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25、私は、死にました。

 

 沿道には、聖女様に花を捧げようとしている人達も、何人もいた。

 フルオープンの馬車の特性を生かし、未央は受けとれる分は花を受け取っており、二人乗りの馬車の座席はすぐに花でいっぱいになった。

 置ききれない分は荷台に置き、パレード用の馬車は、まるで花車のような美しさで飾られた。

 馬車が街の外周辺りに近づいた時、可愛らしい子どもの後ろから、大人が花を差し出していた。

 花を持てない子供の代わりに、親が花を差し出している、そんな風に見える情景だった。


 未央は、何の躊躇いもなく、その花を受け取った。


 その瞬間、何とも言えない恐ろしさが私を襲ったのは、本能のようなものだったのかもしれない。

 何かが花束の中から飛び出してきた。

「だめえええーー!!!」

私は、何も考えずに、未央に覆い被さると、その何かから未央を守った。

「痛い!!」

背中に激痛が走る。

 未央が受け取った花束の中には、恐ろしい毒蛇が仕込まれていたのだ。

「イーリス!!」

咄嗟に剣を抜いたゼフィール皇太子が、私の背中に噛みついている毒蛇を切った。

「あの男よ!」

毒にやられて痺れる舌で、私は花束を渡してきた男を指差した。

 バルトは一瞬で黒梟の姿になると、逃げる男に空から襲い掛かった。

「逃がすな!」

バルトの鍵爪に動きを止められた男に、騎士達が襲い掛かる。

 程なくして男は捕縛され、切られた毒蛇も回収された。

「イリィ!しっかりしぃや、イリィ!!」

私の横で、未央が真っ青になって、私の名を呼んでいた。

 毒蛇はただの毒ではなく、禁忌魔術によって強化され、即殺できるほどの強力な神経毒を持つように改造されていたようだった。

 私の呼吸はもはやなくなり、手足は動かず、視界もぼやけていった。

 ああ、こんな風にして、私は死ぬのか、と、全てが動かなくなった私は、冷静に考えていた。

 思えば良い人生だったと思う。

 悪役令嬢だった小説のフラグは、未央のおかげで回避することができ、今の私を悪役令嬢だなんて言う人は、きっと誰もいないだろう。

 家族にも婚約者にも、友達にも恵まれ、国民からは讃美され、幸せの絶頂の中で死ぬのだ。

 唯一心残りなのは、ピュレル王国の家族と国民達の行く末だけれど、

 今バルトが捕まえてくれた男が、ディパル王国の者であることは明らかなので、私が死んでも、ピュレル王国がバイエル王国に戦争を仕掛けることにはならないだろう。

 確かにバイエル王国には、私の死を防げなかった責任はあるけれど、想定外の神経毒だったのだから仕方ない。

 きっとピュレル王国の怒りも、殺害の犯人であるディパル王国へ向けられるはずだ。

 であればきっと、バイエル王国と協力して、ディパル王国を攻めようと考えてくれるはずだ。

 聖女である未央がこちらにいる間は、勝機は圧倒的にこちらにある。バイエル・ピュレル連合が負けることは、万に一つもないだろう。

 私が死んでも、家族、国民は皆助かるはず、ピュレル王国は安泰のはずだった。

 私の目標は、これで達成できたことになる。

 予定よりもだいぶ早くに死んでしまうことになったけれど、皆が助かるのであれば、私の死期が二年くらい早まったとしても問題はなかった。

 けれど、皇太子殿下には申し訳ないことをしたと思う。

 せっかく好意を寄せていただけたのに、一緒に国作りをしたいと思っていただけたのに、心だけ置いて、先に死んでしまって。

 でも、本当に勝手だけれど、共にいられた時間はとても幸せなものだった。

 皇太子殿下には、本当に感謝の気持ちでいっぱいだった。


 そして、未央には本当に申し訳ないことをしたと思った。

 勝手に呼び出して、散々働かせておいて、家に帰る方法を見つける前に死んでしまうのだ。

 本当に、無責任この上ないけれど、未央にはこの先自力で元の世界に帰る方法を見つけて貰わなくてはならない。

(ごめんなさい…、未央…、)

もはや動かなくなった口で、私は未央にどうにか謝りたかった。

 けれどもはや声も出ず、目もよく見えない。

「イリィ!!イリィー!!」

ただ、私を呼ぶ未央の声が聞こえいた。

 そして顔に落ちる、熱い涙の感触。

 ああ、ずいぶん泣かせてしまっているのだと、胸が痛くなった。

(どうか、泣かないで…、)

そう伝えたかったけれど、私の全てはもう動かなくなっていた。

(これが、死か……)

もはや最期の意識もなくなり、私はもう何も思わず、何も感じない、静かな世界へと旅立って行った。




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