3、家族に報告しました。
「そうか、ついにお前もハルピュイアになったのだな。」
翌日、両親に翼の生えたことを報告に行った私に、父はそう告げた。
ハルピュイアとは、翼の生えた人のことで、この世界にも多くはないけれど、一定数はいる。
広間には両親の他に二人の兄も同席していて、その二人の兄の背には、それぞれ深い青と深い緑の、美しい翼が煌めいていた。
「まぁ、イリィちゃんもハルピュイアだなんて、これで私の子供は皆ハルピュイアになったのね。」
王妃エリクトゥラは嬉しそうに笑った。イーリスの二人の兄、アレローとオーキュティーも、すでに一次覚醒によって翼を顕現しており、それぞれに疾風と突風という、強い風の魔力を使いこなしていた。
「屈指の風の戦士であるお兄様達と同じ属性である、『風』を、私も顕現できるなど、これ以上嬉しいことはありません。」
「ああ、まさかイリィも同じハルピュイアになれるなんて、俺も嬉しいよ。」
一番目の兄であり、ピュレル国の皇太子でもあるアレロー王子が優しく微笑んだ。イーリスはこの頼りがいのある一番目の兄のことを本当に大好きだった。
「これで一緒に空を飛べるな!俺達が速い飛び方をしっかり教えてやるぜ!」
二番目のオーキュティー王子は、少々やんちゃではあるけれど、他の家族に負けずに一番よくイーリスと遊んでくれていた。
「ありがとうございます。でもお兄様達程速く飛ぶのは、私には無理でございます。」
「そんなの分からないだろう、これからは女だって戦う時代だ。嫁に行く前に俺が格闘術も合わせてみっちりしごいてやる!」
「ありがとうございますオーキュティーお兄様、ぜひよろしくお願いいたします。」
やんちゃな兄の申し出は、正直イーリスにとっては願ったり叶ったりだった。
この先に待ち構えているであろう困難に向けて、少しでも体力と体術を身につけておいた方が良いだろうと考えていた。
「そのことだけど、イーリスを本当にバイエル王国にやって大丈夫なのかしら…?」
エリクトゥラ王妃が心配そうに眉を寄せる。エリクトゥラは昨日のイーリスの様子を見てから、ずっと不安がぶり返しているようだった。
「バイエルではなく、ディパル王国とよしみを通じた方が良いと申すのか?」
ディパル王国は、バイエル王国とは反対側の国境に繋がった隣国である。どちらもピュレル王国としては仲良くしたい相手ではあるけれど、今回はより年の近い皇太子があるバイエル王国を婚姻相手として選んだのだ。
「ええ、わたくし今回の婚姻に、どうにも不安を感じてしまいますの。」
三人のハルピュイアの母でもあり、自らも予知の力を微かに持つエリクトゥラ王妃は、不安を正直に口にした。
まったくもって、母の予知は正しい。母の力がもう少し強いもので、正確に未来を予知していたのであれば、この婚姻には大反対していたことだろう。
「しかしすでに婚姻の約束は済んでしまっている。今更反故になどしては、新たな戦の火種ともなりかねん。」
「それはそうですが、そこを何とか、何か戦にならぬような理由を付けて…、」
「大丈夫です、お母様」
なおも食い下がるエリクトゥラ王妃に、イーリスはハッキリと言った。
本当は全然大丈夫などではなかったけれど、今私が逃げ出すことは、戦を早めることにしかならないと感じていた。
バイエル王国の現国王であるカウキエス国王は、好戦的な性格をしていた。
この段階でのこちらからの一方的な婚約破棄は、宣戦布告であると取られても文句は言えなかった。
それに、小説によると、隣国のディパル王国も、後にバイエル王国に戦で破れて吸収されるのだ。
今ここでバイエル王国と縁を切り、ディパル王国に乗り換えることは、決して勝算のある賭けには思えなかった。
「私、必ずバイエル王国とうまくやってみせますわ。戦のない世の中を実現するために、民のために、そしてお父様お母様、お兄様達のために、必ず良い道を見つけてみせます。だからどうか、貴女の娘を信じてください、お母様。」
それは母に向けると言うより、むしろ自分に向けた言葉だった。
私の身体は私一人の物ではない。国民の命、両親家族皆の命が掛かっている、重い責任を背負ったものだった。
逃げ出すわけにはいかない。戦って、勝ち取らなくてはならないのだ。家族と国民の命を。
「イリィ…」
痛ましい者を見るように、母の瞳が涙で潤んだ。
「大丈夫です、お母様。」
私はもう一度、明るく微笑んだ。大切なお母様、そしてお父様、お兄様達、私は決して貴方達を殺させません。この命をかけても守ってみせます。
具体的な案はまだ決まらないまでも、私はそう心に強く誓ったのだった。
バイエル王国のゼフィール皇太子との婚約者式は、半年後に控えていた。それまでに私は、出来る限りの準備を整えておかなくてはならない。
まずは自分の魔力の強化と体術の習得、飛行術の鍛練。これは二番目の兄、オーキュティーお兄様に見て貰い、日々修練を積むことにした。
次にピュレル王国の国力の強化。国力を強化すれば、万が一戦争になったとしても、物語通りに無様な敗戦をしないで済むかもしれないし、最悪のシナリオにならなかったとしても、ピュレル王国の力が強くなれば、それはそのままバイエル王国に移っても、私の後ろ楯となってくれる。
国力を強化するためには、何よりお金だった。
どうすれば外貨を稼げるか、そのためには、他国が欲しがるようなものを生産し、売れば良い。
これには「未琴」としての前世の記憶が役に立ちそうだった。
この「エクサヴィエンス」の世界には無くて、「未琴」の生きていた「日本」にはあった、珍しいもの、そしてその中で「イーリス」が作れそうなもの。
「やっぱり、スイーツとか食べ物かしら…?」
チョコにケーキにアイスクリーム、大福、クッキー、グミ、マカロン、大好きだったスイーツの数々、それらの中で、このエクサヴィエンスの世界でも手に入る材料で作れるもの、それは一体何だろうか?
驚いたことに、この世界はスイーツにおいてはとことんお粗末だった。恐らく小説の作者が、それほどスイーツ好きではなかったのだろう。
けれど「未琴」は、休みの日に家で様々なホームメイドスイーツを作るほどの大の甘味好きだった。
この世界には、チョコもなければアイスもない。そんな毎日耐えられるわけがない。
無いのならば作れば良い。作ったものを売って、外貨を稼いで国民に職を与えられたら、一石三鳥だ。
いったいどうすればスイーツの原料を手に入れられるのか、イーリスはひとまず街に視察に行くことにした。