31、未央の家に行きました。
完全に整備された海岸線。並ぶビル。海を渡る大きな橋に、海岸線を走る電車。
近未来的な大阪湾の発達した海岸線は、『エクサヴィエンス』の世界しか知らないゼフィール皇太子とバルトの目には、完全に想像を越えた世界として映っていた。
「うちの家、弁天町のあたりや、近いからひとっ飛びお願いしてもエエかな?」
「わかったわ!」
とにかく、羽の生えた人間が二人の人を抱えているのだ。このままのんびり海上を飛んでいたら、いつ怪奇現象好きな誰かに激写されてしまうかもしれない。
一刻も早く落ち着けるところに行こうと、私は翼を羽ばたかせた。
弁天町は幸いなことに、大阪湾からすぐの地区だった。
人を二人抱えているけど、翼で飛べばすぐの距離だ。
イーリスは未央の案内に従って、未央のマンションのベランダに舞い降りた。
「はあー……。」
こんなこともあろうかと、普段から鍛えてはいたものの、大人二人を抱えて飛ぶのは、かなりきつかった。
一応バルトがゼフィール皇太子の足を掴んで手伝ってくれたのはありがたかったけれど、それでも腕がつらい。
「こんなこともあろうかと、ベランダからも入れるようにしといて、ホンマに良かったわー。」
未央はそう言うと、鍵を取り出してベランダの横に別に作られていた扉を開いた。
「ベランダなのに、外鍵も用意してましたの?」
「せや。イリィは飛べるやろ。いつの日か、ベランダから出入りする日が来るかもしれん思て、鍵だけ直したんや。」
「直したって…、して良いんですの!?」
「ふふ…、ちゃんと管理人さんにOKもろたから大丈夫や!」
「そうなんですね…。」
何と言って外鍵を付けることを了承させたのかは気になったけれど、ひとまず今は部屋に入らせて貰うことの方が先だった。
未央は日本にいてもおかしくない格好をしているけれど、イーリスとゼフィール皇太子は中世風のドレスと、フリルと刺繍の入ったどう見ても王子様でしかない宮廷服を着ていて、更には横に大きな黒梟までいるのだ。目立たないわけがなかった。
イーリス達は逃げるように、未央のマンションの部屋へと入ると、ようやく人心地ついたのだった。
「うちの部屋にようこそ、や。」
未央の家は、2LDKのマンションの一室だった。
「すごいわね、未央、こんな部屋を一人で借りているの?」
「せや、おかげさんで稼がせてもろてますさかい、去年からここで一人暮らし始めたんや。」
未央はえへん、と胸を張った。かなり綺麗なマンションは、家賃10万近くはしそうだった。
これだけのマンションを自分の稼ぎだけで借りているとすれば、未央は言葉通り結構稼げていることになるだろう。
「この建物が、聖女様の屋敷なのか?だいぶ変わった作りになっているのだな。」
ゼフィール皇太子は、部屋の中をキョロキョロと見回した。
マンションのリビングは、宮殿の皇太子の部屋に比べるとかなり手狭ではある。
「聖女様は、こちらでは庶民と同じ暮らしをされていますわ。でも若い女性一人がこの規模の部屋に住めるのは、すごいことですわ。」
「そうなのだな…。」
ゼフィール皇太子は庶民の生活に疎かったけれど、『エクサヴィエンス』の世界での庶民の生活と比べれば、多少は分かって貰えたようだった。
「それにしても、聖女様の部屋には見慣れない家具が沢山あるのですね。」
「せやね、冷蔵庫とか、電子レンジとか、向こうでも開発できたら絶対儲けられるんやけどね。」
「レイゾウコ…?」
「あちらの世界には電気がまだありませんので、電化製品は難しいですわね。」
「イリィは聖女様の言っていることが分かるのか?」
未央の言っていることが理解できないゼフィール皇太子は、イーリスが普通に会話できていることが驚きだった。
「未央から話は色々聞いておりましたので…、未央の暮らしている世界は、私達の世界よりもかなり文明が発達しているのですわ。」
「そうなのか…。」
「きっと電車とか自動車とか見たら、ビックリするでー。」
「デンシャ…。ジドウシャ…?」
未央の話す単語一つ一つを繰り返しながら、ゼフィール皇太子は首を捻っていた。
そんな皇太子を尻目に、未央はウキウキとした様子で、クローゼットを開けた。
「そして、こんなこともあろうかと、イリィと皇太子はんの分の服、用意しといたんや!」
「すごい!用意周到ですのね!」
未央の用意の良さにイーリスは舌を巻いた。
「やって、皆で道頓堀デートするのが夢やったやろ、そっちの世界の服のまま歩いてたら、コスプレに見られてしまうやん。」
「確かに、服は重要ですわ。」
未央がしっかり考えて用意してくれていたのが嬉しくて、イーリスは早速着替えることにした。
イーリスには、コンサバ風切り替えロングスカートに、ブラウス。
ゼフィール皇太子と人間に戻ったバルトには、それぞれ明るいサンドベージュのジャケットと、黒のジャケット。
それぞれ違う部屋で着替えてから、再びリビングに集まった。
そして、着替えた皆を見て、未央は頭を抱えた。
「アカン、皆、イケメン過ぎる…、こんなんどうやったて目立ってまうのは避けられんわ…。」
そう、皆、小説の登場人物だけあって、それぞれが驚くほど絶世の美女と美男の集まりなのだった。




