18、聖女様が力を使いました。
「高う、もっと高う飛んでくれてええで。」
万一のことを考え、高度を抑えて飛んでいたイーリスだったけれど、未央にそう望まれるままに、だんだんと高度を上げていった。
「未央、怖くありませんか?」
最初に飛んだ時にはあんなに怖がっていたのに、と心配になる。
「大丈夫や、イリィに抱いてもろてたら、何も怖いことなんてない。」
全幅の信頼を寄せてくれる未央に嬉しく思いながらも、私は未央を決して落とさないように強く抱き締めた。
上空は風が強い。充分に気をつけなければならなかった。
やがて人の姿が点にしか見えないほどになり、バイエル王国の美しい町並みと、国境の森が見えるほどの高さへと達した。
もはや皇太子も騎士達も遠く離れてしまい、何人かの、飛行術を使える騎士のみが、途中まで付いてきてくれているのが分かった。
今や、イーリスの隣まで飛んで付いてきてくれているのは、黒梟のバルトのみになってしまっていた。
人の命を抱えて飛ぶのは、とても怖いことであったけれど、バルトにも見守って貰えていると思うと心強かった。
「向こうに見えるのが、ディパル王国か?」
やがて、国境の先まで見えるほどになり、だいぶ寒さを感じる高さになってきた。
イーリスは光の魔法に熱も加えて、暖かな空気で二人の周りを保護した。
「すごいやん、こんな個人エアコンみたいな魔法も使えるんか?」
「貴女といると、新たな自分を発見できますわ。」
「そりゃ、ええこっちゃ。」
やや皮肉を込めて、苦笑して答えたのだけど、未央には満面の笑みで返されてしまった。
「もう、このくらいで大丈夫や。この高さなら、うちの『力』をむこうさんにお届けすることができそうや。」
未央はそう言うと、ディパル王国の方角を向いたまま、手を合わせた。
「この神床に斎き奉り鎮め奉る、かけまくもかしこき祓戸の大神たちに、かしこみ、かしこみ、も申さく……」
そして張りのある声で、祓え言葉を唱えはじめたのだった。
(え?何これ、神社?)
昔、お正月に会社の祈祷でよく聞いていた、独特のフレーズを、今このタイミングで聞くとは思わなかった。
「くぬちに荒ぶる神たちをや、神問わしに問わしたまい、神祓いに祓いたまいて、事問いし磐根木根立ち草のかき葉をも事止めて……」
まるで呪文の詠唱のような、未央の祓詞に合わせて、未央の身体は徐々に光を増していった。
祓詞は延々と続き、もはやイーリスにも、未央が何を言っているのか分からなかった。
ただ、未央の放つ白い光は、あまりにも心地良く、全身が浄化されていくのが、よく分かった。
「祓いたまえ、清めたまえとまおすことを、天つ神国つ神八百万の神たち共に、聞こしめせとー、もーまおーすー………」
そして一際高くなった声と共に、未央の全身の光は、国中を包み、更にはディパル国までも届くほどに溢れていた。
「ああっ…!」
視界が全て白い光に埋め尽くされる。けれどもイーリスは意地でも未央の身体に回した腕の力は緩めなかった。
「よし、納まったで。」
しばらくして、未央はそう言って笑顔になった。白い光はいつの間にか消えていた。
「では、降りますか?」
「ああ、頼んます。」
未央の力のおかげか、あれだけ長時間未央を抱えていたのに、疲れはまったく感じなかった。
下に降りると、誰もがどこか幸せそうな顔をして、未央とイーリスの帰還を待っていた。
「お疲れ様でした、聖女様、イーリス姫、」
ゼフィール皇太子が、二人の元へ歩み寄る。
「聖女様のお力は、誠に素晴らしいものですね。あの光を浴びた瞬間に、心の靄が晴れ、肩こり腰痛偏頭痛までが嘘のように楽になりました。」
「そら、なによりです。」
皇太子がそれだけの持病に悩まされていたことも驚きだったけれど、確かにイーリスも長年辛かった肩こりが楽になっているのを実感していた。
気がつくと、先ほどまで気を失っいた巨大イノシシは、目を覚ましているのに、すっかり大人しくなっていて、まるでペットのように騎士団になついていた。
「この力が、ディパル王国にもちゃんと届いてたらええんやけど…」
未央の知りたかった結果は、すぐにバイエル王国にもたらされた。
その後城に戻ろうとした私達一行が、城に着くか着かないかの間に、ディパル王国からの使者がやって来たのだ。
いわく、国境の閉鎖はすぐに解除し、ディパル国内の他国の者の出入りも自由にする、と。
その発表に、バイエル王国、ピュレル王国両国民の歓声が、国中に響いた。
ディパル王国に取り残されていた人々は、次々に帰国し、家族や友人達との再会を喜んだ。
更に、長年病に苦しんでいた人達は、完治まではしないものの、その苦しみが一時消え、その奇跡に誰もが驚いた。
この不可思議は全て、国中を包んだ白い光が関わっていたことは、国民皆が体感しており、聖女の聖なる力の存在は、一瞬にして皆が知ることになったのだった。