6、皇太子を好きになってしまいました。
「私の婚約者が、最近孤児院で畑仕事に勤しんでいるという噂は本当だったのだな。」
いったい何を言われるかとビクビクしていた私だったけれど、皇太子の声は思いの外優しかった。
「お兄ちゃん誰!?虹のお姫様を苛めたら許さないよ!!」
その時、正義感の強い孤児院の子が、一人私を庇うように飛び出した。
私は血の気が引いた。
端から見たら私が苛められているように見えたのだろう、だからと言って、これは不味かった。
不敬罪で、その場で殺されても文句は言えない。
「私は大丈夫だから!大変申し訳ありません!」
私は子供を抱き締めると、必死で皇太子に頭を下げた。
こんな理由で子供が一人殺されてしまっては、私は自分を一生許せない。
「そんなに怯えないでくれ、小さな騎士に危害を加えるつもりはない。」
ゼフィール皇太子はそう言うと、わざわざしゃがんで、子供の目線に自分を合わせた。
「心配させてすまない、小さな騎士、けれど私は、そのお姫様の敵ではなく、苛めるつもりもない。誤解させたなら申し訳なかった。」
謝った。
一国の皇太子が。
孤児院の子供に。
しかも誤解で酷い事を言われていたのに。
私は、ポカンと口を開けた。
イケメン過ぎる、私の婚約者は、こんなにも素敵な王子なのか。
ビックリして、うっかり顔を上げてしまっていた。
ちょっと困ったようなイケメンの顔が目の前にある。
(顔がいい……)
あまりの顔の良さに、私の語彙は完全になくなってしまっていた。
陽に当たると青く煌めく黒髪は、適度に短く整えられ、前髪が少しだけ左目にかかっているのには色気すら感じる。
深い青の瞳は、光の加減で金にも輝き、ひどく複雑で美しい虹彩をしていた。
何より、適度に筋肉の付いた、その引き締まった体躯と、洗練された物腰は、まだ16歳の少年とは思えない風格を携えたものだっあ。
(後光が差すほど美しい…)
ずっと小説で読んではいたものの、皇太子の顔はタイトルイラストと時折ある挿し絵でチラリと見えるだけで、あとは想像するしかなった。
それが考えていた以上の美しさで3Dで目の前にあるという衝撃は想像以上だった。
ずっと好きだった小説の推しメンが、神作画と推し声優によってアニメ化されたらこんな感じだろうか?いや、それ以上だ。もしも神コスプレイヤーが推しメンのコスプレをしてくれたら…?いや、親和性抜群の俳優が、2.5次元舞台でその役をやってくれて、かつ私に直接話しかけてくれているような…、
あまりの衝撃に、私の頭の中はおかしな例えをぐるぐると考え続けてしまっていた。
しかし、目の前の皇太子がイケメンなことは変わらない。
「も、申し訳ございません、あまりに寛大な皇太子殿下のお言葉に感激し、思わず言葉を失っておりました…、」
さすがに貴方がイケメンすぎて見惚れてしまっていましたとは言えず、私は何とか言葉を絞り出した。
「私が寛大だなどと、寛大なのはむしろ貴女の方でしょう、イーリス王女。」
ゼフィール皇太子は立ち上がると、この上なく優しい笑みを私に向けてくれた。
「孤児達の問題は、各国に共通した火急の案件です。私もどうすれば良いのか、日々頭を悩ませていました。そんな中、孤児達に生活の糧を与えるためとはいえ、まさか一緒に畑仕事に携わるなど、王族としてなかなかできることではありません。」
「それは…、」
もしかして、手離しで褒めてくれているのだろうか?こんな農婦のような格好をした私を…?
もしもそうだとしたら…、
私の胸は、ドキドキと高鳴り始めていた。
「私は貴女を見習いたい。私も孤児達を何とかしたいと思いながらも、貴女ほどの行動は起こせないでいた。けれど貴女が教えてくださったのです、こうすれば良いのだと。」
「そんな…、」
そこまで褒めていただける程のことではないと思う、それでも、ゼフィール皇太子にそう言って認めていただけるのは、ものすごく嬉しいことだった。
「貴女が私の婚約者で良かった。今日ここに来て、改めて思いました。」
「そのような…、むしろ、こちらこそ…光栄でございます。」
こんな、顔も心もイケメンな皇太子殿下の婚約者としていただけるなんて、生まれてきて良かったと思います………婚約破棄さえされなければ。
そう、今まで見たこともないようなイケメンに褒めて貰えて、思わず舞い上がってしまっていたけれど、目の前のイケメン皇太子は、近い将来に異世界から来た少女に拐われてしまう油揚げなのだ。好きになどなってしまったら、苦しいだけなのだ。
ゼフィール皇太子は、その後スイートビーツの畑を視察すると、ご丁寧に孤児院の子供達にお菓子の差し入れまで寄越し、更に孤児院の子供達数名の頭を撫でると、長居はせずに帰って行った。
完璧である。どこまでもイケメンである。初登場から、完全に私の心を掴んで離さない、最高の王子様だった。
なんということだろう。シナリオを知っている私は、自分を振ると分かっている男など、決して好きになどならないつもりだったのに。
皇太子のこんなイケメン振りを見せつけられてしまっては、胸のときめきをもう抑えられなかった。
イーリス王女がそもそも悪役令嬢になったのは、愛する皇太子を横取りされた嫉妬心からなのに。
だからそれを阻むためにも、まずは好きにならない所から始めるつもりだったのに。
このままでは、破滅全滅エンドに着実に近づいて行ってしまう。
(あの人は、他の女の物になる人…、不倫、ダメ、絶対…、)
現時点では不倫もなにも、私こそが彼の婚約者ではあるのだけど、とにかく諦めるためにはなんとか自分に暗示をかけなくてはいけなかった。
(あの人は、そう、2.5次元の役者さん…、舞台の中でヒロインと結ばれるの…、私は観客…、ただの観客…、役者さんにお触りは禁止…、)
ブツブツ呟きながら、なんとかそう思い込もうとする。下手に舞台に上がってしまっては、私も家族も死んでしまうのだ。
家族や国民の命より大切な恋なんてない。
私はとにかく、皇太子に対して芽生えてしまった恋心を打ち消そうと必死だった。