21、聖女様に励まされました。
「………と、いう話になってますの。未央はどう思われますか?」
今まで聖女の話を、聖女の気持ちを聞かないまましていたことを反省して、私はことの次第を未央に伝えた。
「嫌やん、皇太子はんと結婚とか、絶対ようせん。」
「絶対嫌……ですか。」
思っていた以上の強い拒絶に、イーリスは少し驚いた。
「確かにシュッとしたエエ男で、性格も悪ない、金も持っとる、やけど偉すぎや、あん人、うちと一緒に道頓堀でたこ焼き食べてくれへんやろ?」
「道頓堀でたこ焼き…は、確かに難しいかもしれませんわね。」
脳内でゼフィール皇太子に、阪神の法被を着せてたこ焼きを頬らせたら、なかなか楽しい妄想になった。
「つまりうちは、はよ家に帰って、おかんの作ったたこ焼き食べたいねん!ここで結婚なんかして、腰を落ち着ける気はないんや。」
「帰りたいっ!んですのねっ…!」
そうか、未央は帰りたがっていたのか、と、イーリスは今まで未央のその気持ちに気づけなかった自分を恥じた。
「ごめんなさい、未央、そうですわよね、普通に考えて、いきなり異世界に呼び出されたら、普通は帰りたいと思うものですわよね。」
「いや別に謝るこっちゃないで、この世界もイリィのことも好きや、別れるのは寂しいで。」
「未央……、」
好きと言って貰えるのが純粋に嬉しく、私は目頭が熱くなった。
「つまり、行ったり来たりしたらエエんや!多分東京ー大阪間よりは遠いかもしれんけど、きっとその気になればできるて、うちは信じてる!」
「行ったり来たりっ…!!」
その発想はなかった、と、私は目から鱗が落ちる思いだった。
「そうですわね、行き来ができれば一番ですわね…。」
私はこの世界で産まれて、前世を思い出しただけなので、この世界で生涯を終えるつもりでいたけれど、未央はいわば旅行者のような立場なのだと、今更気付いた。
「もしも行き来が自在にできたらエエのになー。大阪のたこ焼きとか、あっちの世界の美味しい物、こっちで売り捌いて、逆にこっちの珍しい物、あっちで売ったら、絶対儲かるで!楽しいで!」
「それはっ…!魅力的ですわっ…!!たこ焼き!アイス!!チョコ!食べたいですわっ…!未央様からいただけるなら、宝石でもドレスでも、なんでも差し上げたいと思いますものっ…!」
「せやろ?食べたいやろたこ焼き!」
「食べたいですわ!あの、外はカリッ、中はふわトロ、アツアツのたこ焼き…!」
「せや、ソースと青のりたっぷりかけて…、あー、アカン、たこ焼きの口になってもた。なんでこの世界にはたこ焼き機がないねん。あれは一部屋に一台必須やろ?」
「部屋ごとですの?」
「一家に、2、3台は普通やで。」
「開発しなければ、ですわね。」
今後はこちらの世界でも、たこ焼き機を作ろう、と、この時イーリスは心に決めた。
「ところで、たこ焼きの話で盛り上がって忘れてしもてたけど、皇太子はんの話、これ以上こじれる前に、素直に謝ってしもた方がエエで。」
「あ、皇太子殿下っ…!」
一瞬たこ焼き生産計画で頭がいっぱいになってしまっていたけれど、皇太子を不機嫌にさせてしまった件についても、未央に話していたのをようやく思い出した。
「そもそもな、イリィ、あんた、なんで皇太子はんが不機嫌になったか分かってへんやろ。」
「未央は分かりますの?」
イーリスはいまだに、あの時何を言えば、皇太子を不機嫌にさせなかったのか、分かっていなかった。
「ええか、ここは高校やと思ってみい、皇太子はんは17歳、多感な高校二年生や、そんでイリィは16歳、1コ下の、可愛い後輩で恋人や。」
「ふむふむ、」
確かに年で言えば、私も皇太子も、今が一番多感な子供だった。
「ゼフィールはんとイリィはんは、結婚の約束もして、愛し合っていた。そこに現れたんが、親が勧める他の相手や。めっちゃ稼ぐのが上手な女やったから、家計が助かる。ゼフィールはんは、そいつと結婚する気はなかったけど、とりあえずイリィに話に行ったんや。」
「ふむ。」
「したらイリィはんは、その女本妻にしたらエエやん、うちは妾になるから、て答えたんや!さあ、ゼフィールはんが何で怒ったか、イリィはんは分かるか?」
「一つ間違いがありますわ。」
「なんです?」
「イリィとゼフィール様は、愛し合っていたわけではありませんわ。」
「そこやー!!!!」
私の指摘に、未央は絶叫した。
「そこが!皇太子はんの怒りポイントや!自分が好きな程、相手に愛されてないって理解して、寂しなったんや!分かったれや、もー、犬も食わんでホンマ…」
「つまり皇太子殿下は、私のことを好きでいてくださいますの?」
「今そこ?いっぱいアピられてたんやろ?」
「だって、小説では皇太子殿下は、聖女様と恋仲になるのです。私を愛するはずはありませんわ。」
「その聖女はんとやらはこんなやし、恋仲になってへんやろ?」
「でも、恋仲になる聖女様は、一年後に現れる予定でしたし…、」
「デモもストもあらへん!恋仲になる聖女のことなんか、皇太子はんは知らん、大切なのは、今の皇太子はんの気持ちや。」
「今の……」
確かに、聖女と恋仲になる話は、私だけが知っている未来なのだから、今の皇太子は知り得ない話なのだ。
「今の皇太子殿下は、私を好いていてくださっているのでしょうか…?」
「直接聞いてみ?多分そうやで。」
未央は大阪のおかんのような優しさで、私の背中を押してくれた。
「あと、イリィ自身がどう思っとるのか、それもちゃんと皇太子はんに伝えなあかんで。」
「私の気持ち…」
それを伝えることは勇気のいることだったけれど、一か八か伝えてみようと思った。
「ありがとうございます、未央。私頑張ってみますわ。」
「おう、頑張ったり!」
私は未央に励まされて、皇太子殿下への部屋へと向かったのだった。