15、聖女様と仲良くなりました。
翌日、私は城下に行くのに良さそうな、華美過ぎない服を選ぶと、久しぶりにウキウキした気持ちで身支度をした。
女の子同士で出掛けるなんて、この世界に生まれてから初めてのことで、とても楽しみだった。
前世では、就職する前までは、休日のたびにこうして友達同士で遊んでいたのを思い出す。
未央の部屋には、昨日のうちに未央が着るのに良さそうな服をいくつか届けておいたのだけれど、気に入ってくれた服はあるだろうかと思う。
身支度が終わった頃、ゼフィール皇太子からの使いが部屋を訪ねてきた。
ゼフィール皇太子には、昨日のうちに未央のことと、今日未央と城下の散策をするつもりなことは伝えてあった。
「皇太子殿下におかれましては、この後聖女様との面会が可能である、と、おっしゃられておられました。」
「あら、今朝すぐにお時間を取っていただけるの?では城下に行く前にお伺いいたします、と、お伝えお願いできますかしら。」
「かしこまりました。」
使いの者に、そう伝言を頼むと、イーリスはもう一度服装をチェックした。
未央と二人で城下に行くつもりだったので、だいぶ気楽な服装を選んだのだけど、ゼフィール皇太子に拝謁するなら、もう少しかしこまっている方が良いかもしれない。
今さら着替えるのは面倒なので、ブラウスの上にジャケットを羽織り、リボンタイをもう少しカッチリしたものに変えることで対応することにした。
(そうね、聖女様は、…未央は、皇太子殿下に拝謁するのね…、)
リボンタイを侍女に結び直して貰いながら、私は鏡台に映る自分を見ていた。
さっきまでの浮かれた気分とは裏腹に、どこか沈んだ顔をしていた。
小説「エクサヴィエンス」の中で、皇太子と聖女は、一目会った時から惹かれ合い始めていた。
未央はあれだけ魅力的なのだから、きっとこの後、初めて彼女を見た皇太子は心惹かれ始めるのだろうと思う。
「ふう……、」
(大丈夫、そうなることについては、もう何度も覚悟を決めたわ…。)
私は息を大きく吐くと、鏡の中の自分をしっかりと見据えた。
大丈夫、揺らがない。一番大切なものは何なのか、間違えない。
自分にそう言い聞かせる。
「じゃあ行きましょうか、」
身支度を終えると、私は改めて未央の部屋へと向かった。
「ごめんなさい、殿下が会いたがっていらっしゃるので、城下に行く前にゼフィール皇太子殿下のお部屋にご一緒しても良いかしら?」
未央には先に侍女からこの件を伝えて貰っていたけれど、急な変更だったので、きちんと自分の口で話したかった。
「うーん、まぁそら…、避けては通れないっちゅーことですやろ?」
未央は完全に気乗りしない様子で、ため息を吐いていた。
「ごめんなさいね、でもゼフィール皇太子殿下は、本当に良い方だから、心配しないで。」
他の物語にあるように、高圧的だったり冷酷な皇子ではないので、どうか心配しないで欲しいと伝えたけれど、未央には胡乱な目をされてしまう。
「小説の通りやったなら、ゼフィール皇太子は、確かに良い方なんやと思う。…ほんで、自分は皇太子殿下のこと、好いてはりますの?」
「それは……」
痛いところを突かれて、イーリスは口ごもった。
「人としても、大変素晴らしい方だと思っていますわ…、」
「つまり、好きっちゅーことやね?」
未央に隠し事は通用しないらしい。核心をズバズバ突かれては、もう開き直るしかなった。
「ええ、お慕いしておりますわ。でも安心なさって、小説通りに皇太子殿下が聖女様と惹かれ合っても大丈夫なように、私ずっと心の準備はできておりましたの。何より大切なのは、私自身の色恋ではなく、私の家族の、そして国民の命と生活なのです。私は、それらを守るためなら、どんなことでもするつもりですわ。」
「あんた…、」
思わず一気にまくし立てた私の頬を、未央の指が撫でた。
気付かず泣いてしまっていたのだと、その指が涙を拭う動きで気が付いた。
「あんたなんや、痛々しい覚悟決めて生きてきたんやなぁ…、」
未央はそう言うと、優しく私の頭を抱き寄せた。
「大丈夫や、大丈夫。うち、ほんの少ししか会ってへんけど、あんたのこと好きになってしもた。やから、あんたが悲しむような事は絶対せえへん、小説の筋書きなんてクソ食らえや!」
「クソって…、」
いい子いい子、と慰めてくれる未央の優しい手と、少し乱暴な言葉が面白くて、私はくすりと笑ってしまった。
「私、聖女様が未央で本当に良かったですわ。」
せっかくなので、未央に抱き締めて貰ったまま、私はそう告白した。
私を優しく包んでくれるその手は、とても温かくて優しくて、安心できる気持ち良さだった。
「私もあなたが好きですわ、未央。ですから、無理はなさらないで、人の気持ちは理性ではどうにもならないもの、どう転んでも、恨みっこなしで行きましょう。」
「なんや、そんなに絶世の美男子なんか、ゼフィール皇太子殿下とやらは。」
「ええそれはもう、眼力だけでも百人惚れさせてしまいますわ。」
「怖すぎるわ、ゴーゴンかいな。」
「確かに、恋で動けなくなるのは、石にされるのと似てますわね!」
「その突っ込まないツッコミやめてえな…、てか、それただのボケ倒しやがな。」
未央のテンポの良い会話に、私はすっかり笑ってしまった。
まったく聖女のイメージではないのに、私の朝からモヤモヤしていた気持ちを、すっかり浄化してくれた。
未央こそ、本当の意味で聖女で間違いないと思う。
「私、未央に会えて本当に良かったですわ。」
「なんや照れるやん、うちも、うちもやで、なぁ、うちもこれからあんたのことイリィて呼んでええ?」
「もちろんですわ、ねぇ、私達もうお友達だと思っていてもよろしくて?」
「もちろんや。もううちらは友達や。これから仲良うしてこーな、」
「ええ、」
私は本当に嬉しくて、未央の手を握った。まさかこの世界に生まれて、こんな素敵な友達を持てるなんて思ってもいなかった。
「ほな、そろそろ皇太子殿下の部屋に出陣や!」
「えいえいおー!」
私は未央と手を繋ぐと、二人で笑いながら、ゼフィール皇太子殿下の部屋へと進んで行ったのだった。