4、砂糖を作りたいと思います。
ピュレル王国の城下町は、一見平穏で皆が幸せそうに暮らしている街だった。
けれど一歩路地裏に入ると、そこには数年前まで続いていた戦の爪痕があちこちに残っている。
壊れたままの壁、倒れたままの時計塔、何より目を引くのは、孤児の多さだった。
できる限り孤児院で引き取ってはいるものの、孤児院にも入れず、路地裏で生計を立てている孤児や大人はまだ多い。
「まずはこの人達に、きちんと生計を立てられる職を与えなくては…、」
孤児や難民の多さは、このピュレル王国に限らず世界的な問題であったけれど、だからこそ、まずは足元から解決していけたなら、それは世界のモデルケースとなり得るかもしれない。
戦のない世の中、皆が幸せに暮らせる世の中、綺麗事に聞こえるかもしれないが、目指すところは常にそこなのだ。
彼らに職を与え、かつ私の目的であるスイーツ作りに向かうには、まずは作物を作る所から始めるのが望ましいと思う。
今日のイーリスの城下視察には、騎士団長であるアルース卿が付き添ってくれていた。
赤い髪に褐色の肌、何よりいかつい顔立ちは、一見怖そうではあったけれど、実は身内には非常に優しい男なのだと、イーリスは知っていた。
「アルース卿、糖を作れる作物で、一番育てやすいものは何だかご存じかしら?」
「糖、でございますか…、」
平民出身のアルース卿であれば、何か良い情報を知っているかもしれないと、イーリスは尋ねた。
「やはり一番ポビュラーなのは、スイートビーツではないでしょうか?」
「スイートビーツ…、」
イーリスの頭に浮かんだのは、砂糖大根に似た作物だった。
「今ピュレル国内において、スイートビーツを作っている農家はどのくらいあるの?」
「農家は恐らくございません、スイートビーツは贅沢品でございますので。恐らく現在育てられているスイートビーツは、城内農園にあるもののみでございましょう。」
「何故そんなに少ないの?とても育てにくい作物なの?」
「いいえ、育てやすさで言えば、簡単に育てられる部類に入るかと思われます。ただ、種が恐ろしく高価なのです。」
「なるほど…、」
城内農園にしかない、スイートビーツ、これは使えそうに思えた。
「城に戻ります、アルース卿、スイートビーツのことをもっと詳しく教えてください。」
「かしこまりました。では城の庭師も呼んでまいりましょう。」
アルース卿に連れられて、初めて足を踏み入れた城内農園は、思っていた以上の広さだった。
その一角に、赤紫の芯に緑の葉を繁らせているスイートビーツの畑はあった。
この農園は、城内農園の農夫を兼任した城専属の庭師が管理しているようだった。
伝令はうまくいっていたようで、スイートビーツの畑の脇に、一人の庭師が深く頭を下げて控えていた。
「お前がこの畑を管理している庭師?」
「はい、イーリス王女様、その通りでございます。」
「名は何というの?」
「は、カリオスと申します、王女殿下。」
名前を聞かれるとまでは思っていなかったのだろう、カリオスという名の庭師は驚いて答えた。
「そう、カリオス、多分これから世話になると思うから、どうぞよろしくね。」
「なんとも、勿体ないお言葉にございます!」
王女からの突然の申し出に、カリオスは地面に頭を付きそうな勢いでお辞儀をした。
イーリスの考えている、作物でピュレル王国を金持ちにしよう計画には、農夫や国民の協力が必須だった。
長年培ってきたであろう作物への知識を、どうか惜しみなく披露してもらえたらと思う。
「早速だけど、スイートビーツについて教えてちょうだい。この作物は、素人でも育てやすい部類と聞いたけど、本当?」
「はい、それはその通りでございます。充分な水と光さえあれば、比較的病気にも強い作物です。ただ少々寒さに弱いです。」
「ふうん。」
ピュレル王国は比較的温暖なので、こうして路地栽培でもそれなりに育っているのかもしれない。けれど寒さに弱いのであれば、ビニールハウスのようなものを作れば、より安心して育てられるかもしれないと思った。
「種付けから、収穫までどのくらい?」
「約半年程でございます。春に植え、秋に収穫します。」
「種は今どのくらいあるの?」
「二期分の作付けに足る分程ございます。」
「種を増やすことはできる?」
「今作付け中のビーツを、全て種ができるまで育てれば、かなりの種が取れます。しかしそうすると、根から良質の糖は取れなくなります。」
「なるほど、アルース卿、後で城に備蓄されている糖の量を調べてくれる?」
「かしこまりました。」
「カリオス、どうか私に、今生えているこのスイートビーツから、全て種を作る許可をいただけないかしら?このスイートビーツは、きっとピュレル国に潤いをもたらすわ。」
「許可など、もちろんでございます。このビーツ達が国の為になるのであれば、これ以上嬉しいことはございません。」
「ありがとう。」
カリオスの許可は無事に得ることができた。勝負はこれからだった。
私はビーツの隣に立つと、成育状況を確認した。
だいぶ葉は繁っているけれど、恐らく根の成長はまだそれほどではない。ここから花を咲かせて種を取るまでには、まともに育てれば、今から更に半年はかかるだろう。
けれどここは魔法のある世界で、私は光と水の魔法を使うこともできた。
「雨よ、」
私は右手を高く掲げると、スイートビーツの上にだけ、霧雨を降らせた。
「光よ、」
同時に左手を掲げると、陽光が差し、スイートビーツの上に美しい虹が誕生する。
「幸あれ、」
水と光を同時に与えながら、更に祝福も与えると、スイートビーツ達は葉を揺らしながら、早く成長しようとみるみる葉を伸ばしてくれていた。
しばらく雨と水を与え続けたことで、ビーツ達は驚く程成長してくれた。きっとこれを数日繰り返せば、あっという間に種の収穫まで漕ぎ着けることができるだろう。魔法様々だった。
「また来ますね。」
今日の成果に満足しつつ、私は再び城下に足を運ぶことにした。
種の収穫までには、あと数日かかる。その間に、城下でもスイートビーツを育てられる場所を探しておかなくてはならない。
やらなくてはいけないことは、山のようにあった。
「忙しくなるぞ、」
連れ回されているアルース卿には申し訳なく思いつつも、私は道筋の見えてきたことにワクワクし始めていた。