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16、通訳が必要です。


「どうやらだいぶ仲良くなられたようですね。」

部屋に入る前に繋いでいた手は離していたけれど、漂っている打ち解けた空気に、ゼフィール皇太子は嬉しそうに言った。

「はい、聖女様はその人となりも素晴らしい方にございました。」

イーリスは一礼をすると、未央とゼフィール皇太子が話をしやすいように、横に控えた。

「初めまして聖女様、私はこのバイエル王国の皇太子、ゼフィール・ユーピテル・バイオアクトと申します。」

ゼフィール皇太子はわざわざ席を立つと、お辞儀をして聖女に敬意を表した。

「聖女とか言われますの、ホンマにこそばゆいんですけど、ありがとうございます。うちの名前は柳葉未央言います。初めまして、皇太子殿下はん。」


「………?」


未央の関西弁に、ゼフィール皇太子はしばらく考え込んでいた。所々聞き取れなかったところがあったようだった。

「ヤナギバ・ミオ様?」

「ああ、こっち風に言えば、ミオ・ヤナギバになります。」

「ヤナギバ…、様は、少し変わった話し方をされますね。」

「そうですか?ホンマ申し訳ないんですけど、うちまだそんなに旅行したことなくて、東京弁って、テレビの中だけかと思てたら、ホンマに使てる人達おったんですね。」

「トウキョウ…ベン…?」 

ゼフィール皇太子の顔が完全に「ちょっと何言ってるか分からないです。」の形で固まってしまっていた。

「未央様、皇太子様に東京弁では通じません…。」

見かねた私は、横から小さく耳打ちをした。

「あ、そか、この世界には東京なんてないんか。」

「イーリス姫は、聖女様のお言葉が理解できるのですか?」

「まあ、だいたいは、でございますが……。」

私も前世では関西の生まれではなかったので、時折分からないこともそのうち出てくるかもしれなかったけれど、ひとまず現時点で日常会話に不自由はなかった。

「なるほど、では差し支えなければ、通訳を頼めますか?」

「かしこまりました。」

皇太子の頼みであれば、間に入るのも仕方がない。けれど、小説の中に、皇太子が主人公の話が理解できなくて、通訳を頼むシーンなどあっただろうかと思う。

 考えてみても、確実に思い出せない。あの小説の中で主人公は、確かに通訳なしで易々と皇太子と会話していたように思った。

 やはり、小説とは筋書きが変わっているのか、それともやはり一年後に、また別の聖女が降臨する可能性もあるかと思う。

 それはそうと、未央に『世界を浄化する力』があるのは確実なので、この際小説の筋書きは一旦置いておいて、今の開戦の危機を回避するために、どうか協力をお願いしようと思う。

 

 その後の未央と皇太子の会話は、イーリスの通訳のおかげで無事に意思の疎通をすることができた。

 そして会話の流れで、今日の未央との城下町デートには、ゼフィール皇太子も同行することになってしまった。

 せっかくの、初めての友達とのデートだと喜んでいたのに、皇太子殿下に気を使わなくてはいけなくなってしまったのは残念だけれど、皇太子の意向であれば仕方がないと思う。

 この時はまだ、この判断が吉であるのか、凶であるのか、私にはまだ分かっていなかった。


「バイエル王国の名産品は、現在はチーズです。ハチミツを練ったクッキーも、名産品の一つです。」

街を巡りながら、ゼフィール皇太子は上手に未央をエスコートしていた。

 王室御用達のカフェに案内し、香茶とハチミツクッキーにチーズのセットを振る舞う。ハチミツクッキーは少し固いけれど、素朴な美味しさで、イーリスの好物の一つでもあった。

「バイエル王国の強みは、何よりもこの温暖な気候にあります。この気候のおかげで、畜産にも農業にも向いています。今はイーリス姫の提案で、胡椒の栽培にも力を入れ始めています。」

「へぇ、イリィはそんな仕事もしてるんやな。」

「はい、とても働き者で、国思いの婚約者です。」

「そら、ごちそーはんですなぁ、」

サラリと出た皇太子のノロケに、未央はクッキーをサクサクかじりながらニヤついた。

「すみません、そんな言っていただけるには、大変もったいないことでございます。」

三人でお茶をするのは思っていたより楽しく、私は香茶のおかわりを頼んだ。

 その時、事件は起こった。

 空の上から、警告するような鋭い梟の鳴き声が聞こえたのだ。

「バルト!?」

誰にも気付かれずに、上空からイーリスに付いてきてくれていたバルトが、何かに気づいて警告の鳴き声を上げたのだ。

 そのままバルトは、ちょうどゼフィール皇太子が座っている後ろの100m先目指して急降下した。

 そこにいたのは、見たこともない程大きな、一匹のイノシシだった。

「いつの間に!?」

魔力のかかったイノシシだと、誰もが直感した。

 巨大イノシシに襲い掛かったバルトの鋭い鍵爪は、イノシシの右目を深く抉った。

「ブルアアアアアア!!」

イノシシは怒りに任せて吠え、バルトを返り討ちにしようとしたけれど、バルトは素早くまた空中へと逃げた。

 イノシシは怪我をしていない左目で皇太子を睨み付けると、こちらに向かって突進しようとした。

 初めから目標はこちらであったのだと、その目は語っていた。

「未央!」

とにかく未央を助けなくては、私は咄嗟にそう考えた。

 イノシシが突進してくる。バルトが再びイノシシ目掛けて滑空するが、間に合わない。

 ゼフィール皇太子と、護衛の騎士達が剣を抜き、魔力を出そうと準備をしている。

 その中で、私は未央をしっかりと抱き上げると、そのまま背中の翼を解放し、未央を抱いたまま大空へ向かって羽ばたいた。

「飛んでるうううーー!?」

未央が悲鳴を上げていたけれど、私は何がどうでも彼女を助けなくては、という一心だった。

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