引っ越しの準備など、しなくてはいけないことは山のようにあった。
こうして婚約式までの時間は、慌ただしいまま夢のように速く過ぎていってしまうのであった。