28、道頓堀デートを目指します。
「ついに、ついに成功いたしましたわっ…!!」
長年の研究の成果がついに実を結び、私、ことイーリス・ピュリファイング・バイオアクト皇太子妃は、喜びに声を震わせていた。
イーリスがバイエル王国の、ゼフィール・ユーピテル・バイオアクト皇太子と無事に結婚してから、約一年ほどの月日が流れていた。
多忙を極める皇太子妃の公務に追われる中、イーリスはこちらの世界の人間を、日本に転送する方法を必死で研究していたのだった。
「ついに成功したんやな!!!」
私の隣で声をあげたのは、柳葉未央。押しも押されもせぬ聖女である。
ややクセの強い関西弁で話すために、一般的な聖女のイメージと違う、と最初は思ったけれど、今では彼女以上に聖女らしい聖女はいないと、私は思っている。
「ていうか、未央、ここはどこですの!?」
私は聖女未央にしがみついたまま、そう聞いた。
イーリスと未央は、何やらあまり綺麗ではない水の中にいたのだ。
「道頓堀、略してトンボリの川の中や!濡れる前に上がるで!」
未央は慣れた素振りで川の端まで移動すると、遊歩道のフェンスに掴まって、川から上がろうとした。
「ほら、イリィも急いでこっちに来ぃや!許された時間は5分ポッキリやで!」
「え?何!?どういうことなの!?」
「たった5分ぽっちで、移動のついでに守ってくれとったシールドがのうなって、トンボリの水に飲まれるっちゅーこっちゃ!」
「えええ!?たった5分で上がるなんて無理ですわー!」
私も慌ててフェンスに手をかけ、川から上がろうと頑張ってはみたものの、そもそも人が上がるための構造になっていないため、上がるのはかなり難しかった。
まず、川が思ったよりも深い。更に足をかけるための川縁は、苔が生えていてよく滑るのだった。
「え、無理、これ無理無理無理ゲーですってば!」
こんなことなら腕力をもっと鍛えておけば良かったと思う。
イーリスが悪戦苦闘しているうちにも、タイムリミットの5分は、無情にも経ってしまっていたのだった。
「アカン、タイムオーバーや!」
身体を守っていたシールドが消える。道頓堀の水に浸かる。
そう感じたイーリスは、背中の羽を一気に現し、未央を掴んで大空に羽ばたいた。
「なんやアレは!?」
「鳥か?」
「飛行機か!?」
当然、偶然道頓堀に居合わせた買い物客達は騒然となった。
「いや…、天使…?」
マズイ!と、イーリスは咄嗟にさとった。
「ハロウィーンですー!!!」
イーリスはその場で再び祈ると、未央を連れたまま再び大阪を後にし、元の世界に戻ったのだった。
「ハロウィンて、まだ5月やで…?」
「春、やなぁ…。」
「最近あったこうなってきたからなぁ…。」
後に残された、道頓堀の通行人は、暖かくなると色々なモノがわくなぁと、温かい目で判断してくれたようだった。
「ああ…、えらい目に合いましたわ…。」
無事に宮殿の噴水の前に戻ったイーリスと未央は、肩で息をしていた。
「あー、たこ焼き食い損ねてしもたなー。」
「あああ!たこ焼き!食べたかったですわたこ焼き!外はパリッ中はトロッ、の、最高に美味しい大阪のたこ焼きっ…!」
本場のたこ焼きは、前世で何回か食べたことがあるけれど、本当に言葉にならない美味しさだった。
あの味を再現したくて、この世界でもたこ焼き器を開発して、日々研究を続けているけれども、どうしてもあの美味しさにはなかなか及ばないでいた。
「ていうか未央、道頓堀の川の中がゲートになっているなら、先に教えておいて欲しかったですわ。」
それなら心の準備もできたのに…、と、イーリスは未央に文句を言った。
「堪忍な、うちも、今回もトンボリに行くて分かってなかったんや。ていうか、毎回違うねん。出ていくトコ。」
「そうだったんですのね。」
そういうことなら、未央を責めるのはお門違いというものだろう。
「でもその割には、川からの上がり方が慣れてましたのね。」
「まあ…、何度か飛び込んだ経験はないわけやないし…、タイガースが勝った時とか…。」
「えー……。」
野球球団の勝利に興奮して、道頓堀に飛び込む聖女。そんな情報知らないままで良かったと思う。
ていうか、やっぱり未央はタイガースファンだったのか、と改めて確認した。うっかり口を滑らせて、ベイスターズ良いよね、とか今まで言わないでおいて本当に良かったと思う。野球はにわかなので、その話をされたら100%負ける気しかしない。
それはともかく、一瞬で帰ってきてしまってはいたものの、ついにイーリスも一緒に日本に付いて行くことに成功したのは、大収穫だった。
この方法を使えば、イーリスと未央が一緒に道頓堀でたこ焼きを食べる未来は、もう目の前だった。
未央はそもそもが日本から、私が呼んだ聖女である。
最近はイーリスの祈りを使って、未央が日本とこちらの世界を行き来できるようになっていた。
その際に、イーリスのドレスや宝石、こちらの珍しいものを日本に持って行き、売りさばき、そのお金で日本の珍しいものを買っては、こちらで売る、という商売を始め、未央はかなりの利益を上げることに成功していた。
そんな私達の悲願は、こちらの人間も日本に行けるようになることだった。
と言うか、イーリスと未央とゼフィール皇太子とで一緒に道頓堀たこ焼きデートがしたかった。
そこでイーリスは、研究の末に思い付いた。
人間も荷物と同じ、未央の付属物だと考えれば、未央と一緒に転送できるのではないかと。
未央は毎回、結構な量の荷物と一緒に日本とこちらの「エクサヴィエンス」の世界とを行き来している。
これなら、荷物じゃなくて人間が荷物代わりになっても、一緒に転送できるんじゃないだろうか?
という仮説で行ったのが、今回の実験だった。
イーリスが、未央にしっかりと抱きついた状態で祈りを捧げ、転送を開始する。
その結果が、冒頭であった。
実験は成功した。
イーリスは見事に未央と一緒に日本の大阪道頓堀へと転送され、その空気を吸った。
残念ながらドタバタしてしまい、トンボ返りとなったけれど、この功績は甚大である。
「目指せ!道頓堀たこ焼きデート!!」
私達はこの実績を元に、最終目的、道頓堀デートに向かって、再び研究を続けるのだった。
前話で完結していた、この話でしたが、続きを見たいというありがたいお言葉をいただけて、嬉しかったので、少しだけ続きを書くことにしました。
蛇足かとは思いますが、その後の話を、もう少しだけ書きたいと思います。




