23、ディパル王国と禁忌魔術
聖女様の聖座就任の件は、ゼフィール皇太子の先導の元、着々と準備が整って行った。
そして私は、未央を元の世界と行き来させるにはどうしたら良いかを研究していた。
実際前世で読んでいた小説「エクサヴィエンス」は、私が死んだ時にはまだ連載中だったので、あの主人公が元の世界に帰れたかどうかは、イーリスには分からない。
未央も完全な完結まではまだ読んでいないとのことで、第一部は主人公が異世界にいるまま終わったけれど、第二部ではこれからどうなるか分からないと言っていた。
小説のあらすじが役に立たない以上、あとは自力で考えるしかなかった。
今のところ、異世界に通じるポイントは、祈りと噴水であったけれど、また五日間もぶっ通しで祈るのはあまり気乗りがしなかった。
そして、今は小康状態が続いているとはいえ、ディパル王国の動向にも気は抜けない。
色々と考えながら、イーリスは久しぶりにバイエル動植物園の、胡椒の苗の様子を見に行った。
最近は色々バタバタとしていて、前みたいに頻繁に見に行けなくなっていたのが心配だったけれど、スタッフ皆の頑張りのおかげで、胡椒の苗は順調に育っていた。
未央のおかげで、当面の戦争の危機は回避できたため、ひとまず胡椒栽培計画はこのまま進めて良いと思った。
現在バイエル王国は聖女効果で、空前の経済活性化を迎えているけれども、もしも未央が元の世界に帰ってしまったら、このお祭り騒ぎも終わりを迎えるだろう。その時用の次の手は、いくつ打っておいても良いと考えていた。
「イーリス姫、今よろしいでしょうか?」
後ろに付いてきていたバルトが声を掛けてきた。
「ええ、もちろんよバルト、ここなら貴方も話しやすいでしょう。」
ここは、傷付いた黒梟の姿だったバルトを治療した場所のすぐ近くなので、バルトにとってはバイエル国内では一番馴染みのある場所と言って良かった。
「やはり、お見通しでいらっしゃいましたか。」
「そりゃ、毎日後ろで何か言いたそうな顔をされてたら、気付かない方がおかしいわ。」
「そうですね。ですがどうにも王宮内ではお話しにくかったのです。」
いくら処罰されなかったとは言え、バイエル王宮はバルトにとっては敵陣のど真ん中も同然だ。落ち着かなくて当然だろう。
「他でもない、ディパル王国についてです。」
「ええ、どうか教えてちょうだい。」
バイエル王国の高官達に聞かれても、イーリス姫に先に伝えるので、と言っていたのを、イーリスは知っていた。
「これは私の体験からの憶測ではありますが、ディパル王国は恐らく、禁忌魔術の研究を、王室主導で行っております。」
「禁忌魔術…。」
禁忌魔術とは、人の心を操ったり、人や動植物を死に至らしめたりする魔術であり、人道的に問題があるとして、禁じられた魔術の総称である。
「貴方が操られていたと聞いて、確かにそれが禁忌魔術であることは分かっていました。けれど、やはり、それ以上の禁忌魔術を研究している可能性もあるということですね。」
それは想像している中で、一番恐ろしい事態だった。
もしもディパル王国は、広範囲殺傷魔術の研究を完成させていたなら、それは三国の力関係をひっくり返し、大量の犠牲者を生み出すことにもなりかねない。
確か小説内では、ディパル王国の悪巧みは、聖女の浄化する力によって阻止されたはずだった。
確か小説の中では、すでにピュレル王国との戦いで体力のなくなっていたバイエル王国に、ディパル王国がチャンスとばかりに攻め込んだのだ。
そしてその時点になって、初めて『浄化する力』に目覚めた、主人公である聖女が、ディパル王国の要であった禁忌魔術を次々と無効化することによって、バイエル王国は奇跡的に勝利を収めるのだ。
そこまで分かっていても、では今どのような対策ができるのかと言うと難しかった。
現時点で、物語の展開には小説とかなりの相違が出てきている。
禁忌魔術に関わることは、恐らくディパル王国の中枢で行われている可能性が高いので、国の外から介入するのはかなり難しかった。
しかもこちらには聖女の『浄化する力』があることが、世界中にすでに認識されてしまっている。
であれば、未央がいるうちは、聖女の存在事態が戦争の抑止力になるかもしれないけれど、未央は近いうちに元の世界に帰る可能性もある。
「ディパル王国の目的は、世界の覇権を握ることかしら?」
「恐らくその可能性が高いかと。そして手段は選びません。」
「禁忌魔術に手を出しているとなれば、一時も気を抜けないわね。」
先日、空の旅の途中で襲われたように、禁忌魔術を使う場合、こちらの予想を越えられる可能性が高かった。
「どのような禁忌魔術をすでに成功段階にさせているのか、…予想に合わせて対策をしないといけないわ。バルト、バイエル王国の王室魔術士達と協力して、予想できる禁忌魔術を全てリストアップすることはできる?」
「かしこまりました。」
バルトは一礼をすると、王宮へと帰って行った。
先日皇太子と思いを通じ合わせて、幸せを感じているはずなのに、イーリスの胸には、なんとも言えない嫌な予感が広がっていた。