2、びっくり、羽が生えました。
混乱した頭のまま、私ことイーリス・ピュリファイングは、朝食の席についた。
今日は週に一度、両親であるピュレル王国のトゥマリス国王とエリクトゥラ王妃と朝食を共にする日だった。
「イリィ、今日は顔色が優れないようだけど、大丈夫かい?」
父であるトゥマリス国王は、私の顔を見るなり心配そうに声をかけてくれた。
「本当ね、やはり婚約のことで悩んでいるのではなくて?」
母であるエリクトゥラ王妃も、心配そうに私の顔を覗きこんだ。
「大丈夫です、お父様、お母様、どうも夢見が良くなかっただけですわ。」
優しい両親に心配をかけないように、私はできるだけ明るく振る舞った。
生まれた時からずっと私を大切に育ててくれた、優しい両親。誰よりも愛してもらっていると自信を持って言える、私には勿体ない程の親だった。
心配をかけたくない、幸せになって欲しい、親孝行をしたい、そんなイーリスの選択が、国と国民と家族のために、隣国の皇太子と婚姻を結ぶことだったのだ。
けれど今のイーリスは、その選択がもたらす、何よりも酷い結末を知っている。
この素晴らしい両親を、家族を、国を、どうすれば滅亡という恐ろしい未来から遠ざけることができるのか、イーリスは考えなくてはならなかった。
「魔力が乱れているよ、もしかして二次覚醒が起きているのかもしれないね。」
「二次覚醒…、」
魔法が当たり前にあるこの世界では、ほとんどの貴族が魔法を使える。
平民と違い、貴族に限り、生まれて五年程で一次覚醒が起こり、何かしかの魔法の力に目覚める。
その後二次覚醒、三次覚醒と続くかについては個人差があり、一次覚醒のみで一生を終える者も、また多かった。
イーリスも五歳の時に一次覚醒を済ませており、すでに少量の水と光を発生させることで、虹を作り出すのが得意になっていた。
すでに魔力が顕現している身なので、今の状態が二次覚醒であるかどうかは分からない、けれど確かに身体を巡る魔力量がひどく不安定になっているのを感じた。
(これが、二次覚醒…?)
身体の中に、何か熱い塊のように気が集まっているのが分かる。
今まで魔法なんかとは縁の無かった「未琴」には分からない感覚だが、「イーリス」の記憶はそれが何か分かっていた。
(私、本当に魔法使いになったんだっ…!)
「未琴」としての自分が、初めて感じる魔力に歓喜していた。
ずっと憧れていた魔法、この世界では、自分はそれを使うことができるのだ。
しかも見た目は肌も髪も瞳も美しい、最高の美少女、更に身分は王女と最高級で、素晴らしい両親にも恵まれている。
(この条件だけで言えば、最高に幸せよね?)
そう、この後本当の意味で全てを失う未来さえなければ、今の自分は最高である。
(魔法が使える、容姿端麗、地位も権力もお金もある、加えて私には前世の記憶もある、破滅の未来を回避するために、できることはきっと沢山あるはずよ!)
「イリィ、大丈夫かい?やはり今日は部屋に戻って休んだ方が良い。すぐに魔法薬の医者を手配しよう。」
「本当に二次覚醒なだけなら良いけど、イリィ、悩んでいるなら無理をしないで、お父様もわたくしも、貴女の幸せを一番に願っているのよ。」
「お父様、お母様、本当にありがとうございます。きっと二次覚醒だと思います。お言葉に甘えて、少し休ませていただくことにいたしますわ。」
身体の中を巡る魔力が、ぐるぐると暴れて、どこか風邪のように熱っぽくなっていた。
確かにこれは休んだ方が良いと、私は朝食もそこそこに、再びベッドの中に戻る羽目になった。
ベッドに入った私は、すぐに魔法医の診察を受け、二次覚醒をスムーズにするという、甘いシロップの薬を処方された。
不思議な味のそれを飲み干すと、確かに今まで身体の中でわだかまっていた魔力が、ゆっくりと形になって身体を包み初めていた。
「これは…、風?」
ゆっくりとした空気が、身体の周りを流れながら優しく包む。それに合わせて、ベッドの中で身体と毛布がふわりと宙に浮いた。
「背中が…、熱い…、」
やがて魔力は肩甲骨のあたりに集まり、そこからふわりと外に放出された。
白い羽根が舞う、背中に現れたのは、大きく美しい、天使のような白い翼だった。
「すごい……!」
上質の羽毛布団よりも手触りの良いそれは、微かに温かく、確かに自分の背中から生えているものなのだと実感できた。
「天使みたい…、」
かなりの大きさの翼であったけれど、重さは一切なく、むしろ身体を浮き上がるほど軽くしてくれた。
「私、飛べるんだっ…!!」
試しに部屋の中を少し浮いて動いてみる。床が遠くなる、大きな翼は微かな動きだけで、優しく自分の身体を浮き上がらせてくれていた。
「ああ、夢みたいっ…!」
翼が欲しい、空を飛んでみたい、と、「未琴」は小さかった頃はよく思っていた。まさかその夢がこの世界で叶うとは思っていなかった。
そういえば、確かに小説「エクサヴィエンス」の中でも、「イーリス」に翼がある描写もあった。
死ぬ間際のイーリスは、怪鳥ハーピーのように大きな翼に包まれ、辺り一面に白い羽根が舞い、イーリスを殺した側近は、その羽根を拾い、皇太子に事の顛末を報告に行くのだ。
それ以外にイーリスが自分の翼で好きに飛んでいた記述はない。婚約者としておしとやかに振る舞っていたのだろう。
そもそも背中に常に翼を付けていた記述もなかった。
もしかしたらこの翼は隠せるのかもしれない。
試しに床に降りると、翼を仕舞う状態をイメージしてみた。
背中を覆っていた大きな翼は、嘘のように消えてしまった。
出ろ、とイメージすると、再び大きく羽ばたき、辺りの空気を震わす。
面白かった。この翼は出すのも隠すのも自由のようだった。
こんな面白い翼を、仕舞ったまま暮らしていたなんて、小説の中の「イーリス」はなんて勿体ないことをしていたのだろうかと思う。「私」だったら絶対に、人目を忍んで大空を飛び回ることだろう。
何しろ翼なのだ、飛べるのだ、これ以上楽しいことが他にあるだろうか?
私は背中の翼に大満足をして、しばらく部屋の中を浮かびながら、空中浮遊の感覚を楽しんだのだった。